REVEAL1
城島家、午前0時3分
路地裏にいた青年、城島クロトは無事に自宅に到着した。
自分の家の外観を見て安心したクロトは、玄関の前で呼吸を整える。路地裏からずっと走って来たのだ。
落ち着いたクロトは玄関を開けると、そこには父親が仁王立ちしていた。
「ク~ロ~トぉ~、お前今何時だと思ってんだ!?」
「遅くなってごめん……、今日はちょっと疲れたからもう寝るよ」
「そ、そうか」
息子のいつになく具合の悪そうな返事に父親もそれ以上は追求しなかった。クロトはそのまま階段を上がると自分の部屋に入り、制服のままベッドに入った。
窓から差し込む朝日で夜が明けたことを知っても、クロトはしばらくベッドから動きたくは無かった。
部屋の時計で時間を確認すると、ちょうど5時半だった。いつもは6時半に起きれば学校に間に合うのだが今日はたとえ早起きしても学校に行く気分にはなれない。
人を食う怪物。
その怪物を拳銃で撃った外国人。
頭が痛くなった。
自分には関係が無さ過ぎることばかりだ。あまりにも非現実的すぎる。
そこで外国人の言葉を思い出す。
「……今日のことは忘れて今すぐ……」
無理すぎる。
そもそもなぜ自分はあの男に追われたのか?
………恐らくあの時だろう。昨日の自分の行動を思い返す。
クロトは下校途中、いつもの帰り道を歩いていた。
大家とそこに住んでいる住民が、激しい口喧嘩をすることで有名なアパートを通り過ぎた時ふと、目にはいるものがあった。
それはある二人の男だった。
二人の男は、アパートの狭い非常階段の裏と、隣の家の塀の間にいた。最初はまた大家と住民の喧嘩だと思った。
しかし、何かがおかしい。
まず男が相手の男の首を両手で掴んで、地面に押し倒していることだ。しかも相手は顔が真っ白だ。
そして決定的なのは両手で首を掴んでいる男の口には、人間の手らしきものがくわえられていることだ。
クロトはその場で凍りついた。
すると、人間の手をくわえていた男と目が合った。
そこからはあまり覚えていない。
なにしろ目が合った瞬間、男は3mはある非常階段を手と足を器用に使い、飛び越えてきたのだ。それは人間離れした動きだった。
クロトは自分のいる場所から一番近い交番まで全速力で駆けた。しかし、交番に着いても誰もいない。
後ろからは自分に迫ってくる激しい足音が聞こえてくる。
そこで目に付いたのが路地裏だった。
時刻は6時をまわっていた。クロトはベッドから出ることにする。
考えても仕方が無い。
命が助かっただけでも十分だ。
そう思うことにしたクロトが部屋から出ようとしたそのとき、
「おはようクロト! 昨日は元気が無かったがどうした!?」
父親が部屋の扉を蹴破り、入ってきた。
「父さん、ドアは足じゃなくて手で開けるもんだ」
そう言うと父さんは「ああ、すまん、すまん」といいながら外れたドアをもとにあった場所に立て掛けた。
これじゃ襖だ。
そんな父を尻目にリビングに行くと、母が朝食を作っていた。
「あら、今日は早いのね。いつもの時間じゃないからまだご飯出来てないけど……」
「いいよ、今からシャワー浴びるし」
「じゃあ、浴びてる間に作っちゃうね」
「…………」
「どうかした?」
「いや、なんでもないよ」
なんだかさっきまで深く考えていた自分が、あほらしくなってきた。
もしかしたら全部夢だったのかもしれない。
シャワーを浴びながらそんなことを考えていた。
結局学校に行くことにしたクロトは、いつもの道を通ることにした。
なるべく関わりたくないが、どうしてもあのアパートが気になったのだ。
「おはようクロト」
振り向くと同級生の風間アリサがいた。
「ねえアリサ、昨日どこ通って帰った?」
「え? いつも通りだけど……」
「途中で変なこと無かった?」
「いや、別になにも……」
「……そっか、分かった、ありがと」
「……変なの。あ! 私今日、係りだから先行くね!」
「分かった、じゃあ後でね」
自転車をこいで急ぐアリサの後姿を見ながらクロトは、胸騒ぎを感じた。
(何も無かっただって? そんなバカな! 首を絞められていた男は間違いなく死んでいた、死体がいなくなるわけが無いんだ……!)
