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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 17

「はいどうぞ。今日のお客さんが国富の貴族だっていうからあんまりいいお茶用意していないけど」

「国富の貴族も悪い人ばかりじゃないよ」

「じゃあ、今日のお客さんは?」

「まぁ……悪いことした訳だけどね」

「ほら。国富の貴族なんか汚職だの献金だの、飽きもせず裏でこそこそ」

「手厳しいね」

公爵は僅かに苦笑いを浮かべて紅茶をすする。あまりいいものではないと言っていたが、十分に薫り高く家で飲む分としては全く問題ない味だった。

男がもう一度紅茶を飲もうと上げた腕の袖を、隣に座っていた少女が引っ張る。

「ん?どうしたんだい、ツィル」

『さっきの傭兵の話。教えてくれる?』

「あぁ。そうだったね」

男は身を乗り出して先程子爵が置いて行った書類を手元に引き寄せる。その中身をちらっと確認して、裏の白い部分に文字を書いていく。

「この国の公権力をざっと図にしたものだ」

そこには、三角形とそれぞれの頂点に、“国守”“国富”“王族”と書いてあった。

「まずは、国守の貴族。この国の治安維持、国境警備、司法、武具の生産管理も国守の貴族の仕事だね。基本的に、それらのための、軍人、治安維持兵、司法官、武具生産管理担当者など、色々あるんだけど、とりあえず国守の業務に関連した職業には国守の貴族およびその監督下にある者のみにしかなれない。これは基本法に制定されている」

『じゃあ、傭兵は?』

「まぁ待って。一通りまとめて話した方が覚えやすいし理解しやすい」

次に男は国富の所に丸をした。

「この国の財政、外交、商品や金の流通に関わる業務全体が国富の貴族の領分だ。特に財政。ここが国富の貴族の最大の特徴だ」

『税金がかからないんだよね』

「そう。彼らは民間人が商売を行う上で負担しなければならない税金の多くを免除されている。つまり彼らは非常に有利に商売をすることが出来る。その分彼らは国守の貴族の活動費などの政府としての出費を負担する必要がある。この負担が実質的な彼らの税金という訳だ。彼らはひたすら儲けを得るために特権を生かして手広く商売を展開している。必要以上に競合して貴族同士が潰し合う事を避けるために一応扱う商品は慣例的に決められている。しかしそれもあくまで一応だ。一人の貴族が独占しすぎるような状況が発生すれば長期的に見て経済の不活性を来して財政がしぼむと言う事が考えられる。そのための方策も設定されている」

2種類の貴族の名前の横に、幾つかの数字が書かれていく。

「貴族の数はどちらの貴族も、公爵が一人、侯爵が三人、伯爵が五人、子爵が七人、男爵が九人。国守の貴族の場合には辺境伯が五人、国富の貴族の場合には準爵が五人。合計60人の貴族がいる事になる。同じ爵位の中でもそれぞれ数字が若ければ若い程くらいが高くなる。男爵の中で一番位が高いのは、1の男爵だ。そして、7の子爵は1の男爵よりも位が高い。位が低ければ低い程より細かい仕事を任されることになる。例えば君も知ってるだろ、1の男爵。彼はこの地域の治安維持とそれに関する諸業務を担ってる。他の例だと、1の子爵が西側、海に面した国境の警備および輸入物のチェックを行っている。2の伯爵は国内の司法官が担当する裁判などを統括、管理、および司法官では判断が難しいと考えられる案件の処理が担当だ。私は国守の公爵だから、国内治安維持や国境での紛争、重要案件に関しては司法官として、国家間の紛争が本格化すれば最高指揮官として動く。まぁ国守の貴族の全ての業務に関与する事になるね」

他にもいろいろあるけどね、とつぶやいてから、次に国富の方にペン先を合わせる。

「国富に関してもほぼ同じだ。国富の貴族ごとに与えられた責務があり、それをこなしている。多くは外交や税制の設定、流通の制御に関することだ。違うのは、彼ら全員が免税特権を有してるからほぼすべての貴族が何らかの商売を行っていることと、財政上の国の出費を負担する役割はどの貴族も等しく請け負っている」

『じゃあ、王族は?』

「王族は、特に人数は決められていない。王の血筋を引いていれば等しく王族だ。彼らの責務は、立法と行政、行政の中には教育方針や公共事業なども含まれる。王族のそばに立法制定会や、行政官といった専門知識を持つ人たちがついていて、王族のサポートをする。彼らの間で話し合われたことをもとに最終決定を下すのは国王陛下だ」

『決定するだけ?』

「王によって違う。先代は基本的に話し合いには参加せずに、あげられてきた草案を吟味することに専念していたよ。今代の国王陛下は、積極的に立法や行政にかかわろうとしている」

