REVEAL6
アリサの祖母の家、午後11時52分
二人は足音のする方向に、全神経を集中させた。
クロトはなるべく、小さな声でマックスに呼びかける。
(――手遅れってどういうこと?)
(お前と話している最中に気が付いた。恐らく――今近づいて来ているやつは『インデペンデンス』だ……!)
(どうしてわかるの?)
(よく考えてみれば分かるはずだ。『スキンハイド』から逃げ切ったお前を『インデペンデンス』が放っておくわけが無い)
(『インデペンデンス』って――だってついさっき、俺を襲ったやつは殺したって言ったじゃないか!?)
(『インデペンデンス』は元々ある一定の地区で徒党を組んで生活している者が多い。だから身内に何かあるとすぐ気付くし、不祥事があると何が何でも解決しようとする。それこそ『リベリオン』を雇ってでもな……)
(でも――人間だったらどうするのさ? ただ単にこの家に用があって来ただけかもしれないし・・・)
(こんな真夜中にか? それにこの家に用があるだけだったら、わざわざ気配を消して様子を見る必要があるか?)
(じゃあ――くっそ、マジかよ!)
(ああ、マジだ……)
そう言うとマックスは腰から拳銃を引き抜き、駐車場の入り口にあるシャッターを閉めた。
「クロト、お前はこの家にいる人間全員をここに集めろ! それからこの家の窓や玄関全てに鍵をかけるんだ! 俺は外に出て奴らの人数を確認する!」
「分かった! でも、一人で大丈夫なの?」
「お前が今心配するやつは俺じゃない筈だ――頼んだぞ?」
「分かった!」
二人は行動を開始した。
マックスが玄関から飛び出していくのを確認するとクロトはアリサを呼ぶため階段を上がろうとした。しかし、意外にもアリサは階段の踊り場に居た。
「アリサ! 良かった無事だったんだ。でも、部屋に居た筈じゃ――」
「ごめんクロト! 話し全部……聞いちゃった……」
「…………」
………まあ、今はアリサが無事だったということで良しとしよう。
しかし――
(マックスに会ったら何て顔すればいいんだよ……)
クロトは頭が痛くなった。
「ねぇクロト? 『スキンハイド』って何? それに両親を殺したやつって――」
「ああもう! 説明は全部後だ! 盗み聞きしてなら今やること分かるだろ!? アリサは二階の窓の鍵を全部閉めてくれ! それが終わったら一階の駐車場に集まること! この家は駐車場と繋がっているからすぐ来れるだろ!?」
「う、うん、分かったけど……クロトはどうするの?」
「俺は一階に戻って戸締りしてからアリサのお婆ちゃんを駐車場に連れてくよ。だからアリサも早く来いよ?」
「……わ、分かった」
アリサが二階に上がっていくのを見届けると、クロトは一階に逆戻りし、アリサの祖母が居る筈の居間へと向かった。
案の定、祖母は寝ていた。
「お婆ちゃん、大変だから早く起きて!」
「――ん~……、どうしたの~? そんなに慌てて?」
「え~と……その………、そう! 強盗が入ったかもしれないんだ! だから早く起きて!」
「え~!? 強盗~!? じゃあ、早く警察に電話しないと――」
「あぁー!! も、もう警察には電話したから大丈夫だよ。だ、だからここよりもまだ安全な駐車場に早く移動しようよ、ね?」
「駐車場~? どうして駐車場がまだ安全なんだい?」
「ほ、ほら! あそこはシャッターが閉まれば入り口が一つしかないでしょ? だから強盗が入ってきてもすぐ分かるじゃん?」
「ああ~、なるほどねぇ~。クロト君はすっかり頭が良くなったねぇ~。やっぱり昔からクロト君は――」
「あぁぁ! 分かったからお婆ちゃん、ね? だから早く駐車場に行こうよ?」
「あぁ、ちょっと待っておくれ! アリサがまだ家に残って――」
「アリサはもう駐車場に向かったんだ。だから俺達も早く移動するよ?」
そう言うとクロトは、アリサの祖母を担ぎながら駐車場へと向かった。
駐車場にはアリサが不安そうな顔で立っていた。
クロトはアリサに祖母を預けると、自分は一階の戸締りに向かうと言ってその場を任せた。
(マックス……こっちは何とか出来たけど……、そっちは大丈夫なのか……?)
