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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第1章 拾われる。
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奴隷の少女は公爵に拾われる 9

「男爵くん、報告が終わったのならいい加減机の上の食べ物を減らすのを手伝ってくれるかな」

「は、はい…にしても、ご令嬢はよくお食べになりますね」

 男爵がこの部屋についてから現在までのあいだに、残っていた食べ物は半分ほどに減っていた。

「そうだね。私も驚いてるよ」

 公爵は全く驚いていない表情でカップに手を伸ばす。

「では、いただきます」

 バン!!

 と、男爵が席に着き手を合わせると同時に台所に続く扉が勢いよく開いた。

「公爵様。難しい話は終わりましたか」

「終わったよ。だからといって新しくご飯作らなくてもいいからね」

「わざわざ言わなくてもわかってますよ」

「どうだか、この前はどんなに食べてもテーブルから食べ物で溢れそうな皿がなくならなかったよ」

「体を鍛えてる兵士があれだけ寄ってたかって情けない。鍛え方が足りないんじゃないですか?」

「耳が痛いよ」

 マーサはカップを持って男爵のところに歩いて行った。

「はい、男爵様、紅茶ですよ」

「あぁ、これはありがとうございます、マーサさん」

「あらやだ、マーサさんだってハハハハハ」

 マーサは男爵の肩を思いっきり叩きながらテーブルの上に紅茶を置く。

 普通の紅茶よりも濃い琥珀色で、匂いも普通の紅茶よりも少し強い。そのカップの脇にあるのは、砂糖ではなく黄金色に輝く

「はちみつですね。ほんといつもありがとうございます」

「大げさですよ。男爵様が紅茶にはちみつを入れることくらい一回紅茶をお出しすれば覚えますって」

「いやいや、それだけじゃないです。マーサさんは僕が好きな紅茶の銘柄から濃さまで一回であててしまったんですから。マーサさんのところで紅茶を飲んでからほかのところで紅茶を飲んでも美味しく感じなくなってしまって」

「公爵様。男爵様は珍しく一生懸命働く貴族なんですからお給金くらい弾むように国富の人に掛け合ってくださいよ」

「これは手厳しい。マーサよりもおいしい紅茶を入れられる人を使用人にできるくらいお金を持ってるのは国富の公爵くらいなものだよ。先日も国富の公爵からマーサを公爵邸で使用人として迎えたいと正式な文章が来たところだ」

「あら、光栄ですけどあそこは遠すぎますね。ここで十分ですよ」

「それは嬉しい」

 公爵はまだ中身の残っているカップをテーブルの上に置くと、マーサはそのカップを回収する。

「男爵様はまだしばらくここにおられるんですか?」

「いえ、私はこれを飲んで少し食べたら少し用事が」

「あ、そうだ。男爵くん。もうちょっと待って。いろんな人に届けて欲しいモノがあるからお使いを頼まれてくれるかな」

「はい、分かりました」

「ラト」

 公爵が少し大きな声で執事を呼ぶ。

「はい。お呼びでしょうか公爵様」

 即座に扉の向こうから執事が現れた。

「男爵君に各方面に渡す書類のお使いを頼むから用意してくれるかな」

「かしこまりました。先日の北側国境での小紛争、国富5の伯爵汚職事件に関する調査報告、市民の間で出回り始めている微容量麻薬に関する調査、傭兵に関する法令への国法的解釈に関する専門家の意見の書類は整っています」

「後、今回の奴隷市場の襲撃、およびそれに関する経費の書類、経費は規制の書類と担当が変わるから2の侯爵に合わせて規格を変えてくれ。あと、ツィルの養子縁組に関する書類は僕が用意するよ」

「かしこまりました」

「あと―――」

 公爵はラトにきびきびと指示を出して書類の準備と目録の作成を指示している。

「ラトさん、相変わらず公爵の補佐一手に引き受けて凄いですね」

「国富の公爵から、国守関連の予算を1.8倍にするからラトもこっちで働かせないかって提案の書類も、わざわざ正式な文章で届いたよ。あ、それに関しての返事も書かないと」

