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第十三話 新米刑事、喜び、焦る。

「坂岡さん!」

『……耳元で大声出すんじゃねぇよ』

「さ、坂岡さんには言われたくありません!」

 アゼルとリヴィウスが橋上神殿に着く十数分前、瑠依は物陰に座ってスマートフォンを耳に当てていた。聞こえてくるのは呆れたような上司の声。しかし怒鳴らないで返すということは、瑠依の安否が確認できたからだろうか。

『で、今お前はどこにいる? 剣とか魔法とかのファンタジックな世界か?』

「そう、ですね。今は王都の橋上神殿……えっと写メ送ります」

 瑠依のスマフォは通話しながら写真を送れる。百聞は一見に如かずということで、瑠依は物陰から撮った神殿と王城を撮った。それに加え興味深そうに瑠依を見るセシリアとシバの許可をもらい二人の写真も坂岡に送った。

『日本じゃないのは確実か』

『わっ! このちっこい子、いわゆる獣人? こっちの女の子もすごく美人でかわいいー!!』

 一番食いついてきたのは七緒だ。早速シバの写真をもっと送れと催促してくる。

『そういうのは後にしろ』

『はーい。わかってますよー。……ケチ』

『公務執行妨害でしょっ引くぞ』

「……いつも通りですね」

 普段通りの彼らの様子に瑠依は少し寂しくなりながらぽつりとつぶやいた。

『うじうじしてんじゃねえよ。こっちに帰る方法がわかればそれでいいんだ』

『そうよ! これは幸い神の気まぐれとかじゃなくて、人がやってることよ。ローブの人間とっとと捕まえればそれでオーケーよ』

「ああ、それなんですが、どうもその人、こっちの世界で“糸結師”っていう伝説的な人みたいで……」

 こちらの世界の神話や技術面などを織り交ぜながら、瑠依は今までのことを坂岡たちに説明した。瑠依が飛ばされ出て来た廃坑道、その奥にあった遺体やそれから発生する魔物という事象、遺体に記されていた魔法陣みたいなものなど。

 そして瑠依は、先ほど気になったことを話した。

「こっちの世界、少し前からそっちの世界の刃物が出回っているみたいなんです。さっきもホームセンターで買えるような包丁を持った人が暴れて。しかも多分薬物中毒だと思います」

『麻薬、か。良いタイミングだな。丁度鑑識から麻薬売人ところの防犯カメラの映像を持ってきた。なんでもそのローブの奴が映っていたらしくてな。今確認している』

『坂岡さんすごいのよ。署長直々の命令でこの件について自由に調べられるの! 特例捜査員だって!』

 七緒が興奮した様子で話し始めた。その内容を聞き瑠依は驚く。坂岡が捜査を外される可能性は予想していたが、まさか逆の状態だったとは。

『のっさんのお蔭だな。ん? これか?』

『坂岡さんちょっと貸して。…………うん、今のカメラの画素はほんと良いわね。まあ顔見えないし、一般的なローブみたいだから個人特定は難しいけど。でもここでそっちにばら撒いた麻薬を得たのは本当みたいね』

「その映像って私のスマフォに送れますか?」

 映像内のローブの人物を見つけたらしい彼らに、瑠依は頭の中に先ほど見たローブの人物を浮かべ提案した。顔が判別できなくとも体型や雰囲気で少しはわかるかもしれない。

『うーん容量が大きすぎるわね。映像じゃなくてそのローブ君がメインで映っている所、抜いて画像にしてあげる

わ』

 機械系に強い七緒が快く応えてくれた。ローブの人物について決着がつくと、今度は坂岡の方からあることを頼まれた。

『そっちで出回ってる包丁やら麻薬の写真を撮って来られるか? 現物が見たい。写真でもいくらかは調べられるだろうから』

「どうでしょう? さっきのはもう騎士団の人が回収しちゃいましたし。麻薬にいたっては確認したわけではありませんし。あとでリヴィウスさんたち、えっと協力してもらっている騎士団関係の人に聞いてみます」

 分野関係なく色々知っているリヴィウスならもしかしたら正体不明なそれらの解明依頼が入り、現物を有しているかもしれない。そう思い坂岡に言ったのだが、坂岡はほかに気になることがあったようだ。

『……そいつらは男か?』

「え、あはい。良い人たちですよ? 写メに映っている二人にも協力してもらってます」

『…………女もいるならまあいいか?』

 ぼそっと坂岡が何か言ったが音がこもっていてよく聞き取れなかった。

『もう坂岡さんたら! 瑠依ー気にしなくていいからねー。そうそう、それと。一件目の事件でローブ君にカツアゲしようとして返り討ちに遭った少年が相手の顔を思い出したらしいから、似顔絵描いて送るわね。ん? ちょっとうるさいわよスッシー!』

 後ろで少年の声がし七緒が応戦した。彼があの少年、いわくスッシー君なのか。坂岡の発言がいまいちよくわからなかったが、それよりもローブの人物の似顔絵が作れるということに瑠依の思考は持って行かれた。先ほど約束した画像と合わせればより範囲を絞れるだろう。

