奴隷の少女は公爵に拾われる 49
「では、そろそろ人が来る頃合いなので」
「あぁ。とりあえず何とかしてくれるんだろ?」
「そのつもりですよ。あなたと伯爵が入れ替わろうが知った事ではないですが、犯罪をこれ以上助長するといろいろ不都合が生じますので。あなたは少なくとも必要以上に法を破ることをしない分好感が持てます」
「助かるね」
3の侯爵は大きく息を付くと、付き人から渡された書類を確認し始めた。
「ラト。伯爵はもちろん来ているんだよね」
「はい」
「じゃあ、多分私が爵位に関する議題に話を進めた時に何か仕掛けて来るね」
「おそらく。余り大きなことはしてこないかと思いますが」
公爵とラトが話していると、奥の間の扉が開きホールから移動してきた貴族たちが続々と入ってきた。横柄な態度でふんぞり返りながら闊歩してくるものや、いやに腰の低いもの、普段から体を鍛えている事が窺える軍人気質の者、抜け目なく周囲を確認し厭味なく笑いながら的確に立ち回る者、神経質そうに仕事の書類を確認している者、特に特徴の無い者。多種多様な貴族が、それぞれ一人付き人を従えて入ってくる。付き人はその主に似ている者か、逆に正反対のもの、不思議とその二種類しかいない。
その一人として似通った者のいない貴族たちの中でも、特に眼がギラギラと輝いている者がいた。貴族たちは多かれ少なかれ権力に対する欲求を持っているが、彼の眼の光は明らかに異常なものだ。体格は割とがっちりしており肌は浅黒く、油で少し光っている。固めた髪の毛は僅かに後退しかけ、腹には大きな肉が乗っている。ともすればどこにでもいそうな年配の男性だが、彼の一挙手一投足、全てが、権力が欲しいと大声で叫んでいるような、そんな極端な男だった。脇に控えているのはそれと逆に油っ気のない長身の男だ。護衛も兼ねているらしい身のこなしだが、それだけでなく実務もこなすことが彼の持っている鞄の中に入る書類と、周囲への眼の光らせ方、時折主の耳元で囁く態度から窺える。
「これはこれは、1の伯爵君」
彼が誰かと話している所に、公爵は迷いなく話しかけに行った。ラトはその後ろから静かにつき従う。伯爵も公爵の方に気付いたようだ。先程まで話していた人に軽く会釈をして公爵の方に歩いてくる。
「閣下から先に話しかけていただけるとは光栄です」
社交辞令とも心からの笑みともとれる笑顔を顔に張り付けながら、伯爵が公爵に話しかける。伯爵の方が体が大きいが、周囲から見ると圧倒的に公爵の方が大きいように見えてしまう。伯爵の服装はかなりめかしこみ気合が入っている事が窺えるが、この国で最高位の貴族の正装を数十年と着続け着慣れている公爵と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
「話しかけもするさ。最近頑張っているみたいだし」
「いえいえ、閣下こそ最近お忙しいと風の噂でお聞きしています」
「私は慣れてるからね。若い人はあまり無理したらだめだよ」
「若いと言われたのは久々ですね」
伯爵が笑いながら答える。
「私ももういい年ですよ。既に人生の半分を折り返して数年です」
「そんなになるかい?早いねぇ」
「お陰さまでこの年齢になっても健康でいられます」
「そうかい。君は、今幸せかな?」
公爵はいつも通りの変わらない薄い微笑みを浮かべて問いかけた。
その問いに対して、伯爵の方もほぼ表情を変えることなく返す。
「十分幸せとは言い難いですね。今欲しいものが手に入れば、少し満足できそうなのですが」
「そうかい。なら、自分の事に集中して幸せを配るのは控えた方がいいかもしれないね」
「幸せは配ると帰ってくるので、なかなかやめられません」
伯爵の眼が細まり、その眼から悪意が流れて来るようだった。意に介さず適当な相槌を打って、話を切り上げる。丁度良いタイミングでラトが声をかけた他の貴族が公爵の方に話しかけてきた。伯爵は一礼して円卓の方に歩いて行った。
貴族同士が様々な思惑を以て会議前の小さな時間を飛び回る。そのうちに、召喚された貴族20人があらかじめ指定されている位置に腰を下ろす。公爵は早々に、円卓の最も上座に位置する場所に座していた。円卓を見渡すように公爵の視線が移動していく。その視線が通った場所から、きれいにざわめきが止まる。会議室の中を一瞬の静寂が支配した。