クロトは学校に着くと友人に昨日変わったことはないか聞いてみた。しかし、反応は全員アリサと同じだった。
意気消沈しながら席に着いたクロトは、ホームルームが始まってもまだぼんやりとしたままだった。
午前の授業を適当に聞き流していたクロトは、気持ちを入れ替えるため学校の裏にある自動販売機に向かっていた。
自販の前に立ち、小銭を入れ、適当なボタンを押す。
取り出し口から飲み物を取り出そうとしたその時、後ろから声が聞こえた。
「なんだ? おまえはここの生徒だったのか」
その声に反応し顔を上げると、
そこには、あの路地裏であった外国人がいた。
「なんであんたがここにいるんだ!?」
「なんでって言われても、俺はここの用務員なんだが……」
「嘘つけ! ここの用務員は日本人のはずだぞ!」
「ああ、それか。前任者が入院したから、今日から俺に代わったんだ」
「…………」
「心配しなくても昨日の晩、お前と会ったこととは関係ない」
夢から覚めた気分だった。
あの都市伝説じみた出来事は現実だったのか。
「あんたに聞きたいことが山――」
その時、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「悪いな、勤務時間だ」
「ちょっと待っ――!」
言い切る前に男は校舎に戻って行った。
(……あの男、絶対に見つけて聞き出してやる!……)
結局、午後の授業も身が入らなかったが、クロトはまったく気にしなかった。
あの男にどうやってまた会うか、それだけを考えていたのだ。
放課後、クロトは校舎の裏に隠れていた。自動販売機が見える位置にである。
ここで待ち伏せしていれば来るかもしれない、そう思いここで見張っていた。
案の定、男が現れた。
「やっと見つけたよ……」
「またおまえか」
「教えてくれよ、昨日のは一体何だったんだ?」
「忘れるんだ」
「はあ!?」
「関わらないほうがいい」
そう言うと男は、自販の取り出し口から飲み物を取り出し、歩きだす。
「あんな自分の命に関わるようなこと忘れられるわけ無いだろう!」
「心配するな、恐らく昨日のようなやつと関わることはもう無い」
「ほんとかよ……」
「ああ、自分から関わらない限りな」
「…………」
「俺も用が済んだらすぐに消える」
「……やっぱ目的があってここに来たのか」
「まあな」
「どのぐらいでいなくなるんだ?」
「一ヶ月」
「……そっか」
「俺が消えればお前もすぐ忘れるさ」
「……本当にもうあの化け物と会うことは無いんだな?」
「保障は出来ないがな」
「…………」
「俺がいる間は安全だと思ってくれればいい」
「……分かった」
「じゃあな」
そう言うと男は駐車場に向かって再び、歩き出した。
(……自分から関わらない限り、か……)
自宅のベッドで寝そべりながら、クロトは考えていた。
もちろん自分から関わるつもりは無い。あんな怪物、こっちから願い下げだ。
しかし――
クロトは寝返りをうつ。
(……こんなにも非現実的なことがあるなんて……)
昨日の下校時までは自分のいる世界が全てだと思っていた。それがたった数時間で覆させられたのだ。
――興奮しないわけが無かった。
あのときは心の中が恐怖で埋まっていたが、今はむしろ好奇心が勝っていた。
今は安全だという安心感で、少し余裕が出てきたのだ。
(……せめてもう少しマシな非現実的世界だったらよかったのに……)
関わるつもりはない。このことも時が経てば次第に忘れていくだろう。
あの男の言う通り、この世の裏側を少しばかり覗いた程度で済ますつもりだ。
しかし想像力豊かな子供達や、学生生活がマンネリ化した学生達は、どうしてもそういうもの往々として憧れてしまうのだ。
「クロトー!ご飯出来たわよ!」
リビングから母親の声が聞こえてきた。夕食の時間だ。
クロトがリビングのドアを開けると、
『お誕生日おめでとう!』
一斉にクラッカーの嵐がクロトにかかった。
目が、点になる。
すると母さんが、
「え? ……やだ、この子ったら! 自分の誕生日も忘れちゃったの?」
それに父さんが、
「クロトももう、17歳だもんな! 素直に喜ぶのは恥ずかしいんだろう?」
そしてアリサが、
「お邪魔してます……」
別にアリサが来ているのには驚かなかった。
アリサの家、風間家は代々城島家と深いつながりを持っているので、うちに遊びに来るなんてことはザラだからだ。
むしろ驚いたのは――
「母さん、俺の誕生日は明後日だよ」
「え?」
今度は両親の目が点になる。
「え……、だってお父さんがクロトの誕生日は今日だって言うから……」
「私は……、あの……、薄々気付いていたんですけど……、あんまりクロト君のお母さんとお父さんが喜んでいるので……、その……」
「……えーと、その……、なんだ、まあ、誕生日の前夜祭のようなものだ! これは!」
「明後日だから前夜祭にもなん無いよ、これは」
「…………」
リビングに、重苦しい沈黙が訪れる。
