REVEAL4
アリサの祖母の家、午後10時56分
結局夜中に女一人で帰らせるわけにも行かず、マックスは車の中でアリサに誘導されながら自宅前まで送り届けた。無論、クロトも一緒である。
アリサがマックスに言った。
「家まで有難うございました。――よかったら、上がりますか?」
「いや、俺は車の中で待っている」
そう返したマックスはクロトの目を見ながら、
「――早くしろよ」
と言った。
(……無理だよ……)
マックスのアイコンタクトは、「適当に丸め込んでこい」と言っていた。しかしクロトは17年間生きてきた中で1度もアリサに嘘が通じたことが無かった。普段学校にいる時も、修学旅行の時も、家に遊びに来る時も。
そして、あの時も――
「お邪魔します……」
二人で玄関をくぐる。
(……とにかくなにか適当な理由を考えないと……)
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、奥の居間からアリサの祖母が出迎えてくれた。
「あら~、こんばんはクロト君」
「こんばんは」
「お婆ちゃん、私とクロトは二階にいるから」
「はいよ~、お布団がどんなに汚れてもちゃんと洗濯しておくから安心――」
「ちょっと!? お婆ちゃん!」
(……だめだ、何も思いつかない……)
そうこうしている内に階段を上りきり、二階のアリサの部屋の前まで来てしまった。
「じゃあ、中に入ろう?」
アリサに促されクロトはしぶしぶ扉をくぐる。
そこは、一人の女子高生が生活するには少し物足りない部屋だった。
「狭いけど、楽にしてね」
アリサはそう言うと、勉強机の前にあった回転イスに腰掛ける。
クロトも適当にベッドの端に座った。
「それじゃ、話してもらえる?」
まるでどこかの取調べのようだ。アリサ自身、聞き出すつもり満々らしい。
仕方ない。
ならばこちらも中途半端な嘘を吐くわけにはいかない。
クロトはそう意気込み、ベッドに座るまでに考えた、とっておきの言い訳を話し始めた。
「ねえアリサ、アリサはきっと誤解してるだけなんだと思うよ」
「誤解?」
「そう。俺らは別に全然怪しくないし、あの用務員のおじさんだってたまたま通りかかっただけなんだから」
「へぇー、その割には仲が良さそうだったじゃない。しかも夜中に全身黒尽くめで覆面まで被った男が燃えている家にいるなんて、どう考えても怪しいと思うのが普通よね」
「まあ確かに。でも、本当に俺は怪しくなんか無くて、ただ単にもう親戚の家に行くから貴重品を取りに行っただけなんだ。そしたら案の定、家が燃えていてそれで急いで家の中に入って貴重品を回収してたら、たまたま用務員のおじさんが通りかかって助けてくれたんだ。そしたら家の中から誰かがむせる音がしたから急いで戻ってみたらなんとアリサだったわけ。ちなみにあの黒いマスクは煙を吸わないために――」
「もういいよ」
「え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかったが、アリサがあきれたようにため息を吐いたことだけは分かった。
「言い訳はそれだけ?」
「だから言い訳じゃ――」
「まずそのマスクのことだけど、口と鼻の部分穴が開いてたじゃない。それにあの燃えてる家の外にいたんじゃ人がむせてる音なんて聞こえない。そして第一に――遠い親戚の人の家に行くんだったらまずその親戚の人がクロトの家まで送ってくれるでしょ? その親戚の人はどうしたのよ?」
「……マスクのことは焦ってたから気付かなかったんだよ。それに俺の言い方が悪かったんだけどむせる音が聞こえたのは家を出る直前だった。親戚の人は葬式があったからたまたまこっちに来てたんだよ。それに葬式場から家までは歩いて20分ぐらいの距離だし」
「まだあるわよ、家の中からむせる音がしたってところまで戻るけど、どうして戻ろうとするクロトを用務員のおじさんは止めようとしないわけ? 普通大人だったら子供を先に避難させて自分が助けに行こうって思うんじゃないの?」
「……あの時は混乱してたんだよ。それに、ここは自分の家だから俺の方が詳しいって言って戻ったしね、俺は」
「分かった。じゃあ最後に質問」
「何?」
「……クロト、どうしてガソリン臭いの?」
「…………」
まずい。
臭いまでは誤魔化せない。
「ねえ、まさかあの家クロトが燃やしたんじゃ………」
これは――まずい。
クロトは腹を決めた。
どうせ自分の言い訳が通用するとは思ってなかった。それにアリサは昔からの仲だから、なるべく嘘は吐きたくないし本当のことを言ってみたら理解してくれるかもしれない。
マックスならうまくやるんだろうな……、きっと。
「アリサ」
「何?」
「まるで名探偵だよ、おめでとう」
その瞬間、平手が飛んできた。
小気味良い音が広がる。
予想通りの反応。
予想外だったのはアリサが肩を震わせて、泣いていたこと。
