PROLOGUE
日本、午後11時30分
「ハァ……ハァ……!」
暗い路地裏を一人の青年が走っている。建物に挟まれたその路地を鬼気迫る表情で走っている姿を見れば、これは遊びではないことが分かる。
「フ……フ……ハァ……」
青年は適当な場所を見つけると腰掛け、息を整える。
そこはアパートの住人が使う非常口のすぐとなりで、人が来るのは住人達が路地裏のゴミ置き場にゴミを捨てる時ぐらいだ。
「…………」
青年はしきりに路地の奥を見つめる。
青年が座っている場所はゴミ置き場の近くということもあり、非常に臭いはずなのだが青年にはそんなものに構っているほどの余裕は無さそうだった。
「……よし」
呼吸も整い、そろそろ動こうとしたその時、
「……そこにいたのか」
心臓が、止まったようだった。
青年は駆け出した。声がした方向とは逆に向かって全速力で走り出す。青年は考えていた。
なぜこうなってしまったのか、今日もいつもと変わらないはずだ、いつも通りに学校に登校し、友人とくだらないことで笑い、帰宅するはずだった。それが――。
しかし、そこで青年の思考は停止した。
目の前に壁が現れたからだ。
身体中が深い絶望に包まれる。いままで走り続けたせいもあるのか、その場に膝が崩れ落ちる。
「……自分で気付かなかったのか? ここに追い込まれていることに……」
後ろから声が聞こえる。
振り向く余裕はなかった。
いや、振り向いてもなにも変わらないだろう。
恐らくまわりからみてもおかしな光景だろう。青年の後ろにいる男は、凶器を持っているわけでも無いただの人間なのだ。
しかし、青年は知っていた。
今、後ろに立っているこの男が人間ではないことに、
ついさっきまで、男がある一人の人間を、食べていたことに。
「……最後に、なんか言いたいことは?」
まるで死刑宣告を受けたようだ。いや、実際そうなのだろう。
助かる術は無かった。
この光景を見ても誰も助けになんて来ないだろう。
青年は知ってしまったのだ。
この世のダークサイドな一面を。
知る必要のないことを。
知ってはいけないことを。
しかし、そんな青年にも知らないことはある。
現に、男の後ろにもう一人の男が立っていることを。
その男が青年の後ろにいる男を狙っていることを。
そして、今まさに狙いすました銃の引き金を絞ろうとしていることを――。
路地裏に破裂音が響いた。
「……イッ……! ギッ…ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
足の関節を撃たれた男は地面にのたうち回る。
青年は後ろを振り向く。
そこには一人の男が立っていた。
男は両手で拳銃をしっかりと構え、地面で暴れている男を狙いながら近づいてくる。
しかし次の瞬間、男は青年に拳銃を向ける。
青年の胸の位置に青いレーザーサイトの光が当たり一瞬固まるが、男はすぐに地面の男に照準を戻す。
男はそのまま拳銃でポインティングしながら、地面にいる男の右肩を右足の膝で押さえつけ、空いているほうの左足で地面に倒れている男の左腕の肘の関節を踏みつけ、押さえ込んだ。
「おい、大丈夫か?」
青年は男の発した言葉が、自分に向けられていることに一瞬遅れて気がついた。
「……大丈夫、です」
大丈夫なわけが無い。ついさっきまで死ぬかと思ったのだ。しかし、反射的に大丈夫と言ってしまった。
「怪我したのか?」
「……いいえ」
「そうか」
男はそれで満足したのか目線を押さえ込んだ男に戻す。
青年は人と喋れたことで少し安心したのか、自分を救った男の顔を見てみた。
驚いたことに外国人だった。
てっきり流暢な日本語を話すものだから日本人だと思っていたが、鼻の高さと青い目、輪郭などはまるっきり外国人のそれだった。年は20代後半から30代前半のようだ。無精ひげを生やしている。
「帰り道はわかるな?」
「え? ……あ、はい」
「それじゃあ、今日のことは忘れて今すぐ帰るんだ。いいな?」
「え?」
「それと、帰る時に寄り道は絶対にするな。明るいところを選んで帰るんだ」
「あの……」
俺を襲った男は一体……、そう言おうした瞬間、
「う……ぐ……グぅぅッぅうぅ!」
押さえ込んでいたはずの男が突然うめきだした。
「早くしろ!」
その声で我に返った青年は一目散に駆け出した。途中、何度も銃声が聞こえたが振り向かなかった。
クマのプーさんの大好物がハチミツ。嫌いなものはチーズ。
WEBサイト『雑学・豆知識700連発』より