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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 11

 窓から入ってくる風がほのかに暖かい。その風が乾いて淀んでいた部屋の空気をさわやかに吹き飛ばし、部屋の少女が思わず窓の方に目を向ける。

 太陽は傾きかけていて、そろそろ光もその色を赤に変えようかという頃合いだ。鳥の鳴き声もそこはかとなく眠気を帯びたものになっているような気もする。少女は、机の上において読んでいた本のページが変わらないように手で押さえながら、風が黒い髪で遊ぶのに任せて赤い瞳を外に向ける。

 風が止み図書館の空気に静寂が戻ると、少女はまた視線を手元の本に移した。

 少し大きめの茶色いシャツに、丈夫そうな皮のスカート。靴下は履かず、もう少しで地面に届きそうな足をぶらぶらさせている。

「ツィル。何読んでるんだい?」

 本棚の迷路の奥から、一人の男が現れて近づきながら少女に声をかけた、白髪交じりの銀髪に太陽の光が反射する。皺が目立ち始めている顔にはほんの少しだけ微笑が浮かんでいる。

 少女は、一瞬手を止めると、近くにあった白紙の紙を引き寄せて、手慣れた様子でそこに文字を書き始めた。

『系譜図』

「うちのかい?」

 少女はうなづく。

「面白いかい?」

 少女は首を横に振ってから手を動かして、自分の意思を伝え始めた。

『一応知っておこうと思ったの』

「それはいい。私の名前は載っていたかい?」

『載ってないの。落丁かしら』

「ん~、あ、これは古い系譜図だからだね」

 男は指をぱちんと鳴らす。すると、本棚の中からひとりでに本が抜き出され男の手の上にゆっくりと飛んできた。

「ほら、ここに私の名前が載っているよ」

 机の上に、新しいとは言ってもそれなりに年季を感じさせる本を開く。

 そのページには、虎の紋、公爵家を担う、アスル・ナイアート・フォン・クフール、とそっけなく書いてあった。

『前から思っていたんだけど』

「ん?」

『お父さんの名前って、この国の名前じゃないのね』

「あぁ、僕はお隣の国から来た養子だからね」

『お隣?西側?東側?』

「あぁ、いや。今はもうないんだ。この国と併合されてしまったからね」

『併合?』

「あぁ。私がこの国の公爵家の跡取りとして迎えられて、数年くらいしてからだったかな。この国に突然宣戦布告してきたんだ。国力も兵力もこの国のほうが強かったんだけど、私が国防の中心にいたから兵の動きが鈍ると思っていたんだろうね」


 まったく変わらない表情が太陽に照らされる。

「進軍してきた兵士と指揮していた軍の幹部、その親類縁者、もちろん王族とその当時中心だった貴族、全員殺したよ」


 少女は別にその内容に感慨を抱いた様子もなく系譜図の父親の名前に指を這わせる。

『お父さん』

「なに?」

『そろそろ国富の2の子爵が来るんじゃなかった?』

「あ、そうだったね」

 公爵は傾きかける太陽を見ながら言った。

「ツィルもおいで」

 少女は首を縦に振ると、さっきまで開いていた二冊の表紙を手でポンとたたく。

 すると、本はひとりでに浮き上がり本棚のほうに飛んで行った。

『勉強はまた夜から再開』

 少女の向き合っていた机の上には、この国の歴史や周辺国の歴史、地理、社会制度や情勢に関する資料が山のように積まれていた。そのわきに、流行りの娯楽小説などもかなりの冊数積まれている。

「あまり本ばかり読んでると、またマーサが心配するよ」

 本棚の通路に二人が入る。少女は自分の目の前で公爵に向けて指や手を動かしていた。

『いいわよ、いつものことだし。マーサさんは外で遊べってうるさいわ』

「そうだね。ま、農村の子は農作業と遊ぶことが自分の仕事と断じて本を読まない傾向にあるからね。それよりは親から農作業のことや料理を教わる方が重要なんだろ」

『この前クッキーの作り方を教えてもらったわ』

「ほう、それはいい」

『お父さんにも今度作ってあげる』

「ありがとう。でも私が食べる分量だけでいいからね」

『お父さんは小食が過ぎるわよ。体に悪いわ』

「多少おなかが減っていた方が頭が動くんだよ。ツィルもマーサに似て食べさせたがりだね」

『マーサさん、今度末の娘を家に連れてくるって言っていたわ』

「ほぉ、もうそんなに大きくなっていたのか。この前産休を取っていたと思っていたんだが」

『もう10歳だって』

「ツィルよりも年上かもね」

『そうかも』

 しばらく無言の状態が続く。

『そういえば、国富の子爵さんはなんで今日うちに来るの?パーティー?』

「ツィルも冗談を言うようになったかな。うちでパーティーなんてしないよ」

 男は少しだけ微笑を深める。

「子爵に兵士たちの装備拡充費用を12%ほど負担してもらう予定なんだ。それに対する抗議だと思うよ。彼は子爵をついだばかりの若い子だからね。血の気が多い」

『子爵に防衛費用を負担させるなんて珍しい。大体、伯爵以上の国富貴族がその年の儲けに応じて負担するでしょ?』

「うん。ま、そうだけど。防衛費の拡充予算を負担してもらうのは、国富が強くなりすぎるのを防ぐことも目的の一つだからね」

『どういうこと?』

「来ればわかるさ」

 図書館の分厚い扉に力を加えた。わずかに軋む音がして、図書館の外に通じる空間が開く。

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