奴隷の少女は公爵に拾われる 29
「………お嬢様。その人、また泣いてるんですか?」
マーサが食事の乗った大きなお盆を持って現れた。この数日モヌワの世話のために公爵邸に詰めっぱなしだったので疲れているだろうが、ふくよかな体にはエネルギーが残っているのかそんな様子は見せなかった。
ツツィーリエはモヌワの頭を抱えながらその場で首だけ振り向いてマーサのほうを向く。
「大きな体してるのに子供みたいですね」
ツツィーリエは肩をすくめる。
「この人、ご飯食べられますかね。食べれそうにないなら私が食べますけど」
お盆の上には深い皿に入って湯気を立たせている野菜のスープと香ばしい匂いのパン、牛肉と赤酸実の煮物が乗っている。煮物は肉がかなり柔らかくなるまで煮込まれており、煮た際に溶ける赤酸実の酸味と仄かな甘みが鼻に優しく広がる。肉の油を赤酸実が弱めて、ふわりと薫る香辛料と合わせて食欲がなくても食べやすいようになっている。
「牛、食べれる?」
「……食べる」
ツツィーリエの体に押し付けていた顔を上げると、モヌワは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「あぁあぁ、そんなにぐちゃぐちゃにして。お嬢様の服をだめにするつもりですか?」
「うわぁぁ!お嬢!申し訳ありません!すぐに洗います!」
と、モヌワがツツィーリエの服についた鼻水をこすって落とそうとするのをツツィーリエがモヌワの顔を挟んで制止する。
『自分で洗う』
「お嬢にそんなことさせられ――――」
『ごはん冷めるでしょ』
「あぅ……なら食べ終わった後に」
『ゆっくり食べて。早く体治すの』
「……はい」
マーサは大きな体をしゅんとさせたモヌワを見た。
「なんですか?ついさっきまで元気なかったのに、いきなり泣き出したかと思えばお嬢様のことをお嬢って呼んでお嬢様の服を洗うだなんて。傷口から悪いものでも入ったんじゃないですか?」
「そんなものが入ったら困る。私はさっさとこの体を治してお嬢のために働かないといけないんだ」
「……お嬢様。この人どうしたんですか?」
『なんていったらいいのか』
ツツィーリエは手話でマーサに伝える。
『私がこの人に血をあげて世話したから、その恩返しに私のために働くんだって』
「へぇ。力仕事とか得意そうですね」
『あと私の護衛だって』
「あらあら。まぁ、いっぱい食べる人が来たら食事の作り甲斐がありますけどね。あ、でもモヌワさん、 鶏肉食べないんでしたっけ」
「食べる。お嬢が好き嫌いなくなんでも食べろといったから何でも食べる。岩でも机でも食べる」
『そんなの食べないで』
「ん?…お嬢、さっきのはなんていったんですか?」
咄嗟に手話でモヌワに意思を伝えたため、うまく伝わらなかったようだ。ツツィーリエは改めて紙に書いて説明して、かつそれと手話と対応させてモヌワに教えようとする。
「お嬢様。お勉強はそれでいいですから、さっさと服を着替えてきてください。私が洗いますから」
『でも着替えここにない』
「部屋で着替えて脱衣場に持って行ってください。あとで洗っちゃいます」
『はい』
ツツィーリエはおとなしく頷く。
「モヌワさんはこれ、食べてくださいね」
「ありがたくいただく」
モヌワはベッドの上に体を戻すと、ゆっくりとスープを飲み始めた。ツツィーリエはそれを見ながら医務室の外に出ると、そのまま自分の部屋に向かった。




