REVEAL8
今回から本格的に行動を開始します。
クロト達はあの後、二手に分かれて行動することにした。
まずアリサは、六日後のまでに荷物の整理をすることになった。当日はクロト達が向かえに来るので、それまでは祖母の家で待機。
その間にクロト達は、マックスの目的である情報提供者との接触と、クロトのトレーニングをすることになった。
マックスの隠れ家、午前6時32分
アリサの家から戻って来た二人は、昨日は一睡もしていないことに気付き、しばらく休息を取る事にした。
マックスは、部屋の隅に置いてあった毛布をクロトに手渡す。
「どうせ夜までは動かない。今のうちに寝ておくんだ」
「でも、今更寝ろって言われても全然寝付けないんだけど……」
「何だ? 眠くないのか?」
「うん、なんか眠ろうと思っても眠れない感じで……」
クロトがそう言うと、マックスは少し考えてから言った。
「身体は疲れていても脳が起きている……そんな感じか?」
「そう、そんな感じ」
「気絶させてやろうか?」
「怖いこと言わないでよ!」
こんなことでいちいち気絶させられたら、たまったものでは無い。
「まあ、金縛りと同じ状態だな」
「え? 金縛り?」
「そうだ。金縛りも、身体が極度に疲れている時に無理やり起きようとするとなる現象だ。脳自体は元気なままなんだけどな」
「へぇ………」
何だか、クロトはまた新しいことを一つ覚えた気分になった。
「まあ、俺もお前と同じ状態になったことは何度かある。あの時は朝までゲームをしていた時だったが……」
「えぇ!? マックスってゲームするの!?」
「何をそんなに驚いている?」
「いや、マックスってなんかハードボイルドなイメージがあったから……」
クロトにしてみれば衝撃の事実だった。
だいたい、「マックスがゲームをする」というイメージが結びつかない。
そこでクロトは、マックスがテレビの前でゲームのコントローラを握っている姿を想像してみる。
テレビの前でゲームの状況に一喜一憂しているマックス。
画面の中で動き回る敵を倒した時の――恐らく喜んでいるであろうマックスの表情……
「何がおかしい?」
「え!? あ……いや、何でもないよ! 何でも!」
いつのまにか笑いを堪えていた自分を怪訝な表情で見ていたマックスを、クロトは適当に誤魔化した。
「――うん、でも……なんか親近感が沸いてきたよ」
「? そうか、なら良いんだが……」
マックスはそれで納得したようだったので、クロトは安心した。
が、結局その後もクロトが眠れなかったので、二人は適当に何かを話して時間を潰す事にした。
「――そう言えば、『スキンハイド』っていつごろから居るの?」
「……正確なことは俺にも言えない。だが、間違いなく俺達の生まれる以前から居ただろうな」
「ふーん……」
(そうすると……俺の周りに居た人達も『スキンハイド』だったかもしれないってわけか……)
クロトはそんなことを考えながら、自分の周りに怪しい人物はいなかったか思い出していた。
するとそこで、クロトはあることに気付く。
「なあ、マックス。そう言えば人間と『スキンハイド』ってどうやって見分けるんだ?」
「ああ、それか」
そう言うとマックスはいきなり腰から拳銃を取り出し、銃口をクロトに向けた。
「ちょっ、ちょっとちょっと!?」
「動くな」
思わず撃たれると思ったクロトは慌てて両手を上げる。
しかし、自分の体を貫いたのは銃弾ではなく、細く青いレーザーサイトの光だった。
「え?」
「クロト、このレーザーの先をよく見てみろ」
そう言われてクロトは、自分の胸の辺りで光っているレーザーを目で追った。
すると、レーザーはクロトの体を貫通して後ろの壁に当たっていた。
「あれ? え? どういうこと?」
クロトが疑問に思っていると、マックスは拳銃を近くにあった机に置いた。
「この青い光は、『スキンハイド』の『骨』にあたる部分にしか反応しないように出来ている。つまりこの光が「貫通しなかった」場合には、そいつは『スキンハイド』だ」
「あー、なるほど……。道理で映画の中じゃ見ない青色だったわけだ……」
「まあ、普通の銃に付いているレーザーサイトは、みんな赤色か緑色だからな」
「うん。……でもそれってどういう仕組みなの?」
「それは俺にも分からない。……まあ、ほんとに知りたいんだったら開発者に直接聞くしかない。俺も支給されただけだから、何とも言えない」
「支給されたって言えば………マックスはどこかの部隊みたいなのに所属してるの?」
「いや、所属していた」
「していた?」
「ああ」
そこまで言うとマックスは、物憂げな表情で冷蔵庫の蓋を開けた。
クロトも、そんなマックスの表情を見て、その「部隊」ついてこれ以上詮索するのは止めにした。
「……じゃあ、今はフリーってやつ?」
「いや、今は小規模なグループで活動をしている。その方が動きやすいし、何より自分の目的に従順で良い」
「へぇー……」
(じゃあ……、前にいた「部隊」では、自分のやりたいことが出来なかったってことか?)
