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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 15

「これは公爵閣下。私の子爵位拝命式以来ですがご機嫌はいかがでしょうか」

「変わりなく元気だよ。子爵君は相変わらず元気なようだ。うわさは聞いてるよ。頑張ってるみたいだね」

「とんでもない。日々勉強させられることばかりです」

 小ざっぱりした格好の男だ。低めの身長、やせ形でくすんだ金髪に茶色い目をしている。青を基調とした服は、高級すぎず安物すぎない丁度良いラインを選んでいる。全体的な雰囲気にも貴族というよりは、やり手の商人という印象を与える。

『見ておくと良い、ツィル』

 公爵は僅かに指を動かして、ツィルの周辺にいる数人しか分からない暗号化した手話を送る。

『国守の貴族でも商人であろうとしている典型が彼だ。その証拠に彼はツィルの事をほめるよ』

『なんで?』

『商人だからさ』

 ツィルはジッと目の前の男を見る。その視線に反応したのか、厭味の無い笑顔を浮かべて子爵が公爵に問いかける。

「こちらの可愛いお嬢さんは誰ですか?」

「私の娘だよ」

「あぁ、公爵閣下が養子をとったという噂は聞いていましたが、こんなに可愛らしいお嬢様だとは。まぁ公爵閣下が跡取りとして迎えるからには内面も外見も素晴らしくはあるでしょうが」

『ほらね』

 公爵は指を動かしながら自然に肩を竦める。

「まぁね。でも、彼女は元々奴隷だったんだよ」

「ほぉ…」

 さすがに驚きを隠せない様子だったがすぐに自分を取り戻す。

「いやいや、奴隷の中から跡取りを迎えるのはある意味正しい判断であるかもしれません。流石は公爵閣下」

 慇懃にならない程度にお辞儀をする子爵の脇に、影のように控える男がいた。

 かっちりとした仕事着を着用している。書類の束の様なものを持っている辺りから秘書の様な仕事をしているのだろうが、その男からはどちらかというと粗暴な雰囲気が窺える。服の中の筋肉は明らかに戦闘用に鍛えられたもので、身のこなしも戦士のそれだ。

「傭兵を雇っているのかな?」

「え?あぁ、こいつですか。いいえ、こいつは私の秘書として雇っている者です」

 子爵は笑みを崩さない。公爵もいつも通りのあるかなき微笑みが変わらない。

「そうかい。まぁ、立ち話もなんだ。屋敷の中でさっさと本題に入ってしまおう。君も忙しいだろ?」

「自分よりも忙しい公爵に気にかけていただけるとは光栄です」

 公爵が先頭に立ち、その脇にツツィーリエ、後ろに子爵とその秘書という陣形で石作りの公爵邸に入って行く。

 歩きながら後ろの子爵に不審に思われない程度の動きで手話での会話が開始される。

『彼は傭兵だね。傭兵に関してツィルは何か知ってるかな?』

『知らない。でも、この国の兵士は全て国守の貴族の管轄じゃないの?』

『例外がある。それが傭兵だよ。分別ある者は傭兵を雇う様な事はしないという風潮だからおおっぴらにはしない。この子爵みたいに、形は秘書として雇ったりすることが多い』

『それで良いの?』

『必要悪だね。余り力が一か所に集まるのはよくない』

 更に続く。

『今日の会談が終わったら、この国の公権力とそれぞれの例外について教えてあげる』

「こちらが応接室ですよ」

「公爵閣下直々のご案内、痛み入ります」

「大げさだね。一緒の方向を歩いただけだよ」

 公爵がゆっくりと応接室の扉を開く。

 応接室は、他の部屋で感じるような機能以外を切り取った様な武骨さが感じられない。床には毛足の長い絨毯が敷き詰められ、窓から入る風が部屋の中の空気を循環させるように設計されている。大きな机を挟んで鎮座する大きな腰掛は見るからにふかふかとしている。暖炉には火が入り、薄暗くなってきた部屋を照らすようにランプも煌々と光を放っている。

「こちらにどうぞ、子爵君」

「ありがとうございます」

 子爵は腰掛にゆっくりと座る。秘書はその後ろで書類を抱えたまま直立している。

 公爵はその向かいに座り、その横にツィルがちょこんと座った。

「じゃあ、さっそく。何の話だったかな?」

「閣下の貴重な時間を取らせて申し訳ありません。今回無理を言って時間を取っていただいたのは、次回の予算に関してでして」

「防衛設備拡充に関しての予算負担配分だね」

 公爵が持っていた書類の束を何となくめくる。

「はい。その類の予算は、例年国富の公爵と一部の伯爵によって負担されるものです。子爵である私が、その中の12%も負担すると言うのは、なぜなのかと思いまして」

 子爵の目が油断なく光っている。公爵はその目をちらっと見ながら返す。

「あの予算を配分する権限は私にある。伯爵以上が負担しなければいけないという規則もない。別にいいじゃない」

「ですが、12%というのは余りにも額が大きすぎます。今季の私が出した利益の半分以上をそちらに割かないといけません」

 その言葉を聞いた公爵は僅かに項垂れ、ゆっくりと大きく息を吐いた。

「――――――言っちゃったか」

「はい?」

「明確な数字を出しちゃったね、って言ったの」

 捲っていた書類を一枚一番手前に持って来る。

「今季の君の利益は、どれくらいだったかな」

「純利益ですが、8960程です」

「君が扱っているのは確か鉱物染料だね。染料でそれだけ儲けるとはたいしたものだ。先代は確か8000以下だったね」

「はい。私の父が行っていた商売の無駄を切り捨てた結果と、新たな交渉先の開拓の結果と思われます」

 こう答える子爵の表情はどことなく誇らしげだ。

「非常に優秀だ。この国の国富の貴族としてあるべき姿だ」

「おほめにあずかり光栄だ」

「それだけに非常に残念だ」

「……何がですか」

「ローゼンヌ」

 と、公爵が言った途端、子爵の体がびくっとはねた。

「ローゼンヌ。布に使われる非常に美しい染料だ。水草を使った赤染料。とても人気が高い。そしてとても高価だ。現在は国富の1の侯爵が独占的にこの国のローゼンヌを取り仕切っている。彼はこの国の植物加工品のほぼ全てに関わっているからね」

「………」

「最近、少し安価に出回っているローゼンヌがある。隣国で新しくローゼンヌがとれる湖が見つかったからかな。それ自体は非常に喜ばしいことだ。価格が固定化されるとそこに生まれるのは腐敗だ。新しい事業開拓者が生まれるのは非常にいい」

 子爵の顔は既に真っ青になっている。ランプの光に照らされた公爵の顔が仄かに光る。




「子爵君。なんで、ローゼンヌで得た利益を隠してしまったのかな」


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