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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 21

この話も少し血が出てます。次の話は血がぽたぽたしてる話じゃない筈。

 ツツィーリエはミーナを急かすように路地の大通りに向かう方向を指さす。そして、自分は倒れている女性の近くに座って、切り裂かれている女性の服に手をかける。そしてその服のかなり大部分を大きな布になるまで裂くと、今度は一定の幅を持たせたままなるべく長くなるように器用に指で裂いていく。

「あぁ、もう!わかりました!じゃあ、ラトさん呼んでからお医者様呼んできます!」

 と、ミーナはそのまま路地を走っていく。

 ツツィーリエはそれを見送りながら即席の包帯を作り終える。それを大きな傷口の真ん中を通って、傷口を体ごと縛るように包帯を通していく。女性の体が大きすぎて通すためにツィルが包帯を持って女性の体の下をくぐるような格好になる。それもほんの数周、傷口を覆うには足りない程度のところで包帯がなくなる。ツィルの力では傷口をしっかり包帯で締めることもできていない。

 ツツィーリエは目を細めて、半分ほどしか覆われていない傷口を見つめ、そして、自分の血でぬれている自分の掌をその眼で見つめた。

 ツィルはもう一度力を込める。ツィルの手からゆらゆらと揺れる燐光がふわりと吹き出し薄暗い路地に新しい影を作った。それを血の流れる傷口に近づける。


 その手をしっかりとした手が掴んで止めた。まとっていた燐光がその細い指に当たっているところから散らされていく。

「ツィル。人の傷を魔法で癒すと痛い目にあうよ。大きな傷だと特にね」

 ツツィーリエが上を向いて細い指の持ち主のほうに赤い目を向ける。

 一人の男がツツィーリエの上から覗き込むように腰を曲げている。白髪の混じった銀髪に皺の目立ち始めてきた顔、いつもは仄かに優しい微笑を浮かべているその顔には少しだけ険しい皺が寄っている。

 少女がその男に向かって何かを伝えようと腕を動かすが、その腕にそっと手を乗せて動きを止める。

「今はこの人を屋敷に連れて行くのが先だ」

 ともすれば頼りなく見える細身の体から発しているとは思えない緊張感のある声で少女に声をかけると、自分の体よりもはるかに大きな女性の体の頭側に回り、両肩の下に手を差し込む。

「ツィルは足のほうを持って」

 男は一瞬鋭く息を吐くと、ぐっと女性の体の腰のあたりまでを持ち上げる。少女が急いで残る足を自分の腰のあたりに担ぐ。そのまま、二人がかりで巨躯を運んでいった。

 男の力の強さはまるで雪夜の樹のようだった。まったくぶれることなく、無駄口をたたくことなく最低限の揺れで女性を自身の屋敷の表口まで運ぶ。

「こちらへ。ミーナさんに医者を呼びに行ってもらっています」

 閉ざされた門はそこで待っていたラトによって手早く開かれる。金属が軋む音を楽しむのもそこそこに屋敷の中に女性を運び入れると、そのままの速度で入り口すぐの場所の部屋に運び入れられた。白い大きなベッドが中心に据えられた白い部屋だ。白い棚の中には大小さまざまな瓶が置かれて、消毒薬の不思議な甘い匂いで満ちていた。

 中心のベッドにゆっくり女性を下すと、ラトと公爵は上着を脱いでてきぱきと動き始めた。

「包帯などは一通りそろえてまります。ですが、お嬢様の姿を見る限りかなりの出血があるようですね」

「そうだね」

 今のツツィーリエの姿は全身で血に濡れていないところを探す方が難しい状況だった。黒くて長い髪からは血が滴り、目が赤いことも相まって全身赤に染まった小さな幽鬼のように見える。

「ツィル。私とラトで医者が来るまでできる限り止血しておくから急いで服を着替えて戻っておいで」

「公爵様、お嬢様には部屋でお休みいただいた方がよろしいのではないでしょうか」

 傷口に消毒薬を大量にかけながら、ラトが聞く。傷口から泡が立つが、女性からはまったくめき声が上がらない。

「この子は私が行く前に女性の傷を魔法で治そうとしてた。手に傷を負ってるはずだ。この女性の止血が終わったら次はツィルを何とかしてやらないと」

「この傷を治そうとしたんですか?それはそれは」

 ラトは棚から手袋と、糸、針を取り出す。それらに霧状になった消毒薬を吹きかけていく。

「ツィル。その血を落として、着替えてから戻っておいで。できるだけ早く―――」

 と、公爵の目が大きな傷口と針のほうを一瞬だけ見る。

「―――いや、早くなくていいよ。しっかり血を落としておいで」

「公爵様」

「うん。わかった。この人は体力がありそうだから縫ってる間に死にはしないでしょ。問題は出血しすぎてる点だけど」

 公爵はラトから受け取った薄手の魚の浮き袋を加工して作った手袋を嵌めると、針と糸をとる。

「麻酔はいりませんね」「意識がないし、せいぜいが呻く位でしょ。いざとなったら眠らせるよ」

 公爵が目でツィルに、部屋を早く出るように合図をする。

 ツツィーリエはうつ伏せになった女性を一瞥してから自分の血だらけになった体を見て、ぺたぺたと音を立てながら部屋を出た。

 扉を閉めた瞬間、扉の奥から公爵が指を鳴らす鋭い音が聞こえた気がした。気になってツィルが部屋を開けようとする。が、その扉は何かで強力に接着されたようにびくともしなかった。

「………」

 ツィルは、両の掌から伝わる骨にひびく痛みに顔を少し顰めて、お湯場の方に歩いていった。

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