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★1枚目 新米刑事、魔法使いを追う。

「何!? また“あいつ”が現れただと!?」


 突然の怒鳴り声に、瑠依は自販機から出した缶コーヒーを落としそうになった。


「坂岡さん、一般の方もいるんですから少し声のボリュームを落としてください!」


 ある事件の聞き込みを終え、署に戻ってきた新米刑事の伊藤瑠依と上司の坂岡は一階の自販機コーナーにいた。ここの自販機が署内で一番品ぞろえがあるからだ。

 当然、盗難届などの用事があって署に来ている一般人もいて、さっきの怒鳴り声で数人がこちらを向いていた。警察署内で坂岡の怒鳴り声は有名だが、何も知らない人にとったら寿命が縮むくらい怖い声である。


「んなことはどうでもいい。また“あいつ”だ。“魔法使い(・・・・)”が現れた」

「!?」


 瑠依はコーヒーを飲むのを後回しにし、坂岡たちの会話を拾うことに集中した。


 “魔法使い”、それは今この糸成市、そして全国のお茶の間を騒がしている存在であった。


 糸成市は人口十万人前後の地方都市。海と山に挟まれ、郊外には誘致に成功した工場や複合ショッピングセンター、ちょっと大きめの動物園や水族館、さらには自衛隊基地まで存在する、それなりに発展している市だ。

 人が集まれば殺人や強盗など事件は起こり、瑠依たち警察官は忙しい。

 もっとも問題視されるほどの犯罪都市ではなく、不眠不休で働かなくてはならないほど殺伐とした町ではなかった。


 そんな町に二ヶ月前、緊張と興味を半々に強いる事件が発生した。あるコンビニエンスストアで強盗が起きたのだ。

 犯人と思われる人物は魔法使いのコスプレのようなローブを着て来店した。

 初め店員はイベントの帰りかと思って見ていたが、その人物はきょろきょろと不自然に店内を物色し始めた。不審に思った店員が声をかけると突然、店内に竜巻が発生し辺りを破壊。気づいた時には人物とともに商品と天井がなくなっていたという。代わりに店内には何十枚もの硬貨らしき金属片を残されていた。


 その後、銀行地下金庫への不法侵入及び放火、少年が溺死寸前で見つかった暴行事件、といった事件が二週間ほどの間隔で起こった。

 目撃者や防犯ビデオなどの情報から、コンビニ強盗と同じローブの人物が関わっているとわかり、これらの三件は連続事件、通称“糸成市魔法使い事件”として扱われるようになり、いくつかの課を超えて捜査本部が開設された。


 ローブの人物が“魔法使い”と称されたのはやはりその容姿と、関わっている事件で立証不可能の現象が起こしているからだ。

 室内での突然の竜巻、火の気もなく厳重に管理された金庫での発火現象、水気のない路地で溺れた少年。そのどれも現在の科学では立証できないと鑑識や科捜研、専門家たちに大きな判を押されてしまった。

 この答えにテレビやネットなどのメディアは湧きたち、逆に刑事たちは頭を悩ませた。それこそ殺気をともなった、普通なら一緒の仕事を遠慮したくなるほどの悩みっぷりだ。


 それに今回、この連続事件が思ったよりも大事になったことから捜査本部には県警からの介入もあり、所轄署と県警の派閥争いのようなことも始まってしまっている。その間で県警の刑事たちとよく問題を起こすのが自分の上司の坂岡であるため、部下でしかも新任の刑事である瑠依としては気が重い。捜査の足並みもそろっているとは言いづらく、捜査本部の雰囲気は最悪と言えよう。


「あれ、瑠依ちゃん!? もしかして今戻ってきたの? よかったらこれから僕と食事にで――」


 そんな瑠依に声をかける男がいた。瑠依たちと同じく聞き込みから戻ってきた警察本部の刑事だ。

 運良く見つけた瑠依に話しかけようとした彼だったが、返ってきたのは顔面への強打であり、喋ることは叶わない。何食わぬ顔でその刑事へ裏拳を放った坂岡は瑠依に電話の内容を話した。