「あの」

「あ、さっきの方! ここにいらっしゃいましたか」

「き、きちゃだめですよー!」

 二つの声に振り返れば、男を引き渡した騎士が瑠依たちの元に来ようとしている。それにいち早く気付いたシバが止めに入ろうとしていた。

 今彼らを悩ませているあの武器たちと同じ未知の存在であるスマートフォンを見せるわけにはいかない。慌てて瑠依は「またかけ直します!」と癖で通話を切り、ポケットに隠した。

「ちょっとお話を聞きたいのでお時間よろしいですか?」

「はい、大丈夫で」

 瑠依は頷き立ち上がろうとした。しかし目の前が黄色くなり再び座り込んでしまった。健康的な瑠依には珍しい貧血だ。

(連絡出来て精神的に安心したのかな)

 顔色の悪い瑠依を見た騎士は様子でなんとなく貧血だと分かったのか、「少し休んでからでもいいですよ」と言ってから仲間の元へ戻って行った。

「大丈夫ですの瑠依?」

「まあなんとか」

 慣れなくてなんとも言えないが、少し休めば収まるだろう。

「それは良かったわ。でも、終わりにしてしまってよかったの? その、元の世界の方々との連絡を」

「え……ああ!?」

 ポケットからスマフォを取り出せば、画面は通話中ではなくただの待ち受けだ。通話中に更新されたらしいニュースのテロップが流れている。

 慌てていたからといってやっと繋がった通話を切らなくてもよかったのに。数秒前の自分に悪態をつきたくなる。

「でも、どうしよう。話の途中で切っちゃったし、……あれ?」

 思わず瑠依は目をこすった。

「圏外じゃない」

 画面の左上に三本のアンテナが立っている。不安定に減ったり増えたりはしていない。ちゃんと三本ある。

 いまいち平衡感覚のない身体に鞭を打って辺りを歩く。物陰の辺りでは変化はない。橋上神殿から出る階段のへと移動すればアンテナが一つ減った。そしてそのまま降りてしまえば、階段の中盤辺りで圏外になってしまう。怖くなって橋上神殿へと戻れば、またアンテナは三本立つ。

「どうしたんですか?」

橋上神殿敷地内(ここ)なら向こうに、元の世界に通じるみたい」

 心配して付いてきてくれたシバに呆然としながら言った。

 喜びに支配された瑠依はそのテンションのまま坂岡のスマフォにリダイヤルした。

「――坂岡さん七緒さん! 繋がりますよ、ここ!」

『馬鹿かお前は! いきなり切るんじゃねえ! 阿呆が!』

『また繋がんなくなるかと思ったじゃない!』

 二人の怒鳴り声にいつもなら落ち込むはずだが、今はこちらからも連絡出来るということが嬉しい。

「もう大丈夫ですよ! ここの神殿電波が来ているみたいで、署よりもアンテナの立ち具合が良いんですよ!」

 興奮気味に話す瑠依に電話口の二人は閉口する。そこまではしゃがれたら怒ることも出来ない。

『うちの署よりも電波具合が良いことはわかった。それよりもなんで急に切った』

「騎士の方が来てしまって無意識で切ってしまったんです。こちらの方が見慣れない物を持っていて疑われるのも嫌ですし」

『妥当な判断かもしれねえが、あんまりやるんじゃねえぞ。心臓に悪い』

「すみません……」

 静かに諭されて少し落ち込む。しかしそれは今までの気分の降下とは全く違うものだ。大切な人たちの声を聞けたというだけでこんなにも気持ちは楽になる。

『あ、瑠依。防犯カメラの映像の加工、もうできたから送るわね。それと似顔絵の方も描いたら送るわ』

 早速七緒が加工した画像が送られてきた。ローブの人物は瑠依が人ごみの中に見つけた姿と似ている。

「そろそろいったほうがいいみたいです。さっきのひとがみてますよー」

「ほんと!?」

 そういえば彼が去ってからそれなりに時間が経った気がする。そこまでして来ないとなると随分と心配されているかもしれない。

「そろそろ戻らないと騎士さんたちに迷惑をかけてしまいそうです」

『そうか。なら一旦話し合いは終わりにする。今のところ交換できる情報ももう出尽くしたようだしな。お前は何か新しい情報を掴んだらすぐに連絡しろ。もし何もなかったとしても、一日一回は連絡を寄こせ』

「わかりました!」

 通話を切ろうとすると、一瞬早く七緒から待ったがかかった。何事かと思って心してみれば、聞こえてきたのは優し女性の声。

『瑠依ちゃん? ちゃんとご飯は食べてる? 適度に休んだりもしている? それから一人で抱え込んだりしてないかしら』

「比奈さん……」

『あなたは隆志さんと違って真面目で頑張り屋さんだから、口では気楽そうに言ってても心の中で一生懸命悩んでるでしょ? そこが心配なのよ』

 比奈の言葉は的を射ていた。ほかの人に迷惑をかけないよう自分一人で何とかしようし、精神は疲れてきていた。

『電話かけて来ても、そちらの方々を存分に頼ってもいいのよ。あなたには味方が一杯いるんだから』

「はい!」

 比奈の激励を受け、瑠依は元気よく返事をした。比奈の言葉は無条件で人の心を安心させるものだった。

『ふふ、それなら大丈夫そうね。頑張ってもいいけど、元気にしていてくれる方が私たちは嬉しいわ。……忙しいのよね? 引き止めちゃってごめんなさいね』

 瑠依を気遣う言葉をかけ、通話は切れた。アンテナは相変わらず三本立っているから勝手に途切れたわけではない。そのことは瑠依の心にいくらかの余裕を生まれさせた。それに頼れる人たちはこちらにもいる。

