第七話 新米刑事、現場検証をする。
説明文多めです。
この世界ではあまり現場検証を重視しないらしい。魔術師がいれば遺体に残った固有魔力と騎士団などのデータベースを照合することで凶器や犯人を割り出せるというのが大きな点だろう。魔力という存在はDNAと物質の構成式の能力を持っているらしい。
リヴィウスがこの世界式の現場検証をしてる横で瑠依も現場検証を始めた。
まず初めにスマフォで現場の写真を撮っていく。
「何をしているんですか?」
フラッシュが光ったことで気付いたリヴィウスが瑠依に聞いてきた。
「証拠写真を。人の記憶だけだとだんだん曖昧になってしまいますし。ほら、こんな感じに」
撮った写真をリヴィウスに見せる。彼は眼鏡の奥で目を丸くし、スマフォの画面に食いついた。
「こんなに鮮明に記録が出来るのですか!? しかもまばたきするほどの短時間で。貴女の世界の技術はすごいですね」
さすがに自重はしているらしくそれ以上は聞いてこなかったが、雰囲気からうずうずしているのがわかった。
次に遺体を降ろし検死をする。全身が血で何かを書かれているという状態は見ていて寒気がした。
専門家ではないため確定は出来ないが、死後一週間程度は経過しているだろう。死因は出血死か? 頸動脈を鋭利な物で切られていた。傷口やその周りは綺麗で、魔法陣は一度血を抜き容器等に移してから書いたのかもしれない。
身元を示す物はない。持ち物は全て抜かれていた。というより何も着けていない。だが瑠依は、彼は昨日あの女性から聞いた無断欠勤の同僚男性ではないかと思った。死亡時刻と失踪時刻がほぼ一致している。
「リヴィウスさん、何かわかりましたか?」
「はい、と言いたいところですが、遺体から固有魔力が感知できなかったのでそれに対しては何も。時間が経ち過ぎ魔力が流れてしまうこともありますが、貴女の見立てた期間からすると早過ぎます。もしかすると貴女の世界の物で殺害されたかもしれません」
「私の世界の物、ですか?」
「はい。言い忘れてましたがルイ、貴女が貴女の世界から持ってきた物は全て“感知”“探索”の魔術に反応しません。貴女自身もです。その理由は二つの世界が所有する存在の違いではないかと考えつきました。我々の世界には全ての存在が魔力を有しますが、貴女の世界では魔力は存在しないと言いましたね。その事項に“感知”“探索”の魔術は物質の固有魔力の差異で物を判断するという条件加え仮定したら、話はとんとん拍子で進みます。つまりこれらの魔術は物質に反応するのではなく、それの有する魔力に反応する。逆に言えば魔力を有さない物には反応出来ないのです」
ペラペラと楽しそうに、また論理的に話しているが、瑠依は軽く聞き流した。たった二日で学んだリヴィウスの対処法だ。
(要は私のいた世界の物は魔術に反応しない、と)
「これを元に考えれば貴女の持つ“拳銃”という物が魔物を一撃で倒せることも理論付け出来ます……が、話が大幅に脱線しましたので戻しましょう。犯人についてはわかりませんでしたが、“設計図”についてはいくつか読み取れる部分がありました」
すっとリヴィウスが魔法陣の上部を指した。
「まずここ。ここには“魔力の糸の循環”を示した式が書かれています。この式を書くことで、長時間同じ術を使用する時、失われた分の魔力の糸が自動で補給出来るようになります。次にこちら」
遺体の顔に記された短い式を指す。
「こちらは“扉”を示す式です。普通は鍵を掛けたり強化したりする魔術の“対象”として記される物ですが、ここに扉らしき物はありません。周りが見たことのない式で囲まれているので、使われなくなった古代魔術、もしくは“糸結師”のみが使える魔術が記されているのだと思います」
悪趣味な化粧から目を逸らした時、ある式が目に入った。それは“世界の構成に関与する”ための式を横切る点線の矢印で、両方の先端に“扉”のように短い式が書かれている。
「もしかしてこっちの式は移動系の式とかですか?」
「よくわかりましたね。こちらは“移動”を示す式です。しかも線、道を辿って行くような移動ではなく、点と点、時間も距離も障害物も無視した移動方法です。神話にその式が出ているので今まで多くの魔術師、学者たちが研究実験してきましたが、成功事例は皆無。『点と点の移動は世界の構成に関与してしまうから』というのが主な理由だとされています。……私がわかったのはこの三つくらいです。資料があればより詳しく調べることが出来るのですが、今は手持ちがありませんので。申し訳ありません」
「い、いえ、魔術に関して私は何もわかりませんし。それに、遺体があるとは思いませんでしたし。ええっと、気楽に行きましょう?」
瑠依は項垂れるリヴィウスを励ました。普段なら坂岡に怒鳴られるようなセリフだが、今は仕方がないと心の中で弁解した。
「……ありがとうございます、ルイ。そうですね、気の詰め過ぎは見える物も見えなくなるといいますし」
「そうですよ。気の詰め過ぎはよくありません。私の上司は気を詰め過ぎると他人に当たるから余計に始末書の量が増えて――」
何かがはじける音がした。そして不気味に響く咆哮。
「な、何ですかこれ?」
「!? ルイっ!」
何かから瑠依を庇ったリヴィウスは大きく吹っ飛ばされ壁に激突した。その衝撃でリヴィウスの周りで薄いガラスのような物が飛び散った。
「リヴィウスさん!?」
「っ、“防御”の魔術が、壊れただけです。問題は、ありません……」
激しく咳き込むリヴィウスの元に行きたいが、それはあれが許さない。
(どうして魔物が!? 人からも生まれるモノなの!?)
