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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 26

「元気になったかな?」

 ツツィーリエが食器を片づけていると、公爵がラトと白衣を着たバードンを伴って医務室に入ってきた。

「最悪だ」

「それはそれは」

 笑みを浮かべたままモヌワのほうに歩み寄る。

「あんたの娘のせいだぞ」

「何かしたかな?」

「無理やり鳥のスープを食わせて、無理やり薬を飲ませたんだ」

「それはそれは」

 公爵はまったく変わらない笑みを浮かべる。

 公爵の後ろから医者がくいっと顔を出してモヌワのほうを見つめる。

「ほぉ。聞いたときはなかなか信じがたがったが、これはこれは。生きとるじゃないか」

「なんだこいつは」

「なんだこいつは、とは挨拶だね。一応あんたの治療をした医者なんだが」

「医者か」

 モヌワはうつぶせたまま侮蔑のこもった鼻息を漏らす。

「医者は人をこねくり回した挙句人を殺す禍だ。信用ならん」

「中々失礼な狼人間だね」

「誰が狼だ」

 モヌワが歯を向いて医者をにらむ。

「牙が生えてないのが不思議だね。まぁ、いいや」

 医者は包帯を持って近づく。

「口だけ元気だけど起き上がれそうにないね。服脱げる?」

「体が動かないんだから服なんか脱げるわけないだろ」

「それはそうだ」

 バードンは躊躇いなくモヌワの服をつかむと、器用にその服を剥いでいく。

「一応私は女だぞ。気を使うとかできないのか」

「長年やってるとそういうことが面倒でね。必要ない相手に気を使わないことにしてるんだ」

「やはり医者は腐ってる」

 といいつつも視線を送る4人中3人は男という状況でも全く動じない。

 すぐにうつぶせのままのモヌワの体があらわになる。

 筋肉がみっしりとついた背中だ。体の厚みがツツィーリエの太ももの長さに近いかもしれない。その背中を8割がた覆うように包帯が巻かれている。その包帯は傷口から漏れる血や汗でわずかだが汚れている。

「包帯かえるかね。ラトさん、手伝ってちょうだいよ」

「はい」

 ラトとバードン二人がかりで巨大な女の包帯を変えていく。その作業は年嵩とはいえ大の男二人の体力を削るには十分だ。女の体はこの二人よりもはるかに大きく、肩幅などは二人を合わせたよりも広い。樹の幹にも見える腕は本気で振るえば周囲にいる人間を丸ごと薙ぎ払えるだろう。だが、今はまるで体が動かないのかされるがままになっている。ラトとバードンが汗だらけになりながら包帯と傷口を覆う薄い布を外すと変色した傷口があらわになった。縫い口はかなり乱暴だが十分血が止まっているし、その周辺も清潔に保たれている。だが傷口の大きさはいかんともしがたく慣れないものが見たら顔を背けたくなるようなひきつれた肌とわずかに紫色になり死んでいる皮膚の組織がむき出しだ。

「おぉおぉ、だいぶきれいになった。傷口も引っ付いてきとるし、数日で糸も取れるな。凄まじい回復力だ」

「神の祝福の賜物だ」

 その言葉をバードンは鼻歌で聞き流して注射器を取り出す。

「何をするつもりだ」

「ん?あんたの血をとらせてもらおうかと思ってね」

「絶対断固として断る」

 モヌワは先程などとは比べ物にならないほどの迫力でその注射器とバードンを睨み付ける。にらむだけで物が動かせるなら、注射器ごとバードンの顔が鼻を中心に陥没しかねない。

