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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 72

 ガラガラと大きな音を立てて公爵邸の門が開かれる。普段は大きく開かれることのない門が本日二度目の全開に忠実に従い、夕暮れの太陽をわずかに遮って細く長い影を前庭に伸ばしていった。

「行ってらっしゃいませ」

 門を開いた白髪の執事が、門の前で待つ巨大な馬車の窓に向かって丁寧に一礼する。

 その窓が開かれ、灰色の目をした男が顔を出した。銀髪に白髪が混じった髪を丁寧に撫で付け、余った髪を綺麗に後ろでまとめている。目立たない部分に止められたピンには静かな表情で足を組む虎の紋が象られていた。

「留守を頼む」

「心得てございます」

 その灰色の目をした男が御者に指示を出す。御者が手綱をふるうと、荒々しい雰囲気の軍馬が顔を振りながらひときわ大きく息を吐き強靭な筋肉で馬車をひいた。鎧木に覆われた黒い車体に国守の公爵の門である牙を剥かない落ち着いた表情の虎を象った戦馬車は馬の行動に合わせて前進する。車輪が軋みを上げて回転し公爵邸の門をくぐると、そのまま夕暮れの街を進んでいった。

「あらまぁ。公爵さまはああいう時はやっぱり凛々しいですね」

 執事に脇にエプロン姿で立って主を送り出したふくよかな女性が執事に声をかける。

「そうですね。なんといってもこの国の公爵を数十年もやっておられる方ですから」

「もうそんなになります?」

「えぇ。私もあなたも公爵さまも年を取るわけです」

「昔は若かったんですけどね。当たり前なんですけど」

 執事はその言葉を聞くと、口髭の奥で笑みを浮かべる。

「いやはや、まったくです」



 馬車が段々薄暗くなる街の石畳の上を走っていく。馬車は殆ど揺れず時折車体の下のばねに力が加わるのが音で分かる程度だ。

「国富の公爵邸までどれくらいかかるんだ?」

 濃青の護衛官の制服を着たモヌワが公爵に尋ねた。外を眺めていた公爵がその言葉に反応する。

「ん?あぁ、結構かかるかな。私の邸宅と国富の邸宅は街の端と端にあるから」

「仲悪いのか?」

「いや?別に悪くないよ。たがいに利便性を考えたら結果的にこの位置になったと言うだけだ。私は邸宅の位置を動かす理由もないし、あちらも邸宅の位置は動かせないさ」

「あんたはともかく国富の邸宅なら街の中心の方が便利がいいだろうに。金が足りないのか?」

「大きすぎるんだよ」

「大きすぎる?」

 モヌワがいぶかしげな表情を浮かべる。

「国富の公爵の邸宅の全面積が、この街の面積3分の1に匹敵するんだ」

「………この街って、この国の首都だよな」

「そうだね。この国で一番大きな街だ」

「………なんでそんなにでかいんだ」

「お金があるからじゃないかな」

 公爵は沈んで行く太陽を窓から見つめながら答えた。

「はぇ……」

 モヌワが半ば呆れた様に溜息をつく。

「公爵邸に入ってからもしばらく馬車で移動します。広すぎて徒歩だと時間がかかるので、邸宅内を馬車が通れるようになってるんですよ」

 男爵が付け加えた。

「その公爵邸の全部を使う訳じゃないのか」

「まさか。パーティー用に建てられた建物があるからそこを使うんだ」

「パーティー用ね」

「今日はどれを使うんだろ」

「確か3番邸だった筈です」

「あぁ、あそこなら安心だ。5番邸は警備し辛いからどうにも落ち着かないんだ」

「…………パーティー用の施設は何個あるんだ?」

「12戸だっけ?」

「はい」

「………」

 モヌワの眼が遠くを見つめる。

『お父さん、パーティーに出ないのに詳しいね』

 ツツィーリエが手話で父親に尋ねる。

「ん?うん。国富の公爵邸で国の正式な行事が行われる時の警備は私が担当することが多いからね」

 公爵が自分の頭を指さす。

「基本的にこの国の重要施設の間取りは全部頭に入ってる」

「正式な行事って国の施設でやるもんじゃないのか」

「国富の公爵はこの国の外交一切を取り仕切ってるからね。他国の大使とか国王を正式に招待する時でも国富の公爵邸を使う事が多いんだ」

「へぇ」

 気付くと辺りから太陽の光が消え、道に設置されているランプや家からの明かりで道が照らされている状況になってきた。が、辺りからは静けさは感じられずむしろ時間がたつにつれて騒がしさが増しているようだった。

「この馬車で来て良かった。他の馬車がどんどん避けて行きます」

「まともな頭の持ち主なら軍馬の前に出たりしないよ」

 辺りには洒落た細工が施してある馬車が後ろから迫る3周りは大きい戦馬車の進路から外れて道の脇により、興味深そうに見つめていた。

 今通っている大きな道の脇、ランプの明かりが照らし出す歩行者用の道には夜にも関わらず幾つも屋台が出て、そこを通る人々の顔にはこの日を楽しみにしてきたという嬉しさが滲み出ていた。屋台からは呼びこみの声が絶えず響き、その屋台の味を求めて小さな子供やカップル、家族連れや数人の同性同士の集団がどこまでも続いていると思われるような屋台の群れをめぐっていた。

「ついでに祭りもあるのか」

「このパーティー、本当にいろんな人が来るからね。そういう人たち目当てに屋台を出す人が増えて、その屋台目当てに来る人が増えて、更に屋台が増えてってなっていつの間にかこういう風になったらしいよ。国富の公爵も一枚噛んでるとは思うけど」