「セシリアさん、シバ。行きましょう」

 傍らにいてくれた二人に声をかけ、瑠依は広場に集まる騎士たちの元へ向かった。その足取りはいつもより確かだ。

 それに気付いてセシリアは少し安心した。まだ会ってから二日目と短いが、瑠依にはどこか簡単に崩れてしまうような雰囲気をわずかに感じていたからだ。しかし今は生き生きと力強い。

「人は人の言葉で変わりますのね」

「? セシリアさん、何か言いました?」

「いいえ別に」

 そっぽを向くセシリアと嬉しそうに瑠依を見上げるシバを連れ、三人は騎士たちの輪に参加した。

「もう体調はよろしいのですか、えっと」

「瑠依と言います。おかげさまでずいぶん良くなりました。それで何のお話を?」

「ルイ殿はこの凶器について知っているようなので、ぜひそのことについてお話させていただきたいと思います」

 短い間に色々なことがあり、瑠依は自分が騎士たちから凶器の包丁を奪い、知っているようなそぶりを見せたことは忘れてしまっていた。改めて指摘され、瑠依はなんと言っていいのか戸惑ってしまう。

(異世界の物なんて普通変に思われるでしょ。ほかの遠い国の物だって言っても根掘り葉掘り聞かれたらぼろ出しそうだし)

 直球タイプの人間に囲まれ育った瑠依は、ひらりとかわす受け答え方がわからない。坂岡だったら睨んで黙らせる。

 そういうことを思い出し顔が緩みそうになるのを我慢しながら必死に考えを巡らしていると、思わぬところから助けが入った。

「ルイ、やはり貴女でしたか」

 不審だから問い詰めようかと思って一歩踏み出た騎士の一人を遮るようにリヴィウスが現れた。その後ろからはアゼルと綺麗な女性、それから猫のような姿の獣人も姿を見せる。

「どうしてこちらに?」

「心配になって来てみただけです。ここで刃物を持った男が暴れ、その男を女性が取り押さえたと聞きましたので」

「怪我はしていないようだな。……よかった」

 アゼルが主にセシリアを確認するように怪我の有無を問うた。その様子を生暖かい目で見ながらリヴィウスは瑠依に話を切り出した。

「今王都で出回っている新種の武器などについて、話を聞きたいので研究室まで来てもらえますか」

「リヴィウス殿!? どうして急に」

「学者として、上層部から正式に調査依頼が来ています。ですよね?」

 抗議する騎士から視線を外し、リヴィウスは女性に同意を求めた。

「ええ。今回のこの件についてはリヴィウス様とアゼル様に調べさせるようにと上層部が意見を出しました。貴方たちは通常業務に励むようにとの指示です。通達が遅れ申し訳ありません」

「ふ、副団長、頭をあげて下さい! そういうことでしたのなら指示に従います!」

 委縮した騎士が慌てた。彼女からすれば誰にでも等しく接するという態度の表れなのだろう。しかし瑠依からしてみれば副総監に頭を下げられたと同じことなのだから、委縮してしまう彼の気持ちはわからなくもない。

「そういうわけですので、行きましょうか」

 リヴィウスは瑠依たちを促し歩き始めた。瑠依も世話になった騎士たちと残るらしい副団長の女性に礼をし、その場を離れた。

「貴女には騎士団が押収した武器などの確認をしてもらいたいのです」

 リヴィウスと並んで歩き始めると、すぐ彼は用件の説明を始めた。

「騎士団から預かった物の中には貴女の世界の言葉らしき物は見受けられましたが、私では正確に判断できません。お願いします。それから……貴女の世界には人を中毒状態にさせるような白い粉や葉などは存在しますか?」

 リヴィウスの話を聞き、瑠依は自分の予想が当たっていたことを理解した。

「麻薬、だと思います。本当に流出しているなんて」

 その実態を知り乱用防止を教えられる元の世界とは違い、こちらの人々は無知だ。それに理解していても使用者の減ることのない物なのに、こちらの世界に出てしまえば被害の差は比にならないだろう。

 その事を手短に話せば、珍しくリヴィウスは焦っているようだった。騎士団ではあの男以外、すでに数人の薬物使用者が保護されているらしい。それだけで収まっているわけはない。

「早く手を打たなくてはなりませんね」

 リヴィウスの言葉に瑠依は頷いた。

 真剣に話し合う二人の後ろではアゼルとセシリアが微妙な距離感でついてきています。

 空気の読める子シバは、二人をちら見してから前の二人の元に行きました。

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