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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 81

 ただでさえ少年の行動に注目が集まっているところに国富の公爵が現れ周囲の目が一気に集中した。その注目の動きを誰よりも早く察知した国富の公爵は、少年の後ろでこちらを仰ぎ見る少女たちの方に笑いかける。

「お嬢様がた、僕の息子のわがままに付き合っていただいて大変申し訳ない。何か不自由なところはありましたか?」

 公爵は先程息子に向けていた表情とは一変して蜂蜜が垂れるほどに甘い笑みを浮かべて少女たちを気遣った。その笑顔に少女たちの顔が一気に紅潮し、皆うつむきながら口の中で言葉をくぐもらせる。

「今から少し息子と話があるんです」

 表情も何も周囲の空気も一切変えないまま、公爵が次の言葉を発した。

《皆さま、保護者のもとにお帰り願えないでしょうか》

 公爵の喉元に一瞬だけ何かの模様が浮かんですぐに彼の中に沈み込む。だが、それが見えた場所にいたのは彼の笑顔にやられうつむいてしまった少女だけだった。頬を真っ赤に染めていた少女たちはその言葉に魅了されたように一斉に頷くと、スカートのすそを摘まんで丁寧に一礼してから自分の保護者のもとに帰っていった。

 その様子をにこやかな笑顔を浮かべて見送りながら表情を変えずに後ろで震えている息子に声をかける。

「ファフナール」

 その声に電気でも迸っているかと思うくらい少年の体が震えた。

「このパーティーの場で魔法を使うなと、僕は言わなかったか」

「………ぃた」

「聞こえない」

 緑の目で彼自身から受け継がれた金の髪を見下ろす。

「…言われました」

「忘れたわけではないようで良かった」

 そっけなく聞こえるくらい冷たい言葉が少年に突き刺さる。

 公爵の視線は黒い髪と赤い瞳に吸い込まれるように移った。ツツィーリエはこちらを見る緑の瞳を変わらない表情のまま見返す。と、何かに気付いたようにツツィーリエの視線の向きが変わった。

「ツィル。何かあったのかい?」

 その視線の先には銀髪に白髪が混じった壮年の男が立っていた。周囲に溶け込むような自然な雰囲気だ。周囲の人間はそこに最高位貴族である公爵が二人そろっていることに気づかない。彼はいつも浮かべている優しそうな微笑は浮かべておらず、かなり心配そうにツツィーリエのほうを見ていた。

『なんでもないよ』

「そうかい?何か騒がしくなったからこっちに来てみたんだけど」

『大丈夫』

 ツツィーリエは手話で父親を安心させるように意思を伝える。

「閣下!お久しぶりね」

 国守の公爵を見たエレアーナが意外そうに眼を開いて公爵に話しかけた。公爵は娘以外の人物にようやく目を向ける。

「エレアーナ嬢」

 公爵はその確認した人物に驚いて目を開く。

「久しぶりだね」

「お元気でした?」

「お陰さまで。というか、なんでエレアーナ嬢が娘と一緒にいるんだい?」

「娘?」

 エレアーナがツツィーリエの方に目を向けた。見られていることを感じたのか、ツツィーリエもエレアーナを見返す。

「あら、ツツィーリエちゃんの父親ってあなただったのね。意外」

「なんで意外なんだい?」

「あなたが養子を取るなんて考えてもみなかったから」

 でも、とエレアーナは顎に指を当てて少し考え込むような表情をする。

「考えてみれば意外でもないかも。あなたには後継ぎが必要だし」

「なんで養子だと思うんだい?大抵の人は私がどこかの女に子供を産ませたと勘違いするんだけど」

「あら、おかしい」

 エレアーナがからからと笑った。

「そんなことを言うのはあなたの事を知らない証拠よ。だって閣下がどこかの女と付き合うなんて考えられないもの」

「君がそういう事を言うとはね」

「私だから言えるのよ」

 公爵の胸に指を突き立て、笑いながら公爵を見上げた。

「それにツツィーリエちゃんの父親が閣下だっていうのなら納得だわ。というかあなた以外に考えられないわね、きっと」

「それは褒め言葉かな?」

「もちろんよ」

 エレアーナはツツィーリエの肩に手を当てて朗らかに笑って見せる。

「閣下にはもったいないくらいね」

 その言葉に公爵が苦笑しながら言った。

「何よりの褒め言葉だよ」

 公爵は周りを見渡した。先程の事があってもっと視線がこっちに来てもおかしくないのに、周囲の注目は不自然なくらい彼らから外れている。皆自分達の会話に熱中しているようだった。

