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第九話 新米刑事、居候する。

「ここが王都……」

 静かに呟く瑠依の傍らでシバが歓声を上げた。

 船は川の本流から王都の周りを囲むように造られた運河へと入った。この運河のところどころに停船所が設けられ、各船に割り当てられた場所で荷の積み下ろしが行われる。

 運河は王都の中心を東から西へとも走っている。ここにも停船所があり、瑠依がお邪魔している騎士団専用の停船所もあるのだという。

 そのため瑠依たちは船の上から夕日に照らされた王都の町並みを見ることが出来た。初めの街と同じくヨーロッパ風の街並み。でもやはり王都の方がより洗練されていた。

「高層ビルとかないけど都会って感じがするなぁ。やっぱりオーラが違うのかな、オーラが」

「“こうそうびる”ってなんですか?」

 瑠依が一人で納得しているとシバが聞いてきた。

「とっても高い建物のことだよ。見上げても見切れないほどに。外国には150階以上の建物もあったかな?」

「そんな建物があるのですか!?」

 いつの間にか来て聞いていたのかリヴィウスが興奮した様子で話に入ってきた。隊員や船員から聞いたところによると、リヴィウスは様々な分野に心得があるらしい。“歩く図書館”とも呼ばれているという彼の知識量は皆の(あが)めの対象になりかけていた。

「ありますよ。確か前都内に行ったときに撮った写真が……ほら、これです」

 スマフォに保存しておいた画像数枚を二人に見せる。非番の日に某ツリーを見に行ったとき撮った写真である。

「これはすごい。一体どのような技術が使われているのです?」

「鉄筋コンクリート、えっと、鉄を芯にしてその周りをコンクリートっていう……煉瓦の強化版で覆った物が使われているんだと。強度とか上がるみたいです。ほかにも色々な技術が使われているんだと思いますが、そっちの方は専攻してないので良くわかりません」

「専攻、ということはルイの世界では好きなように学べるのですか?」

「そうですね。日本は、私のいた国の教育水準は世界の中では上の方ですかね。六歳から十五歳までは義務教育といって全ての子どもたちが教育を受けられるようになってますし。それに最近公立高校も無償化になったりしてますね」

「国の法で身分財産に関係なく教育を受けられるのですね。やはりその分の金額は国への税金から出されるのですか? 元々の税率などはどのくらい」

「お前たち、もうすぐ着くから早く降船の準備をしろ」

 アゼルの号令で船内が慌ただしく動き始めた。瑠衣もリヴィウスに促され、自分とシバに当てられた部屋へと戻った。

 すでに荷物の準備は出来ていた。ベッドの上にある二つのバック。バイクと拳銃、スマフォ以外の瑠衣の所持品は全てこの中に入れてあった。

 一つはトート型のエコバックで、主にポケットに入れて置いた物とバイクに入っていた物が入れてある。

 もう一つには着替え類が入っている。入れているバックは魔物を討伐した報酬ということで頂いたお金で買った物だ。見事な花の刺繍が入ったそれはとても気に入っている。

 忘れ物がないか最終確認をしていれば、すぐに停船所へ入港したとの合図が入った。

「ほら、行こう」

 二段ベッドの上段で一から荷物確認をしているシバに声をかけた。彼の場合瑠衣より荷物の量は少ないので問題はない。

 外に出たシバは元気よく船を降りていった。タラップを走り抜けるシバに少し羨望する。

 タラップは魔術やなにやらで補強されているのだというが、瑠衣にはただのベニヤ板に見える。船と岸の間がそれなりにあり、荷物もあるので飛び越えるのは難しい。だからその板タラップの上を通らなくてはいけないのだが、瑠衣は少し怖かった。ついつい板が割れて運河に落ちたりしないかなど考えてしまう。自分より明らかに重量な大柄騎士も渡っているのに。

「大丈夫ですかルイ?」

 おどおどと渡っていたら見かねたリヴィウスが手を差し出してくれた。その手をありがたく借り、急いで渡りきる。

「すみません。ありがとうございます」

「大したことではありませんよ。ほかの者も慣れるのに少し時間を要しますから」

 見ていれば瑠衣のようにこわごわとタラップを渡る少年がいる。佩いている剣の装飾で隊内での地位が分かると言っていたが、あれは確か見習いだった気がする。

 自分のことは棚に上げ少年を微笑ましくみていると、彼と目があった。少年は顔を赤くすると、次の瞬間には真っ青にし走っていった。恥ずかしいところを見られたとでも思ったのだろう。

 全ての降船が終わり簡単な連絡をした後、解散となった。もっとも多くの人が船に積んでいた荷の移動や近くにある訓練所での軽めの運動を希望し、そのまま帰る人は少なそうだった。もちろん豪華な馬車に乗ってすぐに帰っていった方々もいた。