「金ってのは、ある所に寄って行くもんだな」

 その屋台の群れは馬車が一歩進むごとに活気を増していき、普通の馬車だったら進めなくなっていてもおかしくない程の人の群れが出来上がっていた。いらだたしげな軍馬の鼻息が聞こえると流石に人が散るが、それでも少し馬車の歩みが鈍る。

「少し出るのが遅すぎたかな」

「蹴散らしたらいい」

「それで市民が怪我でもしたら仕事が増えるでしょうが」

 少し緩んだ速度をそのままにしばらく進んでいると、唐突にその屋台と人の群れが姿を消した。同時に周辺に立ち並んでいた家並みも途絶え、あるのは普通の道よりも遥かに綺麗に舗装され僅かにカーブして伸びている一つの道だけになった。

「ん?どうしたんだ?」

「公爵の敷地に入ったんだよ」

「公爵邸はどこだ?」

「あの遠くに見えるのが本邸だね」

 公爵が指さす方を見ると、ケシ粒程の大きさにしか見えない何かの建物があるのが分かった。

「遠いな」

「で、あっちに光って見えるのが今回の会場だ」

 窓から身を乗り出して覗くと、夜闇に呑まれかけている中きらびやかな光を発する巨大な施設があった。国守の公爵邸よりもかなり大きな施設だ。石作りの壁で覆われて上方には大きな窓、正面にはこれもまた巨大な門があり、馬車がその門の近くに寄せているのが遠目にもわかる。その施設には巨大なランプがいくつもあるのかまるでそこだけ昼であるかのように窓や門から煌々とした明かりが漏れていた。

「でっけぇ……」

「国富の公爵邸の中で一番奥にあるのが施設は公爵の本邸でね。その本邸まで移動するときには食料と水と発煙筒を持って行けって言う規則があるらしいよ」

「なんだそれ」

「それだけ広いってことさ」

 広い道に出ると御者が馬車の速度を上げる。

「ツィル、緊張する?」

『緊張してないわ。なんで?』

「いや、ツィルがたくさんの人の前に立つのって初めてだな、と思って」

『そうね。でも人が多いだけでしょ?』

「頼もしい」

 公爵がツツィーリエの頭をポンポンと撫でる。ツィルはそれを目を閉じて甘受する。

「あぁうらやましい。私もやりたい」

 モヌワがそういうと、ツィルは公爵の手を頭に載せたままモヌワの頭を撫でる。

「いや、そういうことじゃなくてですね」

 というもののモヌワはその手を払うことができず大型犬みたいに頭を下げる。そのうち男爵の視線に気づいて顔を上げた。

「なんだ」

「いえ、なんにも」

 面白い物を見るような目で見ていた男爵があわてて目をそらせる。

「なんだ。なんだったら撫でてやるぞ」

「遠慮します」

 モヌワが男爵のほうににじり寄ろうとしたところで、外から御者の声が聞こえてきた。

「着きますよ」

 その言葉を聞くと公爵はツツィーリエを撫でるのを止め自身のネクタイを少し直しツツィーリエは窓から外を眺めた。すでに会場が近いのだろう、人の喧騒が肌で感じられる。その会場に至る道の脇には大量のランプが並べられ、会場までの道筋を示していた。

 会場は少し小高い丘の上に位置していた。馬車をひく荒々しい鼻息が自身を鼓舞するかのように響き渡ると、最後の坂を通常よりかなり重い馬車をひきながら速度を上げて登る。

 坂を上りきると、より一層の喧騒が一行をたたいていくる。

「ようこそいらっしゃいました!こちらへどうぞ。馬車の世話は私どもにお任せください」

 巨大なパーティー用の施設の前に馬車が到着すると、清潔な身だしなみの少年が馬車の入り口あたりで声を張り上げていた。見るとその手の少年は入り口あたりに数人待機して、来訪するお客に対応しているらしい。

「ありがとう」

 公爵が扉を開けようとするのをモヌワが止め、足場として使うようの踏み台を持ったまま馬車の中から飛び降りた。

「お荷物をお預かりします」

「持ってない」

 モヌワは少年たちが寄ってくるのをあしらうと速やかに踏み台を設置して、声をかける。

「終わったぞ」

 その言葉に反応して、馬車の中から公爵が顔を出した。一瞬周囲を見渡すと、足早に馬車の外に出る。その姿を見た少年の一人が会場の近くにいる他の少年に目配せすると、その視線を受け取った少年は頷いて会場の中へ走っていった。

「ツィル、おいで」

 ツツィーリエもゆっくりとではあるが、踏み台を使って馬車から降りた。最後の数段を公爵が支えて降りる姿は、どこに出してもおかしくない淑女然としていた。

 地面に足をつけてゆっくりとツツィーリエが顔をあげる。白い肌と広がる黒髪、そして夕陽を引き立てる空を象った衣装を纏ったツツィーリエの紅眼は、作られた光の中で周囲の者に鳥肌を立てさせる程の存在感を放っていた。

「国守の公爵閣下。荷物などありましたらこちらでお預かりします」

「私も娘も特に持ち物は持っていないよ。ありがとう」

 公爵が小姓に声をかけると、中から男爵が出て来るのを待つ。

「こんばんは!男爵閣下。腰にお下げの武器はこちらで預からせていただきます」

「あ、そうか。そういうルールだったね」

 降りてきた男爵は寄ってきた小姓に自身の剣を預けると、少し落ち着かなさそうに体を揺らす。

「大丈夫だよ。この屋敷の警備はしっかりしてるから」

「分かってはいるのですが」

 男爵はマントの位置を修正して、しっかり胸を張って会場の方をしまった表情で見つめた。

「じゃあ、行こうか」

「ご案内します」

 小姓の一人が先導して歩きだした。その先導に従って、公爵と男爵、ツツィーリエとモヌワが光と喧騒が溢れる空間へと足を踏み入れた。

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