奴隷の少女は公爵に拾われる 51
石作りの居心地のよさそうな部屋に、二人の人間が机を挟んで何かの話をしていた。部屋の壁には特に何の装飾も飾られていないが、この邸宅の石がむき出しになっているほかの部屋に比べれば、かなりきれいに磨かれて鑑賞に耐えるようになっている。絨毯は毛足が長くその上を歩くのは心地がよさそうだ。部屋の際には暖炉があったが、仄かに汗ばむような陽気と窓から注がれる十分な光があるので必要ない。部屋にいる二人が座っている長椅子には大柄な男性でも十分包み込むほどの柔らかさがあるクッションが敷かれ、二人が挟んでいる机の上には湯気と共に匂いを部屋中に広げている紅茶と、磨かれた小皿の上に温められた蜜が乗った焼き菓子が紅茶の匂いと合わさって食欲をそそる。
「―――以上が国富の公爵が、国守の公爵閣下にお伝えするようにと言われた情報です。直接国防に関係のある情報なので至急に、ということでした」
「ありがとう。国富の公爵の情報は正確で早いからね。今ならまだボヤで収まる、と国富の公爵閣下に伝えておいて」
「かしこまりました」
部屋にいる二人のうち、一人はこの国の人間より明らかに肌が褐色がかって彫が深く、目元がパッチリしているのがとても特徴的だ。男性にしては少しだけ長い黒髪をしっかりまとめ、あごの部分の髭はしっかり刈り込まれて清潔感がある。体つきはしなやかで、周囲を観察する目付きがくっきりとした目も相まって猛禽のそれのように見える。異国の顔付をしているので年齢はわからないが、そこまで年は行っていないだろう。
机を挟んで座っているのは、壮年より少し年齢を重ねた男性だ。目にかからない程度に伸ばした銀髪には白髪が混じり、日の光をキラキラと反射させている。濃い灰色をした虹彩は周囲を見ても特に感情を昂ぶらせることもなく、目尻の皺も物事にあまり動じない老成した持ち主の精神をそのまま体現しているようだ。少しくつろいだ白いシャツを着て、目の前の男から渡された書類に視線を走らせながら喋っている。
「紅茶とお菓子、遠慮しなくてもいいから食べて。残されるとマーサが悲しむ」
「ありがとうございます」
彫の深い男は意外に人懐っこい笑みを浮かべる。
「この国の菓子の中でマーサさんが作るお菓子が一番おいしい。この国の菓子は甘みが足りないのですが、マーサさんは私の国の味をしっかりと体現しておられる」
といって、蜜がたっぷりかかった焼き菓子を上品に口の中に放り込む。その体面に座る灰色の男は焼き菓子をつまむとゆっくりと口の中に入れる。蜜の味がかなりしっかり付いている上に生地にもたっぷり甘みが使われている。だが、生地の甘さが蜜の強い甘みと違った種類の甘さであるのと甘みを包み込むような程よい硬さになるようすっかり焼き込まれているので、甘みが好きな国の人にも、そうでない人にも食べやすい。
「別に君の国の甘さを参考にしたんじゃないと思うよ。マーサは多分、君がとても甘いものが好きな人と考えているんだろうさ」
「それでも問題ありません。不謹慎な話ですが、この国で問題が起きて、主から国守の公爵に使者として向かうように言われるたびにマーサさんのお菓子が頭に浮かんで嬉しくて仕方ないんです」
「確かに不謹慎だね」
公爵は仄かな苦笑を浮かべる。
「まぁ、みんながみんなまじめな顔をして問題に取り組むのは疲れるからいいんだけどね」
「心外です。問題にはまじめに取り組んでいますよ」
焼き菓子を頬張りながら、わざとらしく怒りの声を上げる。それにたいして親戚の子供に対してするような笑い声を上げる。
「ははは。ごめんよ。君は優秀な人さ。知ってるよ」
「とんでもない」
「とんでもなくないさ」
公爵の灰色の目が猛禽のような鋭い目を見据える。その顔には先程までの親しみのある笑みではなく、後ろに何が隠れているのか全く読めない微笑みが浮かんでいた。使者は思わず背筋にゾクッと走るモノを感じながらこめかみから汗を流した。
「そ、それでは、お菓子も食べましたし、用件も済みましたのでそろそろお暇させていただきます」
「そうかい。マーサに言ったらまだ焼き菓子出て来ると思うけど」
「非常に魅力的ですが国守の公爵閣下の貴重なお時間をいただく事になってしまうのと、私が帰れなくなってしまいそうなので帰れるうちに帰ってしまいます」
「そうかい」
使者が立ち上がるのに合わせて公爵も立ち上がる。




