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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 83

「とりあえずツィルの紹介があるまでに時間があるから、そこら辺をぶらぶらしようか。私が誰かに捕まらなければ、だけど」

「隠れたらいいじゃないか。さっきの女はそうやって動いていたみたいだぞ?」

 モヌワが指をくるくると回してみせる。

「ステージの準備が終わったら私たちを誰かが呼びに来るだろ?」

 モヌワは一瞬首を傾げて、すぐに合点がいったと目を大きく開く。

「お、そうだった」

「それにそういう方法は頻繁にとらないほうがいいんだ。あまり頼りにして良いものではない」

 と言いながら、公爵が皺の目立ち始めた手をツツィーリエの方に差し出す。

「とりあえずいろんなところを回ろうか。こういう場にはあまり来ないから今のうちに楽しんでおかないと」

 ツツィーリエは数回頷いて、父親の手の上に自身の白い手を乗せる。モヌワは少し羨ましそうにその様子を見ていたが、ツツィーリエの脇に控えるように立ち威嚇するように周囲を見渡した。

 そのまま三人は人波の隙間を抜けながら広大なパーティー会場を巡り始めた。公爵の懸念は大いに外れ、見渡す限りの人の中で国守の公爵を見つけて挨拶をしようとする者はいなかった。

 ツツィーリエはその時初めて会場のいたるところで色々な音が流れていることに気づいた。幾重にも反射した光で照らされた中で眠気を誘う程に気だるげでいて耳を傾けずにはいられない大きな縦笛や、周囲と笑い合いたくなるほど精神を高揚させる数多の太鼓の音、聞くだけで思わず頬を赤らめてしまうほど官能的な音を震える弦で醸す演奏者もいた。彼らはそれぞれの音が邪魔にならないように巧みに配された場所で、聞き惚れる観衆の心の動きに合わせて思い思いの曲を奏でていた。だが、そのとても巧みに奏でられている音楽も、人の壁を数枚通せば微かな空気の震えとしてしか感知できない。その場所で主に聞こえるのは人のうわさ話だ。煌びやかに着飾った大人たちが昨晩の夕飯の味からこれからの政治動向、他国との外交の話に花を咲かせている。かと思えば柱の陰で少し死角になっているところに二人だけの世界を作っている男女もいた。彼らはほかの音など全く聞こえていないかのように距離を詰めて耳元に言葉をささやき、ささやかれた相手は上気させた顔のままくすぐったそうに笑ってお返しとばかりに相手の太ももを抓る。

 そこにいる人の身分も様々だ。国守の公爵の頭の中にはこの会場にいるほぼすべての要人の顔とプロフィールが入っているらしく何か見つけるとすぐにツツィーリエのほうに顔を寄せ、あそこで女性と親しげに話しているのがどこの貴族で、その相手が彼の妻ではないなどを淡々と伝える。時には驚くほど高位の貴族が他国の大使の付き人としてきた女性と過剰に親しげな会話をしていることもあった。 その中で、一際着飾っている小太りの男を見た瞬間だけ公爵がほんの一瞬だけ顔を曇らせた。

「ツィル。そのうちに言わなければならないことだから言っておくよ。彼はこの国の国王の従兄弟だ」

 公爵にしてはあからさまな表情の変化を見ると、手を動かす。

『あの人嫌いなの?』

「あの人が嫌いなわけではないよ」

 王族の一人に見つからないよう進路を変えながらツィルに耳打ちした。

「私は陛下を中心とした王族全体が苦手なんだ」

『なんで?』

 十分に距離が離れたことを確認すると、公爵も手話で話し出した。

『今の陛下は王族の持っている権限を拡大させようとしてるから』

『拡大?』

『そう。つまり私の持っている軍隊の指揮系統に対する権限を狙ってるの。で、ことあるごとに面倒事を押し付けてそれに難癖をつけたり、会議中にあからさまな嫌がらせをしたりするわけ』

 ツツィーリエが無言で父親を見上げた。

『で、今の陛下は私よりだいぶ若い。次に陛下と面倒な攻防戦を繰り広げるのはツィルだよ』

『じゃあ、ある程度渡してしまえば?』

 公爵は僅かに笑う。

『それができればいいんだけどね』 

 そして小さく溜息をついた。

『陛下はそういう権限を持つには少し……』

 公爵の手の動きが少し止まり、躊躇うように手が引かれる。そして、彼自身の口から小さくささやくように言葉が発せられた。

「思慮が足りないから」

 ツィルはぱちぱちと瞬きをする。

「まぁ、その内わかるよ。嫌でも関わらないといけないし」

 微笑みながらツィルの頭を撫でて周囲を見渡す。その視界に一人の男がふわりと入ってきた。短めに刈り込まれて逆立っている黒い髪に顔の半分以上を隠すような黒いマスク。黒いスカーフを首に巻き、たっぷりとした襞が多くできている黒いローブを羽織った浅黒い肌の男だ。

 その挙動から特に特定の用事があるわけでなく周囲の会話に耳を澄ませて参加できそうな会話、参加できそうな知り合いを探しているように見える。その男が最初にそびえたつモヌワの巨体に注目し、その麓にいる国守の公爵の存在に気づいた。