遺体から魔物、昨日と同じオーガと思われるモノが立ち上がった。割れていた遺体の腹は魔物が退けば消え去った。
聞きたいことがたくさんある。だが暇がない。魔物はすでに瑠依たちを認識し襲い掛かってくる。リヴィウスは接近戦に向かない。アゼルに聞かされた情報はここで役に立った。つまり、瑠依が前衛で戦わなくてはならない。
(素手無理、銃無理、剣の類もリヴィウスさん持ってないようだし、武器になる物はこれくらい?)
ポケットに手を突っ込む。その手にあるのはボールペン。
(昨日の魔物と同じやつならこれで目を狙えば倒せるかもしれない)
傘や鉛筆も凶器になる。ボールペンだって同じだ。目などの柔らかいところを狙えば魔物でも怯むぐらいはしてくれるかもしれない。
(問題は距離。位置も高いし……)
考えている暇はなかった。魔物はリヴィウスの方を見ている。リヴィウスは下を向いたまま動かなく表情はわからない。“防御”の魔術だといってもさっきの衝撃は強そうだった。気を失ってしまった可能性もある。
そばに転がっていた石を魔物に投げつけた。自分の方に注意が向けばいい。
瑠依の思惑通り魔物はこちらを見た。瑠依を認識した魔物はすぐ瑠依に襲い掛かって来た。自分に危害を与えた者の方に優先的に向かう習性らしい。
まだ体に慣れてないおぼついた動き方が唯一の助けかもしれない。
直線的な攻撃を紙一重で避け、魔物が止まった瞬間後ろから足払いをかける。子供のような足取りでは踏ん張ることも出来ず転がってくれた。
仰向けに倒れ起き上がろうとする魔物の目に瑠依はボールペンを突き立てた。固いゼリー質な物を刺す感触には吐き気がする。それに魔物とはいえ殺そうとする感覚に慣れない、いや慣れたくない。
そっと立ち上がり様子を見る。今のところ動く気配はない。
(倒したの? でも黒い光にはならなけど)
それでも少し安心してしまった瑠依は、魔物に背を向けリヴィウスの元に向かおうとした。
その背後で魔物がゆらりと立ち上がった。獲物を待った獣のように。
「『――――全て射尽くせ』!!」
雷のような破壊音。音と爆発の圧力の押され壁に叩きつけられそうになったところをリヴィウスに抱き止められた。
「あの、ありがとうござ」
「貴女は馬鹿ですか! 知らないとしても昨日対峙したのなら消滅し始めない魔物に不用心に背を向けるなんて! 死にたいのですか!?」
激情を表すリヴィウスに、瑠依はただ「すみません」しか言えなかった。
「でもよかったです。怪我はなく無事なようですね」
子供にするように頭を撫でられる。頭のすぐ上から声が降ってくることに落ち着かない。
(恥ずかしい! 拷問ですか!? 穴があったら入りたい。むしろ自分で掘って入ります!)
