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第二話

 天啓祭の午後の教会は、いつもと違う、独特の空気を持っていた。子供のころから慣れ親しんだ、不思議な感覚。レニーは、ここへ来る途中声を掛け、一緒にやってきた村長と建物の中に入ると、天井を見上げた。小さいながらも見事なステンドグラスの天窓からは、午後の日差しが煌めきながら差している。村長とほぼ同時に、神へあいさつの祈りを捧げると、奥から二人の男性が歩み寄ってきた。老人の方が、ラティマ司教、レニーと同じくらいの、壮年の男が、オリバー神父。村でただ一つの教会を守る聖職者たち。


「よい天啓祭になったな。神の祝福を」


 ラティマ司教の出迎えの言葉に、村長と並んで謝辞を述べた。穏やかに微笑んでいたオリバー神父が二人を見比べるように言った。


「お揃いで、どうしました?」


「私もレニーに話があると呼び出されてね、ここまでついて来たという訳だ」


「話。我々にも、というわけだね」


 村長とラティマ司教の言葉に、頷いて、奥の部屋へ通して欲しい、と告げると、わずかに緊張の面持ちで男たちは顔を見合わせ、奥へ移動した。


 部屋は十人も入ればいっぱいになるほどの大きさで、テーブルの周りに簡素な椅子が並べられている。教会の奥に設えられ、小規模の寄合や、折入った相談事の時などに使われる事が多い。それぞれ思い思いに席に着くと、レニーは早速、リルの事を話し始めた。


「しばらくはうちで預かろうと思うんだが、問題は」


「ヴォリオス教団の法衣を見に纏う者、という事か」


「教団の聖徒は、地方を廻る布教の許可を得ている者以外、教区を離れる事はありませんし。まして、十三、四歳の少年であれば、まだ見習いのはず。脱走でしょうか」


 ラティマ司教とオリバー神父の確認するような言葉に、レニーは眉を寄せて口を開いた。


「何かわけありなのは間違いなさそうなんだが、名前以外一向に喋ろうとしない。悪意のありそうな者ではないし、放っておけば死んでしまっていただろう。天啓祭の前夜、あんな吹雪の中を歩くなど、余程な事情があったとしか」


「事情は、まあ、わかった」


 村長の強張った声に、一同の視線が集まった。


「村に問題を持ち込まれるのは本意ではないが、まだ子どもとあっては放り出すわけにもいくまい。聖徒であることは、みなにはしばらく伏せて、ただ、行き倒れの少年だと、事情は心の傷が癒えるまで根掘り葉掘り尋ねぬようにと話しておく、というのではどうか」


「そうしてもらえると、助かる」

 

 村長の進言に、レニーがほっとした声で応じると、教会の二人もその意見を認めた。こうして、リルはレニーの生まれ育った村、ラキエに迎え入れられることになった。


 翌朝、目覚めたリルに、好きなだけこの村に、レニーの家に留まって構わないと告げると、やはり戸惑うような表情を見せてから、小さく頷いた。レニーが十代の頃に着ていたシャツに着替えたリルが居間に姿を現すと、子供たちが一斉にまとわりついた。


「ねえ、リル、元気になった? 遊ぼうよ、広場に行って雪投げしよう」


「だめ、だめよ、お外は寒いもの。ミーシャのお人形かしてあげる」


「おとこは人形でなんて遊ばないよ、ね、行こうよ」


「お前たち、リルが困っているだろう」


 レニーの声に、子どもたちは、むう、と口を尖らせて気弱そうな少年を見上げた。


「リル、困っている?」


「ううん、でも、あの。しばらく居させてもらえるのなら、仕事をさせていただけませんか。なんでも、あの、家の事でも、僕が手伝えることであれば」


 見上げるショーンに首を振って、レニーに向き直り、縋るように言う。仕事などせずとも置いてやるつもりだったが、それでは心苦しいのだろう。本人が望むのならば、動けるのならば働き、人の役に立っていられた方がずっといい。


「いいだろう、まずは、ソフィの家事を手伝ってくれ。あとで俺の仕事も見せよう」


 リルはぱっとうれしそうな顔をして頷き、早速言いつけられた水汲みや皿洗いをこなした。

 午後からは、レニーの仕事場に同行した。建物のドアを開けた途端、リルは怯んだように身を引いた。室内に満ちる溶鉱炉から発せられる息苦しいほどの熱気が、凍えた身に吹き付ける。レニーはリルの背中に手を置き、笑みを見せて室内へ促した。

 広くもない室内では、竈の炎に照らされて、一人の老人が立ち働いていた。


「イルッカ、この子がリルだ」


「ほっほう」


 イルッカと呼ばれた老人は、顔を上げ、リルをまじまじと見た。


「こんにちは、はじめまして」


「ほい、どうもはじめまして、だな。ワシはイルッカ。レニーの親父さんの代から、ここを手伝って小金を稼がしてもろうとるじじいだ」


「何を。助けてもらっているのはこっちの方だ。イルッカは、腕は確かだ。酒さえ入らなければ、な」


 二人のやり取りをみていたリルが、レニーの軽口に、にこりと笑みを見せた。


「ほいなほいな、こりゃ、いい坊ちゃんだ。まあ、ここは熱かろう、冬はいいが、夏はそりゃあもう、じじいの蒸し焼きの出来上がりってもんさ。毎晩自分を肴に酒も進む。とんてんかんてん、ほういのほい」


 おどけて歌うように言いながら作業に戻ったイルッカに、リルは声を立てて笑った。

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