第六話 新米刑事、現場に戻る。
『明日は時間が取れますし、ルイの来たという廃坑道も念のため見てきましょうか』
リヴィウスがそう提案したのは、瑠依の身体検査と持ち物検査が終わり雑談をしていた時だった。
厨房で夕食準備の手伝いをしていた瑠依は、帰還したリヴィウスとアゼルに呼び出され別室で魔術を使わない身体検査が行われた。呼び出られた時点で昼間のことを見られたのだと理解した瑠依は抵抗することなく全ての所持品を提出し、女性隊員によってさらに詳しく調べられた。
瑠依が抵抗せずに従ったため時間はあまりかからなかったが、拳銃は没収された。確かに治安を守る騎士団の一員としては未知の高威力武器を持っていられたくないだろう。日本の環境で育った瑠依もあまり拳銃は持っていたくなかった。一通り拳銃の管理の仕方を教え、預かってもらった。
「ところでこの“拳銃”という物には何か特殊な加工でもしてあるのですか?」
リヴィウスに問われ瑠依は首を横に振った。
「少なくとも一警察官が持ってる物に特殊加工はしてないと思いますけど」
「それなのに魔物を一撃で倒すのか……」
アゼルが呻く。辛い訓練をしてやっと魔物と渡り合えるようになった彼としては、何の特殊さもなく魔物を倒すことが出来る物があるというのは複雑なんだろう。
「それに警察官は死なせず、怪我させず犯人を逮捕するのが鉄則なんで、もしあるとしても威力が弱まるようにするような加工だと思います」
警察官職務執行法にもしっかり記されている事項だ。あの拳銃を渡してくれたのは坂岡だが、さすがの彼も法を破るようなことはしないだろう。
「……そういえば“魔物”って何なんですか? 黒い光になって消えちゃって、普通の生き物じゃないんですか?」
まあ“魔物”という字からして違うだろうが、確認するにはこの言い方が楽だ。
「魔物というのは、世界を構成する魔力を持った糸が絡まってで出来たもの、ですね。前にも言ったようにこの世界は七つの魔力を持つ糸で出来ています。世界を七色の布に例えるとして、この布は常に新しいものへと編み替わっていると言われています。布を編む際、やはり糸が絡むことがある。その“絡まり”が魔物となるのです。むろん我々の使った魔術のせいで糸の絡まりが起こることもありますが」
「それって、その、女神様は直さないんですか? 危険なものだとわかっているのに」
「『編んだ端から世界に反映されるから直そうにも直せない』。数百年前、あまりにも魔物が出現し続け絡まりを直してくれと女神に祈りを捧げた時、そう神託が降りめてきたと書物に記録してあります。人々は一度滅亡を覚悟したようですが、それから徐々に魔物の出現量は減り始め、年に数回ぐらいの規模にまで落ち着いたようです。『女神がもっと慎重に編んでくれるようになったんだ』と事情を知る者たちは言ったそうですよ」
「無礼なこと言ってる気がするんですが、大丈夫だったんですか? 天罰が下ったとか」
「確認はされてません」
かなり気安い神のようだ。
「ルイの世界の神という存在はいるのですか?」
「一杯いますよ。唯一神もいれば多神教もあるし。特に私の国だと八百万の神といって全ての物に神様ついてますし。昔見たアニメだと神様がいないのはお坊さんの頭ぐらいだとか言ってましたし。って意味わかりませんよね、あはは」
自分で言っていて悲しくなってくる。ここは自分の知っているものがない世界で、知らない物が当たり前の世界だ。
「……アゼル、明日騎士団としての動きは何かありましたか?」
「ん、いいや。いつも通り怪我した奴は療養で、元気な奴は新たな魔物が生まれてないかの見回り」
「そうですか。なら明日は時間が取れますし、ルイが来たという廃坑道も念のため見てきましょうか。許可いただけますか?」
「明日についてはほかの団員にも強制はしてない。好きにすればいい」
リヴィウスの満面の笑みにため息をつきながらアゼルは許可を出した。興味を持ったことに対して一定の区切りがつくまでリヴィウスは止まらなくなる。暴走といっても過言でなくなることも多々あった。それくらいになるのなら余裕があるときに好き勝手やらせておいた方が良策だ。
リヴィウスは明日の準備をするためウキウキと応接室を出て行った。
「リヴィウスさんって猪突猛進、えっと、これと決めたら見境なく進める人ですか?」
「ああ。もし何かあったら殴って気絶させてから、馬に括り付けて帰って来てくれ。あいつは魔術専門で肉弾戦には弱い」
「あれ、でも昨日はアゼルさんの攻撃避けてませんでした?」
「俺の行動を予測してたから回避速度を上げる魔術を先に編んでいたんだよ。熱中していれば周りのことなど考えないからすぐ落ちる。頼む、変な噂は立てたくないんだ」
「了解しました」
