奴隷の少女は公爵に拾われる 96
公爵は頭を掻きながら応接室の窓を見る。
「それってわざわざ真夜中じゃなくてもいいんじゃない?」
窓から見えるのは未だに深い夜の闇に覆われている。更に土砂降りの雨だ。
「なんでまたこんな夜を狙って」
3の侯爵は一瞬タレンスの方を見て、公爵に視線を戻す。
「非常に言いにくいのですが………」
「言ってみなよ。ここにいるのは皆口が堅いものばかりだ」
「………私は、1、2の侯爵と仲が悪くございます」
「そうだね」
「なので、もし2の侯爵から勘当された次男を私が匿っていると知れたら、その不仲は一層決定的なものになります。そうなってしまうと公爵閣下の御迷惑になると考えまして」
「ん……。じゃあ、なんでタレンス君をかくまったりしたの?」
「いえ……私を訪ねてきたタレンスが昔の私と重なりまして………」
「あぁなるほど」
公爵はそれ以上追及せず、タレンスの方に目を向ける。
「まぁ、1の侯爵の情報網に引っ掛かって来ないって段階でどこにいるかの選択肢はだいぶ狭まってたんだけど」
「あら、1のおじ様も私を探してるの?モテモテね」
公爵は少し苦めの顔でタレンスを見る。
「君の事情も把握してるつもりだし、2の侯爵の所から離れたい気持ちも分かる。でも、わざわざ3の侯爵の所に行かなくても良いのに」
「じゃあ、どこに行けばいいのよ?多分公爵閣下が私の立場でもきっと同じ選択をしたわ」
「まぁね……正直3の侯爵のとこに行くのは最良の選択だろうさ。君にとってはね」
タレンスは悪びれずに肩を竦めて見せる。それを見た公爵は少しため息をついた。そして、ふと顔をさげてツツィーリエの方に顔を向けた。
「そうだ、ツツィーリエ。丁度良いから問題だ。1の侯爵の情報網の主たるものは何だと思う?」
突然話を振られたツツィーリエはすぐに腕を動かした。
『治安維持兵と治安維持官』
「そうだね。1の侯爵はこの国内の治安維持に関しての実質的な全権を有している。そこから上がってくる情報は膨大だ。ましてや治安維持官は人物の追跡のプロだ。にも拘わらず、タレンス君は彼の情報網を掻い潜れた。それを実現することのできる組織と言うのは限られる。どこだと思う?」
ツツィーリエの動きがしばらく止まった。しばらく考えて、ゆっくりと腕を動かす。
『まずは他の国』
「そうだね。1の侯爵の情報網は基本的に国内に限られる。でも、それはタレンス君にとって最良の選択ではない。なんでだと思う」
『2の侯爵が国境警備してるから』
「正解」
公爵が一本指を立てて振った。
「辺境伯の防衛圏内に逃げるってことも考えられるけど、あっちはちょっと物騒だからね。他には?」
『3の侯爵の所』
「そう。タレンス君が選択したのはこの選択肢だ。3の侯爵自身が個人的に握っている情報網はこの国でも最大規模のもので、1の侯爵に対抗しうる組織の一つだね。そして業務的に現場に出なければ1,2の侯爵との接点も少ない。タレンス君は文章になっている情報の取り扱いにかけて非常に高い素養と知識があるから、3の侯爵の業務を手伝える。誰にとってもとりあえず不利益をこうむる事はない」
「でしょ?正直それ以外の案は私か、先方に迷惑がかかると思ったのよ」
「調子に乗らない。確かに良い案だけど、非常に高いリスクが伴う事もまた事実だ」
タレンスは公爵の言葉に少し体を小さくする。
「後3つある。どこだと思う?」
ツツィーリエは迷わず指を動かした。
『国富の公爵、国守の公爵、王族』
「正解。それぞれ、なぜ行かなかったか理由が分かるかな」
『国富の公爵には、国富国守の関係悪化の火種になるという3の侯爵に匿ってもらう以上の火種になる可能性があるのにそれの対価を用意できない。お父さんの所は、普段1の男爵が業務上頻繁に出入りするし非常時には1,2の侯爵に関連する業務を引き受ける関係上不都合が生じる。王族は彼ら自身が実効的な権限を有してるわけじゃないからそもそも匿えるだけの機能があるか怪しい』
「あっらー。さすが閣下が見込んで養子にしただけの事はあるのね。賢いわ」
公爵は少し微笑むと、すぐに顔を引き締める。
「3の侯爵君、ごめんね。話が横にそれてしまった。で、そのタレンス君にしかるべき立場を与えて欲しいって趣旨のお願いってことでいいのかな」
「はい」
公爵は皺の目立つ顔を少し傾けながら何かを考え始めた。
「うん………幾つか質問させて」
「なんなりと」
「その嘆願の内容、文章で送るのでは駄目だったの?」
「確かに火急の要件ではありません。ですがこの問題はとてもややこしい問題ですし、正確な状況の共有が非常に重要な要素になります」
「確かにそうだ。いつからタレンス君を匿ってるの?」
「タレンスは2の侯爵家を飛び出して、まっすぐ私の所に来ました。なので、数年前からになりますか」
「なるほど。じゃあ、なんで今、そんな要望を言い出す様になったのかな」
3の侯爵の顔が険しくなる。
「1の侯爵が最近本格的にタレンスの探索を開始しましたからです。私一人で抱えておけるレベルを超えたと判断しました」
「ふむ」
公爵は顎に指を当てながらまた表情に険しさを増しながら黙りこくった。




