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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 39

 公爵は一向に落ちない声量に対して溜息をつく。

「少し内緒の話をしたいんだけど」

「はっ!……この程度の声でよろしいでしょうか」

 分隊長の声が、爆弾の爆発する音量から金属板を落とした程度の音量に落とした。

「それくらいでいいや。さっき捕まえた人から話を聞きたいんだけど」

「はっ!公爵の前にお連れします」

「いやいや、普通に聞くんじゃきっと喋ってくれないだろうから、彼と少し交渉したいんだ」

「交渉ですか?」

「うん。彼と交渉してからなら」

 公爵は分隊長がさげている剣を指で弾く。

「彼もきっと喋ってくれる」

 分隊長が言葉と行動に含められた意味を理解し、暴力的な笑みを浮かべる。

「分かりやすくていいですね」

「そうだろ。それにあたって適当な場所を確保したいんだけど、ここからだと私の屋敷は少し遠い」

「我々の詰所でよろしいでしょうか」

「うん。そこでお願いするよ。歩いて10分くらいかな」

「そうですね…」

 分隊長はちらっと一瞬だけツツィーリエのほうを見る。

「そのくらいかかるかと」

「じゃあ、先に数人いかせて準備してもらえるかな」

「はっ!」

 仰々しい敬礼をすると、分隊長が即座に振り向いて大声で号令を飛ばす。

「あぁ、たぶん明日は市民から非難が殺到するよ。うるさいって」

「不届きな。我々の業務を侵犯するならしかるべき処理を」

「本気で言ってるから君たち怖いよね」

 公爵が今にも近くの民家に殴り込みに行きそうなのを窘めていると、その脇にツツィーリエが近寄り公爵の服の裾を引っ張る。

「ん?どうしたんだい?」

 ツツィーリエが指を動かす。

『この人たちは侯爵分隊の人だよね?』

 公爵のそれに合わせて指を動かす。

『そうだよ』

『1の侯爵は確かこの国全域の治安維持が主な役割だったよね』

『よく勉強してるね』

『1の男爵と態度が違うのはなんで?』

 不思議なやり取りをしている公爵と娘を見て、訝しげな表情をしている分隊長のほうを公爵が見る。

「この子は、私の娘なんだ」

「娘?閣下にはご子息がおられないとお聞きしていたのですが」

「最近できたんだ」

 ほぅ、と息を吐くように分隊長が返事をすると、かなり不躾にツツィーリエを観察するように見下ろす。

「娘ということは、跡取りではないということですか?」

「跡取りだよ」

「正気ですか、閣下?女の、それも跡目を継ぐ年齢になっても若いであろうこの娘に、我々誇りある国守の指揮を取らせるおつもりなのですか。私は反対です」

「ははは。君は裏表がないね」

 公爵がツツィーリエがいる前でまっすぐ言い切る分隊長に苦笑していると、その会話を聞いたモヌワが鬼の形相をしながら、大股で近づいてきた。

「てめぇ、そこのくそ脳みそ筋肉野郎!お嬢になんか文句でもあんのか!」

 凄まじい怒気を体中から発散させて近寄ってくる規格外れの体格は、まるで山が近づいてきているみたいだった。それに気づいた分隊長は腰の剣に手を触れいつでもその幅の広い剣が抜けるように戦闘態勢をとる。

「お嬢を侮辱するやつは私がぶん殴ってやる。先の言葉を訂正するなら今だぞ、豚野郎!」

 子供の胴体ほどもあろうかという拳をちらつかせながら分隊長のほうに詰め寄っていく。

「何一つとして私は恥じるようなことを言った覚えはない!我々国守の貴族直轄の治安維持部隊は生半可のものに指揮できるほどやさしくはないといっているのだ!」

 分隊長も剣を抜き、さすがにまったく隙のない安定した構えでモヌワと対峙する。即座にその剣の間合いを把握してその間合いから本の髪の毛一本ほど外れたところでモヌワが止まってみせる。

「へぇ、面白いじゃないか。最近体を動かしてないから体がなまってるんだ。人一人くらいぶん殴らないと体の調子が戻らない」

「木偶が生意気なことを。その減らず口、切り刻んでくれるわ」

 分隊長もここにいる人間の中ではかなり大柄だが、モヌワのほうがまだ大きい。モヌワは分隊長の構えを見て歯を剥き出しにして戦闘の意思の高まりを示すと、拳を構え足を一歩踏み出そうとする。

 と、分隊長の剣を見ていたモヌワの視界にツツィーリエの顔が映る。

「あ、お嬢…」

 その眼には特に激しい感情は浮かんでいなかったが明らかにモヌワに対して向けられており、いつも通りの無表情ではありながらもかなり雄弁にモヌワに対して言葉以上の意思を伝えていた。

「お嬢…」

 モヌワの腕が下ろされ、パンパンに張りつめた風船に穴が開いたようにモヌワの体から戦闘への緊迫感が抜けると、代わりにツツィーリエに対する謝罪の意思が充填される。

「そ、そんな眼で見ないでください」

 先程までの迫力がどこに消えたのかというくらいワタワタとごまかすように辺りを見渡す。その様子を見た分隊長は剣を構えたままかすかな驚きを以てモヌワとツツィーリエを見比べる。

 ツツィーリエがモヌワに対して手招きをすると、肩をすくめながらモヌワがツツィーリエのもとに走り寄り道路に膝をついて、ツツィーリエと目線を合わせる。

 ツツィーリエは当然無言でモヌワの目を見ると、おもむろにモヌワの顔を両手で挟み赤い宝玉のような瞳でモヌワの金の目を見つめる。そのまま何を言うわけでもないが、ただ、モヌワが目をそらそうとするとそのたびにツィルの小さな手がモヌワの目線をツツィーリエの元に戻し、じっとモヌワの目を見つめ続けた。

「だ、だって、お嬢。こいつはお嬢のことを侮辱したんですよ?」

 ついに目を外せなくなったモヌワの口から言い訳の言葉が紡がれる。ツツィーリエはその言葉に耳を貸さず、モヌワの口がおちょぼになるくらいギュッとモヌワの顔を挟み続ける。

「ぉぅ……」

 モヌワが涙目になったところでツィルが手を離してやる。

「お嬢、ご、ごめんなさい」

 項垂れてツィルよりも小さくなり、ほとんど涙声になりながら謝罪をする。その謝罪を聞くとツツィーリエはその頭を優しく撫でる。

「お嬢!!」

 モヌワがツツィーリエのほうに飛びかかって抱きしめる。ツツィーリエはその頭を小さな手でたたいて窘める。

 分隊長と公爵はその様子を眺めていた。

「見ての通り、私の娘は少なくとも自分の部下の躾はしっかりとするよ」

「ですが、軍隊の指揮はまた別の問題です」

「これから教えるさ。何も今すぐやるなんて言ってない」

「成長しても女は女です」

「分隊長君」

「はい?」

「君も私の前に膝をついて許しを請うようにしてもいいんだよ。躾の一環としてだけど」

 そういって分隊長に微笑む公爵の灰色の目からはまったく冗談めいた色を観察できなかった。

 その顔に分隊長は思わず額から冷や汗を流すと、首を横に振って拒否する。

「そんな、そんなことをするまでもなく我々は公爵閣下の前に首を垂れる所存であります」

「そう。それなら良いんだよ。じゃあ、さっさと詰所の方で捕えた人から話を聞こうか。彼から聞きたいことがある」

「はっ!」

体に染みついた敬礼をすると、分隊長は部下に指示を飛ばして公爵とその娘とモヌワを守るような陣形を組み、かなりの大所帯のまま夜の街を進んでいった。

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