 瑠衣とシバもまだ停船所の広場に残っていた。リヴィウスやアゼルが今後の予定を話し合っていて、まだ終わりそうにない。

「おねえさんおねえさん! あっちに“きょうじょうしんでん”がみえるのです!」

「“きょうじょうしんでん”?」

 シバに手を引っ張られ運河の縁まで来た。そこから王都の中心、船の進行方向であった方を見てみると、煉瓦作りの巨大な橋が見えた。運河にかかるその橋は二段構造になっていて下段は人や馬車などが通る道、上段の方には大きな建物が建っていた。“きょうじょうしんでん”に“橋上神殿”という感じが当てはまり、納得する。尖塔アーチがいくつもあり、円形のステンドグラスが夕日を受け光輝くそれらは遠くから見ていても美しく神々しさを感じた。

「きれい」

 神殿に見とれていると、すぐそばで水音がした。慌てて運河をのぞき込むとクリーム色の毛玉が水の上に浮いていた。

「ちょっとシバ! 大丈夫!?」

「だいじょうぶですよー」

 慣れているのか溺れている雰囲気ではない。

 ひとまず安心し辺りを見回す。どこか上り下り出来るところはないか。運河の壁面は綺麗に整えられていて足場となるところはない。梯子らしき物もなく自力で上るのは難しそうだ。

 怒られそうだがリヴィウスに助けを求めるしかない。だが目を離した隙に危機感が感じられないシバがどこかに行ってしまうような気もする。

「シバ! 絶対そこから動いちゃダメだからね。だからって流されないで! せめて壁際にいて!」

「……何をしていますの?」

 背後でかわいらしい声がした。振り向けば仕立ての良さそうなワンピースを着た女性がいた。声の感じからしてまだ十代かもしれない。

「ここの方ですか? 実は連れが下に落ちてしまって……。もしお手数でなければ助けていただけませんか?」

「全くなんてことを。運河にやたらと近付くなと習いませんでしたの? まあ仕方ありませんわ。邪魔ですから少し退いていてくださいません」

 瑠衣がその指示に従うと、女性はそれをちらりと見てから呪文を紡いだ。

「『流れる水糸よ、彼の点で隆起せよ!』」

 突然水柱が立った。余りに高く見上げるほどに。

「たかいですー!」

 暢気なシバの声は上から響いてくる。どうやらあの水柱で上に押し上げられたらしい。

 雨のように降り注ぐ水の中、シバを探し受け止める。あと少し前だったらまた運河に落ちそうな位置であった。

「ありがとうございます。助かりました」

 ずぶぬれになりながらも感謝する瑠衣を見て女性は惚けたように呟いた。

「あなた怒りませんの? その、わたくしのせいで服を濡らしてしまったのに」

「先にあなたは退くように注意してくれましたし、水が降る範囲には自分から行ったんですよ? あなたに対して怒る要因はないと思うんですが。それにこの子も別に怒っていませんよ」

「たすけてもらってありがとうございますです。またやってください!」

 懲りていない様子のシバに二人とも苦笑した。

「でも本当に助かりました。リヴィウスさんに見つかったらそれこそすごく怒られそうで」

「……リヴィウス?」

「私がどうかしましたか?」

 いつの間にか話を終えたらしいリヴィウスたちが来ていた。声が少し冷たいのはどういう状況だったのかを理解しているからだろう。こんこんと諭されるように説教される場面が簡単に思い浮かぶ。

「この状況は後で話すとして、セシリア嬢、来ていただけたということは、話を受けてくださるのですね」

「ええ。ほかでもないリヴィウス様のことですもの。もしかしてこちらがお話の?」

「はい。ルイ、こちらはセシリア・ハデッシュ嬢。来るまでに話しましたが、王都(ここ)に滞在する際は彼女と一緒に行動してもらいます」

 王都に着いてからはリヴィウスたちには本来の仕事があり一緒に行動するのは難しくなる。一人で行動しますと言っても携帯電話のように誰もがすぐ連絡が取り合えるような物もなく、瑠衣は“感知”系の魔術に引っかからないため万が一のことがあったらいけないと却下された。

 そこでリヴィウスが学者としての部下であるとある女性に頼んでみましょうと手紙を出した。その女性がこのセシリアという人なのだろう。

 豊かな金髪に人形のように整った顔。少しとげとげしかったりするが、話してみた感じでは根は良い子だと思った。

「伊藤瑠衣です。よろしくお願いします」

「ルイ、の方が名前ですわよね。礼儀はなってるようだし、事情はよく知らないけど面倒を見てあげますわ」

 さらっと問題発言をした。

「だめですよ! 事情やなんやらはちゃんと確認しないと! 悪徳商法や詐欺に引っかかります!」

「信頼できるリヴィウス様からの頼みでしてよ? そんな非合法なこと、起こりませんわ」

 どこ吹く風といったように答えるセシリアに瑠依は頭を抱えたくなった。

「世の中には『信頼できる人から頼まれて借金連帯人になったら、その人が蒸発して彼の借金を抱える羽目になった』という人もいるんですよ。少しは用心した方が」

 瑠依が熱く「用心する心」について語ろうとしたとき、大きな鐘の音が響いた。響いてくる方向からして“橋上神殿”からだろうか。

「もう夕刻の鐘ですか。すみませんルイ、本当はセシリア嬢と実際に会って事情を説明したかったのですが、私とアゼル(われわれ)の予定が思っていたより詰まっていまして、すぐ騎士団の本部に戻らなくてはなりません。申し訳ありませんが、ルイから彼女に事情を話してはもらえませんか?」