「何かした?」

 エレアーナもツツィーリエも首を横に振る。

「さっきまでみんなこっち見てた気がしたんだけど」

「公爵閣下」

 そこに声をかける者がいた。

「あら、国富の公爵までいらっしゃったわ」

「これはこれはエレアーナ嬢。真っ先に挨拶したい所ではあるのですが、今は先に謝らなければならない女性がいるのです」

「あなたが謝らなければならない女性の心当たりが多すぎるわね」

 その言葉を受けて端正な顔ににやっと笑いが浮かぶ。が、すぐに彼の視線がツツィーリエに移った。国富の公爵は迷いなく膝をつくと、ツツィーリエに対して頭を垂れる。彼の髪が首元からさらっと音を立てて重力に従った。

「このたびは私の息子があなたに大変失礼な行いをしてしまいました。こうして頭を下げるだけで解決するとは思いませんが、まず最初に私の謝意を示させてください」

 国富の公爵が膝をついて頭を下げるという非常に珍しいことが起きているにも拘らず、周囲の目線はこちらの方に向いていない。こちらを認識していないというより、こちらの動きがとるに足らないものであると彼らの中で判断されているような雰囲気だ。

 国富の公爵がぎろっと睨むように息子のほうを見ると、ファフナールが慌てて父親と同じように膝をついて歯を食いしばって頭を下げる。

「……大変失礼なことをしてしまいました。……ごめんなさい」 

 ツツィーリエは特に二人が目の前で謝罪していることに心を動かされた様子もなく、持っていた紙に文字を書いて渡した。

『別に気にしていません。頭を上げてください』

 それを見た二人がすっと頭を上げる。

「ツツィーリエちゃんは将来いい女になるわね。こんな若い時から美男子二人を足元に侍らせてるんだから」

「エレアーナ嬢」

「あらごめんな――」

「ツィルは既にいい女だよ」

 エレアーナは呆れたように国守の公爵を見た。

「………なんでしゃべらないんだ」

 ふてくされたような表情のファフナールがツツィーリエの書いた紙を返しながら言った。

『喋れないから』

 返された紙にさらっと一言書いて喉をトントンと叩いて見せた。それを見たファフナールは少し気まずそうに目線を泳がせる。国富の公爵が何か言おうと口を開いたが、その姿勢で少し停止してからツツィーリエの方に向き直る。

「お嬢様。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 ツツィーリエは新しい紙に自分の名前を慣れた手つきで記して渡した。それを恭しく受け取って名前を確認した国富の公爵が壮年の公爵の方へ尋ねるように視線を向ける。

「えぇ。この子が先程話していた私の娘ですよ」

 国富の公爵は何とも言えない表情で息子のほうを見る。ファフナールは冷や汗を垂らしながらその凝視に耐えざるを得なかった。

「後で息子にはきつく言っておきます。今は御令嬢に対して御詫びの意思を示したいのですが」

「別にいいのに。娘に特に何もなかったみたいだし」

「そういっていただけると嬉しいですが、やはりここは私の気持ちがおさまりません」

 国富の公爵はツツィーリエのほうに向きなおる。

「ツツィーリエ公爵令嬢。もしよろしければお詫びの印として、私にできることをさせていただけないでしょうか。何でもとは言いませんが御令嬢の要望に全力で答えさせていただく所存です」

 ツツィーリエはその言葉に対して目を数回瞬きさせ、父親のほうに困惑したように顔を向ける。

「こういってくれてるわけだし何か言ってごらん。彼はたいてい何でもやってくれるよ」

 ツツィーリエはそう言われて少し考え込むように視線を斜め下に向けた。と、ツツィーリエたちの耳に大きな足音が入ってきた。その方向を見ると、片手に食事が山盛り乗った大皿を持ったモヌワがこちらに向かって走って来るのが見える。頭二つは大きいモヌワは遠くからでもすぐにわかった。

