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僕とおじさん3


 未だちゃぶ台をばしばし叩いているおじさん。どうにもならなさそうなので、とりあえずニアを連れて風呂場に逃げ込む。小声でニアに聞く。



「疲れてるとこすまないな、ニア。先ずは状況確認だ。」



「大丈夫、道隆が来たから少し回復した。どんと質問してくれ。といっても、私もよくわかっていないから、力になれるかは微妙だがな。」



 ひげが当たる距離まで近づいてひそひそ話す。ちょっとくすぐったい。



「いや、少しでも情報が欲しい。」



 少し考えてニアに聞く。



「おじさんは最初っからあんな感じだったのか?それと、おじさんはいつからこの部屋に居た?」


「んん、確か最初は普通だったはずだ。時間は道隆が学校に行ってすぐだった。忘れ物でもしたか、と行ってみれば、見知らぬ男性だったから警戒したぞ。」



 思い出しながらニアは続ける。



「私を見て、最初は撫でようとしてきたかな。しばらくしても部屋を漁ったりせずに、ノートパソコンをカタカタしていたからな。泥棒の類じゃないな、と分かったんだ。」



「朝から来てたのか……。」



 向島光太郎は小説家だ。普通の人は知らないが、小説好きの人は、ああ、あの人か、となる程度の。

 煮詰まった時にもたまに来るときはあるが、朝からは珍しい。ニアが続ける。



「私は親族の方かな、と思って安心してたんだがな。昼過ぎに状況が変わった。一本の着信が来たんだ。どうして、とかそんな、とかすごく焦っていたな。」

 ふむふむ、と僕は頷く。



「それからはあんな感じだ。言葉は通じない筈なのに、ずっと、私は妻をこんなに愛してるのに、とかもうだめだ、まきるがかわいすぎて生きるのがつらい、とか延々と聞かされてな。逃げても追ってくるしノイローゼになるかと思ったよ。それでやっと落ち着いたか、と思ったら道隆が帰って来てあの有り様だ。」



 猫の身にもなって欲しいよ、とニアがかぶりを振りながら言う。お疲れ様、と頭を撫でてやる。大変だったろうに。

 ところで、とニアが聞いてきた。



「結局あの人は誰なんだ?」



「ああ、言ってなかったか。あの人は向島まきるの父親で、ここの大家さん。たまに勝手に上がってくるけど、良い人だ。」



 なる程、とニアは理解したようだ。僕は続ける。



「大体分かった。多分、原因も。」



「ふむ。翔子さん、とやらか?」



「ああ、もしくはまきるだが、さっき会った時は何も言ってなかった。だから、それでほぼ間違いない。」



 この猫は本当に頭が良い。おじさんは家族が絡まないとこうまではならない。その本質を短い時間で理解したようだ。



「とにかく、まきるに連絡をとってみるか。」



 ポケットから携帯を取り出す。マナーモードにしていたせいで気付かなかったが、メールが入っている。まきるからだ。


“もしかしてお父さんいる?“


 電話帳から向島まきるの名前を探し通話ボタンを押す。

 数回コール音が聞こえた後、まきるが出た。



『もしもしー、道隆君?メール送ったんだけど見たっ?』



「見た見た。また翔子さんと喧嘩でもしたのか?すごい事になってるぞ。」



 早めに引き取りに来てくれ、と続けようとしたら、風呂場の薄いドアがドン、と鳴った。



「い…ま、今まきるの声がっ……!道隆君っ!もしかして私に隠れてまきると電話……!ラブコール、ラブコールなのかいっ!?くっ、道隆君なら仕方ない……。いや、だめだっ!高校生で付き合うだなんてっ!きっと若さに任せて一夜の過ちを犯すに違いない!そしてその一度でまさかの『できちゃった、パパー☆』なんてことになり、私もついにおじいちゃん……。ははっ、……はははっ。道隆君、命を差し出す準備は出来たかい?」



「まきるっ!悪いけど急いでおじさんを迎えに来てくれ。想像以上におじさんスゴいことになってるから!」



 分かったーっ、と言って通話が切れる。ドアを開けようとするおじさんに必死で抵抗する。



「くくっ、道隆君っ!君にまきるは渡しはしない!そんなに欲しいのなら、私を倒してからにして貰おう!」



「いえ、いりませんからっ!」



「いっ、いらな……い……?」



 パタリとドアを開けようとする力が消えた。おじさんの今にも消え入りそうな声が震えている。



「いらない、か……。そうか、そうだよね。いくら純情可憐で天に愛された、まきるという名の天使でも、父が私じゃあしょうがないよね。」



 少しずつ冷静になる声。雲行きが怪しい。慌てて言葉を返す。



「いや、いらないってそういう意味じゃ……。っ!そう!高校生じゃまだ早いといいますか……。」



「いやっ、いいんだっ!真実は言われなくたってわかっている。道隆君、きみは優しい子だ。私を傷付けないように嘘をついてるんだね。」


 おお、神よ、とか言ってるおじさんを必死で現世に呼び戻す。このままではおじさんが新たな境地に行ってしまう。多分、今おじさんの左の頬を打ったら、右の頬も差し出すと思う。



