奴隷の少女は公爵に拾われる 12
石作りの冷たい廊下を歩きながら二人が会話している。
「とりあえずまだ来てないだろうから、台所で何かおなかに入れておこう」
少女はうなづく。
「勉強のほうは順調かな?」
『ただ本読んでるだけ』
「今は必要な知識を得るのが重要だからね。まだほかの貴族たちに正式に紹介するのも早い」
『そうなの?』
「今回みたいにあっちから来る分には勉強がてら見学してもらおうかな」
と、廊下の向こうから恰幅の良い女性が洗濯物を運んでこっちに来た。使用人の格好をして、きびきびとした雰囲気が特徴的な女性だ。
「あ、マーサ。ちょうどよかった」
「あら公爵様……ちょっと公爵様。だめじゃないですか」
「なにがだい?」
「何がだい?じゃないですよ。女の子に靴下を履かせないで冷たい廊下を歩かせるなんて。足元のひえが体に一番悪いんですから」
「あぁ、気づかなかったよ」
「まったくこれだから男の人は」
マーサは抱えていた洗濯物の中から靴下を取り出すと、少女の前に差し出す。
「はい、お嬢様。これを履いてください」
『私は別にいい。今日はあったかいし』
と、手話で拒否すると、マーサの目がすっと細くなる。
「口答えをするものじゃありません。木の家ならまだしも、石は冷たいんですから気づかないうちに体が冷えてるもんなの。大事な体なんだから、こういうところからしっかり管理しないとだめ。はい、これ」
マーサがさらにぐいっと靴下を近づける。
ツィルはその靴下を見つめて、今度は何も言わず受け取って靴下をはく。
「はい、よろしい。あ、そうだ公爵様。私に何か用ですか?」
「いや、別に特に用事というわけじゃないんだけど、もうそろそろしたら国富の2の子爵が来るから、お茶を用意しておいてくれるかな。あと、少しおなかに何か入れておきたい」
「はいはいわかりました。じゃあ、食堂の方に行ってくださいな。何かあると思うんで適当につまんでください。私はこれを戻したらすぐに行きますから」
「頼むよ」
マーサは足早に屋敷の奥の方に歩いていく。
「いや、なかなか。私は女性だったことがないから気づかないことが多いね」
『不便?』
「不便」
『何が違うの?』
「体のつくりが違うね。それに応じて精神の在り様も違う」
少女は首を少し傾げながら、わずかにうなづく。
「ま、そこらへんはマーサに任せようか。ラトも私も知識はあるけど、そこらへんはマーサに任せるのが一番だ」
そのあとは特に何を話すでもなく二人分の足音が、廊下や階段にゆっくりと響いていく。
そのうちに木造りの普通の扉が見えてきた。図書室の扉の仰々しさと比べると、同じ屋敷の中の扉なのかと疑うほどの違いだ。
「マーサを待ったら何か作ってくれると思うけど」
公爵が扉の前で自分の娘に問いかける。
『待ちたくない。小腹がすいてるから』
「そうだね。私もだよ」
公爵がゆっくりと扉を開いた。