「これより、貴族会議を開催します。進行は会議の提案者である私が勤めますが、異議のある方はおられますか」
視線ひとつで場を支配できるほどの人間が会議を進めることに意義のある人間はこの場にはいなかった。無言を同意の合図として、公爵はラトから書類を一枚受け取る。
「では、まず海側の国境における密輸入について、子爵から報告を受けております。国守、1の子爵」
公爵が、円卓の反対側に座る若者に声をかけた。その言葉に反応して、まだ大人になりきっていない声で、それでも懸命にはきはきとさせた声が返ってきた。
「はい!報告します」
立ち上がったのはこの中にいる人間の誰よりも若い男だった。年齢は20代中盤、もしくは前半だろう。肌の色は白く、細い絹糸のような髪の毛はわずかに黄色がかった金髪、瞳の色は色の薄い青で、儚げな印象を与える。服は一応軍服だが、明らかに着慣れていない。背筋は意識して伸ばして表情も引き締めているが、やはりどうしても国守の貴族のようには見えない。
その後ろに控えている年配の男性からメモ書きを受け取ると、それを一回確認して報告し始めた。
「ここ数年、海の向こう、カラナス皇国からの密輸入が増加しています」
子爵の目が周囲を見渡す。
「おそらく、カラナス皇国の商人や我が国の商人だけでなく、国富の貴族によるものが増えてきております」
「それは、どういう情報からそういう風に判断されているのかな」
子爵の報告に対して発言したのは、公爵に近い位置に座っている、国富の貴族だ。背は低く、顔は狐の様で極端に大きな鼻と派手な服装が特徴の男だ。
「2の侯爵殿。そう考える理由は、3つあります。一つは国富の貴族が持つ我が国での圧倒的な権益から密輸入が通常の商人よりも容易であるという事情、これは一般論ですので聞き流してもらっても構いません。二つ目は、最近カラナス皇国の商人が減っていること、最後としては明らかに、密輸入の規模が商人によるものではないということです」
「どれもあまり具体的な情報ではないじゃないか。それを国守の貴族によるものと断じるのはいかがなものかな?若いから失礼なことを言っても許される訳ではない」
2の侯爵は小馬鹿にした様子を隠そうともせずに子爵に言葉を投げかける。その言葉に子爵は怒りを堪えるような表情で唇を引き絞ると、更に情報を開示する。
「更にカラナス皇国の商人に話を聞くと、最近我が国で明らかに関税を納めていない値段でカラナス皇国の商品が出回っているからこの国との商売をやっても利益にならないと言っていました」
「他の商人が君に見つからない密輸のルートを見つけたのかもしれないじゃないか」
「もしそんなことがあったとしても、現在の市場を席捲する規模の密輸が行われているならかなり大多数のカラナス皇国の商人が関わっている事になります。それは同盟に対する重大な背信行為です。そんな事を同盟国にさせる程我が国の外交は愚かなのでしょうか?」
子爵の挑発を鼻で笑い飛ばす。
「誰がカラナス皇国の商人の密輸を疑いますか。何もカラナスの商品を我が国で売ってるのが、我々とカラナスの商人だけだとは限らない。他の国の関与も疑えるし、そもそも国富の貴族ではないかもしれない」
「どういう意味ですか」
人を小馬鹿にしたような口調と、明らかに含みのある言い方に子爵の顔が険しくなる。2の侯爵はその表情を見て意地悪そうな笑みを浮かべ、指を回しながら子爵に言葉を投げかける。
「海側の検閲を取り仕切っている国守の貴族が手を回せばいくらでも密輸が出来るじゃないかと、私なんかはそう思うんだよ」
子爵の色素の薄い顔に一気に朱が昇り、腰に剣があったら抜きかねないくらいの怒気を放つ。それを子猫が威嚇している様子を見る獅子のように余裕の表情で見返しながら続ける。
「だいたい、密輸が増えていると言うならそれはあなたの落ち度ですぞ、国守1の子爵。我々国富の貴族が怪しいと言うなら、自由に調べれば良いじゃないか」
大仰に肩をすくめて口をひん曲げる。それを言われて、子爵はのどが詰まった様な音を出す。その顔からは、(それが出来れば苦労しない)という心の声が聞こえてくるようだ。