クロトは、そんな意味にも受け取れるマックスの答えについて考えていた。
その間にマックスは、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出しクロトに手渡す。
それと同時にクロトは、病院で貰う錠剤のような物を手渡された。
「その薬は「ゾピクロン」と呼ばれる睡眠薬だ。睡眠薬の中ではかなり早く効果が現れる方だから、今日の夜までには起きられる」
「睡眠薬………」
「どうした? お前は何か持病を持っているのか?」
「いや、別にそう言う訳じゃないけど………ただなんか人から貰った薬を飲むのは、やっぱ抵抗感あるじゃん?」
「ああ、そういうことか。なら今すぐ俺が試しに飲んでみるか?」
「いや、いいよ。別にマックスを疑ってるわけじゃないしね」
クロトは渡された錠剤を口に放り込んだ。
「ああ、言い忘れていたが……」
「え?」
「それ、かなり苦いぞ」
「えぇ!? 今更かよ!?」
「まあ、起きた時に何か飲んでおけば大丈夫だ」
そう言い残したマックスは、部屋に置いてあったリクライニングチェアーに座ってテレビを見始めた。
(なんだよそれ………)
内心ふて腐れたクロトは、そばにあったパイプ椅子に座って頭から毛布を被った。
しばらく心の中で文句を言っていたクロトだが、薬を飲んでから五分も経たない内に眠りについた。
外の景色が次第にオレンジ色に染まって来た頃、クロトは目が覚めた。
ズボンのポケットに入れておいた携帯で時間を確認すると、すでに午後五時半を回っていた――ということは一日の半分を寝ていた計算になる。
「うわ……、俺どんだけ寝てたんだよ……」
「それだけ疲れていたんだろう」
声がした方を見ると、マックスがすでに着替えを済ませていた。
下はアーミーグリーンのカーゴパンツに、上は黒のフライトジャケットという出で立ちだ。
「お前もシャワーを浴びて早く着替えろ。九時にはここを出るぞ」
「ああ、分かった――って苦っ!?」
「…………」
クロトは急いでそばにあったミネラルウォーターを口に含んだ。
「――うぇ………って言うか俺、着替え持ってないんだけど……」
「心配するな。俺のお下がりだが、そこのクローゼットに何着か入っている」
そう言われてクロトは、部屋の奥にあるクローゼットを開けてみる。するとそこにはネイビーのツイルミリタリーパーカと、色がバラバラのTシャツが三、四枚かけてあり、その下にグレーのズボンとジーパンが置いてあった。
「九時にここを出て、情報提供者に会いに行く。そして情報を手に入れたらすぐにここに戻ってくる。今日はそれだけだ。だが――今回は直接『スキンハイド』に遭遇するかもしれない」
「……なんで?」
「実は、この国に着いてから何度も情報提供者に電話しているんだが――繋がらないんだ」
「じゃあ――」
「ああ……すでに襲われた可能性もある」
「マジかよ……」
クロトは眠気が吹き飛んだ気がした。
今回は自分も『スキンハイド』と鉢合わせになる可能性があるのだ。
クロトはあの――路地裏での恐怖を思い出しながら――適当な服を掴むと、バスルームに向かった。
クロトはシャワーを浴び終えると、あらかじめ用意しておいた服に着替えてみた。
「あれ? てっきりサイズが合わないと思ってたんだけど………ピッタリだ」
「元々それは、変装用のサイズの小さい服だ。身長が百七十五ぐらいのお前には、ちょうど良いんじゃないか?」
マックスの言う通り、身が軽くなった気分だった。
「――ああ、それとお前の持っている携帯電話についてだが……」
「え?」
「今のうちに連絡先をどこかにメモしておくんだ」
「……どうして?」
「それはもう使えない」
クロトは自分の携帯電話を取り出して、あることに気付いた。
「……もしかして、これも『スキンハイド』に追われる原因になるとか?」
「そうだ」
「………はあ」
クロトはため息を吐くと、自分の携帯をマックスに渡した。
「――はい。もう連絡先はアリサの家でメモっといたよ」
