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第十話 新米刑事、王都で巡り合う。

「新しい収穫はなし、ですか」

「わざわざ来ていただいたのに何も進展がなく申し訳ありません」

「いえ、リヴィウスさんにはほかの仕事もありますし、調べてもらっていただけるだけでもありがたいです」

 翌日の朝、瑠依はセシリア、シバと共にリヴィウスのいる王立研究所に来ていた。

 新しい情報はないかと思って来てみたのだが、そう簡単に行くはずもない。

 昨夜騎士団本部への報告から帰ってきたリヴィウスはそのまま廃坑道で見つけた遺体の身体に描かれた魔方陣を紙に写していた。量が多く、普段使う式とは異なる物で時間がかかったらしく、まだ移し終わってはいないのだという。

「こちらに遺体の周りにあった設計図(まほうじん)の方も描き出してみたのですが、何分(なにぶん)人の記憶です。ルイが撮っていた“写真”という物で確認をお願いできませんか?」

 そうリヴィウスに言われ、瑠依はスマフォに保存しておいた画像を見ながら確認を進めた。いくつか違いはあれったが、ほとんど正しい式で感嘆した。

「リヴィウスさん終わりましたよ」

 出来上がった物を渡せば、リヴィウスは楽しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます。早速書庫にでも行って。……ああ、あとは私の方でしますので、もしよかったら王都見学でもしてみて下さい」

 そう言ってリヴィウスはさっさと部屋の奥の扉へと消えて行った。

「本当に猪突猛進ですね」

「まだ良い方ですわ。他の方のことを考えていますし。……それで王都見学に行きます?」

「いきたいです!」

 シバが手を上げ元気に発言した。苦笑しながらもシバの意見に同意し、瑠依たちは研究所の外に出た。

 研究所は奥に長い二階建ての建物だ。王都内も煉瓦造りの建物が多いが、この研究所も例外ではない。

 広く迷路のように入り組んだ前庭を抜け、“タウアー通り”へと出た。

 王都はほぼ円形で、中央の運河で北区と南区に分かれている。北区は王城があり他に貴族や富裕層の屋敷が、南区には一般的な住宅街で、騎士団本部や研究所などが置かれていた。タウアー通りは南区にある運河に一番近い大通りで、区の左右にある騎士団本部と研究所を結んでいる。通り沿いの店にはその二つの機関に通う人が多く利用する食堂や、質の良い道具や材料類、武具などを取り扱う店が立ち並んでいた。昨夜夕食を取った店もこの界隈だった。

 タウアー通りは中間で王都の南北を結ぶ“ミッド大通り”と交差している。ミッド大通りは南区の大門から橋上神殿の下を通り王城へと抜ける通りで、こちらも様々な店、食堂、宿などがある。

 これら南区の通りを午前中一杯で回った。セシリアはよく研究所助手として買い出しに出かけるらしく、色々な店の情報を知っていた。

「橋上神殿近くに美味しい料理を出す店がありましてよ。今日のお昼はそこにしましょうか」

「それはいいですね」

 元の世界と同じような会話を意識しないようにしながら頷いた。

 その店はセシリアの言う通り美味しい料理を出していた。イメージはカジュアルフレンチといった感じか。

 食事が終わると、そのまま王都の名所、橋上神殿へと向かった。

 綺麗に煉瓦を積み上げた階段を上がると、目の前に大きな神殿が現れた。神殿はくすみのない大理石で造られており、壁、柱、扉、窓、どれにも緻密な彫刻が刻まれている。模様と言っても遠くから見れば絵画のようになっていて、その様子はまるで巨大なタペストリーだ。

 橋の上は神殿の私有地だが堅苦しさはなく、噴水やベンチがあったりとちょっとした公園のようだ。昼下がりとあり、子供連れの大人や老人たちが思い思いに寛いでいた。端っこに飲み物や菓子などを売る露店があり、ここは平和なのだと見て取れた。