あまりにも真剣にいうので瑠依は思わず敬礼で返した。この人は女性関係以外でも苦労してそうだ。
昼を少し過ぎた頃、廃坑道へと辿り着いた瑠依とリヴィウスは乗って来た馬を近くの木に繋いだ。乗馬をしたことなかった瑠依でも気性の穏やかな馬と生来の運動能力の良さ、さらに隊一の馬の乗り手の指導により無理なく廃坑道まで来ることが出来た。
今日は瑠依とリヴィウスの二人だけだ。アゼルは隊長とし騎士団たちに指揮を出すため、シバは怪我をした人の世話をするため街に残っていた。ストッパーのいないリヴィウスは瑠依を質問攻めにした。元の世界をとりあえず覚えている分だけ。乗馬より疲れたと言ってもよい。
廃坑道が見えた時は思わず安堵のため息をついたくらいだ。後でアゼルの苦労を労おうと思う。
あの時逃げるように立ち去った廃坑道の入り口は、細部までは覚えていなかったが二日前と比べ大した変化はない。リヴィウスも“感知”の魔術で不自然な形跡はないかと調べてみたが、こちらも同じだった。
「奥に行ってみるしかないようですね。準備は大丈夫ですか……ルイ?」
「あ、いえ大丈夫です。ちょっと接触事故のことを思い出して」
廃坑道の入り口付近でタイヤのスリップ痕を見つけた瑠依は、あの二足歩行兎――獣人兎族の少女のことを思い出していた。
「警察官なのに前方不注意で事故を起こすなんて。大きな怪我はなかったんですが、脳とかに障害でも出てしまったら」
「兎族と事故を起こした?」
「はい。多分兎族さんだと思うんですけど。一メートルくらいで耳が長くもふもふした獣人でした」
「兎族は我々ヒトの中で一番危機感知に優れています。長年使っていない場所とはいえあのようなバイクが急速に近づいて来れば普通回避できるはずなんですが……」
少し思考したリヴィウスは「まあ後でゆっくり考えましょう。その方についてはこちらでも探しておきます。では入りましょうか」と中に入って行った。
瑠依も後に続いて入った。入り口付近はまだ明るいが、その一寸先は闇だ。
「あの灯りとかは」
バイクにはペン型ライトが入っていたはずだが持ってくるのを忘れた。スマフォにも一応照明アプリはあるのが、充電の消費が激しいため使い辛い。だがリヴィウスがポケットから出した握れる程度大きさの物を取り出した瞬間、灯りについての心配はなくなった。
かなり明るくなった。まるで天井に蛍光灯がついているかのような明るさだ。岩の質感まではっきりとわかる。
「照明にも使われている魔術具です。“照らし”の魔術を編み込んだ布を適当な物に癒着させています」
見せてくれた物は懐中時計だった。布が癒着させてあると言ったがそれはただの布ではなく自分の魔力を布状にした物らしく肉眼では見えなかった。
思い返せば冷蔵庫に似た物体もあったし、空調管理も抜群だった気がする。なのに何故交通手段は発達しないのか。
「船については先ほど貴女に聞いたぐらいには発達していますよ? 船の方が乗せてしまえば物資も楽に運べますからわざわざ長距離を陸路では運びませんし。船なら魔術を使用した高速船も出てますよ」
そんなことを話しながら奥に進んだ。瑠依の記憶が正しければ曲がった記憶はないためいくつかの側道は無視し、ひたすら真っ直ぐ奥へと進んだ。
こうしていると瑠依は真っ暗な闇は苦手らしい。光の届かない側道の奥を覗きこむことが出来ないし、魔術具の光が届かない前後にも目を向けられない。自然とリヴィウスに寄ってしまう。
(やっぱり現代っ子なのかな。周りが暗いことに慣れてない。てか完全な闇ってのはここに来て知ったかも)
思案しながらリヴィウスの後ろをついていた瑠依は急に止まった彼の背中に鼻をぶつけそうになった。
「どうかしました、か!?」
そこにあったのは男性の遺体だった。まだ若い、二十代くらいの男性だ。彼は行き止まりとなっている壁に大の字で固定されていた。
「なんてことを」
「……これは魔術の一種ですね。しかもかなり大がかりな」
男性の遺体は彼の血で描かれた魔法陣に収まっていた。丁度人体が星形の芯になるように描かれた悪趣味な物だ。
「この世界では魔法陣も使うんですか?」
「まほーじん、そちらの世界ではそういうのですか? この世界でこれは“設計図”と呼ばれています。複雑な模様を作るために手本を見るのと同じように、複雑な魔術を施行するために使われる図。この通りに糸を編んでいけば魔術を施行できる。だがしかし、これは普通の魔術師が出来る代物ではありません。」
そう言い魔法陣の中心、遺体の腹部に記された文字を指す。
「これは、世界の構成に関与するということを記した指示式のはずです。文献や遺跡の記録が正しければ」
少し上ずった声でリヴィウスは言った。確かにそれが正しければ世界的大発見だ。
「じゃあ、もしかして」
「――この件には“糸結師”が関わっています」