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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 31

 冷たい廊下を、汚れたシャツを持った少女と書類を持った男が歩いてくる。

「じゃあそれを脱衣場に持っていったらモヌワの所に行って、私が国守の公爵だって言って事情を話してもらおう」

『いきなり言われても信じないんじゃない?』

「そこは大丈夫」

 公爵は自分の服の胸元からなにかを取り出した。

「これは国守の公爵の紋章なんだ」

 その紋章には静かに前足を組んで佇む大きな虎が武器に使われる鋼に彫り込まれていた。虎の毛皮と大きな瞳は金で装飾が施されており、角度を変えるたびにその虎が呼吸をしているかのように大きな背中が膨らみ、強者の瞳が見るものを見返す。牙も剥かず、その表情、外観、すべてにおいて獰猛な部分は一切見当たらない。見当たらないが、その堂々たる体格と雰囲気は見るものを圧倒させる。

「これ見せたら信じてくれるよ」

『凄い装飾』

「昔からのものだね。風呂に入れても錆びないから常に肌身離さず持ってるけど」

 公爵は肩に手を当てる。

「いかんせん重い」

『触って良い?』

「いいよ」

 公爵は紋章を首から外すと、ツツィーリエの手の上に乗せる。大きさはツツィーリエの手がいっぱいになるくらい。確かに重い。

『なんで錆びないの?』

「さぁ。私も良くわからない」

 肩を回してツツィーリエから紋章を返してもらうと、自分の胸元に戻す。

「私も私の父に貰っただけだからね。その父も知らないと言ってた。もしかしたら図書室の中にこれに関する情報もあるのかもしれないけど、その情報に行きあたるのは難しいだろうね」

 脱衣場に到着すると、既にツツィーリエ用の脱衣籠が用意されている。

「さすがマーサ。仕事が早い」

 ツツィーリエはその籠の中に汚れたシャツを入れる。

「そう言えばツィル。白いシャツ以外の服、持ってたっけ?」

 公爵がツィルが籠に入れたシャツと今着ている服を見て言った。ツツィーリエは首を縦に振る。

『茶色いのと、白いのと、灰色』

「何か柄のあるのはあるかい?」

『柄が付いてる服は持ってない』

 公爵は顎に手を当て顔を傾ける。

「何かきれいな服、買おうか?」

『どうしたのいきなり』

「いやね、ツィルもそろそろそういう事に興味を示す年齢なんじゃないかな、と思ったんだ。思ったというより、ラトと話をしている時にそういう話題になってね」

『ふうん』

「マーサの耳に入ったら物凄い勢いで服を集めてきそうな気がするから黙っておくけど。ラトはツィルがいつも同じような服を着ていることを少し気にしているようだね」

 確かにツツィーリエの服は常に無地のシャツと皮の丈夫そうなスカートだ。着心地は良いが、貴族の令嬢らしい格好では無い。

「綺麗な服に興味はあるかい」

『綺麗な服着ても見る人があんまりいないんじゃ意味ないと思う』

「ツィルは殆どこの屋敷からでないもんね」

『だから今は良い」

「そうかい?」

『ラトさんが気にしてるんならあまり心配かけたくないけど。又機会があったら買ってくれる?』

「いいよ。といっても私自身が最近外に余り出ないからね。いつになるか分からないけど」

『いつでもいい』

 公爵はツツィーリエの頭をクシャッと撫でる。

「じゃあ、とりあえずモヌワに話を聞きに行こうか」

 二人は脱衣場を出てからも二人で仲良く言葉を交わしていた。その声は屋敷に反響するが、既に屋敷の中心部に近いためかその音には虚ろさは感じられなかった。二人分の足音が玄関ホールにつながる大きな階段を下りていくと、天井の高いホールに響く呼び鈴の音が二人の耳に入ってきた。

「おや、お客さんか。来客の予定はないんだけど」

 公爵はゆっくりと屋敷の外に通じる大きな扉の方に向かう。

「公爵様」

 そんな時に声をかけて公爵の動きを制止するものがいた。

「私が行きますのでお待ちください」

 口髭の似合う年配の執事だ。白髪の割合から見ると公爵よりも年が上のように見える。黒い燕尾服をしっかり着こなし、後ろに撫でつけている髪と口髭はしっかり整えられている。最近運ばれてきた病人の治療の関係上どうしても服や髪の毛が乱れてしまう。口髭や髪がいつも以上に撫でつけられ形を整えられているのはそれの反動だろうか。