魔物と対峙してもショートしなかった瑠依の頭は撫でられて簡単に爆発した。
気が付けは頭の上の手の重さも温かさも消えていた。見ればリヴィウスは魔物を生み出した遺体のそばに座って何かをしている。魔物はもう消えてしまったらしい。魔物のいた場所には黒焦げの抉れた地面と、同じく黒く炭化した瑠依のボールペンが落ちていた。書きやすくお気に入りだったので残念だ。しかし無傷だとしても目を刺したボールペンを使う気にはならないのだからそれでよかったのかもしれない。
「リ、リヴィウスさん、どうかしました?」
声が上ずったのは仕方がないことだが、当のリヴィウスはいつも通りの様子で瑠依の問いに答えた。
「この遺体を研究所に持ち帰って調べた方が良いかと考えていたところです。魔物は世界の構成から外れたヒトや動物からは発生しないはずです。女神でもないモノが身体の構成を編み替えることは出来ませんから。だが実際このヒトの遺体は魔物を発生させた。それも今回我々王立騎士団に討伐依頼のあった魔物と同種類の魔物をです。もしかしたらこの遺体は討伐した魔物も生み出していたかもしれません。そのような存在を放っておくわけにはいきませんよ。……個人的にも研究してみたいですし」
最後にぼそっと言った言葉が本心かもしれない。遺体の研究とは冒涜的だが瑠依としても魔物を生み出す遺体をそのまま置いておくことに気が引けるので持ち帰ることには賛成した。
(後でちゃんとお墓作りますから)
リヴィウスは壁を支えている木材を一部拝借し、魔術をかけ簡素な棺桶を作った。遺体を収めるとき少しひんやりとしたから聞いてみれば、水筒内の水から一日程度の冷凍冷蔵機能を付けたのだと言った。物を作りかえるときはその材料となる物が必要らしい。
「そろそろ帰りましょうか。やり残しはありますか? “設計図”は消していきますが」
「大丈夫です。魔法陣も周りの状態も撮ってありますし……」
その時瑠依はスマフォのニュース欄に不自然な最新情報があることに気付いた。二日前突然電波が通じた以来何の更新もなかったので、知らなうちにまた通じたのかと喜んだが、表示されたのは一週間前ほどのニュースだった。日付も一週間前の物。それは前にもリアルタイムで受け取って物と同じものだった。それが何故、今ここで届いたのか?
首を傾げた。リヴィウスに聞いてもこちらの技術がわからないのだから答えられないだろう。
急に言い固まった瑠依を不審に見ているリヴィウスに「何でもない」と告げ、誤魔化すようにこの棺桶はどうやって持って帰るのかと問うてみた。
「そうですね……車輪でも作り外までは引っ張って行きましょう。そのあとは外の木で荷馬車でも作り馬に引かせます」
「……魔術ってすごいですね」
「しかし形を保っていられる時間はあまり長くありませんので、下手をしたら丸太に乗って馬に引っ張られる状態になりますよ」
遺体を持って丸太で疾走。笑えない冗談だ。
「アゼル隊長! 遺体の身元が確認取れました。一昨日の夜から行方が分からなくなっていた少女です。今職員が彼女の母親に会いに行っています」
見回りに行こうとしていたアゼルの元に一人の事務員が走ってきた。彼は感知魔術を使用できる職員で、遺体の固有魔力とこの街の行方不明者名簿に添付された該当者の固有魔力の照会を依頼していた。
「わかった。引き渡しには俺も立ち会う。お前たちは先に行ってろ」
隊員たちに見回りの指示を出し、アゼルは遺体が保管してある部屋へと向かった。魔術で遺体が腐らないように加工した部屋でかなり寒い。
遺体の損傷は酷かった。あちらこちらに噛み跡があり骨も砕かれている。初めに砕かれたのが首らしく、即死だったのがせめてもの救いかもしれない。
そんなことを考えながら遺体を観察しているとある物が目に入った。
「これは何だ?」
首の噛み跡に一つ他と異なった物を見つけた。ほかの物に比べ切り口は綺麗で、歯で噛まれたものではない。
「……この遺体から彼女自身や魔物以外の固有魔力は見つからなかったか?」
「いえ、そのような物は見つかりませんでした」
「そうか」
それで済むはずだ。この少女が殺される理由はないはずだ。
だが、瑠依がいるということで事情は変わる。彼女が所持してきた物は感知魔術に反応しない。つまり向こうの武器ないしそれに近いものがあれば遺体に固有魔力を残すことなく殺すことは出来る。
「あの、隊長。遺族の方がお見えになりました」
考え込んだアゼルに報告に来た職員が遠慮がちに言う。それに応じアゼルは遺体とともに部屋を出た。
(調べることは多そうだな)
今後の国、最悪世界の治安にかかわることなら、この件の問題は早急に芽を摘まなくてはならない。
リヴィウスの思考が読めません。