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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 74

「じゃあ、下に降りようか」

 公爵はツツィーリエに合図をすると深く息を吐き、一段高くなっている縁からメインの会場に歩いて行った。

 下に降りると公爵はまっすぐに一番近くの食事が置かれている卓に近づいていく。たくさんの人の匂いと酒の匂いを押しのけるように肉の焼ける匂いが嗅げた。人の隙間からその卓を見ると担当している人物が数人おり、そのうちの一人が手慣れた手つきで串を使って分厚い肉を焼き、ゼリーでも切っているかのような滑らかさで肉を切り分けていた。

「とりあえず、何か食べ―――」

 と公爵がツツィーリエに話しかけた所に他から声がかかった。

「公爵閣下」

 公爵が振り向くと、そこには黒いローブを羽織った痩せ気味の男がいた。肌は日焼けをしないもの独特の白さで目が少し落ちくぼんでいる。癖が強く堅そうな髪を耳にかかる程度に伸ばし、幽鬼と人間が1:3の比率で混ざっているような雰囲気を纏っていた。

「3の侯爵君じゃないか」

 公爵が親しげに返答する。

「閣下。お久しぶりです」

 そっけないとも思える低い声で軽く礼をする。

「今日参加されるということで、いつもの情報収集のほうはどうしましょうか」

「そっちはいつも通りに頼む。今回のパーティーには別の目的があってきてるから」

 それを聞くと3の侯爵は深々と礼をして立ち去ろうとする。が、ふと顔を巡らせ、公爵の脇に立つツツィーリエの姿を視界にとらえた。

「………彼女が噂の、公爵令嬢ですか?」

 顔だけ公爵の方に向けて尋ねる。

「そうだよ。さすがに耳が早い」

「閣下が御令嬢をお引き取りになってから何年経っていると思っているのですか。この程度のことは押さえて当然です」

 3の侯爵はツィルをまっすぐ見下ろすと、膝を折る勢いで深々と礼をする。

「お初にお目にかかります。私は国守の公爵閣下から、司法や武具管理などを管轄する3の侯爵の任を仰せつかっている者です。名前はスート・フォン・アファイル、3の侯爵とお呼びください。私にとっては名前よりもこちらの方が重要ですから」

 ツツィーリエはモヌワの方に手を伸ばす。モヌワは何も言わずに持っていたメモ帳の束と携帯用のペンを渡す。

『初めまして。国守の公爵の娘、ツツィーリエです。苗字などは後々正式に名乗ります。ですが、私にとって大事なのは父上からもらったこの名前と、国守の公爵の娘という肩書だけです。それだけ覚えてくだされば十分です』

「手話で問題ありません。閣下が声を出すことのできない少女を養子に迎えたという情報を聞いた段階で手話で会話できるようにいたしております」

 落ちくぼんだ目で不器用に笑いかけてみせる。

『ありがとう。文字を書くとどうしても話すよりも遅くなってしまうから』

「ですが、他人の声よりも文字のほうが私は好きですよ。文字は嘘をつかないので」

『そういえば3の侯爵閣下からは、インクと紙の匂いがしますね』

「えぇ。仕事相手は基本的に書類ですので。不快ですか?」

『血と鉄の匂いよりよっぽど好いわ』

 3の侯爵が目を細めて笑みを深める。

「気の合う相手でよかった」

 3の侯爵が再び公爵のほうを向く。

「では、いつも通りに」

「よろしく頼むよ」

 3の侯爵がローブを翻してその場を去る。その3の侯爵が僅かに腕を振ると、数人の青年が彼のもとに走り寄ってくる。その青年たちに手短に何かを伝えると、彼らはうなづいてまたパーティー会場の方に戻っていった。