『お父さんはその王様が嫌いなの?』

「どうしてそんなことを聞くんだい?」

『喋ってるときに少しだけ変な声色になったから』

公爵は少しだけ目線を落とす。

「そうだね、嫌いというより……彼はこの国の権力が3つに分かれている理由を正確に理解していないから―――」

むしろ理解しているのかなと、独白してから説明を続ける。

「なぜこんな風に権力を分割してるかわかるかな?」

『一つだけが強くなり過ぎないためって本に書いてあった』

「その通り。正確には、一つが暴走しそうになった時に残り二つでそれを止めるため、だね。たとえば国富の貴族が過大な税を強いてきたら、王族はそれに対抗するための法律を制定し、われわれ国守は兵力を行使できる。国守の貴族たちが武装して蜂起すれば、国富は金銭の供給をストップするか外交力を駆使して他国からの兵力の援助を受けるように動くだろうし、王族はそれが平定した後に国守の貴族に対して不利な法律の制定と教育を平民に施すことができる。王族が暴走してもまた同じだ」

ツィルは紙に書かれていく文字を見つめながら、首を傾ける。

『でも、これだと力が平衡じゃない。国富の力が強すぎない?』

「そうかな?」

『国富が蜂起するときに他国からの援助を受ければ、国守の兵力に拮抗しちゃうんじゃない?』

「彼らが兵力を持っていない以上、自国を侵攻するにあたって他国を頼るわけにはいかないのさ。そうなってもし国守の貴族が負けてしまった場合、この国はおそらく力を貸した国が権力の大半を持って国富の貴族たちの出る幕はなくなる。国富の貴族たちもそこまで馬鹿ではない」

ツィルはとりあえず納得したようだが、何かまだ考えているようだった。

「…………で、権力が三つに分かれているわけだけど、それぞれの権力には等しく例外がある」

国守に、他の二つから矢印を付ける。

「国守の兵力の集中の例外が王族の有する近衛兵団と国富が雇う傭兵だ。近衛兵団は、国から集まった精鋭200人。彼らの業務は基本的に王宮の王族に近いところでの護衛だ。王族の護衛は国守の業務外だし、近衛兵は法律で武器を持つことが認められている」

『じゃあ、傭兵は法律に違反してないの?』

「そこが微妙な所なんだ。貴族などを護衛する護衛官は国守の貴族の業務の中に含まれるから、護衛官として傭兵を雇うのは基本法に抵触する。だが、戦闘技術を学ぶことは禁じてないしそう言った海外の人間の滞在も禁じてない。この国の法律では必要以上の武器を国守の貴族から認められたもの以外が持つことを禁じているから、そこに違反するとだめだけど規定内の範囲でなら武器も持てる。つまり国守の貴族の業務に被っていなければ、傭兵は合法だ。この基本法の基本理念は、この国の暴力は国守の貴族の身が持つべきという解釈をする人もいる。そういう人にとっては傭兵は許せない存在だけど、実際国富の貴族全員に護衛官をつけるには人手が足りない。私は傭兵は必要悪だと思うね」

さらに、紙の上で国富に向かって二つの矢印が引かれた。

「国富への富の集中の例外が、国守の貴族たちのそれぞれの領地から上がってくる税と、国民の王族への税だ」

『税制は国富の管轄じゃないの?』

「この国の税金には3種類ある。主なのは、国庫への税金。普通の国民ならここへの税金が7割以上を占める。でも、他にも自分の所属する領地への税金と、王族への税金もあるんだ」

ただし、と、矢印に丸を付ける。

「他の税と違って、この税率は国守、王族、国富、すべての了解がないと変更できない。だから国富の持つ財政上の特権の例外でいられるんだ」

最後に王族に向かう二つの矢印が引かれる。

「王族の立法制定の例外が、2公爵合同による特別立法権だ」

公爵は少し紅茶をすする。

「これは法律によって保障されている権限で、王族が著しく国益を損なう可能性のある法律の制定や行政を行った場合、もしくはこの国の他の公権力2つに対して著しい侵害を王族が行った場合に、2公爵が合同で話し合って、この国の法律に優先する特別な法律を作ることのできる権利だ」

『それは法律に決められてるの?』

「そうだ」

『じゃあ、王族はその法律をなくすことができるんじゃないの?』

「厳密には法律をなくすことはできないけど、過去の法律を無効にする法律を制定することはできる。だけど、その法律をなくすという行為がすでに我々2つの公権力に対する著しい侵害に当たるんだ。だからその法律を無効にした法律をさらに無効にする特別立法の制定を敢行できる」

