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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 23

「この人?普通死ぬね」

 医者はきらきらした目のまま少女に答える。

「どんだけ血が出てるのか見てないから分からないけど。やたら体力ありそうだから生きるとしたらこの人次第だよ」

 少女はまた少し俯く。

「それはそうと嬢ちゃん。ちょっと血をとってもいいかな?」

 きらきらした目で注射器を掲げて少女に尋ねる。

「血の形を見たいからさ。いいよね?閣下」

「ツィル次第」

 公爵は女性の中に少しずつ入って行く血を見ながら答えた。

「どうだい?注射怖いなら無理にとは言わないけど」

 ツィルが紙に文字を書いていく。

『血の形?』

「あぁ。人間にはそれぞれの血の形ってのがあって、同じ形同士ならその血を入れられるんだよ。お譲ちゃんの血の形が黄色なら、さすがに一人で全量維持させるのは無理だけど私が新しい血を確保するまでの時間稼ぎくらいにはなるよ」

 少女は注射を見つめながら首を傾げて、ゆっくりとうなづく。

「はい。じゃあ左手出して」

 ツツィーリエが素直に左手を出す。医者はそれを見てツツィーリエの目の前に指を一本差し出す。

「お嬢ちゃん、ここに何か見えるかな?」

 ツツィーリエはじっとその指を見つめる。

「はい終わり」

 医者はツツィーリエから離れると、既に血の入った注射を見つめる。ツツィーリエは眼をぱちぱちとさせた。

「速いねぇ」

「趣味だからな」

「冗談でも仕事って良いなよ」

「冗談じゃないんだから」

「性質が悪い」

 注射針の中の血を先の紙に垂らして指で伸ばす。

「お。お嬢ちゃん、喜んでいいよ」

 紙をツツィーリエの前でひらひらさせる。

「黄色だ」

 医者は鞄から手際よく針のついた細いチューブを用意し始める。それをしながら小さな容器に注射器の中に残った血を入れようとする。

「何してんの」

「血液検査用のサンプル」

「勝手にしないでよ。そこまでは許可してない」

「血液検査で分かる病気もあるんだぞ」

「あんたじゃなくてもできる」

 公爵の眼がスッと細くなる。

「あんたが初めて会った人に興味を持つのは分かるけど、私の娘に対してそれは許さない」

「ん~……。そこまで言われると無理かね」

 血を吸った注射器を公爵の方に投げる。それを受け取ると、血の付いた糸や針が乗っている皿の上に血を出す。

「この血の袋が無くなったら、お嬢ちゃんとこの患者の血管つなげて血を入れる。その間に助手の中の黄色の血液の子連れて来るから」

「ラトに連れて来させるけど」

「どれがその子か分からんだろ」

「名前聞けばわかるよ」

「私が覚えてない」

「じゃあだめじゃん」

「顔見れば血液の形は思い出せるんだ」

「駄目人間」

 医者がケタケタと笑いながらチューブを用意し終える。

「まぁ、死にそうになったらあんたが魔法で治せばいいじゃん」

「出来てたらあんた呼んでない」

「つれないね」

 血の袋がもう少しで無くなりそうになっていた。

「なるべくすぐ戻ってくるけど、長くなりそうなら抜いてね。お嬢ちゃんが死んだら意味ないから。お嬢ちゃん、手出して」

 医者がにっこりと笑いながらツツィーリエを見つめる。

「公爵様、よろしいので?」

 ラトが公爵の方を見る。

「ツィル次第」

 公爵はツツィーリエを見つめる。

 ずっと見ていたマーサが何か言おうと口を開く。

 が、それを待たずにツツィーリエが左手を出す。

 医者はツィルの赤い目をより深くなった笑みで見つめ返して誰が口を開くより速くチューブの針をツツィーリエに刺すと、反対側を何かの器具につなぐ。

「素晴らしい」

 医者が今度は空になった血袋のチューブを取り払い、今度は少女と女性を針でつなぐ。

「患者の近くで座ってたらいいよ。腕の位置とかもあんまり気にしなくていいけど、気になるなら患者の背中の上に置いといて。じゃあ、助手連れて来るから」

「ラトついて行きなさい」

「かしこまりました」

「信用ないの?」

「無駄口叩かない」

「怖い怖い」

 医者は袋を持つと、そそくさと速足で医務室を出ていく。それを追ってラトがシャツ姿のまま走る。

 少女の腕から少しずつ抜けていく血が、ゆっくりと女性の腕の中に入って行く。ツツィーリエはじっとその光景を見ながら、次に伏せている女性を見る。

