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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第1章 拾われる。
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奴隷の少女は公爵に拾われる 2

 奴隷市場から男の家に行くまでにはそこまで時間はかからなかった。

 ただ家まで歩いたので、汚れた少女を抱えたまま歩く男の姿が周囲の視線を独占していた。そのことに気づいていないのか気づいているのか、少なくとも男にも少女にも全く気にした様子が無い。

 男はそれなりに大きな、しかし貴族の家にしてはかなり質素な部類に入る家の門の前に立ち、呼び鈴を鳴らした。すぐに門の奥に見える邸宅の扉が開き、口ひげを蓄えた老執事が寄って来た。

「ラト。ただいま」

「御帰りなさいませ。公爵様。このような時間までどちらにおいでだったのですか?」

 恭しく礼をすると落ち着いた様子で男に話しかける。その途次で男の上着を預って自身の腕に掛ける。

「奴隷市場」

「さようですか」

 老執事は男に抱えられたまま大人しくしている少女に目を向ける。

「うん」

「満足いったのでしたらそれが一番です。湯浴みの用意をさせてあります。そちらのお嬢様にも何か衣服をご用意させていただいてもよろしいでしょうか」

「ラト」

「はい」

 執事の話を途中で切るように男が執事に話しかける。

「この子を僕の娘にするから」

 老執事は口髭の奥に隠れた優しい微笑みを全く崩さない。

「かしこまりました」

 執事が普段と変わらぬ動きで主人のために扉を開く。

「お嬢様のお体を洗わせるようマーサに申し付けて参ります」

「必要ないよ。僕が洗う」

「さようですか。それでしたら、お嬢様の服の用意をして参ります」

「頼むよ」

「はい」

 ラトと呼ばれた執事は深く一礼して邸宅の奥の方に向かって歩いていった。

 邸宅の中はかなり広い。玄関ホールは天井が高く、上の方ではシャンデリアが光っている。しかし装飾と言えるのはそのシャンデリアだけで、後は古めかしい甲冑が置いてあったり武器が置いてあったりと、貴族のイメージについて回る煌びやかなものに乏しい。床には絨毯が敷いてあるが毛足が短く、動きやすくはあるがどちらかというと粗末な印象を受ける。

「じゃあ、お風呂場に行こうか」

 公爵はニコリともせず、抱きかかえたままの少女に声をかける。少女は別に興味無さげに頷いた。

 男は執事が消えた廊下とは違う道に進んでいく。落ち着いた足取りを響かせながら進む先には大きな部屋があった。いくつか棚が置かれていて、その棚の中には籠がある。

「はい。その服脱いで」

 少女にそういう指示を出す。その目には全く少女の裸体に興味があるようには見えなかった。かといって、親が子供の服を脱がせるときのような温かい愛情がある訳でもない。温度のない愛情と言ったら一番近い表現に成るのだろうか。

 少女の方はそういう風に言われて地面に下ろされると、別に目の前に奴隷としての自分を買った人間がいることを気にした様子も無く淡々と布袋に毛が生えた程度の布を体から脱ぎ去る。必要であるなら目の前にどんな人間がいても全く意に介さずに全ての服を脱ぎ去るだろう。

 少女が服を脱いだことを確認すると男の方は全く服を脱がずその更衣室の中にあるもう一つの扉を開いた。

 かなり広い浴場だった。20人は余裕で入れるだろうか。浴場と浴槽はこの家の大部分とは異なり木で作られている。既にお湯がためられていて湯気が朦々と立っていた。ここの浴場にも装飾は少なく、機能性しか求めていないことがよくわかる。