クロトは部屋中の窓に鍵をかけながらそんなことを考えていた。
マックスのことをほとんど知らないクロトだが、『スキンハイド』に対して豊富な知識を持っているマックスには頼もしさが感じられる。それに――自分が弱いだけかもしれないが――マックスに殴られた時の衝撃はとんでもなく強かった。恐らく並の男じゃ太刀打ち出来ないだろう。銃の扱い方も心得ているようだし、仲間として――マックスはビジネスパートナーと言っていたが――マックスは申し分ないほど頼りになる。しかし――
(もし相手が一人じゃなかったら……やっぱりまずいんじゃ……)
全ての窓の鍵を閉じ終えたクロトは玄関の前に立っていた。
マックスは玄関の鍵も閉めろと言っていたが、そうすると今度はマックス自身が入れなくなってしまう。
クロトは玄関の前で自分も外に飛び出すべきか――しかしマックスには足手まといにはなるなと言われている――否か、考え込んでいた。
すると突然玄関が開いた。
(まずい!)
クロトは一瞬焦ったが、幸いにも入ってきたのはマックスだった。
「――閉めておけと言ったはずだが?」
そう言うとマックスは玄関の鍵を閉める。
「ごめん――でもそうすると今度はマックスが入れなくなるけど?」
「俺はいいんだ。――まあ、開いていたおかげで今回は助かったけどな」
「『インデペンデンス』はどうなったの?」
「まだ外にいる。全部で三人だ」
「三人も………」
「始末しようと思えばできたが、そのためには銃が必要だからな。――こんな真夜中に銃声がすれば大騒ぎになる」
「サイレンサーは?」
「サプレッサーのことか?今は無い」
「じゃあどうするの?」
「そうだな………」
マックスが考え始めた時、クロトはふと思い出した。
「……そう言えば昔、映画でやってたんだけどさ」
「?」
「その映画の主人公はスナイパーで、狙撃銃を使うんだ。だけど、主人公は政府に追われる立場で装備が充実してなかった。その時に使ったのが確か――そう、ペットボトルだ!」
「ペットボトル?」
「うん。それで主人公はサイレンサーを作って銃に装着して使ってたんだ」
「――その映画、信憑性は?」
「あると思うよ。かなり真面目に作られてたし」
「ペットボトルか………まあ、試してみる価値はありそうだ」
そう言うとマックスは居間に行き、台所にあったペットボトルを取り出す。クロトはなるべく映画で見たとおりになるようマックスに説明した。
そして五分後、三本のペットボトルサイレンサーが完成した。
マックスはそれをさっそく銃に取り付ける。
「見た目は悪いけど………どう?」
「思ったよりも悪くない。銃のスライドにペットボトルが触れないよう工夫するのが面倒だったが……これならいけそうだ」
「良かった、てっきり映画の受け売りだからうまくいかないと思ってたけど……」
「ああ、だがもちろん欠点はある。恐らく――消音効果が期待できるのは一発、初弾のみだ」
「え? どうして?」
「元々、ペットボトルは熱に弱く、50℃程度の温度で変形する。これでは銃弾が発射される時の熱で間違いなくやられる。それに発射時の衝撃や弾の運動エネルギーのせいでペットボトルはすぐに破損するだろうな」
「そっか――あ、だから最初に三本作ったのか!」
「そういうことだ」
マックスは三本のペットボトルサイレンサーを腰に挟み、玄関の前に立った。
「よし――俺は外に出て奴らを片付けてくる。お前達はどんなことがあっても外には出るな」
「分かったよ」
「それから、俺は今日の日の出までには絶対に戻らない。誰かが来ても絶対に開けるな」
「それも分かったけど――どうして日の出までには戻らないの?」
「『スキンハイド』が派手に動き回れるのは基本的に夜のみだ。朝や昼間の明るいうちは目立つからヘタに行動出来ない」
「じゃあ、朝まで耐えれば『スキンハイド』は襲ってこないってこと?」
「そうだ。基本的に明るいうちは俺達人間が支配する世界だ。奴らの出る幕は無い」
「分かった。……じゃあ、気を付けて」
「ああ、お前達もな」
そう言い残すと、マックスは玄関から素早く飛び出す。
マックスを見送ったクロトは玄関に鍵をかけ、駐車場に向かった。