「そうは思いませんか、みなさ――」「1の子爵。その密輸は最近も増え続けているのかな」
キツネ顔の侯爵が更に場を煽ろうと周囲の貴族への同意を投げかける。それを途中で喰うように議長である公爵が発言した。公爵が発言した瞬間、2の侯爵の顔色がさっと変わる。
「はい。カラナス皇国からの輸入品には私の紋が押されることで正規の輸入品という証を得ます。その証を得ていない商品の数を計測しているのですが、ここ数年は確実に増加している傾向にあります」
公爵が話に入ってきた事にあからさまに安堵しながらすらすらと報告する。
「ほぅ」
公爵の静かな声が、先程まで悪意のあるあおりを繰り返していた侯爵に向けられる。
「国富2の侯爵。例えばの話だが」
「はい…」
虎の前の兎のように最大限の警戒をしている2の侯爵は、ただ返事をするだけにも神経を払っている。
「ある者が警告を無視して何かを続けている場合、警告した対象はなにをすると思うかな」
キツネ顔の広い額に浮かぶ汗を拭きながら、一瞬の間に立場が理解した事をひしひしと感じていた。
「そ、それ相応の報復をするのではないでしょうか」
「そうだね」
公爵の灰色の眼が2の侯爵を射抜き、続いて円卓全体を見渡した。
「私がこの会議を開いた大きな目的はこれにある。密輸入が増えている事は私も承知している。おそらく海外からの商品を扱っている国富の貴族や、検閲担当の国守、訴訟の問題を扱っている貴族も知っているかもしれない」
公爵は議長の椅子に座りながら、ゆっくりと話しかける。
「もし、仮に、この密輸問題に関わっている者、そして、許容範囲を超えて我が国の基盤の一つである経済、そして、治安を脅かす何らかの要素、例えば奴隷の市場なんかは問題視されている訳だけど」
指で軽く円卓を叩く。それだけで、歴戦の貴族たちが震えあがってしまった。
「そういう不届き者が、誇りある我が国の貴族で更にその者に対する警告に対応しない、もしくは無視する形で私の網に引っ掛かった場合」
指の円卓を叩くコツンという音が、心当たりのある者の心臓を跳ねあがらせる。
「どういう事になるかは想像に難くないと思うんだ。ねぇ、2の侯爵」
2の侯爵が額から流れる汗を拭いながら、そうですね、と表情を取り繕う。カラナス皇国だけではなく海を解して隣接している国からの大規模貨物の輸入及びその他の海運に関して強い権益を有している2の侯爵が密輸をしている事は半ば常識だった。ここにいる人間は全員知っている。
それをあえて、警告にとどめているのはこの国のパワーバランスを考えての事だ。
「もし、1の子爵君の意見が正しくてこの中に密輸を行っている者がいるとして、それが他国の商人の減少につながっているのだとしたら」
公爵はそこで一旦区切って変わらない灰の眼と顔で、ゆっくりと全体を見渡す。
「ここで正式に警告する。明らかに国益に反する行動をとったものに対して、行動するのをためらう理由はない。もしいるとしたらだけど、いるんだとしたら、節度を持った行動を求める」
ねぇ、2の侯爵君、と呼びかける。一周回って冷静な顔をしている辺りさすが高位の貴族といったところか。はい、と冷静な返答をする。
「一般論だけど、私は警告を3回するつもりはない。2回目の警告は今日行ったとすれば、3回目はないよね」
こびりついた汗を拭いながら顔を隠して生返事をする。
「この中の者たちが警告を踏み越えないことを期待する」
と言って、公爵は口を閉じた。
静かな口調に周囲と同じように飲みこまれていた1の子爵は公爵が口を閉じると意識を取り戻したように顔をあげ、今後の密輸入に対する防護策と、密輸物に対する取り締まりの強化を求め、周囲の貴族もそれらに対しての意見を言う事で議論は普通の会議らしいものになる。その会議の様子を円卓から離れた位置に座るラトが紙に記してまとめ、議論で提案された内容をまた違う紙に書いていた。
その間、2の侯爵は口を挟むことなくじっと黙っていた。
「では、今日の議論でまとまった内容を法律として形にしてもらうように立法議会に提出させてもらいます」
適度に議論がまとまってきた所で公爵がその場をまとめた。