「まだ何か食べたいの?」

 露店を眺めていたらそう思われたらしく、セシリアが聞いてきた。

「いえ、平和だなぁと思いまして」

「そうね。この国は五百年前に王朝が交代した以来内乱はありませんし、王都はそれぞれの国境から離れていますから隣国との小競り合いも影響せていませんわね。そうそう、この神殿も平和のために造られた物ですわ。前王朝が腐敗しきって各地で反乱が起こっていた時、まだ地方領主だったサンクレット家が反乱を成功させるための女神の加護を得るために造ったと云われていますわ」

「女神の加護、ですか」

「女神は自分の助けが必要だと示せば手助けをしてくれると云われていますから」

「人事を尽くして天命を待つ、ですね」

「はあ」

 元の世界のことわざはやはり通じなかったので、気まずい空気を振り払うように違う話題を振った。

「でも、橋の上に神殿を作るなんてすごいですね」

「元は地上にありましたのよ。サンクレット家が前王朝を倒し新たな王となった際、王都を自分たちの領に遷都なさったの。その時、王都に中心を通る運河が必要になったからその位置にあった神殿は移築されたましたが、民が神殿は都の中心に置いてもらいたいと願い出たため、橋を増設してその上に再度移築しましたの」

「よくわからないけどすごいですー」

 ひっくり返りそうなほど神殿を見上げていたシバが呟いた。

 瑠依もシバの視線を追って神殿を見上げた。高さはそれほどでもないが、歴史の重みや民が篤く信じる信仰の重さに圧倒される。この国に神は生きついている、そんなことまで感じた。

