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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第1章 拾われる。
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奴隷の少女は公爵に拾われる 10

 扉を開けると、そこには他の部屋にもまして天井の高い、巨大な部屋があった。屋敷の大広間よりも大きいだろう。その大きな部屋の天井から床に伸びる巨大な棚。それが迷路のように巨大な部屋に大きく複雑に張り巡らせれており、棚の全てが様々な背表紙に覆われた本で埋め尽くされていた。入口からは窓は見えず、したがって非常に薄暗い。どこからか一応光はとりこんでいるような光量だが、夜になれば漆黒の闇に包まれるだろう。

 大量の紙、木、石。それらが一緒になった臭いは埃っぽく冷たくて、非生物的な感覚を嗅ぐ者に与える。普段動かない乾燥した空気は扉が開いた流れで一部動くが、それもやがて周囲の静寂に押し込まれる。すぐにその部屋を支配するのは稀に鳴る棚の軋む音だけだ。

「ここが図書館だよ、ツィル」

 扉を開いた壮年の男はその薄暗い扉の迷路の中に迷いなく入って行った。銀の細く伸ばしたような色をしている色素の薄い銀髪に白髪が交じっている。感情に乏しい顔には僅かに皺が目立つ。だが、背筋はしゃんとして歩く姿にも何ら不自由な所は見られない。その手には大量の紙の束がある。

 その後ろを、トコトコと歩きながらついて行くのは、黒い髪が特徴的な少女だ。幼い顔立ち、その目はアルビノのウサギのように真っ赤だ。肌も白く、アルビノになり損ねた黒ウサギのような風情だ。彼女の顔にも感情の起伏が乏しい。しかし、先程の男は感情の波があまりないと言った印象だった事に対して、こちらは感情が幾つか抜けてる人形の様な印象を受ける。

 本棚で作られた通路は入り口付近にもまして薄暗く、初めて入るものを不安にさせる。収容されている本の多くはこの国を中心に広く使われている言語だが、中にはかなり珍しい異国の言語で書かれているものもあるように見える。しかしここを歩いている二人はその不気味さをまったく感じている様子もなく、ましてや異国の文字に関して何らかの感慨を抱いている様子もなかった。


 本棚で形成された巨大な迷路を数分かけて踏破すると、そこそこ大きな空間が広がっていた。石造りの壁の中でそこに唯一大きな窓のある空間だ。その窓から大きな庭が緑に覆われているのが見える。窓から入る光が直接本棚の本を照らさないように本棚が配置されているため、このように複雑な迷路のような構造をしているのだろう。窓の下には木で作られた大きめの机と椅子が2脚、ほのかな光に照らされて誰かを出迎えているようにも見えた。


「今日からここで勉強しよう。ここにはいくらでも本があるから、文字の勉強をするにはうってつけだ」

 公爵はイスに深めに腰かける。ツツィーリエはその向かいの椅子によじ登る。

「じゃあ、まずは昨日の晩の復習。自分の名前をここに書いてごらん」

 公爵は持っていた紙を机の上に置くと一枚少女の前に差し出し、机の上にすでにあったペンを少女に渡す。

 少女はそれを手に持つと、しばらく悩んだ後ゆっくりと文字を書き始める。

「それだと、ツラーザーリ、ってなってしまう。こう書くんだ」

 公爵は娘の書いていたペンとは違うもう一つのペンで大きく名前を書く。

「これがツ、この文字にこれがついて、ツツィ。これに最後の三文字がついて、ツツィーリエなんだ。最後は女性の名前についていることが多いね」

 少女は公爵の穏やかな声に耳を傾け、目は自分の名前をしっかりと睨み付ける。

「はい。もう一回書いてみようか」

 少女はペンを握る。

「持ち方はこうだよ」

 公爵がペンの持ち方を指導する。娘は一瞬持ちにくそうにしている指を見ると、気を取り直したように紙と文字との格闘を開始した。

「………うん。いいね。じゃあ、今度は長い文章と一緒に勉強しよう」

 公爵が指を鳴らす。しばらくして、本棚の奥の方から、かなり新しい表紙の薄い本が飛んできて、机の上に着地した。

「これはツツィーリエが出てくるおとぎ話の中で最近出たものだよ。古い物の方が詳しく書いてあるけど文章が古風だからあまり使われないし、今回はおとぎ話の内容はそこまで重要ではないからね」

 と言っている間にもう一冊同じ本が飛んできた。

「本を開いて」

 公爵は新しく飛んできた方の本を開く。そこには鮮やかな色で描かれた挿絵と、文章が流麗な印刷文字で綴られていた。

「私がこれを読むから、ツィルは文章を見てなるべく同じように紙に文字を書いていくんだ」

 少女がうなづいてペンを持つ。

 公爵は本を指でたたく。すると本がふわりと宙に浮き、公爵にページを向けた状態で空中に静止した。

「じゃあ、いくよ」

 公爵は空いた自分の手に自分のペンを持ち、自分用の紙を用意して文字を記し、同時に本を読み始めた。

「むかしむかし、人がまだ生まれていない頃――――――」

 公爵の穏やかな低い声が静かな図書館の空気を揺らし、そのあとに紙の上をペンが走る音が続く。最初のほうは公爵は一文読んだところで音読を止め、娘が本を読みながらたどたどしく文字を書いていくのを待つ。それから自分が書いたものとそれを比較して、間違えている点を指摘し、もう一度同じところを読む。正確に書けたら次の文章に移っていった。それがしばらく続き、少女がだいぶ慣れた所で今度は長めに文章を読んでいく。その作業はだいぶ長い間、朝の涼気が太陽に吹き飛ばされ昼のポカポカした陽気が完全に支配するようになってもしばらく続いた。

「…じゃあ、ちょっと休憩しようか」

 公爵が指を鳴らす。すると、近くの棚からまた一冊の本が飛んできた。

「ツィルは喋ることができないから、喋る代わりにこれを勉強してもらうつもりなんだ」

 それは、手話の本だった。

「一般的な手話の方法と、親しい人たちと話をするための短縮形の二種類があるんだ」

 公爵は指で何かの文様を描くように動かしていく。

「短縮形のほうは仲間内の内緒話のような意味合いが強いかな」

 ツィルはその指の動きを注視する。

「今さっきの指の動きで、『台所に行ってマーサに何かご飯を作ってもらおう』って言ったことになる。またおいおいやっていくつもりだけど、今日はまだいいよ」

 公爵がイスから立ち上がる。ツィルもそれに合わせてツィルには少し高い椅子から降りる。

「二人で会話できるようになる日が楽しみだよ、ツツィーリエ」

 公爵は少女のほうに手を差し出す。少女はその手を握りながら、大きくうなづいた。

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