「なんでそんな酷いことしたの!?」
「…………」
「あの家には私の家族とクロトの家族の思い出がいっぱい詰まってたんだよ!? なのにそれを――それを勝手にクロト一人が判断して燃やして良いわけが無い!!」
それでクロトは気が付いた。
自分にとってはもう過去の思い出など辛いだけだったが、アリサにとっては楽しい憩いの場であったことだけは確かなのだ。
それは何者にも揺るがす権利は無い。自分の思い出なのだから。
思い出を壊すことは許されない。
「ひどいよ……、クロト……」
「ごめん、でも、理由はあったんだ」
「……例え理由があったとしても、一言、相談して欲しかった」
「……ごめん」
他人の思い出を壊した後悔か、女の子を泣かせてしまった罪悪感か、どちらともいえない罪の意識のせいでうまく話せない。
しばらく沈黙が続く。
「――ねえ、クロト」
「うん?」
先に沈黙を破ったのアリサだった。
「……私の両親が居ないのは、もう知ってるよね」
「うん……。事故で亡くなったんでしょ?」
「そう、私が小学校の時にね……」
クロトも当時のことはあまり覚えていないが、病院でアリサが泣きじゃくっていたのは覚えている。
当時、アリサの両親が交通事故で重体になって病院に運ばれたのをクロトの母が電話で知り、母とともにクロトは病院へと向かった。
そこには泣いているアリサのことを必死にあやしているアリサの祖母が居た。アリサがある程度落ち着くと、アリサの祖母と母は何か話し始めた。その間クロトとアリサは一緒に手術室前の廊下の長椅子に座っていた。
その時、アリサがクロトに聞いてきた。
「――ねぇ……うちのママとパパ……大丈夫だよね?」
恐らく今思うと、アリサは子供ながら察していたのだろう。
多分アリサはクロトにこの質問をする前に、大勢の大人達に同じことを聞いたはずだ。だが返ってくる言葉は全て「大丈夫だ」だとか、「安心して」とか言う言葉だったに違いない。そして元々、大人の変化に機敏な子供を、しかも他人の嘘に敏感なアリサを安心させるにはどれもこれもが不十分だったのだろう。
そこでアリサは、いままで一度も自分に嘘を吐いたことの無いクロトに聞いたのだ。嘘を吐かない彼なら自分を安心させてくれる何か――真実の言葉のようなものを言ってくれるだろうと思って。
そして、クロトは彼女を安心させるために、言った。
「大丈夫、必ずまた逢えるよ」
この時が、クロトが初めてアリサに嘘を吐いた瞬間であり、すぐに見破られることになる嘘を吐いた瞬間でもあった。
「――結局、すぐにうちの両親は息を引き取ったわ」
「そうだね………、でも、何で今その話を?」
クロトの質問を無視するように、アリサは続けた。
「あの後、両親が死んだ私にクロトとクロトのお母さんはすごく良くしてくれたわ。もちろんクロトの――新しく来たお父さんも」
「…………」
「私にとって、三人は家族も同然だったわ。もちろん、私をここまで育ててくれたお祖母ちゃんにも感謝してる」
「そっか――」
「だからよね」
「え?」
「――クロトのお母さんとお父さんは、自宅で亡くなってたんだよね?」
「そうだよ」
「血まみれで?」
「……うん」
「おかしいよね……それ……」
「……まあ、確かに」
「誰かに殺されたってことだよね?」
「警察はそう言ってた」
「……許せないよね、こんなことって」
「……うん」
「私にとっては両親を二度亡くしたようなものよ」
「……そうだね」
「――クロト」
「ん?」
「……クロトが家を燃やした理由って、何?」
まさか、『スキンハイド』に追われないために燃やした――とは言えない。
「家を燃やすぐらいだから、何か知ってるってこと?」
「……別に何も、両親が死んだ家だから嫌だなって思っただけだよ」
「また嘘を吐く……」
「…………」
アリサに嘘は通じない。
しかしこればかりは関わらせるわけにはいかない。
「分かったよアリサ、じゃあ正直に話すよ」
「うん」
「俺は自分の両親を殺したやつを知ってる」
「え!? それってどういうこと!?」
「ちょっと落ち着けって」
「あ、うん………」
「で、この話をするには俺は下に居る用務員のおじさんに相談しなきゃならないんだ」
「どうして?」
「とにかくしなきゃいけないんだ。その間アリサはこの部屋に居てくれるって約束するなら、俺の知ってることを話すよ」
「……分かった、約束する」
「よし――じゃあ俺は下りて相談してくるから」
そう言うとクロトは、アリサの家の駐車場に停めてあるはずの車へと向かった。
セーラー服はもとは水兵の制服。初めてセーラー服が着用された17世紀のイギリス海軍の水兵は、肩の後ろまで髪を伸ばしており、入浴のままならぬ艦上生活だったため、長髪の汚れが服につかないように四角い大きな布を後ろに垂らしたのが始まり。
WEBサイト「雑学・豆知識700連発」