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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 18

 公爵邸図書室から見える大きな庭は最低限管理はされているが地面には雑草が繁茂していた。その雑草が芝生の様に一面に広がっている。そのほかは花などの観賞用の植物は一切生えておらず、雑草が刈り取られた場所にあるのは大きな朱果の木が数本と手入れが簡単な緑豆、やけどなどの簡単な治療に使える薬草や、薬味など少しあれば足りる香りの強い蔓草など実用的な植物が大半を占めている。

 その庭の隅、屋敷の壁と大きな朱果の木でできた影になっている部分には、現在二人の人間が座って、そのそばにもう一人が仕えるように立っていた。

 キラキラとした日の光が周囲に散っている中に作られた日陰で赤い目を分厚い本の文字の上に走らせている小さな少女。近くの大きな木の上で鳥がばたついても、少し強めの風が吹いて長い黒髪が外衣のように膨れても、白い肌に気まぐれな日の光が当たっても、一瞬そっちに目を向けるだけで特に関心を持たずに本に集中を戻す。おそらくその少女に向かって野犬が牙をむいても、同じように一瞥をくれただけで本に集中を戻すだろう。

 その少女の後ろに回って退屈そうにしているのは、黒髪の少女よりは背が高いがこちらも線の細い茶色い髪の少女だった。黒髪の少女よりは日焼けしていて普段何かしら日に当たって作業しているらしいことがうかがえる。動きやすいように髪を二つくくりにして癖のようにスカートの前掛け部分を触りながら天気の良い周囲を見渡している。

 少女二人を見守っているのは、黒い燕尾服を着て白がだいぶ混じった口ひげをはやしている男だ。周囲に溶け込むように存在感がないが、少女たちに危険が迫らないように最大限の注意を払っていることがうかがえる。

 といってもこの屋敷は、王国の国防、治安維持の要、虎の紋を掲げる国守の公爵の屋敷だ。屋敷の周囲では定期的に厳重な警備態勢が、他の国守の貴族によって行われている。

「ツィルお嬢様。せっかく外にいるんですから遊びましょうよ」

 黒髪の少女の後ろから茶色い髪の少女が声をかける。

 黒髪の少女はその言葉に反応して振り返ると、首をかしげる。

「そんな不思議そうな表情をなさらないでくださいよ。何が不思議なんですか」

 ツィルと呼ばれた少女は本を閉じると、指で周りの庭全体を指す。それから自分を指さして、次に自分のいる地面を指さす。

「んん………ツィルお嬢様が外にいるって言いたいんですか?」

 少女がうなづく。そのあと、茶色い髪の少女と、控えている執事のほうに手を向けて、本の表紙を指さし、大きく腕を振り上げる。

「んん……………私と、ラトさんと、本があって……最後のがうーん……満足?ってことですか?」

 うなづく。

「天気の良い日に外にいてわたしとラトさんと本があるから満足ってことですか。それじゃあ外に出た意味ないですって」

 ツツィーリエは後ろに体をひねると、茶色い髪の少女を頭をなでる。

「もう。そんな嬉しそうな表情されたら何にも言えないじゃないですか」

 茶色い髪の少女は少し口をとがらせるが、それ以上は何も言わなかった。おとなしく足元の草を抜いて器用に何かを編み始めた。

「ミーナさん」

 そのやり取りを見ていた執事が、茶色い髪の少女に声をかける。

「さきほどからみていたんですが、お嬢様の表情わかるんですか?」

「え?はい、そりゃあ」

 ミーナがツツィーリエの方を向く。すでに少女は読書を再開して変わらない表情のまま分厚い本を読み進めていた。

「今は難しそうな顔してます。なんか難しいところでも読んでるんですか」

 ツツィーリエがうなづく。

(まっったく顔の筋肉が動いているように見えないんですけどね………)

 ラトが心の中でつぶやく。

「早く文字読めるようにならないとだめですか?」

 ミーナはツィルの背中から本を覗き込んで、すぐに顔を振りながら目をそらす。

「まぁ読めたほうがいいでしょうが、さきほどみたいにゆっくりとお嬢様と意思の疎通をとるだけなら大丈夫でしょう」

 ラトが答える。

「私バカなんですかね?文字を勉強しようとすると眠くなるんですよ。自分の名前は書けるんですけど」

 と、地面につたない文字を書いていく。

 その文字をちらっと見たツツィーリエは近くにあった棒きれをとるとそれで最後の文字を消し、違う文字を書き加えた。

「………あれ?違ってました?」

 少女がうなづく。

「……私バカなんですかね」

 ツィルは両の手でミーナの頭をやさしくなでる。

「兄は頭いいんですけど、私はどうにも」

「確か、ミーナさんの所の一番上の兄が国立の研究所で働いているんでしたね」

「そうなんです。もうすっごい頭良くて、たまに何言ってるかわからないんですよね」

 ミーナが喋りながら近くの草で編んでいたものが完成した。小さな帽子のようだ。草だけでできたとは思えないくらいに整った形をしている。それができた後、少し遠くに咲いていた小さな白い花を摘んでくると、草の帽子に挿した。

「ツィルお嬢様。はい」

 ミーナが帽子を本を読んでいる少女の頭にかぶせる。ツィルは頭に乗った帽子を上目づかいで確認すると、ミーナの頭をなでる。

「ありがとうございます。でもお嬢様、頭なでるのやめましょうよ。私のほうが多分年上ですよ?」

 ツィルは数回瞬きをすると、小さく数回頷いて再度優しく頭をなでる。

「もう…いいですけどね」

 ミーナは撫でられるままにされていた。

 と、少女の間に小さな芋虫がぽとっとツィルの膝の上に落ちてきた。ミーナが編んだ草の帽子から落ちてきたようだ。

「あ、ごめんなさい、お嬢様。今とりますよ」

 だがミーナがとるより前に、全く動じた様子のないツィルが虫をつまんで遠くに放り投げた。そして、そのまま帽子をかぶったまま本を開く。

「お嬢様、虫大丈夫なんですね。公爵の娘だからそんなのが苦手なんだと思ってました」

 ミーナがそういうと、少女は本に向かいかけていた顔を上げ、手を手話の形で動かした。

「私は手話わかりませんって」

 とミーナが抗議するが、少女は気にせず再度本の世界に没頭し始めた。

 後ろで見ていたラトには、その手話が理解できた。


『昔、蛆虫がわいてるようなところにいたから』


 ラトは少しだけ目を伏せて息を吐く。が、ミーナがラトの様子を確認する前に普段のピシッとした執事の立ち姿に戻っていた。

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