奴隷の少女は公爵に拾われる 41
「むさくるしい所ですがどうぞ」
分隊長が建物の扉を開け、三人を招き入れる。詰所ということではあるが、実際ここで生活している者が多いのだろう。かなり生活臭がするが厳しい訓練を受けているというだけあり男所帯でも清潔だ。普段ならこの時間は数人の警備を残して多くのものが睡眠をとっている頃合いだろうが、今は久々の出動ということで警備に残っておるのは2人だけだ。
中に入ると、入口の辺りに鍛え上げた体の兵士が敬礼の姿勢のまま待機していた。
「報告します!公爵閣下のご要望でした場所と機材、人材に関して準備が整いました!」
「御苦労さま。じゃあ、さっさと始めてしまおう」
その言葉に応じて、兵士の海の中に埋もれるように拘束されていた男が魚をとった猫の様に乱暴に扱われながら引っ張り出される。唇を噛んで何一つ喋らないというような表情をしているが、顔色が非常に悪く明らかにこれから何をされるか分かっているようだった。
「今言うなら、しばらくこの場所に拘束されるだけで無事に帰れるよ。命まで取ろうとは思わないし」
「………」
顔を背けて唇を強く噛む。
「あ、そうだ」
公爵は捕虜の眼の前に指を持ってきて力強く弾く。
「死にたくないよね」
優しい公爵の言葉と同時に弾いた指先から小さな光の弾が一つ浮かび上がり、捕虜が息をのんだ瞬間にその口の中に入って行った。咄嗟に吐きだそうとするが、その光は舌の上にとどまったままだ。
「君の自殺を禁止させてもらう」
公爵が指をくるっと回すと、光は舌の上でとける砂糖のように捕虜の中にしみ込んでいった。
「じゃあ、頑張ってね。私は君から質問の答えを聞けたらすぐに君を治療しよう。しばらく地下牢の中から出られないとは思うけど、命まで取るつもりはない」
公爵は捕虜に向かって優しい微笑を浮かべる。
「さっさと連れて行って」
「はっ!」
捕虜は一瞬逃げ出そうと試みるが、黒い服を着た男達が捕虜の後ろをとって足払いをかけると、そのまま両脇と足をつかんで連行されて行った。
「本当にこの娘と大女も連れて行かれるのですか?」
「嘘は言わないよ。モヌワは別に来る必要はないけど、ツィルが行くのに来ないわけがないでしょ」
「当然」
「じゃあ、行こうか」
分隊長の先導のもとにあまり目立たない所にある下り階段を下りる。階段には明かりが灯っておらず全体的に薄暗い。石の階段がやけに足音を反響させるがその足音を味わう時間もなく広い空間に出る。
多くの鉄格子がその空間を区切る異様な場所だ。鉄格子の太さはかなり太く、また鉄格子の間隔もかなり狭い。それらの一室一室は厳重な錠で閉められており、かなりしっかりと誰かを拘束するためにつくらられたらしい。だが辺りには金属の臭い以外はしない。中に入っている人の気配もない。
「久々の首都での任務という事で、ここを使う事が出来るのは喜ばしいです」
「ここを使わなければならないというのが喜ばしいわけがないだろ。君たちが暇なのはとてもいいことだよ」
「とは言いましても」
「言いたい事は分かるけどね」
人気のない地下牢を突っ切るように移動すると、格子に覆われていない空間が出てきた。
そこだけが周囲の清潔な空間とはかけ離れた異質さを醸し出している。洗っても落ちない鼻に付く金属臭がむっとその場の人間に感じられる。石の床や壁に、その臭いの源である茶色い汚れが染みついていた。天井からは太い鎖が吊るされ、それ自体の重みでギシッと軋む。周囲には所狭しと針や鋸、鉈、金属の棺桶の様な装置や、真っ赤に熱された炭、水の詰まった樽など、この場で見る事で明らかにそれの用途として使われることが分かるものが置かれていた。そして、そのどれもが明らかに何かに使われた形跡がある。
「最近使ったの?」
という公爵の密やかな声による質問に、分隊長が少し恥ずかしそうに答える。
「いいえ。余りにも清潔だと交渉に支障があるので定期的に使用の形跡をわざと作っております」
「なるほど」