「ま、まあせっかく料理も作っちゃったんだし、今日はみんなでパーティーだ!」
「そうよクロト! せっかくアリサちゃんだって来てくれたんだし、ね!」
そう言われてアリサのほうを見ると、両手を合わせて「ごめんね……」のポーズを作っていた。
「ほら、クロト! 早く席に着け! お前の大好きなミートドリアもあるぞ!」
「俺が好きなのは、焼肉だよ」
「…………」
クロトは苦笑した。
(……まあ、現実の世界も悪くないか……)
そう思い、クロトは席に着いた。
翌日、クロトは学校の自動販売機に行くことはなかった。
一ヶ月経てばすべてが元通りになる。
自分から関わる必要はもう無いと考えたからだった。
4月8日 金曜日
クロトの誕生日。
(――自分の息子の誕生日を間違えたんだ……、父さんと母さんのことだから、きっとこの前の料理を超えるほど豪華なものを用意してるに違いないな……)
下校途中、クロトはそんなことを考えながら歩いていた。
うちの親は過保護ぎみだ。息子の嬉しそうな顔を見るためにはなんだってするだろう。
時折、少々やることがズレているが。
しかし、そんな両親をクロトは嫌いでは無かった。
「ただいま」
クロトは玄関に着くと靴を脱ぎ捨てた。
「……ん?」
少し、おかしいと思った。
まず普段ならこの時点で「おかえり」の声が聞こえるはずだった。
それにこの臭い……。
「……なんだ、これ?」
嗅いだことの無いような臭いだ。かなり生臭い。しかも、台所のほうから流れてくるようだった。
「……父さん? ……母さん?」
この時間帯にはどちらもいるはずだった。
台所に着くとそこには――
父さんが母さんに覆いかぶさるようして倒れていた。
血だらけで。
「……う、……あ…………」
なにも考えられ無い。
頭がフラフラしてくる。
これは、現実か?
「……そ、うだ……、病院……」
いや、警察か?
分からない。
誰が?何で?
それも分からない。
時間だけが過ぎていく。
「ワン!」
その音にはじかれた。となりの家の犬だ。
気付くと、家の受話器に向かって駆け出していた……。
「――さん家の息子さん、お気の毒にねぇ~」
「まだ 高校生って言ってたわよ」
「いやよねぇ~、まだ将来があるのにこんなことになって……」
クロトは葬式場に居た。
あの後、救急隊員が来たのだが手遅れだった。
内臓破裂。失血死だった。
葬儀は手短に行われた。
一人、残されたクロトのことを気遣っての配慮だそうだ。
葬儀の手配をてこずらせてこれ以上、心の傷を深くさせたくないらしい。
(……もう、そんなものはどうでもいいのに……)
死んだ者はもう二度と帰らないのだ。
式場の空気に息苦しくなったクロトは、玄関ホールから外に出た。
適当な場所に腰を下ろす。
すべてに対して無気力だった。
あるのは虚無感ばかり。
――惨めだった。
前方から声が聞こえる。
「そういえば、城島さん家の親御さんが死んだ時、犯人らしきやつを見た目撃者が居たって話、知ってるか?」
「いえ、初耳ですけど……?」
「どうもその目撃者が言うには、犯人は化け物だったっていってたっけ……」
「化け物?」
「ああ、どうもその怪しいやつってのは、城島さん家の二階の窓から飛び出してきて、隣の家の屋根から屋根へ逃げてったらしい」
「……なんすか、それ?」
「いや、俺も噂の類だと思うんだけどね――」
全身の血液が沸騰した気がした。
携帯の時計を見る。午後4時52分。まだ学校は開いている。
クロトは駆け出した。
「どこだ……?」
自動販売機の前に男はいなかった。
じゃあ、どこにいる……?
クロトはイライラしながら自販に寄りかかる。
すると、目の前にある駐車場から、あの外国人が歩いてきた。
一気に詰め寄る。
「またおまえ――」
「三日前、両親が死んだ」
「…………」
「このことには、あんたの言う『怪物』とやらが関係しているらしい」
「何?」
「あんたが関係してるって言ってんだ!!」
校舎の周りにいた生徒が、一斉に振り向く。
すると、男が言った。
「………ここじゃあれだ、屋上に行こう。貯水槽の点検で今は開いている」
屋上にあがると、日が落ちる直前だった。
夕暮れだ。
男はフェンスに寄りかかると、腕を組む。
「――まず結論から言うと、俺に怒りをぶつけるのはお門違いだ」
「何!?」
「俺は保障は出来ないと言った。それは覚えているだろう?」
「だけど『俺がいる間は安全だ』って言ってたじゃないか!?」
「『お前の両親も安全だ』、とは言ってない」
「…………」
「両親を失った気持ちは分かる。だが、そのやるせない気持ちを誰かにぶつけるのはよくないな」
「俺はそんなつもりじゃ――」
「周りから見ればそう見える」
「…………」
確かにそうだ。
この男が母さんと父さんを殺したわけじゃない。
ただ単にあの目撃情報を鵜呑みにしただけだ。
「――すいませんでした」
「分かればいい」
「…………」
会話が、途切れる。
これから自分はどうなるのだろう?