『どの程度が著しい公権力への侵害に当たるの?』

「さぁ。まだこれが行われた事例がないからわからないよ」

『ないの?』

「ないよ。これからもないことを祈るね」

公爵はインクで真っ黒になった紙をペンでいじる。

「これがこの国の権力の大体の分布かな。まぁ、これからおいおい現在の情勢とかも教えて行くつもりだけど。………マーサ、終わったよ」

向かいの腰掛に座って、熟睡していた女性に公爵は声をかける。

「―――んん……。退屈な話は終わりました?」

「まぁ、確かに少し退屈だけどね」

「あら、お茶飲み終わってるなないですか。いってくれればお入れしましたのに」

「気持ちよさそうに寝てたからね」

「最近下の方の子たちがやんちゃでね。上の子が目を離したすきに悪さするもんだからもう疲れて疲れて」

「マーサの子供は男の子だけだっけ?」

「一番末の子だけが女の子ですよ。あとは8人とも男の子」

『マーサ、9人も子供いるの?』

「あれ、言いませんでしたっけ?」

『末の子が私と同じくらいかもって話は聞いた』

「あらそうでしたっけ。そうそう、今度末の娘を紹介しますよ」

「まだ赤ん坊だろ?」

「もう生まれて10年近くですよ」

「そんなにたった?私もふけるわけだ」

「あれ?10年たってたかしら……あら?」

「ぼけたのかい?」

「別に子供の年齢は重要じゃないですよ。元気に悪さをせず過ごしてくれればそれでいいんです」

「マーサが開き直った」

「なんとでもおっしゃってください。もし紅茶御入用でしたら新しく入れますけど」

「そうだね、どうしようか、ツィル」

『私はいらない。そろそろご飯だし』

「だそうだ。私もいらないよ」

「わかりました。じゃあ、ご飯の用意してきますね」

と、マーサはカップを片づけて部屋の外に出ようとした。

その扉が、マーサが扉につく前に開かれた。

「マーサ」

扉を開けたのは執事のラトだ。扉を開けて部屋を見渡そうとした所でちょうどマーサと目が合った。

「あら、ラトさん。公爵様ならこちらにまだおられますよ」

マーサが一歩下がってラトが部屋に入れるようにした。

「いや、マーサにお客様ですよ」

それを片手を振って断ると自然な動作でわきによける。

そこに小さな女の子がいた。

濃い褐色の髪の毛を後ろで二つくくりにして、同じように茶色い目を伏せてスカートをつかんでもじもじしている。線の細い女の子だった。

「お母さん…」

「あら、ミーナ。どうしたの?」

「うん……トート兄がテーヌ兄がまた喧嘩してる。ターク兄がお母さん呼んで来いって」

「あぁ、もう。公爵様、お嬢様、すいませんごはんもうちょっと待ってくださいね」

「いいよ、行っておいで」

「すいません」

マーサは片づけた食器をラトに渡して、すっ飛んで行った。

「小さい子がたくさんいると大変だね」

公爵は腰掛に深く体重をかける。

「全くです。私などは子供二人で十分大変な子育てでしたが、マーサは9人ですからね」

「農民だとしても多いよね。体壊さなかったらいいけど」

そのあと一瞬誰もしゃべることのない時間が現れて、部屋の中の目が自然と扉の前で立っている少女のほうに向かう。最初の位置からあまり動くことなく、もじもじとしている。

「………は……て」

「ん?」

扉の所の少女がうつむいたまま何か喋っていた。

「どうしたんだい?」

「………」

見ると耳が真っ赤になっている。

「体調でもわる―――」

「初めまして、公爵様!!!」

顔を恥ずかしそうに真っ赤にした少女が一気に顔を上げて、大きな声であいさつをしてきた。

「………あぁ、初めまして。小さいころに会ってるけどね」

その唐突な大声に面食らったように数回瞬きをした後、いつもの表情に戻る。

「え?あ……そうなんですか」

スーッと息が抜けたみたいに、少女の顔から緊張感が抜けて行った。

「ミーナさん、お茶菓子があるのですが食べられますか?」

「え?いや、そんな恐れ多いです!」

「いえいえ、これは私がマーサからもらったものですから。そろそろ夕飯時ですし、これを食べたら夕飯が入りません。食べていただけますか」

「あ……じゃあ、いただきます」

ミーナはおとなしくラトの手からお茶菓子を受け取った。

そのお茶菓子の封を開けようとするときに、ミーナの目がツィルの赤い目と合った。

「あ、………あの………ツツィーリエお嬢様ですか?」

ツツィーリエはこくっとうなづく。

「はじめまして。ミーナといいます。よろしくお願いします」

お茶菓子を持ったまま、ぎこちないながらも精一杯丁寧なお辞儀をする。

それを見たツィルは腰掛から立ち上がり紙とペンを持ってミーナのほうに歩いて行った。

「え?あ、あの……」

ミーナが少女が近づいてくることに挙動不審になっている間に、ツィルはミーナの目の前に来て紙にさらさらと文字を書いた。

『初めまして。私の名前はツツィーリエです』

そして書いた紙をミーナのほうが背が高いため、上に向けるような形で向ける。

「あ……あの………」

ミーナがまたもじもじし始めた。

ツィルが紙を差し出したまま首をかしげる。

「私、あんまり文字読むの得意じゃなくて……すいません」

ツィルはその場で固まる。とっさに手を動かそうとしたが、それもすぐに止める。

ツィルはしばらく紙を見つめて考えていた。

「え、あ、えっと。私はお嬢様の名前を知っていますから、自己紹介とかいうのでしたらおてをわずらわせることはないんですが―――」

ツィルはその言葉を聞いて理解したようにうなづくと、ミーナのスカートをいじる手を自分の小さな手で取って両手でぎゅっと握りしめる。

そしてそのまま大きくぶんぶんとその手を上下に振った。

「うひゃぁ!!」

いきなり予想外の行動で驚いたのか、ミーナが面白い声を上げる。その声を聴いて、今まで二人の様子を眺めていた執事と公爵が楽しそうに微笑えんだ。


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