続いて、公爵が円卓の脇に立つ国守2の侯爵の代理の者に、山側国境で常に発生している小競り合いに付いて、現在交戦中であるといういつもと変わらない情報を報告した。脱走兵からなる山賊もどきが発生しているので、山側国境の通る際には50人規模の護衛団を編成するか、国守の国境警備部隊に連絡をするようにという事だけが目新しい情報で、その情報に山側の国との商売で利益を上げている国富の貴族たちがより詳細な情報を開示するように求めたが、代理の者はそれをすべて拒否して首を振った。
「この手の事は国防に関わる問題ですので、情報の開示は許可された範囲以上に行う事は致しません」
の、一点張りだった。そのうち国富の貴族たちもあきらめて、椅子に深く座りこむ。それを見た公爵が国守2の侯爵の代理に礼を言ってその議題を終了した。
「えぇ続いて、これは国守の貴族とは直接関係の無い事ですが、3の侯爵から一つ提案があります」
公爵が椅子に座ったまま、会議が始まる前に喋っていた3の侯爵の方に手を向ける。話を振られた3の侯爵は、ひざが痛むのかゆっくりと椅子の上から立ち上がる。脇から付き人が支えて、そのまま膝の不調を感じさせないまっすぐとした姿勢で立ち上がる。
「皆さん。議長にお願いしまして、この場をお借りしました」
3の侯爵の口がゆっくりと、その性格にふさわしい厳格な声を紡いでいく。
「わざわざこの場を借りたのは、一つ提案したいことがあるからです」
周囲の視線が3の侯爵が一身に集めている。周囲の貴族は、今からの話が、わざわざ国守の公爵が貴族会議を招集したことの理由なのだと理解しているのだ。
「見ての通り、私は年を取りました。最近は足が言うことを聞かなくなり、動ける範囲も狭まりました。先日、私が運営する店の責任者が相次いで薬物中毒によって捕まったという話を、耳の早い皆さまなら聞いたことでしょう」
3の侯爵がひどく悲しそうにその皺の浮いた顔をうつむかせる。
「もう少し若ければ部下にそんなことをさせることもなかったでしょうが、実際に起こってしまったものは仕方がない。それに対する責任を取らないといけません」
ふーっと息を吐く。その話の流れを1の伯爵が一人、眼を見開いて聞いていた。
「私は3の侯爵の地位を退き息子に譲ることで責任を取りたいと思います」
「異議あり!」
円卓の中頃に座っていた国富1の伯爵が思わず円卓を思いっきり叩きつけ立ち上がりながら大声をあげた。その方向を会議室にいる全ての人間が注視した。
1の伯爵は歯を軽く食いしばり、眼を血走らせながら指を指し立てまくし立てる。
「それでは責任を取ったことにはならないのではないか!」
その様子を公爵が灰色の眼で見つめる。3の侯爵は伯爵に声をかける。
「ではどうすると言うのかね。3の侯爵位を国富の公爵にお返しするわけにはいかない。公務は絶対に行われなければならぬ」
「だがあなたの息子が侯爵位を継ぐのではあなたの責任を取るには足らない!」
「じゃあ、どうすればいいのかな」
侯爵の老成した目が伯爵の権力を掴もうと震える目を見つめる。
「……あなたの家系の貴族位降格を提案する」
伯爵にとってはかなりの賭けだろう。今回の投資を無駄にしないために、準備が不十分なまま用意した車を坂道から転がした。
その提案に、流石に周囲がざわつく。1の伯爵の権力志向の強さは有名な話だ。だが、侯爵位にまで手を伸ばそうとしていると考える貴族は少なくはなかったが多くはない。
「その空位には君が入るのかな?」
「結果的にそうなるだけです。薬の中毒者を部下から出した責任を取るには降格が相応しいと考える」
「それは流石に重すぎないか」
2の侯爵のキツネ顔が目を細めて話に食い込む。
「彼が直接薬をこの国に持ち込んだというのなら別だが、まだ監督不行き届きの範囲だ」
「その可能性も否定できないと聞いている」
伯爵の額から汗が垂れる。その目が公爵の灰色の眼と交差する。
「公爵閣下。1の伯爵が持つ権限として、現在の麻薬の蔓延に関する捜査情報の開示を要求します」
「拒否させてもらう」
「なぜ!薬の流通状況に関する情報を開示する権限が、私にはある!」