「そうかい。じゃあ、お願いするよ、ラト。医務室にいるから」

「かしこまりました」

 ラトは大きな扉を開けて訪問者が誰なのかを確認しに行く。公爵とツツィーリエは玄関ホールからすぐの所にある医務室の方に向かった。

 その扉を開けると、大柄な女性がベッドの上で身体を起こし神妙な面をしながら何かの本を読んでいた。

「あ、お嬢!」

 扉を開けたツツィーリエ達に気付いたのか、ベッドの上の女性がツツィーリエの方を向いて満面の笑みを浮かべて手を振る。

「面白い呼び方をされてるね」

『私にも良く分からない』

ツツィーリエがほんの少しだけ肩を竦める。

「お嬢、見てください。マーサさんに借りたんです」

 と、ツツィーリエの方に太い腕で差し出すのは手話の本だった。

「さっそくお嬢の言いつけ通りやってますよ」

『難しい?』

「私は勉強苦手ですけど、言葉覚えるのは得意なんです。ただちょっと細かい指の動きとかはどうなるでしょうね」

『モヌワが手話できなくても私の手話を読めればそれでいいよ』

 モヌワは一瞬それで納得しかけたが。

「いえ。どんな言葉も聞くのと喋るのとではこちらの印象が少し違います。こちらから何か発信することでお嬢について何か得られるものがあるんだったら、絶対覚えて見せますよ」

 先日までの暗い表情が嘘みたいに快活な人懐っこい表情で笑う。

「へぇ。ずいぶん元気になったね」

 ツツィーリエの隣で見ていた公爵が少し驚いたように言う。

「お陰さまで。怪我の方も順調に治ってる」

 大きな腕を振り回す。

「体が元に戻って動けていない分の体の鈍りを取れれば、お嬢のためにいくらでも働ける」

『その事なんだけど』

ツツィーリエが紙に文字を書こうとした時、公爵とツツィーリエの後ろでノックする音が響き、医務室の扉が開いた。

「――公爵様」

 ラトだ。

「ん?どうした?」

「先程のお客ですが…」

「うん。誰だったの?」

「それが…」

 ラトはほんの一瞬だけちらっとモヌワの方を見る。

「国富1の伯爵からの使者らしくて」

ツツィーリエとモヌワの視線もラトの方に一気に集中する。

「1の伯爵の使者?」

 公爵が少し意外そうに言う。

「はい。いかがしましょうか」

「そうだね………」

 公爵は思案に更けるように視線を巡らせ、最終的にモヌワの方にその視点が辿りつく。

「…………なんだ」

 モヌワの眼がその公爵の眼を見返す。公爵はその視線に対して何の反応も示さず口を開いた。

「うん………そうだね。使者の話を聞こう」

「では客間のほうに」

「いや、客間じゃなくて良い」

 公爵の灰色の眼が少しだけ細まり、微笑みが深くなる。

「ここに呼んで」

「医務室にですか?」

「そう。そっちの方が手間が省ける」

公爵の眼がまたモヌワの方に向く。

モヌワの眼は少し怒っているようにも、困惑しているようにも、心配しているようにも見えた。

「……私の事調べたんだな」

「君は目立つからね。所属していた場所くらいはすぐに調べがつく」

「あいつは、やりたいことのためなら何だってする外道だ。関わらなくて良いなら関わらない方が良い」

 自分の面倒を見てくれた人に迷惑がかかるのが嫌なんだろう。少し怖い顔で脅すようにモヌワが喋る。

「だから国守の公爵以外には言わないって言ってたっけ」

「そうだ。私を引き渡すように言われたら断らなくて良い。自力で逃げ出す」

 モヌワがベッドの上から立ち上がろうと動く。

「心配しなくていいよ」

公爵は微笑みを浮かべたまま、胸元から虎の紋章を取り出し、その紋章を自分の首に鎖で以て掛けた。

「私も十二分に外道だから」

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