 錆びた血の様な赤毛は刈り込まれ、辛うじて呼吸をしているのが身体の上下で分かる。眼は閉じられているが、表情はかなり苦しそうだ。

 時折体が何かに反応したようにピクっと震える。

「ツィル。苦しくなったら教えるんだよ。すぐ抜くから」

 女性の近くでイスに座るツツィーリエの横に公爵が立つ。ツツィーリエは公爵の顔を見上げて頷く。

「そう言えば、ミーナから話を聞いたラトから話を聞いただけでよく状況が分からないんだけど」

 公爵は戦士の体格をした女に目を向ける。

「今日は庭で本読んでたよね?どうしてあの路地に行ったの?」

 扉の外で顔だけ出していたミーナが怯えた声で話しかける。

「すいません。私が止めてればよかったんですけど」

「別にいいよ。本当に行こうと思ったら止められないだろうし。ツィルが自分で行ったんでしょ?」

「はい……」

「気になるね。どうして?」

 女性の肩の筋肉が一瞬痙攣する。その様子を部屋の中にいる全員が注視して、そのあとまたツツィーリエの方に視線が集まる。

 ツツィーリエは針が刺さっている左手を見て、右手で文字を書いていく。

『小さい頃』

「昔?」

『人がたくさん死んだ。その中に二つあった』

 普段ではありえないくらいの片言で、ツツィーリエが文字を書き始めた。

「二つ?」

『死にたい人と、死にたくない人』

「なるほど」

『死にたくない人が死にそうな時は臭いがして凄く悲しくなる』

「ほぅ」

『昔は私の中にたくさん言葉がなかったから、上手く説明できないけど、何か焦げた臭いがした。その臭いがとても悲しい』

「………その臭いがしたの?」

 少し俯きながら頷く。

「その臭いって、壁を通して分かるものなの?」

『臭いじゃないかも。でも分からない』

「なるほどね」

 公爵は娘の頭を撫でる。

「じゃあ、この人は死にたくない人なんだ」

『たぶん』

 ツツィーリエが片手で伝える。

「そう。でも、魔法で怪我治そうとしたら駄目だよ」

 ツツィーリエは首をかしげる。

「なんでだか知らないけど、怪我を治そうとするとそれが跳ね返ってくるから危ないんだ。見てて」

 公爵はツツィーリエの右手をとって、布で覆われた患部をあらわにする。

 その傷の端に公爵が指をあてる。すぐに、ツツィーリエと公爵の間に反発が起きて公爵が指を引く。

「ほら」

 見ると、指先に小さな傷が出来ているのが分かった。

「魔法では怪我を治せないんだ」

『なんで?』

「さぁ」

 公爵が肩を竦める。

「論理的に解釈できないから魔法なんだよ」

 ツツィーリエはジッと自分の手を見つめる。

「魔法って、便利なんだか何だか分かりませんね」

 マーサが不安そうに血の通ったチューブを見つめながらツツィーリエの手の布を巻きなおす。

「まぁね。研究しようにも本人がどうやってやってるのか分からないんだから。でもあるもんはしょうがない」

 公爵が指を向けると、置いたままになっていた血まみれの針と糸が水場の方にふわりと飛んでいく。

「とりあえず今はギリギリまでツィルの血を入れるしかないからね。マーサ、たくさんご飯用意しといて。貧血に良い奴中心に」

「分かりました。じゃあ、買い出しに行ってきます。ミーナちょっと手伝って」

 ミーナはまだ恐々とツツィーリエと公爵、そして倒れている女性を見ながら母親に付いて部屋を出た。

 しばらく、誰も何も音を発することのない時間が続く。苦しげな吐息だけが医務室の中で聞こえる。

「ツィル」

 公爵がツツィーリエの頭を撫でる。

「ツィルは……うーん、何て言ったらいいかな」

 ツィルが顔を上げる。

「昔は昔。今は私の娘だ」

 撫でながら続ける。

「だから、ちゃんと自分の身を大切にしてほしいね。今回もしこの女性に傷を負わせた人が残ってたら、ツィルまで殺されてたかもしれないよ」

 公爵は頭から手を離して、小指を少女の顔の前に出す。

「だから約束して欲しい。ちゃんと自分の身の安全を守るって、約束して欲しい。もちろん私がいるときは私がツィルを守ってあげる。いろんな策を講じてツィルを守る。でも、誰もいない時、自分の身を最優先にしてでも守るって約束して欲しい」

 公爵の小指から、白い光が溢れだしてきた。その光が、公爵とツツィーリエの顔を照らしだす。

 ツツィーリエはその光をジッと見つめながらしばらく動かない。

 長い間その時間が過ぎてから、ツィルがその小指を自身の右手で掴んだ。

「約束だよ」

 ツツィーリエは小指をしっかりと掴み直した。

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