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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 66

「さて、おちびちゃん。あんたはどの服を着たいと思う?」

 ムクラがツツィーリエの横に自身の顔を寄せて尋ねる。ツツィーリエは目の前に広がっている見たことのない服のデザインを見ても、特に表情を動かさない。

 動かさないが、まったく瞬きせずじっと眺めていた。

「しばらく考えな。適当に選んで後悔するのはあんただよ」

 ムクラは何かを取りに行こうと屈めていた体を立ち上げる。その立ち上がりかけた体を小さな手が引きとめた。

「ん?」

 ムクラが服をつかまれた方向を見ると、少女が一枚の紙を手に取ってムクラのほうに見せていた。

「急がなくてもいいって」

 ムクラが再度体を動かすが、少女はムクラの絵具で汚れた服をぐっとつかんで離さない。ムクラの顔の方にデザインのうちの一枚をより近づける。

「それ?」

 ツツィーリエは数回力強くうなづいた。

「本当にそれでいいのか?他の作る時間ないぞ?」

 ムクラの顔に張り付く位の勢いでデザインを押し付ける。

「よっし。わかった」

 ムクラは至近距離にある紙を受け取って一瞬確認すると、笑いながらツツィーリエの前で強く拳を握って見せた。

「任せな。なんたって女の子の晴れ舞台だ。どんと胸張って行けるようにしてやる」

 そのままムクラは部屋奥の扉の方へ足早に進んでいくと、その暗闇の中に消えていった。ツツィーリエの隣では公爵がデックから見せられたデザインを見て少し嫌そうな顔をして何か交渉しているところだった。が、かなり分が悪いようだ。

 すぐに勝負がついてデックの方もムクラが消えた部屋奥の扉の方に短い脚を動かして入っていく。デックの家の中で聞こえる音は何かを探しているのか大量の布がこすれる音と、デック親子の罵声、窓をそよ風が叩く音。そして公爵の憂鬱そうな溜息だった。

「あぁ……いつもの服じゃなんでダメなんだろうね」

 公爵の言葉にツツィーリエは肩をすくめるだけで何もしゃべらない。残った二枚のデザインをまとめると先程までデックとムクラが作業していた作業机の上に丁寧に置き、元の椅子に座って行儀よく待っていた。

 座ったとたんに中からムクラが何かを持って現れた。

「おちびちゃん!こっち来てこれつけてみな」

「もうできたのかい?」

 その言葉にムクラが心底呆れたように公爵を見る。

「んなわけないだろ。頭に虫でも湧いてるんじゃないか?下着だよ、下着」

「下着も新しくするの!?」

「普通そうするもんだぜ。何があるかわからないしな」

 ムクラがにやにや笑いながら言った言葉を聞くと、公爵は不愉快そうに顔をゆがめる。

「間違いなんか起こさせないよ。まだツィルは小さい」

「女の成長速度は男と違うんだぜ。それにまぁ、下着を変えるのと変えないのとでは全部着た時の雰囲気が違うんだ。下着から小物まで全部新しくするぞ。さすがに下着とか小物まで作る時間無いから、あるものに少し手を加えてやるだけになると思うけど」

 公爵がものすごい深いため息をついた。

「国境紛争よりも面倒くさいんだけど」

「当たり前だろ」

 ムクラはツツィーリエの手を取って、引きずるように部屋の隅にあるカーテンで仕切られた場所のほうに連れて行った。

「ほれ、脱ぎな」

 カーテンを開けて中にツツィーリエを放り込む。

「おまえ、さっきもそうだがお嬢に対して無礼にほどがあるぞ!あんまりにも目が余るようならその汚い言葉しか吐かない口が開けなくなるくらい痛い目にあってもらうからな」

 モヌワがかなり怒りながらムクラに詰め寄った。

「パンツ脱がないでどうやってパンツ履くってんだ。お前はパンツを二重に履いてパーティーに行くのか?もしそうしたいっていうなら止めはしないけどファッションは一生はやらないと思うからやめときなよ」

「誰が私のパンツ事情について喋ってるんだ。私が言ってるのはお嬢に対する態度だ。公爵の娘だぞ。もっと敬意をもって接するのが筋だろうが」

「公爵さんよ。この私よりもでかい大女、あんたが雇ったのかい?確かに丈夫そうだけど口うるさいよ。買い物も下手になったのか?」

 モヌワの脇からムクラがひょいっと顔を出して公爵に失礼な口調で話しかける。

「モヌワ。デックとムクラはこういう人だからあんまり気にしないように。私もツィルもそういうこと気にしないから」

 モヌワがまだ何か言いたそうに口を動かそうとするが、特に何もしゃべることなく若干口を尖らせながら一歩引いて黙る。

「私たちは口が悪かろうと仕事はきっちりとするさ。まぁ見てろ。ちゃんとした服着たらあんたは大好きなおちびちゃんのことがもっと好きになるぜ」

 とムクラが言ったタイミングでカーテンがさっと開いて、下着姿のツツィーリエが現れる。藍色のレースで上下を組み合わせて月の浮かぶ夜闇を表した意匠の洒落た下着をつけて立っていた。日に焼けていない白い肌の髪と布で覆われていない部分が見えているが普段の服を着ているのと変わらない表情と姿勢で立っているので、一瞬周囲はその服装が普通なのかと自然に納得しかける。

『こんなのでいいの?』

 落ちていた紙を屈んで拾うと、そこにさらさらと文字を書いていく。

「……お嬢!だから、あんまり無防備な姿をさらさないようにしてください!もっと恥じらいを持ってください!」

 モヌワが先程の感情がちょっとした不機嫌であるかのように見えるほどの真剣な表情でツツィーリエに近づいていった。

『恥じらい?』

「そうです。恥じらいです!」

 ツツィーリエは少し首をかしげて考えると、紙に何か文字を書いてから無造作に胸の部分を隠して体を曲げてみせる。

『いやん』

 だが紙に書いた文字をモヌワに見せる表情にはまったく変化が見られなかった。

「ふざけないでください!」

 顔を真っ赤にしたモヌワが腕を振り回して感情を爆発させる。

『じゃあ、どうやってみせるの?』 

「この口の悪い女をカーテンの中に入れればいいじゃないですか」

『モヌワとお父さんしか見てないわよ』

「こんな木でできた家、隙間からいくらでも見れます」

「なんだよ、うちがぼろいってのか?」

「そっちこそこの家がぼろくないっていうのかよ」

「おちびちゃんその下着似合ってるね」

「話逸らすな!」

「でも似合ってるだろ?」

「そりゃ……似合ってるが」

「やっぱ藍色だと派手さが足りてないけど、いきなりこの年から赤はちょっとね。まぁいいか。基本的には見られることもないわけだし」

 ムクラが少しだけ頭を巡らせていたが、すぐに顔を横に振って立ち直る。

「まぁ、ここに時間かける意味は薄い。悪くないんだからこれで行く」

 ムクラはツツィーリエに最初の服を着るように言うと、次から次へと暗闇の倉庫の中から小物を取り出しツツィーリエにつけては持っているデザインと見比べてうんうんと唸っていた。

 服以外の装備が決まってムクラが本格的に服の作成に取り掛かり始めた時には、太陽が空を半周し終えて山の奥に沈み、月がしっかりとその姿で光を照らし始めてからになった。

 一通り小物を付け終わったツツィーリエは作る予定のデザインを見てから、窓から入る仄かに青みがかった月明かりを赤い瞳に映す。

 彼女は何も窺わせない表情で何か物思いにふけっていた。

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