「駅前の駐車場で車が奴に盗まれたらしい。瑠依、追跡できるか?」

「大丈夫ですけど、それだったら機捜に行ってもらった方がいいんじゃないですか? あとその方、大丈夫ですか?」


 瑠依は顔面を打たれ痛さにのたくる刑事を気遣いながら坂岡の指示に従おうとした。しかし少し妙な指示だったため、瑠依は坂岡に聞き返す。


 瑠依はバイクの免許証を持ち、通勤にもそれを使っている。

 移動中に無線連絡が入り逃走車両などの追跡をしたことは何度かあったが、署にいる間に追跡命令が出たことはない。

 むしろ今までのが緊急的な措置であって、追跡なら通常、市内を巡回している機動捜査隊がやるものだ。そもそも瑠依は赤色灯を持っていないから、本当に位置を知らせるぐらいの追跡しか出来ない。


「それはそうなんだが、同じタイミングで現金輸送車の襲撃があって、ほとんどがそっちの応援に行っている。車自体、何日も前から無断で止められていたみてぇで、被害もほとんどねえから適当に人員裂けって指示だ」

「はあ、わかりました」


 それなら早く行った方が良い。瑠依は早速バイクを止めてある署員の駐車場へ向かおうとした。


「待て! 拳銃を持って行けだとよ。相手は何をしでかすかわからねえ“魔法使い”だからと発砲許可も下りてる」

「使わないことを祈りますよ。 あ、これあとで飲みますから、勝手に飲まないで下さいね」

「そこまで飢えてねぇって。……気をつけろよ」

「? はい!」


 一瞬真顔になった坂岡に瑠依は缶コーヒーを預けた。

 そして急いで拳銃保管場所に行き、待っていた担当事務員から拳銃を受け取った瑠依は急いで駐車場に向かう。


 すでに五分近くのロスだ。

 “魔法使い”がどのくらいの速さで逃走しているのかはわからないが、あまり遅れては逃げられる確率が高くなる。


 バイクのエンジンを入れた時、片耳にはめたイヤホンから通信指令室からの指示が入る。


『準備OK?』

「その声は七緒さんですか? 大丈夫です」


 瑠依は七緒という、小中高大、さらには職場まで同じである先輩の確認に返事をした。


『なら、“魔法使い”の位置ね。駐車場は駅前元仲ビル近くのところで、県道――号線の方に向かったわ。車種は――、緑色の軽自動車、「ナンバー糸成500“ま”の17‐17」よ。持ち主がわからないからナビのGPSは期待しないでね』

「了解です。追跡開始します」


 駐車場から出た瑠依は県道を目指した。

 信号に足止めされることなく県道への交差点に近付けば、目の前を七緒から伝えられた形状と一致する自動車が走り抜けた。


「見つけました七緒さん! 場所は大和久交差点前、桐崎方面」

『ホント!? じゃあいつものように応援が来るまで追跡をそのまま続けて。すぐ他の車両も向かわせるわ』

「はい!」


 逃走車両のスピードに自分のバイクの速度を合わせて追う。

 その間に他の車はなく追いかけやすかった。車両は曲がったりするそぶりを見せることなくどんどん北上している。渋滞もなく平日にしては()いているこの県道は、あと数キロも行かないうちに管轄の違う隣の桐崎市に入ってしまう。


(それまでに応援が来てくれればいいけど……)


 そのようなことを考えながら逃走車両を追っていた瑠依はふと、ある違和感を感じた。

 くるくると回っている歯車の中で一つだけ回っていない物があるような、そんな違和感だ。


「あれ?」


 気になって違和感を探していた瑠依は、それが目の前を行く逃走車両だということに気付き自分の目を疑った。

 思わず目を擦りたくなるのを我慢して、瑠依は目の前の光景を改めて見直す。


 逃走車両は時速五十キロ代で走っている。それは当たり前のことだ。

 だが、その車両のタイヤは全く動いていない。まるでエアホッケーの駒のようになめらかに道路の上を滑っていた。

 さらによく見れば、タイヤは地面から少し浮いているようだ。

 一トン以上の重さの車を浮かんで、時速五十キロで移動している。リニアモーターカーのような技術であれば可能なことかもしれないが、この町にそのような技術を使える場所はない。


「……これが魔法?」

『ん、どうしたの?』


 瑠依の呟きに七緒が訝しげに問いかけた。


「魔法です! 魔法ですよ七緒さん! 逃走車両は魔法を使って逃げて――え」


 突然目の前が白くなった。

 それは光。目の前に太陽が現れたような、強烈な光だ。

 瑠依はなす術もなく、その光に巻き込まれた。

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