第十四話 新米刑事、情報を得る。
「これが今まで騎士団の方で回収した武器と“まやく”、です」
今朝より本の量が増えたリヴィウスの研究室。中央にあるテーブルの上には随分と場違いな、しかし瑠依にとって見覚えのある物たちが置いてあった。
「包丁、カッターに鎌? ……薬物の方も結構種類がある」
プラスチックの柄をつけたステンレス製包丁、業務用の大きなカッターナイフ、農業園芸に使う鎌まで刃物という刃物は揃っていた。薬物の方も、推定覚醒剤と大麻、派手なシールが貼られたアルミ袋の脱法ハーブの類まであった。
「間違いなく私の世界の物です。思った以上に出回っているんですね」
白い粉末状の覚醒剤は軽く見ても合わせて百グラムはあるだろう。薬物にはまだあまり関わっていないので相場などは分からないが、それでもかなりの大金が動いたことは理解できる。もっとも相手が売人から買ったのか盗んだのか、それは不明であるため仕入れ主であるローブの人物が大金を持っているかはどうか推測するのが難しい。
「あなたの世界の物は不思議な形状をしているのが多いのね。この刃物はすぐ折れそうですし、柄にも大きな飾りがあって使いづらそうですわ」
「それはカッターナイフって言うんです。主に紙を切る物で、そんなに刃を出して使わないんですよ。ここの部分を動かして刃の長さを調整したり、刃をしまったりします」
実演してみせると見ていた一人を除く観衆から感嘆の声が上がった。カッターナイフは日本人が作った、と言っていたテレビ番組を思い出し微かに頬が緩む。日本のものづくり技術は異世界でも通用する。
だが一つ、気になることもあった。
「どうかしたのシバ?」
好奇心旺盛なクリーム色の獣人がカッターナイフの実演を見ていなかった。それは興味がないというより、何か他のことに気がいっているらしい。ここに入ってからシバは鼻をぴくぴくさせ、探るような目で辺りを見ていた。
「へんなにおいがするきがするです」
「変な匂い? 書庫から持ってきた本の匂いではなく?」
若干リヴィウスが戸惑いながら聞いた。自室ともいえるこの研究室が変な匂いがすると言われてはたまらない。
「ちがうです。んー、かいだことのないへんな、からだにわるそうなにおいですー」
「……もしかして、これ?」
「嗅いだことのない」「体に悪そう」。この二つから連想をし、さらに元の世界のあることを繋げて瑠依は研究室内から選んだ物を差し出した。
「はい、これです!」
「やっぱりこれか」
無邪気に答えるシバは邪気しか発しない物、“麻薬“を手に取った。
「どうしてそれだと分かったんだ?」
「私のいた世界ではこの麻薬などを見つけるために犬が使われるんです。犬は賢いし嗅覚がいいので犯人捜しなどにも重宝されるんですが。それで、もしかしたら獣人という存在のシバも匂いで判別できるのではないかーと」
アゼルの問いに瑠依は返した。話してから気付いたがこの世界に犬はいるのだろうか。獣人はいても、元の世界の“犬“のような動物は見かけなかった。もっともそれは杞憂なことで、特に質問されることなく話は続いた。
「なるほど。確かに獣の感覚は鋭いですし、それに近しい獣人たちも感覚は人間より優れています。特に犬族の嗅覚、兎族の聴覚、猫族の平衡感覚のように」
「シバは嗅覚が優れているから人間には嗅ぎ取れない匂いを嗅ぎ取れた、ということですわね。新しい能力の使い方ですわ」
「ええ。こうしてみると私たちがとても魔術に頼っていたということがわかります。一部とはいえ、こう魔術に反応しない物が広まってきたということを考えると、少し対応の仕方を変えなくてはいけませんね」
類友で盛り上がり始めた二人に苦笑いしながら、瑠依はアゼルに提案した。