「今、警察の人が来てくれて外の警備をしてるんだって。それで警察の人が言うには今夜はここに居たほうが安全だってさ」
駐車場に戻ったクロトはまずアリサの祖母を納得させるため、適当な嘘を吐いて誤魔化した。
「やだねぇ~、まったく。近頃は物騒な人が多くなったもんだよ」
「でも警察が来てくれて安心だね、お婆ちゃん」
「まぁ確かにねぇ~。でも、ここはちょっと冷えるね……」
「あ、じゃあ俺が毛布とか持ってくるよ」
「私も手伝ってくるね」
そう言って二人は駐車場を後にした。
「――それで結局どうなったのクロト? それに用務員のおじさんは? どこに行ったの?」
「その前に俺に言うことあるよな――アリサ?」
「――ごめん、部屋でずっと待ってたんだけど……どうしても気になっちゃって………」
(はあ………その『どうしても気になっちゃって』って言うフレーズのせいで自分の命が危ないっていうのに……)
「ごめんなさい………」
「――まあ、過ぎたことは仕方ないよ。それよりも大事なのは、今は絶対に外に出ちゃダメってことだ」
「外に? 何で?」
「用務員のおじさんが今、外に出て何とかしようとしてくれてる」
「ねえ、ちょっと待って、外で何が起きてるの?」
「俺からは何も言えない。おじさんが帰ってきたら――いままでのこと、全部話すよ。だから今は俺の言うことを聞いて欲しいんだ。いいね?」
「――はあ、分かったわよ」
「ありがと」
クロトはそう言って毛布を集め始めた。アリサは自分だけ取り残されている焦燥感でじっとしていられなかったが、用務員のおじさんが帰ってくるまではおとなしくしようと心に決めた。
その日の夜、三人は駐車場で寝泊りした。
アリサの祖母はすぐ寝てしまい、アリサも後を追うように眠りについた。しかし、クロトだけが緊張してなかなか眠りにつけなかった。
クロトは駐車場の窓から差し込む光で夜明けを確認すると、素早く玄関に向かった。しばらく玄関の前に佇んでいると、扉をノックする音が聞こえた。
(マックス……?)
クロトは玄関の覗き窓から外を確認する。するとそこには、出て行く以前の姿と変わらないマックスの姿があった。
クロトは扉越しに話しかけてみる。
「大丈夫だった?」
「ああ、三人とも始末した。……ペットボトル作戦がうまくいったな」
「そっか、良かった。――変なこと聞くけど、ほんとにマックスだよね?」
「どういう意味だ?」
「ほら、映画でよくあるじゃん?味方だと思っていたらそれは敵の変装で――」
「映画の見過ぎだ。だが――こういう時のために何か合言葉は作っておくべきだな」
「でしょ?じゃあ、俺がすぐにマックスだって気付く合言葉は――」
「ペットボトラーはどうだ?」
「嫌だよ!」
「映画オタクは?」
「それもやだ」
「……とりあえず開けてくれ」
「何か合言葉を言えばいいよ」
「………仕方が無いな。なら、今からお前の屋上での涙ながらの演説を――」
「今開けます」
クロトは玄関の扉を開けた。するとマックスがするりとドアをくぐって入って来た。
「他の人間は?」
「二人はまだ寝てるよ」
「そうか。まあ、無事で良かった」
「それで、実はマックスに話しがあるんだけどさぁ――」
「?」
クロトはマックスに、アリサが自分達の話しを盗み聞きしていたことを説明した。
その時のマックスの顔を、クロトは一生忘れない。
「――なるほど、全て聞かれていたということか」
「うん、ごめん」
「お前が謝る必要は無い。だがまあ――そのアリサって奴の盗み聞きは筋金入りらしいな」
「え?」
「出て来い」
マックスがそう言うと、玄関から伸びる廊下の影から誰かが出て来た。
アリサだった。
「またかよ!?」
「ごめん……起きたら玄関から話し声が聞こえてきたから、それで………」
「まあ、今更聞かれて困ること無いだろう。どうせ説明する予定だった」
マックスは近くの壁に寄りかかる。
クロトも仕方なく説明することにした。
アリサが言う。
「じゃあ、話してくれるの?」
その質問にため息を吐きながらクロトは、
「はあ――じゃあ、どこから聞きたい?」
と言った。
みのもんたの本名は御法川法男。芸名は、頭二字を取って姓は「みの」、名前は当時人気のあった競走馬のモンタサンからとった
WEBサイト『雑学・豆知識700連発』より