「情報収集を頼んでるんだ。彼はああ見えて情報と部下の扱い方が非常にうまくてね。すごく助かってる」

『いい人ね』

「あぁ。私の腕の一つだ」

 そのまま彼らは一歩も進まないうちに、前方からノシノシと歩いてくる二つの人影を目にする。

「あの二人が、私のあと二本の腕だ」

 公爵はその二つの影が近寄ってくるのをそのまま立って待っていた。

「閣下!お久しぶりですな!お元気ですかな!」

 一人は身長はツツィーリエよりも低いくらいだが、横幅はモヌワほどもあるのではないだろうか。特注したと思われる黒い礼服を着こんでいるが、下のシャツのボタンがはちきれそうだ。どちらかというと温和な顔をしているが、礼服の隙間から見える地肌や顎のあたりにかなり大きな刀傷があるのがうかがえる。その横に広い体も、モヌワからみれば筋肉の上に脂肪が乗ったある意味理想的な戦士の体形だった。

「1の侯爵君、久しぶりだね。私は元気だ。君と君の家族はどうかな」

「すこぶる元気ですよ。妻も二人の娘も私などよりよほど元気です。私は最近膝が痛くて」

「それは困る。君は誰よりも元気でいてもらわないといけないのに」

「なんの。心配せずともまだまだ若い者には負けぬほどには元気ですよ」

 公爵は息を吐くように少し笑うと、もう一人の方に声をかける。

「2の侯爵君も元気かな。君の家族も」

「はい。私も妻も一人息子もおかげさまで健やかに過ごしています」

 もう一人は、逆に背の高めの男だ。公爵よりも頭半分は高いだろうか。しかし細くはなく、鍛えていることがわかる胸板の厚さと腕の太さをしていた。厳めしい顔をした気難しそうな男だった。こちらの男も顔中に傷があり、特に頬から目にかけて太い傷が走っているのが特徴的だ。

