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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 93

 黒檀で作られた大きな執務机の上に真白い羽ペンがインク壺の縁にもたれかかって佇んでいた。その脇には大量の書類がどっしりと執務者を待ち構えている。意識的に整頓はされているが、机の上に広げられた本や文献を写しの量を見ればその机の持ち主の激務を想像させるのには十分だ。

 広い部屋の壁には壁一面に広がるタペストリーが飾られ、床には毛足の長い絨毯が敷き詰められている。絨毯の上には木目が美しい本棚と大量の書類が分類されて収納されている巨大な棚、執務机とその机で仕事をする男、その男と机を挟んで向かい側にいる男がいた。

「で、公爵令嬢の様子はどうだった?」

 執務机の前に座る男の髪の毛は金糸をよって作ったかの様に鮮烈な金色、森を幾重にも重ね合わせたかのような緑の瞳は見つめたものを虜にして離さない。書類に美しい瞳から溢れる視線を注ぎながら、時折メモ書きのようにさらさらと羽ペンを走らせている。

「はい。この間見た時と特に変わりはありませんでした。公爵令嬢は受け取った書類を軽く確認した後に、軽く世間話をして、その後公爵閣下も交えてまたしばらく喋らせていただきました」

 執務机に座っている主に報告しているのは、褐色の肌と鷹の様に彫の深い風貌の青年だ。少し長めの髪と顎髭が目を引くが、決して不潔では無くむしろ清潔なイメージを相手に与える。異国の出だろうが、喋る言葉に淀みや訛りは見られない。

「そうか。それはよかった。書類に関して特に何か言っていなかったかい?」

 机の上の書類から目を離さずに問いかける。

「いいえ。書類を確認した後こちらにお礼を言う程度です」

「そうか」

 書類から顔を上げた。

「ありがとう、ブィールル。マーサさんのお菓子は美味しかったかい?」

「えぇ。とてもおいしかったです。ここ数日常に満腹というような状態で無ければもっと美味しかったでしょうが」

 ブィールルはほんの少し苦笑の交じった笑顔を浮かべる。

「それはしょうがない。残ったパーティー用の食材を全部食べると公爵令嬢に約束してしまったんだから」

「普段仕入れている食材を減らせばよかったんです」

「それは何かと理由をつけて納入量の変更を拒否した公爵邸への食材の納入担当に言っておやり」

 ブィールルは探る様な眼で自分の主を見つめた。ブィールルは、その鷹のような顔がいつもよりもふっくらしているように見える。ここ数日の大量の食糧の消費を反映してのことだろう。一方、国富の公爵には変化がある様に見えない。いつも通りの均整の取れた顔で部下を見つめている。

「主。担当者が納入量を変えなかった理由、分かっておいででしょ」

「当然だよ」

「ではなぜ放っておくのですか」

 国富の公爵は肩をすくめながら書類に目を戻した。

「多少の賄賂くらい大目に見るさ。彼が選んだ食材に関して今まで不満を抱いた事はない」

「ですが、それがあまりにも横行すればいずれは財政的な負担になります」

「そうなるまで僕が放っておくと思うのか?」

 公爵は書類から目を離さない。

「それは、そうではありませんが…」

「放っておけば良い。彼もこの屋敷の人間だ。加減を間違えればどうなるかちゃんと分かってるさ」

 それよりも、と話を変える。

「マーサさんからお土産貰ってるだろ?少し食べたいな」

 ブィールルもこれ以上話を蒸し返すことなく持っていた袋から小さな箱を取り出して主の前に置いた。箱を開けると、中から香ばしい匂いがふわっと広がった。中には小さな穀物が蜜で固められた素朴なお菓子が数本入っている。香ばしい匂いはその穀物独特の匂いと、焦げる直前まで火を入れた蜜の匂いが合わさった結果だ。公爵はにこにこしながら一本取り出すと、小気味良い音を立てて食べて行く。

「うん。美味しいね。やっぱりマーサさんを僕の屋敷で雇いたいな」

「主がそういうのを何年も聞いているような気がします」

「実際言ってるんだよ。国守の公爵の近くにいる人間はだれ一人僕の所に来てくれないんだから」

 わざとらしく拗ねた様に口をとがらせて見せた。

「まぁ、公爵令嬢がよく食べるからね。きっとてこでもマーサさんはあの屋敷から離れないだろうね。残念」

 サクサクと一本食べ終わる。すぐに二本目に手を出そうとするのを、ブィールルがあわてて止めた。

「主!それは私のです。あまり食べないでください!」

「ケチ」

「何と言われても駄目です」

 ブィールルは公爵から箱を遠ざける。公爵は自分の部下にジトッと恨みがましい目を向けた。

「ブィールルが言う事を聞いてくれない。命令違反だ」

「その程度で主が何かするような人ではないと、私は信じています」

 箱を守るように抱えてブィールルが返した。

「食べ物の恨みは怖いんだよ」

「そっくりお返しします。もし私に罰を与えてまでこれを食べると言うなら化けて出ますからね」

「いまさら一人増えた所で痛くもかゆくもないよ」

 公爵はそういうと、ふっと部屋の窓の方に目を向ける。窓越しでも分かる程に冷たい風が、執務室から見える大きな庭の花々を揺らしていた。寒い季節でもなるべく彩りを絶やさないようにしようという庭師の努力が実を結びかなりの数の花が咲き誇ってはいるが、冬に至る風はそのような彩色に見えない灰色を加えてしまう。

「ブィールル、見てごらんよ。冬が来る」

 少し遠い目をしながら公爵が部下を呼んだ。ブィールルはそれに応じて窓の方を見る。

「えぇ。今年の冬はどうなるでしょうね」

「さぁ分からない」

「主でも分からない事があるんですね」

 公爵がフフっと軽く笑って見せた。だがその笑顔はすぐに真剣な表情に変わる。

「でも、冬が明ければファフナールの初成人の儀だ」

 ブィールルは小さく頷く。

「正式にあの子を僕の跡継ぎとして選べる」

「………」

 ブィールルは言葉を発しない。

「君ももちろん、皆には色々動いてもらうよ」

 ブィールルはその言葉を聞くと公爵に向き直り、膝をついてうなじが見えるほど深く頭を垂れた。

「このブィールル。主のためにこの身を粉にする程に働く所存にございます」

「うん」

 冷たい太陽の光は公爵に当たると生命力の溢れる後光のようになり跪く配下を照らし、ブィールルのしなやかな体と褐色の肌がその光を余すことなく受け入れる。しっかりとした椅子に深く腰掛けて部下を見下ろす国富の公爵とその前で跪くブィールルの姿は、まるで王とその部下であるかのような威厳と荘厳さに溢れた光景だった。


「じゃあそのお菓子ちょうだい」

「お断ります」

 ブィールルは喰い気味に公爵の願いを退け、更に深く箱を抱え込んだ。

「………ケチ」

「主の部下ですから」

「どういう意味さ」

 しばらく二人で喋り合っている部屋の外、窓から見える山より吹き荒ぶ風は公爵邸の窓を叩く。その風はより強さを増して石作りの家並み広がる街に広がり、人々に太陽の季節の終わりと、風と雪の季節の訪れを声高に宣言して回った。

 冬がそこまで近づいていた。

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