「お嬢ーー」

 大柄な体の割に素早い動きで人波をよけると、どんどん距離が詰まってくる。

「……モヌワ、あれ何を持ってるのかな」

 モヌワが皿を片手で持っているのは、もう片方の手に何かを抱えているからのようだった。距離が詰まってモヌワが速度を緩める。

「お嬢、こっちで何かありました?さっきすごい音が聞こえたんですけど」

『なんでもないよ』

「良かったです。急いでこっちに戻ろうと走ったら、いきなり目の前にこいつが現れてですね」

 と、モヌワが抱えているものをツツィーリエに見えるように地面に落とした。

 それを見た国富の公爵は笑いそうになるのを必死にこらえ、彼の右側に控えているであろう姿の見えない男から微かに息をのむ音が聞こえた。

 それは昏倒している警備兵だ。だが顔には傷がついており、装備も若干だが通常の警備兵とは違う。普通の警備兵ではないことがうかがえた。

「いきなり止まれって言って邪魔するもんだから、殴って大人しくさせようとしたら少々抵抗されまして」

「重要な賓客の多いこの場でいきなり走り出したらそうなるかな。それにしてもこの兵士、モヌワに抵抗できるくらい強かったんだ」

「えぇ、まぁ」

 モヌワが手に持った皿をツツィーリエがとりやすい高さにまでゆっくりと下ろす。

「料理が崩れないようにしながらだとちょっと難しくて」

 皿の上に盛りつけられた料理は絶妙なバランスで以て皿の上に乗っていた。少しでも大きく動いたら雪崩を打って皿の外に放り出されるだろう。

 国富の公爵の横でギリッと歯を食い締める音が聞こえる。その音を聞いて国富の公爵はにやにや笑いをこらえるのに必死だ。

「でも、考えてみたらこの服ってここの警備兵のものですよね。ちょっとまずいことしたかな」

 短くした血色の髪を掻きながらモヌワは顔をしかめた。

「別にかまいませんよ」

 表情を取り繕った国富の公爵が、モヌワの方に笑いかけながら近くにいた給仕の青年を一人呼んで簡単な指示を出した。

 モヌワは国富の公爵を見て一瞬目を細めると、誰だかわかったように目をもとの大きさに戻す。

 ツツィーリエは国富の公爵の腕を指でつついて、向き直った公爵に紙を見せる。

『国富の公爵閣下。もしよろしければ、先程のお願いでモヌワが警備兵を殴り倒したことを不問にしていただけないですか』

 国富の公爵は吹き出すように笑い、腕を後ろに組みながらツツィーリエの要求をはねた。

「いえ、お嬢様。それには及びません。国守の公爵閣下の護衛官を足止めしようとするなどという愚かな行為をした僕の部下の責任、ひいては僕の責任です。新たにこちらが謝罪する必要がありこそすれ、お嬢様が責任を感じる必要はありません」

 それを聞いて、ツツィーリエは少し首を傾げてから新たに質問する。

『警備兵は国守の公爵の管轄ではないのですか?』

「僕の場合は専属の警備兵を用意することが認められているんです。仕事の都合上、一々国守の公爵閣下に警備兵の要請をしてしまうのは双方にとって不便ですから。もちろん、厳しい制約が課されていますけどね」

 どこからか現れた他の警備兵と給仕の青年が倒れている男を担いでどこかに運んで行った。

「そちらの頼りになる女性は公爵の護衛ですか?それともお嬢様の?」

「私はお嬢の護衛官だ」

 胸を張って答えるモヌワに対してにこやかに笑いかける。

「先程の警備は強かったですか?」

「まぁまぁだった。いきなりどこからか現れたからびっくりしたけどな。でも、もっと鍛えなおした方がいいと思うぞ」

 金髪の公爵は一礼しながらだれにも見えない角度で指を動かし、自身のそばにいる男に暗号で言葉を伝えた。


『だってさ』


 その意思を受け取った男は悔しさと不甲斐なさと怒りで吠えたいのを、鉄の自制心でこらえていた。

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