「……利口なやつだな」
マックスは携帯を受け取ると、ズボンのポケットにしまった。
「――だけどマックス」
「なんだ?」
「俺……多分、実際に『スキンハイド』を見るとかなりビビると思うんだ。だから……足手まといになるかもしれない……」
「…………」
クロトは自信が無かった。
いや……、異形の怪物と戦うのに、最初から自信を持っている者など居ないだろう。
しかしクロトは――マックスが言っていた通り、ビジネスパートナーとしての仕事をしっかりと果たしたかった。
「――まあ、最初から俺と同じように動けと言っても無理だろう。だから今回は、バックアップを頼む」
「バックアップ?」
「そうだ。基本的に俺が前に出て問題に対処する。お前は後ろに下がっているか、車の中で待っていろ。もしものための補充要員だ」
「…………」
「言っておくが、これも立派な仕事だぞ?」
「――分かった」
「よし」
クロトが納得したのを見て頷くと、マックスは机の上に置いてあった黒い包みのような物をクロトに手渡した。
「何これ? 重………」
「開けてみろ」
そう言われて黒い包みを剥がしていく。
するとそこには、黒い布状の収納スペースに、変わった形のナイフが何本も並んでいた。
「……これは?」
「対『スキンハイド』用のファイティングナイフだ。銃が使えない状況で奴らに襲われた時に使用する」
クロトは収納されているナイフの内の一本を、取り出してみる。
刃渡りはおよそ二十センチから二十五センチはありそうだ。先端は尖っていて矢じりのような形をしている。
「そいつを近づいてきた『スキンハイド』の喉元に突き刺すんだ。なるべく顎の下から脳天にめがけて垂直にな。弱点は前に言った通り、顎の下の骨が無い部分――顎下線と呼ばれる部分だ。そこをめがけて突けば『スキンハイド』は死ぬ」
「――理屈は分かったけど……、実際にやろうと思っても多分出来ない――」
そう言いきる前に突然、何かが凄まじいスピードでクロトの顔を掠めていった。驚いたクロトは、後ろの壁に何かが刺さった音がしたので振り向いてみると、案の定ナイフだった。
投擲のようなポーズをとっているマックスに対して、クロトは言った。
「何すんだよ!?」
「いや………、ある程度練習すれば、こんな芸当も出来ることを見せたかったんだが………」
「逆効果だわ!」
「悪かった。――だが、なにも自分の手でナイフを突き刺せと言っているわけじゃない」
「え?」
マックスはおもむろに左腕の袖を捲ると、そこには黒いベルトと鉄で出来た、何かの装置のような物が腕に巻きつけてあった。
「これは対『スキンハイド』用のファイティングナイフ――俺達はAHと呼んでいるが――ナイフを発射する装置だ。使い方は簡単で、好きな方の腕に嵌めてAHを装填するだけで良い。後は嵌めた方の腕の手首を思いっきり上げれば、装置が作動してAHが発射される仕組みになっている」
「へぇー、そんなのもあるんだ……」
クロトが感心していると、マックスは装置を自分の腕から取り外し、クロトに手渡した。
「その装置は普通、利き腕――銃を扱う腕とは逆の腕に嵌めるんだが……お前の場合はそのまま利き腕に嵌めて問題無い。それと、そいつを使う場合にはなるべく『スキンハイド』の顎を掌底打ちした状態で使え。そうすればピンポイントで顎下線にAHが刺さる仕組みになっている」
「うん。分かった」
早速クロトは自分の右腕に取り付けてみる。
「重!?」
「……まあ、それでも十分に軽量化の実験はしていたらしい。我慢しろ」
「わ、分かった……」
クロトはなんとか違和感を消すために、右腕をぶらぶらと揺らした。
「最後にもう一つ言っておくが――クロト、『スキンハイド』に刺したAHは絶対に抜こうとするな」
「え? なんで?」
クロトがそう聞くと、マックスは壁に刺さっているナイフ――AHを引き抜いた。