「おい。こっちに近づいてくるぞ」

 モヌワが警戒していることを全身で示しながら公爵に指示を仰ぐ。

「こっちに害意がある人ではないはずだから気にしなくても良いよ」

 公爵は極めて落ち着いた口調でモヌワの警戒を解す。その黒い髪の男は人波を器用にすり抜けてほぼ最短距離で国守の公爵のそばにまで近寄ってきた。マスクで隠れていない眼が公爵と対峙して嬉しそうに細められた。

「このよな広い会場の中で、であえてうれしい。おひさしぶりなね」

 マスクの中から発せられた言葉は、驚く位拙く、また口調にも訛りが目立つものだった。

「カラナス皇国大使殿。お久しぶりです。お元気ですか?」

「はーい。おげか様でとてもお元気」

 外観の色が統一されている事から近づき難い雰囲気を漂わせているが、一度話すと人懐っこい獣のような、放っておけない気持ちにさせられる。身長も低めでツツィーリエよりも辛うじて背が高い。身振りも手振りも大きく、ともすると子供と喋っているような気にさせられる。

「このパティーに公爵でると聞いて驚いたなね。あなた、いつもこの集まりに出ないから」

「えぇ。今日は少し用事があるので珍しく参加させていただきました」

「ようじ?」

「えぇ。またあとで正式に紹介させていただくのですが、私の娘を皆さんに紹介させていただこうと思って」

 大使は公爵の隣に立つツツィーリエを見る。子犬のように少し潤み気味の目は女性に限らず多くの人の保護欲を掻き立てさせるものだ。

「この女性ですかなね?」

「えぇ」

 大使はマスクをしていても分かるくらい大きな笑顔で笑うと、前かがみになりながら握手を求めるように両手を差し出す。

「はまじめまして。私は、カラナス皇国という国の大使ですね。名前はあたし国に置いてきた。だから大使と呼んでほしい」

 ツツィーリエは丁寧にお辞儀をしてから差し出された両の手と握手をする。

「これからもよろしくね。できればあたしの同期も紹介したいけど、皆この会場の中でちろちろ動いてるのなね。場所分からない」

「嘘は良くありませんよ、大使殿」

 娘と握手をしたままの大使に向かって公爵が言った。

「あなたたちがとても密接につながりあってることは知っていますよ」

 そういわれると、大使はとぼけるように目を大きく見開いて首をかしげて見せる。

「あと、あなた達がこの国の人間よりも流暢にこの国の言葉を喋れることも知ってます」

「あやー。なんでそなこというかなー。だめなね」

 大げさに手を広げて公爵の方に目を向ける。

「ちゃんと喋れることは秘密ですので、もしよろしければ黙っていただけるとありがたい」

 突然、訛りや拙さが鳴りを潜める。声の質まで変わったように真剣な口調になると流暢に話し始めた。

「こちらの方が話しやすいのは事実ですが。真剣な口調になると皆警戒して何も喋ってくれないので。でも確かに閣下に先程のような口調をしても無駄ですね」

「えぇ。昔から知ってますから」

「それに閣下は我々が探ったところで情報を漏らすようなお方ではありませんし」

 先程までの親しみやすいキャラクターが変わり、まるで別人のような雰囲気を醸し出していく。冷徹に状況を判断する冷たい策略家の口調だ。

「買いかぶりすぎです。もちろん重要な情報は私の胸の中に秘めておきますが」

「私たちがほしいのはその秘めている情報の片鱗なんです。我々が探って尻尾も首も出さないのは閣下位のものです」

「国富の公爵にもそういったらどうだい?」

「彼の場合は、10の情報を入手する度に我々の方が100の情報を奪われてしまいそうですので」

 皮肉気味に肩をすくめると、黒尽くめの大使は周囲を見渡す。

「これ以上閣下と喋ると私からぼろが出て仲間に怒られてしまいそうです。早いですがこのあたりで失礼します」

「もうすぐ娘の紹介を目立つところでやる予定なので、そちらの方も見てください」

「存じ上げております。国富の公爵閣下の配下の方がものすごい勢いで触れ回っておりますから。おそらくこの会場で酒や女に意識を曇らされている者以外は皆知っていると思いますよ」

「もうそんなに広まってるの?」

「えぇ。我々は先程から聞きすぎて飽きてきているところです」

 大使はローブを広げて優雅にお辞儀をすると、その場から一歩下がる。一歩下がった途端に彼の目が笑って手を大きく振り始めた。

「さよならねー。またあえるとうれしなねー」

 ツツィーリエもそれに釣られるように小さく手を振り返す。それを見て嬉しそうに笑うと、大使は人混みの中に消えて行った。

「けったいな奴だな」

「あの国の大使は皆あんな感じだから。一人会えばそれで良い」

「兄弟かなんかか?」

「いや血のつながりはない筈だけど」

 ツツィーリエはじっと大使の消えた方向を見つめると、父親の方を見上げる。

『彼と喋るとお得ね』

「お得?」

 ツツィーリエは頷いた。

『一人と喋るだけで二人分喋れるもの』

「二人じゃないよ?」 

「そりゃ一人なのはお嬢だって分かって――」

「あぁいう性格が5人分くらいあると思うよ」

「…………」

「世の中いろんな人がいるからね」

 モヌワは毒蛇でも見るような目つきで大使が消えた方向に目をやった。

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