「君はまったく……いい加減次男のことも許しておやりとあれほど言っただろ」

 公爵は2の侯爵の”一人息子”といったところにため息をつく。

「いいえ。あのような息子、息子とも思いません。すでに私の家族とは縁を切った者です」

 どんな言葉で以ても行動で以ても変えようとしない、頑固な意思を感じさせる口調だった。公爵はその言葉を聞いて深く溜息をつく。

「まぁ、忙しい中このパーティーに参加したんだ。君が不快になるような話題はしないよ。でも、君がこの手のパーティーに参加するの珍しいね」

「閣下に言われたくはありません」

「それもそうか」

 公爵がにやりと笑うと、つられて2の侯爵の険しい顔にも笑みが浮かぶ。

「青将軍と赤将軍が参加するということで、私も参加した次第です。あと、公爵閣下も参加するということで」

「私が来るからって無理したんだったら悪かった」

「いえ、お気になさらず。私が好きで来ているだけですから」

「堅苦しいぞ、2の侯爵」

 1の侯爵が大きな手で2の侯爵の背中をたたく。

「2の侯爵は相変わらず固いって話をさっきまでしてたところなんですよ。もっと肩肘の力抜けって」

「ほっておけ。不器用だろうとなんだろうと、私の生き方は私が決める」

 ぶすっとした顔で1の侯爵に返答する。

「てな具合ですよ。何とか言ってやってください」

「私が何か言って変わる男じゃないことは昔から変わらないよ。少なくとも2の侯爵としての働きは全く問題ないし」

2の侯爵が深々と礼をする。

「1の侯爵君、君の娘はどこにいるのかな?」

「さぁ、どこかで玉の輿を狙う男たちに捕まってるんでしょう」

「いいのかい?」

「妻がついてますから。それに娘は二人とも口だけ、顔だけの男に騙されるような女じゃありません」

「それは安心だ。2の侯爵はどうだい?」

「息子は何処かにいるでしょう。あれも毒蛇を掴まない程度には痛い目にあってます」

「それは良かった」

 1の侯爵が近くを通りかかったウェイターからグラスを3つ受け取ると、それを公爵の2の侯爵に渡す。

「久々に会ったんですから、乾杯しましょう」

「そうだね」

 公爵は片手でその酒を受け取りながら、ツツィーリエの方を向く。

「ツィル、先にご飯食べておいで」

 空いた片方の手でその続きを伝える。

『この人たちは酒を飲むと話が長くなるから』

「おや、そちらの女性は?」

 1の侯爵が尋ねると、2の侯爵も興味を持ったようにツツィーリエのほうを見る。

「あぁ、あとで紹介するけどね。私の娘だ」

「娘?」

 1の侯爵が目を数回瞬きさせた後、何かを思い出したように目を開く。

「そういえば1の男爵がそんなことを言ってましたね」

「そんなことって。重大事項だろうが」

 2の侯爵が1の侯爵に言う。

「女性を公爵の後継ぎにするというのがどうにも信用できなくてな。忘れてた」

 それを聞くと、ツツィーリエの後ろにいたモヌワの形相が一気に険しくなる。

「もしお嬢になんか文句があるってんなら相手になるぞ」

 そのまま一歩踏み出そうとするのを、ツツィーリエが目だけで制する。その視線にモヌワが小さくなって一歩下がった。それを見て1の侯爵が太鼓腹を抱えて大きく笑った。

「ははは、冗談です。いやはや、いい戦士ですな」

 1の侯爵は近くにいたウェイターにまだ酒の入っているグラスを渡して、堂の入った敬礼をする。

「先程は失礼いたしました、公爵令嬢殿。ユース・セシン・タキタルと申します。国守の公爵閣下より1の侯爵の任を負っている者です。この国の犯罪抑止、および治安維持を任としております。もし何か不埒者がいましたら私の方に言っていただければすぐに兵を派遣させていただきます」

「そんなに簡単に派遣されたら困るんだけど」

 公爵が苦笑する。

『私は喋ることができませんので、紙面での紹介をお許しください。私はツツィーリエというものです。あとで正式に名乗らせていただきますので、その時まで略式で申し訳ありませんがこちらの名前を憶えてください』

 と、ツツィーリエがさらさらと流れるように紙に書く。

「喋れないのですか。残念です。御令嬢のように美しい女性の声ならぜひ聴いてみたいところですが」

『私も自分の声を聴いてみたいですね』

「これは失礼。不躾なことを言ってしまいました」

 憎めない笑顔を肉に埋もれた顔に浮かべてみせる。

「閣下。私からも御令嬢にあいさつさせていただいてもよろしいでしょうか。何分山奥にしばらくおりましたので御令嬢のことを知らなかったのです」

「別に許可を取らなくても構わないのに」

 公爵が手でどうぞと合図をすると、2の侯爵も足を揃えて見事な敬礼を見せる。

「初めまして、公爵令嬢殿。私は、シオ・リオセン・カタシと申します。国守の公爵より、この国の国境防衛の任を負う2の侯爵の地位を任された者です。普段は山奥で、“山賊”の相手をしておりますがもし何かありましたら私も兵を派遣させていただく所存です」

「国境警備兵を派遣したら本気でまずいでしょ」

『初めまして、2の侯爵閣下。私はツツィーリエと申します。後で正式に私の名前を紹介させていただきますが、父上から頂いたこの名前が一番好きなのでよろしければ名前で呼んでいただけますか』

「ツツィーリエ殿は喉が悪いのでしょうか?地元によい喉薬があるのですが」

『いいえ。これは生まれつきなので薬ではおそらく治りません』

「そうですか。差し出がましい真似をいたしました」

「ツィル。先に食べに行きなさい」

 公爵が周囲を見ながらツツィーリエにいった。見ると、国守の高位貴族である1,2,3の侯爵が畏まった挨拶をしている相手が国守の公爵である事に周囲が気づき始め、隙あらばお近づきになろうと得物を狙う鮫のように周りの人の流れが変化してきている。

 ツツィーリエもそれに気付いたのか素直に頷き二人の侯爵にスカートをつまんで挨拶をすると、足早に人の波を抜けて食事の用意されている卓に近づいて行った。

「では、とりあえず乾杯しましょう。公爵閣下はしばらくお忙しくなりそうだ」

「これだからあまりこういう集まりに参加したくないんだ」

「我々は武骨ですからな。チャラチャラした集まりには向かぬようです」

 改めて杯を持った三人は苦笑しながら杯を掲げる。

「久々の再会に」

「閣下の健康に」

「この国の平和に」

 彼らは縁を当て鈴の音の様な音を奏でると、中身を一息に飲みほした。

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