「理由は二つある。一つは、『スキンハイド』に対して白兵戦で勝負をする時は、殺すことが目的ではなく、弱らせることが目的だからだ。――『スキンハイド』に対して生身の人間は無力だ。運動能力が違いすぎるからな。だからまずは、その運動能力を下げることが先決だ。的確に関節にダメージを与えることが出来れば、おのずと勝機が見えてくる」
「ということは――顎下線が無理だったら、ひとまず関節を狙えってこと?」
「そういうことだ」
そこまで言うとマックスは、手に持っていたAHをクロトに見せた。
「二つ目の理由だが、元々AH自身が敵に刺したままダメージを与える武器だからだ。お前ももうすでに気付いているとは思うが――AHの先端は矢じり状になっている。そして、一旦こいつが刺さると、例え『スキンハイド』の力でもなかなか抜くことは出来ない――つまり『スキンハイド』にとって、AHは自分の身体能力を下げる物以外の何物でもないんだ」
「はぁ……なるほど」
「――まあ、事前に伝えることはこれで以上だ」
マックスは持っていたAHをクロトに渡すと、リクライニングチェアーに座る。
「後は――お前が実際に動けるか、どうかだ」
「…………」
クロトは自分に問いかける。
戦うための準備は整った。
後は、心構えだけだ。
「……いきなり荷が重いか?」
緊張気味のクロトの表情を見て、マックスは問いかけた。
しかし、クロトは迷いを断ち切った。
「――いや、自分の目的の為だ――やってやる」
「………よし、良いだろう」
マックスはクロトを手招きした。
「少し、体を動かしておくべきだな。――クロト、トレーニング開始だ。俺に掌底を打ち込んで来い」
「え?」
「これから『スキンハイド』と対峙するんだ。肩慣らしは重要だぞ?」
「――オッケー、良いよ」
クロトはそう言うと、マックスの方に詰め寄った。
「最初は、構えも動きも、何でも良い。その都度、直していく。掌底のやり方は分かるか?」
「うん、拳じゃなくて、手首で相手に打撃を与える感じでしょ?」
「そうだ」
二人はお互いに、ファイティングポーズをとる。
「最初は、俺の顎に一発当てた時点で合格だ」
「いいの?一発だけで?」
「やってみれば分かるさ――来い」
その言葉を聞いたクロトは、一気に詰め寄った………
結論から言うと、クロトはマックスに一発も当てられなかった。
速さが段違いだったのだ。
「――残念だな。少しは期待していたんだが……。最初の余裕はどこに行った?」
「………何とでも言ってくれ………」
クロトは地面に大の字になって横たわっていた。
自分が小学生の頃、一応空手を習っていたせいか、高を括り過ぎていた。
「まあ、スタミナは評価できるな。なにせあの後、二時間半ぶっ通しでやっていたわけだからな」
「………まあね」
屋上で打ちのめされた仕返しをするつもりだった、とは言えない。
「筋は悪くなかった。後は休んでいろ」
クロトはマックスに言われた通り、横目でテレビを見ながらそのまま倒れていた。
午後九時。
「時間だ」
マックスにそう言われ、クロトも起き上がってテレビの電源を消した。
「それとクロト、これを付けろ」
そう言われて渡されたのが、ミリタリー用のウェストバッグだった。
「さっき渡したAHをそこに入れておけ。それと他にも役立つ物が入っている」
クロトはバッグの中を覗くと、そこにはライターや消毒薬などが入っていた。
「あと、このホルスターを脚に巻いておけ」
マックスに渡されたホルスターには、ナイフが収納されていた。
「もしもの時のためのお守りだ」
クロトはウェストバッグを腰に巻くと、ホルスターも同じように脚に巻いた。
「良し、準備は出来たな」
クロトは次第に緊張してきた。
まだ仇と闘うわけではないが、他の『スキンハイド』に憎悪を抱いてないかと聞かれたら、恐らく否定することは出来ないだろう。
それほどクロトは『スキンハイド』を――『リベリオン』を憎んでいた。
「では――行くぞ」
二人は隠れ家を飛び出した。
オバケのQ太郎の「Q」は深い意味はない。作者の藤子不二雄が名前を考えているときに小田急線に乗っていた関連で思いついたと言われている
WEBサイト『雑学・豆知識700連発』より