「そこ座ってて」

 男は転がっていた桶に浴槽のお湯を掬い取る。

 少女の方は言われた通り椅子のような台に座ると、周囲を全く変わらない表情で眺め始めた。だが、その赤い瞳はまったく揺れない。

 男が桶を持って近づいてくる。男の側からは少女の垢に塗れた背中しか見えない。

 幼いもの特有の染み一つない白い肌は雄の欲情を煽るのに十分だが、男はその白い肌に毛ほども欲望を抱かないようだ。

 何も言わず少女の頭からお湯をぶっかける。

 その温度に少女は一瞬驚いたようだったが、特に何も声を上げることなく大人しくしている。

 男は続いてもう一杯少女にお湯をかけ、手に洗剤を取ると髪を洗い始めた。

 長年積み重なった汚れはかなり強情らしく、いくら洗剤をつけて洗っても全く泡立たない。

「困ったねぇ」

 と、もう一度桶にお湯を汲んで来て、少女の頭からお湯を掛ける。

 まさにそのタイミングでその浴場に入って来た者がいた。

「公爵様」

 髪を上で束ねた、使用人の格好をした女性だ。ふくよかな女性で若くはないが使用人としての暦が長いことが、その女性の持つきびきびとした雰囲気から容易に察せられた。

 表情はいつもは柔らかいのだろうが、今は少し厳しい。

「マーサか。このこの服は持って来てくれたかい」

「マーサか、じゃありません。伴侶でもない女性の体を男性が洗うなんてはしたない。私が洗います」

「はしたないかい?娘の体を洗うのがかい?」

「貴族はそういうことはしないものです。公爵様は別にそういった趣味をお持ちでないことは知っていますがこの子の教育上よろしくありません」

「よろしくないのか」

 年下であろう女性の使用人に厳しく言われて首をかしげる。

「えぇ、そうです。だいたい、公爵様が服を着たまま風呂場に入るなんて。さっさと脱いで洗濯籠に入れてください。汚れています」

「私の服は持って来て——」

「持って来ています。いいからさっさと服を脱いでお風呂にはいってください」

 どちらかと言えばおっとりした男にきびきびと指示を出すと、少女の方に向き直る。少女の方もマーサと呼ばれた女性の方をじっと見つめていた。

「マーサです。よろしくね。ご飯の用意できてるからお風呂からあがったら食べましょうね」

 少女を見る目は、先程公爵にびしびしと指示を出していた姿とは対照的に非常に優しい。

 少女が頷いた。

「あなたのお名前は?」

 少女の濡れた髪を触りながらマーサが尋ねる。

 少女は首を傾げて答えない。

「どうしたの?」

 その問いに少女は自分の喉を指差して口を無言でぱくぱくさせる。

 しばらくその動きの意味を考えていたマーサは、しばらくして一つの結論に達した。

「しゃべれないの?」

 少女が頷く。

「公爵様!しゃべれないならしゃべれないと私に教えてくださいな!」

「私だって今知ったよ」

 更衣室の方からゆったりとした声が聞こえる。

 その返答にマーサの眉が吊り上がる。

「自分の娘にしようって言う子がしゃべれないことに今更気づくってどういうことですか、もう!そういうことはきちんとしないといけないって、私はいつも言っていますよ!」

「ごめんマーサ」

「まったくもう。公爵様も早くお風呂にはいってくださいな。お食事の用意はできていますから」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 マーサは少女の方に向き直る。

「じゃあ、名前を何かに書いてくれる?」

 少女はその問いにも首を傾げて答えない。

「……文字書ける?」

 首を横に振って否定する。

「公爵様!」「ごめんよ」「まだ何も言っていません!」「ごめんよ」「もう」

 更衣室から男が浴場の方にはいって来た。当たり前だが全裸だ。

「読み書きは僕が教えるよ」

「公爵様自らですか」

「うん」

 ゆっくりと湯船に体を沈める。

「読み書きを教えるんなら僕が適役でしょ」

「まぁ、そうですけど」

 マーサは手に大量の石けんをつけると、少女の髪を丁寧にしっかりと洗い始めた。

「名前も付けてあげないとね」

「元々の名前を聞かないんですか?」

「元の名前でもいいんだけど、この家に来て僕の娘になるわけだしそっちの方がいいでしょ」

「まぁ、公爵様のお好きになさるのが一番です」

 肩をすくめながら少女の髪を洗う。やはり中々泡立たない。

「ちょっと時間がかかりそうね。お嬢ちゃん、体の方は自分で洗ってちょうだい」

 マーサは少女に植物性のスポンジのようなものを渡すと、腕まくりして気合いを入れる。

 そして、髪を必要以上に傷つけないように、かといって弱々しくはない勢いで髪を洗い始めた。

 少女はなすがままにされながら、渡されたスポンジを見つめる。

 そのスポンジは既に濡れてはいるものの石鹸がついていない。少女はそのままスポンジを肌に当てて洗おうとした。

 と、目の前にフワフワと浮く石鹸が現れた。

 マーサは髪を綺麗にすることに夢中で気づいていないようだ。

 少女はじーっと赤い目でその石鹸を見つめてから、おもむろに石鹸を掴んだ。

 少女の手に触れたとたんに石鹸が重力に従い始め、重みが少女にかかる。

 マーサが髪を洗っている隙をついて少女が後ろを振り向いた。湯船の中の男が指をまわしてながら小さく笑っている。

「ほら、お嬢ちゃん。前向いて。洗いにくいわ」

 マーサが少女の頭を掴むように前を向かせると、再度頭を洗い始めた。

 少女は石鹸を見つめながらしばらく考え込んでいたが、石鹸をスポンジに擦り付けてゆっくりと洗い始める。

 その様子を、浴槽の中から公爵が見つめていた。

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