「もし他の獣人の方々も麻薬の匂いを判別でき、それを追っていけるとしたら、流出元の捜索はぐっと簡単になると思うんですけど」
「……悪いが騎士団からの応援は期待できない。大事にしたくないから単独でやれと言われている。それにそうなると獣人の騎士団以外の知り合いはいないからな。ただの一般市民を巻き込むこともできない」
「大事にしたくないから単独でって。違う世界でも同じような考えをする人はいるんですね。でもそうなると、頼れるのはシバだけか」
「がんばりますです!」
役に立てて嬉しいのか、尻尾を振って返事をするシバの頭を撫でる。難しい状況の中、シバの癒しの効果は抜群だ。
「しかしアゼル、獣人が“麻薬“の匂いを嗅ぎ分けることができるということは上に報告しておいた方がいいかもしれません。そうすれば見回り中に所持者を見つけることができるなど、貴方の任務とは関わらず“まやく”がこれ以上広がるのを防げるかもしれません」
「それもそうか。早速報告にでも行くか」
しっかりと話を聞いていたリヴィウスの意見にアゼルはすぐさま了承した。
そして犬族の獣人が麻薬の匂いを嗅ぎ分けられるということを証明させるためシバを連れて研究室を出て行こうとするアゼルに、瑠依は「自分も行きます」と声をかけた。
「もしかしたらより詳しい説明を求められるかもしれませんから。それに、ここに残っていてもやることがなさそうで」
「いてもらっても構いませんが?」
しかしリヴィウスは少し硬い声で瑠依を呼び止めた。だがそのことに瑠依は気づかず「ありがたい気遣いですが」と謙虚に断った。リヴィウスから聞いた彼が頼まれた仕事内容から考え、こちらの知識が乏しい瑠依では手伝えることがない。それと邪魔になるだけだと思ったからだ。
そう説明されればリヴィウスは無理強いできない。リヴィウスは「そうですか。ではアゼル、頼みますね?」と妙に威圧的に頼んだ。瑠依は何を頼んでいるのかわからなく首をかしげたが、知っているアゼルは顔を引きつらせながら頷いた。
夕方のタウアー通りの混雑具合はとてつもない。仕事帰りや買い物をしに来た人々で通りはごった返していた。
その中をアゼルは少し歩いた後、慌てて振り返った。この人々の流れに慣れている自分でもたまに一緒にいた人とはぐれることがあるだ。ここに来て日の浅い瑠依やシバとはぐれる可能性もある。
だがしかし、瑠依は全く流されることなくアゼルの後ろをついて来た。踏み潰されそうなシバを抱えて身動きが取りにくいというのに、華麗に人を躱している。
「慣れてるいるんだな」
「え、ああ人混みですか? それなりの都会に住んでましたし、仕事柄人の多いところにも行きますから。でも、こんな風に道のど真ん中を歩くのは大きなお祭り以来ですかね。普段は車が通ってますし」
瑠依たちは騎士団本部に直接向かうため道の真ん中を歩いていた。日本の道の真ん中といえばめったなことでは歩かない。瑠依は大型の山車を引く地元の夏祭りを思い出した。
「“くるま“というのは馬車みたいな物なのか?」
「そうですねぇ、馬ではなくエンジンという動力物体が動かしている馬車とでも思っていただければ。今騎士団に置いてもらっているバイクも車の仲間です」
「“ばいく“、ね。あれが本当に走れるとは思えないが」
「時間ができて、許可がもらえれば実際に動かしてみますよ。リヴィウスさんも興味持ってましたし」
「ぼくのってみたいです!」
そんな他愛のないことを話しながら中央のミッド通りに入った時、瑠依に抱かれていたシバが突然、険しい顔をした。
「……あのにおいがするです。えっと、あのひとから」
「!?」
シバは先ほどすれ違い、通りを南へと下って行く男を指差した。男は急いでいるのか少し早足であり、すぐ人々の間に消えてしまいそうだ。
「どうしますか?」