「そんなことをするならこの場で舌を噛み切って死ぬ」

「そんなにいやがらんでも」

「血は神から命ある者に与えられる貴重な財産だ。一滴たりとも渡さない」

「んなこと言ったって―――」

 と、バードンが言葉をつづけようと口を動かす。

 公爵が何かに気づいたようにバードンの続く言葉を止めようとするが、その言葉はしっかり医務室の中にいる人間全員に響いた。

「―――あんたの中にどんだけ血を入れたと思っとるんだ」

 不思議な沈黙が白い部屋の中に広がる。

「……え?」

 その言葉を聞いたモヌワの顔がひきつれる。

「お……あ………あ、私の中にな、な、何を入れたって!?」

「血。血液」

「他人の?」

「あんたの知り合いの血かどうか知らん。たぶん他人だね」

 モヌワの体から一気に血の気が引いた。体全体が瘧の様に震え始め、震えた手で自分の顔をつかむ。

「私の中に、他人の血が入っている……」

「おかげで生き延びたね」

「あ………………………そ、そんな…」

 モヌワの目に涙が浮かぶ。

「さすがにあんたがどんだけ丈夫でも大量に血が体の外に出ちゃってたら死ぬよ。あんたが倒れてる所、血の海だって聞いたし」

モヌワは顔をつかんだまま傷口付近の血が引き攣れるのも気にせずうずくまる。子供のように体を丸めると、その体の奥の方に入り込んだ顔の方から低い嗚咽が漏れ始める。

「嘘だ…」

「そこのお嬢ちゃんの腕見て嘘だって言えるんならそれでもいいよ」

 巨大な山のようになっている体の腕の隙間から、モヌワの充血した黄金色の目がツツィーリエのほうに向かう。

 ツツィーリエはその視線に対して最初は動こうとしなかったが、影になっている状態でもわかるくらい金の目から溢れ出る涙を見てゆっくりと自分の服の袖をまくる。

 小さな赤い点が複数。あまり目立たないが明らかに何か針が刺さった後だ。

「あんたに入れられる血を持ってる助手がちょうど遠出しててね。保存してる血じゃ足りなかったから、ほとんどお嬢ちゃんの血に頼っちゃったよ」

 注射器をいじりながら朗らかに答える。

「あんたが死んでたら最悪だったけど、まぁ生きてるんなら定期的に血を抜かせてもらうよ。あんた体でかいから多めに血をとっても大丈夫そうだ。今回は検査用だからちょっとしか抜かないがね」

 と、バードンがモヌワのほうに一歩近づいたところでその肩を公爵が引っ張ってモヌワから遠ざける。その、さっきまでバードンがいた空間をモヌワの太い腕が恐ろしい勢いで薙ぎ払っていた。

「…寄るな」

刈り込んだ髪が逆立っている。涙を流しながらベッドの上に膝をつき恐ろしい勢いで吠えたてる。

「寄るな!誰も近寄るな!ぶっ殺すぞ!!」

あまりの感情の昂ぶりのせいで一時的にけがや体の体力のことを忘れているようだった。普通の人間なら指一本動かすのすら辛さを感じるような体調の中獣のように周囲を威嚇し竜巻のような腕を振るっていた。

「モヌワとかニトーリュとか聞いたときに思い出すんだった」

公爵がバードンを自分の後ろに引きずる。バードンは目を大きくして、動き回るモヌワを見る。

「彼女の母国では他人の血を受け入れるのを極端に拒絶するんだ。神から与えられた体を汚す要因だからって」

「何が汚すだ!血液ほど香しく神々しいものはこの世にないぞ!」

「黙って」

 公爵の顔が少しゆがむ。

「あんなに動いとったらいくらなんでも傷が開くぞ」

「困ったね」

 公爵はモヌワのほうに指を向けようと動かす。

 その指がモヌワのほうに向く前に、モヌワのほうに近寄る小さな影があった。

「ツィル!?」

 公爵の指がツツィーリエのほうに向かうのとモヌワの動きが止まるのはまったく同時だった。

「………グゥぅぁァァ………」

 唸り声をあげて動きを止めたモヌワは近寄ってくるツツィーリエをのほうをぐちゃぐちゃになった目で見る。そのままゆっくりと膝をついたま顔を伏せた。

「神よ…」

 そのまま動きを止め、獣の遠吠えの様な声でさまざまな感情の入り混じった泣き声を上げていった。

 ツツィーリエはモヌワに近寄ると、頭をゆっくりと撫で始める。モヌワはそれを甘受しながら凶暴な獣そのままに体中から水分を絞りつくす勢いで涙を流していった。



「あれじゃあせっかく入れた血から水が抜けて死ぬぞ」「黙りなさい」

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