「礼拝所なら入れますが、行きます?」

「はい、もちろん」

 神殿前の広場で走り回る子供たちを避けながら、礼拝所へと入った。

 礼拝所内も人は多い。外の寛いだ様子とは違い、厳かな空気の中静かに祈る人の姿が多かった。

「なかもすごいきれいです!」

 小さな声で感嘆を上げたシバは、楽しそうにきょろきょろと周りを見回した。

 中にも壁に彫られた彫刻や、落ち着いた色合いのタペストリーが飾られている。近くでもっとよく見てみようと瑠依は一枚のタペストリーに近づいた。その時、

「きゃぁぁあああああ!!」

 静かな音を引き裂く悲鳴が外で響いた。

 反射的に走り出した瑠依は、礼拝所内に入ろうとする人々の間を縫って外へ出た。

 視界が開けば、広場の中心に一組の男女が立っていた。

「一体何事で……っ!」

 瑠依を追って出てきたセシリアとシバは息を飲んだ。

 男に囚われた女性の首元には、よく砥がれた包丁が当てられている。

「アレだ! 早くアレを寄こしやがれ! でねぇとコイツの首を掻っ切るぞ!」

「ひぃっ」

 男はさらに女性の細い首に包丁を押し当てる。刃が皮を切り裂いたのか、血も流れ出てきた。

「見回りの騎士(へい)とかはいないんですか!?」

「勘違いをして下の通りの方に行ったのかもしれませんわ。神殿でこのようなことが起きるはずがありません(・・・・・・・・)から」

「よんでくるです!」

 シバが騎士を呼びに駆け出した。それを横目に見ながら瑠依は心の中で舌打ちをする。「起きるはずがない」。それは余りにも脆い神話だ。

「セシリアさん、相手を拘束出来るような魔術って何か使えますか?」

「使えますわよ、一応! ……でも、範囲は調整出来ません」

「ち、致命的ですね。でもなんとかしなくては」

 考える間に男が止まってくれるはずがない。怯える女性を見て、瑠依は一か八かの賭けに出た。

「もしかしたら私にその魔術は効かないかもしれません。魔術を使って下さい!」

 瑠依は感知や探査の魔術に反応しない。他にも反応しない魔術があるかもしれない。

 そのことを汲み取ったのだろうか、セシリアはその“拘束”の魔術を編み出した。

「『重き地糸よ、彼の者を捕らえよ』!」

 術の完成後身体が重く感じた。確かに範囲は調整出来ていない。男だけでなく礼拝所入り口近くの人も術に捕らわれ動けなくなったようだ。

 しかしその中で瑠依だけは動けた。賭けは当たった。

 倒れ込んだ男に近付き、男が地面に落とした包丁を遠くに蹴り飛ばした。包丁はからからと音を立てながら石畳の上を滑った。

 瑠依は男の腕を取り背中へと捻って回し、体を起こさせ女性から離す。

 男は思ったより軽い。難なく女性から離れた地面で拘束が出来た。

「セシリアさん、もう平気です」

 セシリアに合図をし、魔術を解いてもらった。ふわりと身体が軽くなる感覚に一瞬気を取られたが、男は力なく抵抗しているだけで拘束が緩んだ心配はなかった。

「つれてきたです!」

 シバが鎧を着こんだ騎士数名を連れてきた。騎士たちは男を抑え込む瑠依を見て驚いたようだったが、すぐさま平常心に戻ったようだった。

 騎士たちに男を引き渡し、セシリアとシバの元に戻った。

「け、怪我とかはありませんの?」

「セシリアさんのおかげであまり抵抗しなかったので、大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 ツンとした表情で聞いてくるセシリアに状況と感謝を伝えれば、彼女は頬を緩ませた。しかしすぐに元の表情に戻ってしまった。

「……それよりも何故あなたはあの魔術が効かないのです? 感知や探査の魔術もそうだと言いますし」

「私に聞かれてもよくわからないんですが、リヴィウスさんが言うにはそれらの魔術は固有魔力に反応するらしく、魔力を持たない私はには反応出来ない、らしいです」

「そう、新しい考えですわね」

 納得したらしく、セシリアは一人頷いた。やはりリヴィウスとセシリアは類友なのか。

 意識を切り替え、拘束された男を見た。

 騎士たちに何か言っているが、その話は要領は得ていない。ただ「アレを寄こせ」とだけ言っている。

 その様子は見覚えがあった気がする。元の世界でも同じようなことがあった。

「班長! 凶器はまたこれみたいです!」

 若い騎士が瑠依が蹴り飛ばした包丁を持って示した。それはよく見る包丁だ。でもそれは元の世界でだったかもしれない。

「簡単に調べてみましたが、やはり魔術では感知出来ません」

「ちょっとそれ、見せて下さい!」

 瑠依はその二人の間に割り込み、包丁を手に取った。その包丁はステンレス製の三徳包丁で、柄に近い平の部分にアルファベット(・・・・・・・)で名前が入っていた。

(……やっぱりこの包丁、元の世界で売ってた物!)

 不審がる騎士たちに謝りながら返し視線を逸らしたとき、集まった人ごみの中を横切るある人物が目に入った。その姿は防犯カメラの映像で見たのと同じ、物語に出てくる魔法使いのようなローブ姿だ。