「それは別に大丈夫ですが」

「よろしくお願いします。なるべく時間を作りますが、私への連絡はセシリア嬢が出来ますので、何かあれば連絡を下さい。では。行きますよアゼル」

「ん!? あ、ああ……了解した」

 遠くにいると思っていたアゼルが思ったより近くにいて瑠依は驚いた。

 いつものような存在感威圧感がない。先ほどまでは借りてきた猫のように静かであり、今は若干挙動不審気味だ。

 一瞬体調でも悪いのかと思ったが、彼の視線の動かし方を見て理解した。多分あの病だ。ちらちらとセシリアを見ている。

 それに対してセシリアの反応はどうだ。全く彼を見ていない。(かたく)なにそちらを見ようとしていなかった。これには二パターン考えられるが、アゼルがリヴィウスと去っていく姿を見るセシリアを見て確信できた。

「……セシリアさんはアゼルさんのことが好きなんですか?」

「な! きゅ、急に何を言い出すんですの、あなたは!」

 真っ赤になって慌てるセシリアは肯定しているとしか見えない。これは百パーセント当たっている。

「もしかしてあなたもアゼル(・・・)様のことが!」

「それはないから大丈夫です」

 即答する。嫌いなわけではないが、絶対恋愛対象ではない。

「すごく応援します」

「な、な!」

 笑顔で返せばセシリアはさらに赤くなって言い淀んだ。

 無駄に笑顔の女と耳まで真っ赤な女の子という、異様かつなんとなく終わりにしにくい雰囲気を破ったのはやはり彼だ。

「おねえさんたち、おなかすきましたぁ」


 繁華街の食堂(レストラン)で夕飯を済ました。この世界は航海技術の発達で貿易が盛んなおかげか、かなり多国籍な料理を提供していた。名前は違ったが、シバの頼んだ料理がカレーライスに酷似していたことに感銘を受けた。

 食事を終え、瑠依たちはこれから世話になるセシリアの家を訪ねた。

 家といっても彼女の勤める研究院の寮のようなところだ。もともとはルームシェアが基本の寮らしいが、今在籍する彼女以外の女性研究員は全員王都内に自宅がありそこから通っているため、セシリアは一人でこの部屋を使っているのだという。そのため部屋が一つ余りそこ貸してもらうことになった。

 リビングのソファーで一息つきながら設備の説明をしてもらった後、瑠依は自分の事情を話した。ある事件の犯人を追っていたらこちらの世界に来てしまったこと、その事件に“糸結師”という存在が関わっているらしいということなど。

 異世界から来たという時点で胡散臭そうに見られたが、スマートフォンを見せればすぐに態度が変わり納得してくれた。曰く「このように小さな物の中に、膨大な量の情報と機能が備わっているなんて、この世界ではまだできない技術だ!」と、上司であるリヴィウスと同じような感想を言いながら。

 やはり類は友を呼ぶ、部下は上司に似るという言葉を思い出していると、セシリアが動かしてみたいと言ったので操作方法を教え、スマフォを渡した。しかし瑠依の時は正常に動くのだが、セシリアや便乗したシバが指で動かそうとしても反応がないため、結局何もせずに返してもらった。 

「何故わたくしたちには動かせませんの?」

「ずるいですー」

「そうは言われても……」

 不満そうな二人に責められるが、瑠依だって理由がわからないのだから答えようがない。スマフォ用のタッチペンでもあれば動かせるかもしれないが、瑠依は必要ないと思っていなので持ってはいない。

 少しでも彼らの不満が解消されるといいなと思いながら、スマフォに入っている歌や動画を流してみた。異世界の歌は少し馴染みにくい様だが、PVもついた曲もいくつかあり少しは楽しんでくれたみたいだった。

 一時間もすれば飽きたようでスマフォ大実演会は終わった。

 初めての船旅であったせいか疲れが出始めていたため、その日はもう寝ることにした。シバは女性の部屋ではなくリビングのソファーで寝ると主張したが、セシリアに拉致されて行った。今度変に紳士的な礼儀を持っている理由をシバに聞こうと思いながら、瑠依はあてがわれた部屋のベッドに入った。

 ここに来てから一番柔らかいベッドに自然とため息が出る。いつもの癖で枕元に置いたスマートフォンを見た。

 今日も誰ともどことも繋がりはしなかった。

 自分を信じ協力してくれる人はいるが、それでも怖い。二度と元の世界の人たちと関われなくなるのではないかと。

(もう坂岡さんたちと話せないのかな……)

 考えれば考えるほど不安という名の泥沼に嵌まっていく。

 疲れで夢を見ないほど深い眠りに落ちてしまったのが、せめてもの幸いだったかもしれない。

 

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