「この人波の中、あの男だけから匂いがしたと言ったんだ。行ってみる価値はあるだろう」
瑠依も異存はない。シバは初仕事だと気合を入れ直すように拳を握った。
そのシバに先導してもらい、少し距離を取りながら男の後をつけた。男はミッド通りを三分の二ほど行くと右に曲がった。そこは通りではなく路地のようだ。
休憩を装い端に寄って様子を窺えば、店などはなく普通の住宅が並んでいる。夕食まではまだあり、外も明るいので子供たちがいくつかのグループになって遊んでいる。その中を男はいらいらしたように通り抜けて行った。
「こんなところに何の用があるんだ?」
「……麻薬の取引、でしょうか。主婦を狙うグループだと住宅街で売買をすることもありますし。こういう子供たちが遊べる安全な場所というのはいい隠れ蓑になるます」
「ちっ、確かに通りや公共施設などに比べれば見回りも手薄な地区だ。これだと魔術関連だけでなく根本的なところから見直さないとだな」
男はさらに路地を数回曲がり、大通りの入り口に比べ人気の少ない奥まった路地へと進んでいった。その路地にある一軒の家に入るとき辺りを見回したので見つかりそうになり慌てて陰に隠れた。だが真剣には調べなかったようで何事もなく男は家の中へと入っていった。
その家の見た目は普通の二階建ての一軒家。ただ周りの家々が人が住んでいないのか荒れ始めていて、その家だけ小奇麗なのはなんとも薄気味悪かった。
「ここらへんのにおい、けっこうこいです」
「当たりか。どうする? 踏み込むか?」
“戦闘す”る気満々のアゼルを抑え、陰からその家の隣家に入る。扉は壊れていて開けなくても中が見えるが、奥に入ればそう見えない。目的の家側の壁に寄りながら瑠依は持論を述べた。
「まずは情報を得るべきです。相手が何人いるかわからないうちに踏み込むのは危険が増すだけです。それに黒そうですが、もしかしたら違うかもしれない。『急がば回れ』、成果を急ぐなら、一見遠くても着実行った方がいい、です」
「『いそがばまわれ』か。いい言葉だな。だが、そうだとしてもここから何の情報が得られる? 聞き耳を立てるとしても難しい気がするが」
家と瑠依たちのいる場所は二つの煉瓦の壁を間に挟んでいる。確かに聞き耳はつらいかもしれない。少し考え、どうしようかと悩み始めた瑠依だったが、それは簡単に解決した。
「おい、どういうことだ! アレは、あの粉はいつ手に入るんだ!!」
「るっせーな! 大声出すんじゃねえよ。こっちだってアレが遅れていらいらしてんだよ!」
隣の建物から男たちが大声で言い争う声が聞こえた。主に話しているのは二人。二人の止めに入ろうとする微かな声も聞こえたので、今のところ入って行った男一人と中にいた二人、計三人か。ただ聴覚もいいらしいシバはもう一人いるみたいだと言った。
「……あの方によると、次アレが届くのは三日後だ。取引は深夜に行う。それまでしっかり金貯めておきな」
先の三人とは違う声の男が話を締めた。それを聞き、薬を求めていた男は悪態をつきながら家を出て来た道を帰って行った。
その後すぐ、元々中にいた男たちも食事をしに行くためと出て行った。彼らもまた“あの方“への文句を言っている。曰く「これで何人目だ」「商売の契約はしたが、文句を言われる仕事は受けてない」など、クレーマーに対応する人のようだ。
「いい情報が入ったな」
「何人目か、ということはほかにも買いに来る人がいるということですね。それから取引は三日後深夜。一気に取り押さえできそうですね」
一斉検挙は三日後。上手くいくことを願いながら、瑠依たちは報告のため騎士団本部へと向かった。
遅くなってすみません。行事などが重なり時間が取れませんでした。
また今後も受験勉強のため更新が滞ると思います。
気長に待ってもらえるとありがたいです。