奴隷の少女は公爵に拾われる 5
「失礼します」
「―――ん?ラトか……。どうしたんだい」
公爵は椅子に座ったまま、正面の扉が開いたことに気づいて閉じていた目を細く開ける。
いつの間にかカーテンの隙間から明るい光が溢れている。遠くから小鳥の声が聞こえていた。相変わらず殺風景な石の部屋だが、太陽の光が入ったことで少し温かみが感じられるようになっていた。
「もう朝でございますので起しにまいりました」
「もう朝か。時間が経つのが早いね」
公爵が小さく伸びをして体のコリを解そうとしている。
「椅子で寝られたのですか?」
「うん、まぁね」
「そうですか。お食事はされますか」
「うん、もらうよ。それと―――」
「はい」
「この子をベッドに連れて行ってくれないかな」
膝の上で公爵にもたれかかったまま寝ている娘を指して言った。
「かしこまりました。いつごろからその態勢ですか?」
「結構長いあいだだね。時計を見てないからわからないけど」
「そうですか。それでしたら少しお待ちください」
ラトが公爵の脇まで近寄ると、ゆっくりと少女を抱え上げ、そのまま少女を起こさないように持っていこうとした。
が、ラトが少女を抱え上げた途端に、その赤い瞳が大きく開いて執事の口ひげを蓄えた顔を仰ぎ見た。
「これは失礼しました、お嬢様。起こしてしまいましたか」
少女は別段どうじた様子もなく抱えられたままになっている、
「お嬢様、お食事は食べられますか?」
大きくうなづく。
「かしこまりました。お嬢様がよく食べられるお方なのでマーサが張り切っていますよ」
少女は目を数回パチパチさせる。
ラトが少女をゆっくりと地面に下ろすと、公爵の方に向き直る。
「主様。足がしびれておいでだと思います。立ち上がれますか?」
「ん~、もう少し待ってくれないかな」
公爵は足をゆっくりと触って感触を確かめながら、足に血を通わせようとする。
少女がトコトコと歩きながら公爵の方に近づいていく。
「ツツィーリエ、先に行っていていいよ」
名前を呼ばれた少女は公爵の目を見て、それから公爵の足に自分の手を当てた。
軽いパチっという音が、朝の静かな部屋に響いた。
「お?」
公爵がその感覚に驚きながら、自分の足を指で触る。
「おぉ。治ってる」
公爵は少女の頭を撫でながら、微笑んだ。
「お嬢様は器用であらせられる」
「この子の名前も決まったよ」
「それはそれは。先ほど呼ばれていた名前がそうでございますか?」
「そう。ツツィーリエって付けたんだ。どうだい?」
「いい名前だと思います」
「そうだろ。ツツィーリエ、ありがとう」
少女は頭を撫でられながら小さくうなづいた。
「じゃあ、この子も待ちかねているようだしご飯を食べにいこうか」
公爵は立ち上がると、少女の方に手を差し出す。
少女がその手をじっと見つめて、問いただしげに公爵の顔を見つめる。
「手をつないでいこう。ツィルは僕の娘だから」
少女はそう言われると、自分の方に差し出された手の方に視線を戻し、その手を握った。
そのまま、特にしゃべることもなくラトに先導されるように食堂の方に向かっていった。