両親が死に、あるのは家族と過ごした家のみ。
「…………」
いや。
違う。
もうひとつある。
それは、自分の家族を奪われ、そして残された者が持つ、こらえきれない憎しみや怒りだ。
「――ねえ」
「なんだ?」
「俺の親が死んだ理由について、何か知ってる?」
「ああ」
「本当!?」
「だが教えるつもりは無い」
「なんで!?」
「関わるな」
「ふざけるな!!」
フェンスを蹴り飛ばす。
「関わるなってことはあの怪物が関係してるってことだろ!?」
「そうだ」
「じゃあ俺の親を殺したそいつに会わせてくれ!」
「会ってどうする?」
「ぶっ殺してやる!!」
「バカな」
「頼む! そいつの居場所を教えてくれ!」
「ダメだ」
「どうして!? あんたは何もしなくていい、教えてくれるだけでいいんだ!」
「…………」
「お願いします!!」
クロトは思いっきり頭を下げた。
「……いいだろう」
「ありが――」
言おうとした瞬間、左の頬に拳が飛んできた。
深く、めり込む。
「……いっ…………つっ…………」
それだけしか言えなかった。
地面に派手に倒れる。
体が、言うことを聞かない
「こんなものも避けられないおまえに、居場所を教えるわけにいかないな」
「…………」
その通りだ。
相手は人間じゃないのだ。
ましてや、人間相手にこの程度なら――
「無駄死にするだけだ」
男は校舎に戻る階段に向かって歩いていく。
「死んだ親父さんとお袋さんのぶんまで生きろ。俺にはそれしか言えん」
男の足音が遠ざかっていくのが聞こえる。
「………俺の父さん、ほんとの父さんじゃないんだ」
「…………」
「ほんとの父さんは、俺が生まれてすぐにどっかに行った」
風が吹き、屋上の木の葉が地面を転がる。
「でも全然気にしなかった、新しく来た父さんがいい人だったから。――でも、すごい変な人だった」
初めてあった時の義父の顔を思い出す。
「新しい父さんが家に来たとき、父さんいきなり自分の頬を引っぱたいたんだ」
その時の光景を思い出し、少し笑う。
「なにやってんの? って聞いたら、『蚊がとまってた』って言ったんだ。見え見えなんだよ、笑わそうとしてんの」
でもさあ――、そう言うとクロトはうつむいた。
「でも、父さんはかなり無理してたんだ。新しく来た自分が息子に受けいられているのかどうか、すごい気にしてた。だから俺も少し、距離置いちゃってたんだ。……本当の家族は、気にすることなんてなにも無いと思ってたから」
「…………」
「だから……、新しく来た父さんがいなくなったとしても、自分はなんとも思わないと思ってた。ほんとの家族じゃないから」
そこでクロトは、自分の拳を強く握り締めた。
「だけどさあ……、だけど――、母さんと、新しく来た……、父さんが死んだって聞いたとき、なんか――、なんかすっげー目の奥が熱くなったんだよ! ほんとの家族じゃないのに………」
そう言うと自分の頬を伝う涙に気付き、適当に拭った。
「――なんかごめん! なんかすげぇ変な話しちゃったみたいだわ……、俺………」
「…………」
クロトは立ち上がる。
「でも……、頼むよ、ほんとに」
そう言うとクロトは、男の目を見ながら言った。
「確かにあんたにぶっ飛ばされたようなやつが言えることじゃないけどさ……、このまま俺の両親殺したやつ放っておいたら、またおんなじことが起きるかもしれないだろ? 嫌なんだよ、それは……、本当に……、今の俺みたいなやつが増えるのは……、本当に、さ……」
そう言い切るとクロトは男と目をそらし、夕日を見る。
しばらく経って男が言った。
「…………もう戻れなくなるぞ?」
「いいよ、別に」
「こっちから動けば、あっちにも目を付けられることになる」
「覚悟は出来てる」
「もうここにはいられなくなる」
「まさか、外国に行くってこと?」
「そうだ」
「……大丈夫、どこへでも行くつもりだから」
「………分かった」
「いつ行くの?」
「ちょうど一週間後に飛行機が出る。それに乗る」
「……そっか」
未来は分からない。
でも作ることはできる。
映画の受け売りだが、今はその意味が分かる気がする。
「そういえばお前、名前は?」
「城島クロト」
「そうか、いい名だ」
「あんたは?」
「俺は山田太郎だ」
「嘘つけ!」
「本当だ、日本ではこの名前を使っている」
「本名は?」
「……マックスだ」
日本人はA型が40%、O型が30%、B型が20%、AB型が10%の割合
WEBサイト『雑学・豆知識700連発』より