「!」

 ローブ姿の人物は瑠依を見つけ何かを思ったのか、フードの奥で薄く笑った。

 この世界に来ることになった原因。そしてこちらの世界で魔術で探れない武器を広めているであろう人物。

 あの人物はこのような状態を楽しんでいるのかもしれない。

 考え終わる前に瑠依は走り出していた。

 分厚い人ごみを抜ければローブ姿の人物は北区の方に向かって歩いていた。

 瑠依は走っている。それなのにそのゆっくりとしたその足取りに追い付けない。

 橋の階段を降り切ったとき、ローブ姿の人物は一つ目の角を曲がった。息つく暇もなく追い駆けようとした瑠依だが、彼女の前に見覚えのある二人組が現れ阻んだ。

「お前! こんなところで何してんだ! ここは庶民の分際で来る場所じゃねーんだよ!」

「そうだそうだ!」

 どこのガキ大将たちだ! と突っ込みたくなるのを我慢し、早口で説明した。

「私がある件で追っている犯人がこちらに逃げて行ったので追いかけているんです!」

「ははん、そうか。だたの留学生の分際であいつらがお前に融通してるのはそういう理由か」

「そいつを捕まえればヘリックさんの出世も間違いなしでないですか!?」

「というわけだ。その犯人とやらは俺たちが捕まえるから、庶民のお前は戻って待ってな」

 どうやら瑠依が国際指名手配犯を捕まえにこの国に潜入してきた捜査官とでも思ってくれたようだ。彼らに本当のことを説明する必要はないのでよかった。

 しかし人を一々庶民と呼び、見下している感じがするのは気に食わない。

「ありがたいですが、必要ないので結構です」

 きつい口調で言えばすぐさま男たち、ヘリックたちは顔を顔をしかめた。

「だいたい女のくせして生意気なんだよ。女なんか家にいればいいだろ」

「こういうのだから家にいられないんじゃないですか?」

 けらけら笑うヘリックたちを見て思わず拳を握ったが、相手をする価値もないと思いもう無視してローブ姿の人物を追い駆けようとした。

 だがそう簡単にはいかない。

 わきを抜けようとした瑠依の腕を掴み、無理やり振り向かせた。

「人の話は最後まで聞けって言われなかったのか!」

「あなた方は人の迷惑になることをするなと教わらなかったんですか?」

 強く掴まれた腕が痛く、瑠依の口調は荒々しくなる。一発殴ってやろうかと坂岡のような思考が湧き上がる。

 それを収めたのは穏やかな男性の声だ。

「……おやおや、二人して女の子を虐めるとは、紳士ではありませんね」

「せ、先生、どうしてここに?」

 穏やかな声がヘリックたちを窘めた。声の主を辿れば、近くに綺麗な銀髪の人が立っていた。腰まである髪をそのまま流し、ゆったりした白の服を着ていた。神官のようにも見えるが、ヘリックたちの言い方からして教師や学者だろう。

「天気が良かったので散歩していただけですよ。それよりも君たち、今の時間帯は鍛錬をしているはずではないですか?」

「う、それは」

「ヘリックさん、鍛錬に戻りましょう!」

「そうだな! 失礼しました!」

 ヘリックたちは一目散に騎士団本部の方に走って行った。

「大丈夫ですかお嬢さん?」

「あ……はい」

「彼らは悪気を感じていないので、勘弁してくださいね」

「その言い方ですと、勘弁できませんよ」

 笑っているので冗談なのだろうが、ヘリックたちの態度を見る限りあながち冗談でもなさそうだ。

「ところで、急いでいたようですが何かあったのですか?」

「ある事件の犯人を見かけたので追いかけていたんですが。ローブ姿の人なんですが、見かけませんでしたか?」

 ヘリックに言ったように説明すると、男性は少し考えてからすまなそうな顔をした。

「そのような人物なら先ほどすれ違いましたが、もう遠くの方に行ってしまったでしょうね」

「そう、ですか」

 元の世界に帰れるかもしれない、さらにほかの情報も得られるチャンスだったのだが残念だ。

「すみません、彼らが邪魔をしてしまって」

「あなたが謝ることではないですよ。助けて頂いたし」

「ふふ、あなたは優しい人ですね」

 笑顔で言われて赤面する。そういう面で褒められたことはあまりない。

「おねーさーん!」

 瑠依を呼ぶ声に振り向くと、橋の上でシバとセシリアが立っていた。迷惑と心配をかけるわけ行かないので戻らなくてはと言おうとしたら、男性の方から先に言った。

「お連れの人が迎えにきたみたいですね。それでは(わたくし)はこれで失礼します」

 軽く礼をすると、男性は踵を返して大通りを歩いて行った。

 瑠依も礼をしてから階段を上って二人の元に行くと、セシリアが驚いたように話しかけてきた。

「騎士方が持った凶器を奪ったり、急に走り出したと思ったら、一体何をしていますの? それにさっきのあの方は」

「元の世界の物や、追い駆けていた人物と酷似した人物を見たのでつい。あの人はちょっと素行の悪い人たちに絡まれていたのを助けてもらってお礼を言っただけです」

「……あなたは本当、すごい人物ばかりと巡り合うのね」

 セシリアはため息を吐きながら、先ほどの人物がどのような人であるかを説明しようとした。

「彼は革新的な魔術具、火力を調整できる調理台とか、冷蔵保管庫などを作り出している有名な方なのですよ。南の公国からこちらに来ていらっしゃる方なのですが――!?」

 突然音楽が鳴り出した。

 聞き慣れている。しかし、今、最も聞きたかった音色。

 瑠依は早まる鼓動を抑え、周りの状況を確認する。人前でこの世界にとって未知の道具を使うわけにはいかない。

 適当な物陰を見つけた瑠依は、そこでスマートフォンの通話ボタンを押した。


 ローブ姿の人物は遠くの物陰に隠れた女を、静かに見つめていた。

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