「僭越ながら御主人さまの名義で既にマーサの分と私の分、返事を出させていただきました」

「ほぉ。あっちに行くかい?」

 ラトは小さな紙に軽くメモをとりながら白く蓄えられた口髭の下で苦笑する。

「御冗談を。私は公爵が行けと命令されてもここを離れるつもりはありません」

 メモを終えたのかメモ紙を胸ポケットに入れて背筋を立てて立つ。

「マーサはどうせあそこが家から遠いという理由で断るでしょう。公爵様の指示を仰ぐまでも有りません」

「そうかい。まぁ、私も二人がいなくなるのは困るからね」

「では、書類を整えてまいります」

 一礼してラトが部屋から出る。

「じゃあ、男爵君。しばらくゆっくりとしていっておくれ」

「はい。ん?」

 男爵はふと横を見ると、皿を持ったツツィーリエが近くに立っている事に気付いた。

「なんだい?いや、なんでしょうか、ご令嬢」

 ツツィーリエは無言で再度皿を差し出す。

「くれるのかい?あ、いや。くれるんですか?」

 少女が頷く。

「じゃあ、遠慮なく」

 と、男爵がその皿に乗っていた肉のサラダを半分ほど自分の皿に取り分ける。

 半分になった皿の上の物を見て、ツツィーリエが再度皿を差し出す。

「え、いや、これで十分だよ」

 少女はそれを聞くと、首をかしげてから男爵の皿に自分の持っていた肉のサラダを全部注いでしまった。

「ちょ、御令嬢。こんなに要りません。御令嬢はこれがお嫌いですか?」

 少女は首を横に振る。

 肉のサラダを指さして、男爵の口の辺りを指差して、小さく頷く。

「全部食べろってことじゃないかな」

「お腹一杯ってことですか?」

「違うと思うよ。ツツィーリエ。まだ食べるかい?」

 少女は頷いて自分の席に戻る。

「娘なりの歓迎のあいさつじゃないかな。特殊な環境にいた訳だし、その前にどんな所にいたのかもわからないから、歓迎のために一皿全部上げるという娘の中の慣習でもあるのかもしれない」

「そ、そうですか。では、御令嬢の歓迎の証という事なら頂かないわけにはいきませんね」

「あと、その子の名前はツツィーリエっていうんだ。覚えておいてくれると嬉しいな。私が付けた名前だから」

「あら、お嬢ちゃん、良い名前をもらいましたね」

 マーサが空になった皿を片付けながらツツィーリエに笑いかける。

 ツツィーリエは大きな真っ赤な目を開いて大きく頷く。

「お嬢ちゃんの黒い髪によくお似合いです」

「ツツィーリエって歌の女神のことですよね。何か関係があるんですか?」

 サラダを頬張りながら男爵が尋ねる。

「あら、男爵様知らないんですか?女神ツツィーリエは黒くて長い髪を持っていて、その髪で伴侶の心を射止めるんですよ」

「歌の女神なのに歌で伴侶を見つける訳じゃないんですね」

「まぁ、そう言えば変な話ですね。私もツツィーリエの話は御伽噺程度しか知らないから」

「ツツィーリエは自分の歌は愛の歌で恋のために歌うものではない、と言って伴侶のためだけに歌う事はしなかったんだ」

「あら、公爵様、お詳しい」

「図書室は充実してるからね」

 公爵はツツィーリエが皿の上のものを食べてるのを見ながら続ける。

「ツツィーリエが特定の誰かのために歌ったのは3回だけだ。1回目は、自分の父親で創造神の二男、大地の神と別れる時、2回目は住んでいた森の生き物の今際の際、3回目は自分の娘が自分から独立する時。この3回以外は皆のために歌を届けたと、書いてあったね」

「公爵は、何かそのおとぎ話の研究でもされてたんですか」

「この御伽噺が好きなだけだよ。好きな話に出て来る神様の名前だから娘の名前に選んだんだ」

「ほぉ」

「国守の貴族たちはともすると、脳味噌まで筋肉になってしまいがちだからね。私くらいはこういう趣味を持っていないと」

「他の貴族だって鍛えてるばかりではないですよ。私は弦楽を弾くことが出来ますし」

「1の侯爵令嬢のためにね」

「ンな……っ!」

「あら、男爵様。思い人がいるんでしたらガンガンいかないと。顔の良い誠実な男から言い寄られて悪い気のする女性はいませんよ?」

「そ、そうでしょうか、マーサさん」

「ま、その前にその口髭は剃らないとだめでしょうけどね」

「マーサさんまで」

「ラトさんくらいですよ、男で口髭が本当に似合うのは。悪いこと言わないから似合わない髭は剃っちゃいなさいな」

 男爵は恨めしそうにマーサを睨む。

「公爵様。書類が整いました」

 大量の書類を脇に抱えたラトが丁度その時に現れた。

「御苦労さま。男爵君に渡して」

「男爵様、どうぞ。この目録に書いてある書類をそれぞれの人に渡してください。今回はみなさんに書類さえ見せれば何の書類か分かる筈ですので」

「分かりました。所でラトさん」

「何でしょうか?」

「口髭が似合う男になるためにはどうすればよいでしょうか」

「男爵様に口髭が似合うように、ですか?」

 ラトがとても困ったように男爵の顔を見る。

 男爵の顔は眼がきらきらと輝いているのでとても若く見える。威厳のあるように見せる口髭はどうやっても似合わない。

「……今でも十分お似合いですよ」

「そうですか!」

 ラトは本当に困ったように笑っていた。


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