「そして、捜査状況の情報開示に関しては私に全権がある。開示するべきでないと判断された情報は私が墓場まで持って行く。この捜査に関しては現在調査中のため、結論が出ていない」
公爵は肩をすくめながら椅子に深く座る。
伯爵は鼻を膨らませるがすぐに気を取り直し、唇の端に流れてきた汗を舐め取ると、もう一枚カードを切ってきた。
「確かに、侯爵が伯爵に落ちるに足る理由はないかもしれない。だが、私には、3の侯爵になるに足る十分な利益を、国富の貴族、いやこの国の商人に提供する力がある」
大きく腕を広げながら、周囲の注目を集める。突然の儲け話の予感に国富の貴族は興味を隠せない。その様子を見ている国守の貴族は下賤な国富の奴らめ、と苦々しく見ているもののやはり何が起きるのか興味があるようだ。
「その提案について喋ってもよろしいでしょうか」
伯爵が、議長である公爵に許可を取る。公爵は無言で手を向けてそれを許した。慇懃に礼をすると、伯爵は後ろの付き人から紙を受け取る。
「私は自分の商売の関係上、普通よりも遠方の国と交流する機会があります。この大陸にはまだ我々との交易を持たぬ国が多く存在し、開拓すべき巨大な市場となっている事は皆さまも知っての通りだと思われます」
伯爵は周囲を見渡して同意を得た。
「特に西、陸続きであるとはいえ文化や宗教、言語の違いなどの理由で指をくわえているしかない国が数多く存在します」
この国は東の海に隣接しているため海運を利用した交易が盛んでそれにより栄えてきた側面があるが、逆に西方の、多様な文化と巨大な河によってはぐくまれた特異な環境との適応が遅れ、周辺の国との競争において不利な点が数多く存在している。
「そんなことは言われなくても、下手すれば勉強熱心な子供だって知っている」
貴族からヤジが飛ぶ。そのヤジを余裕の笑みでかわした。
「まァ、落ち着いてください」
一息入れて続ける。
「私は商売で薬を多く扱います。その為、薬用成分の高い植物を求めて西方へと足を延ばすことが多い。その過程で、西方の多くの国と交流を持つ事になった。そこで信頼関係を築き、文化を学び、言葉を交わせるように彼らの言葉を学びました。その結果」
伯爵がにやりと笑う。
「我が国周辺の国はおろか、他のどこの国とも交流を持っていない国、約19国との独占的な交易権を得る事に成功しました」
スッと国富の貴族たちの眼の色が変わった。興奮に色めき立つのではなく、それによってあげられる利益を頭の中で計算しているのだ。先程引退を表明していた3の侯爵までもが同じような目をしている。
「ただしそれには条件があります」
伯爵が劇がかった困り顔を作って肩をすくめる。
「私がそれ相応の地位にある貴族でないと話には乗れないと言われたんです。私は、この国で伯爵をやっていると言ったら、“足りない“と、この国の侯爵でないのならお前の話を担保する権力には足りないと言われました」
もちろん、と続ける。
「この国の1,2,3の侯爵のどなたか、もしくは公爵が出向けばよい話かもしれませんが、我々の培った文化や言葉のノウハウなしに彼らとの交渉を有利に進める事は出来ません。交渉が進まなければ、彼らは近付きつつある他の国との交渉に踏み出すでしょう」
円卓を手の平で叩き、演説をするように声を張り上げる。
「ですから、私は3の侯爵の責任を取ってもらうに当たって、3の侯爵が提案したような引退では無く、家系ごと降格していただくことを提案させていただきます。そのうえで私が3の侯爵として認められれば、先ほど言った西方の19の国との交渉を進め、この国の繁栄をより一層確かなものにしていきたいと思います」
その提案に、先程まで伯爵を権力に対する欲望に顔をしかめていた他の国富の貴族が身を乗り出して話に乗ってきた。
その国の場所はどこか、規模はどうなっているのか特産は何なのか、本当に他の国の影響はないのか、それらの利益を求めた国富の頭の回転は凄まじく、国守の貴族はその熱気の上がり様に目を白黒させながら黙って見ているだけだった。3の侯爵もかなり興味をひかれた様にしているが、ふと最初の目的を思い出したのだろう、困ったように円卓の端にいる公爵へと目を向けた。
公爵は、ジッとその様子を何を考えているのか分からない表情で黙って観察していた。