「どうしようニア。」



「知らん。にゃー。」



 僕たちが全力で諦めかけた時、玄関の開く音が聞こえた。直後、おとーさーん、という声。ドスンと何かが倒れる音がした。恐る恐るドアを開ける。



「もう、道隆君に迷惑かけないのっ!たまにこうなると、どんどん悪い方に行くんだからっ!」



 まきるがおじさんに押し倒していた。おじさんの胸をポコポコ叩いている。おじさんが戸惑いながら言う。



「どうしてまきるが……?」



「探したんだよ?行きつけの喫茶店で仕事してるかと思ったらいないしっ。お母さんが、お父さんは道隆君のとこにいるかもしれないから連絡してみなさい、って言うからしてみたら、案の定だよっ!」



 ぶうっ、と膨れながらまきるが言う。



「翔子さんが……?まきる、それはないよ。だって私、翔子さんに……、翔子さんに……っ!」



 うっ!、とまた泣き出しそうになるおじさん。呆れた様子でおじさんに聞くまきる。



「んもう、またなにか勘違いしたー?今度はどうしたのっ?」



「朝に戻ってくるなって、翔子さんに言われたんだ。その時は、いつもの冗談かな、と思って道隆君の家に行ったんだ。道隆君が出て行くのが見えたけど、学校があるだろうし声はかけなかった。日差しがきつかったから柱の影から見送ったよ。」



 げ、そうだったのか。おじさんは続ける。



「その後は、この部屋で仕事をしていた。休憩に猫を見て癒されたりしたおかげか、すごく仕事がはかどったなぁ。」



 遠くを見ながら言うおじさん。未だ問題の部分がショックだったのか、話が回りくどい。じれた様子でまきるが言う。



「んもうっ!結局お母さんとどうしたの!?」



 翔子さんが……、と弱気になるおじさん。まきるにじぃっ、と見られて渋々答える。



「昼過ぎに電話が来たんだ。」

 ぼそぼそ、とおじさんは続ける。



「翔子さんから、帰って来るな、って。私が理由を聞いても教えてくれないし……。どう考えても私の事が鬱陶しくなったとしか思えない……。」



「違うよっ!」



 まきるがはっきり答えた。おじさんは返す。



「違わないよ。……ごめんな、まきる。きっと父さんが悪いんだ。父さん、不甲斐ないから母さんに愛想尽かされ……まきる?」



「……違う…よ。」



 ぽたぽた、とおじさんの胸に雫が落ちる。おじさんが慌ててごめんな、と謝る。


 涙は溢れさせたまま。ばっ!、とまきるの目が開いた。



「来てっ!」



 まきるがおじさんの手を取り、居間に引っ張って行く。



「アレ見てっ!」



 まきるがカレンダーを指差す。おじさんも困惑している。



「今日は何日っ!?」



「……今日?今日は金曜日で締め切りの3日前……。……あっ!」



 まさか、とおじさんが気付く。






「まさか、じゃないでしょ!?今日は、お父さんの誕生日だよっ!」





 僕はまきるがカレンダーを指した時点で気付いていた。何の事はない。一連の騒動の発端。おじさんが家に帰れなかったのは、おじさんの誕生日の準備のためだったのだ。まだ信じられないのかおじさんがまきるに言う。




「じゃあ、朝に家から追い出されたのは……。」

「誕生日パーティーの準備をするため!」



「昼に家に帰ってくるな、って言われたのも……。」



「飾り付けしてるんだから入れる訳無いでしょっ!?昨日から計画立ててるんだからね!そりゃ、すっごい豪華だよっ。サプライズの筈が、こんなとこで言わなきゃいけなくなったけどねっ!」



 いつの間にか泣き顔から怒り顔に変化したまきる。自分の勘違いに気付いておろおろしているおじさん。

 ここは俺が仲裁するべきかな、と思って動こうとすると、まきると目が合う。

 ……おじさんから見えない角度でウィンクされた。足元からニアの笑いを含んだ声が聞こえる。



「女の涙は武器なんだぞ?気を付けろよ、道隆。」



 猫のクセに生意気な。向島父娘が居るのでニアに言葉を返せない。癪に触ったのでがっちり掴んでもふもふしてやる。やめろー、とニアが言うが止めない。 





 向島父娘は帰って行った。帰り際にすごくおじさんに謝られたが、あまり気にしていない。いつも助けて貰っているのだ。



「なあ、ニア。」



「何だ、道隆。」



 とても疲れた。寝るには早い時間だが、布団に転がる。ニアもクッションで丸まって、はみ出た僕の右足をしっぽでペチペチして遊んでいる。



「今日さ。僕って、巻き込まれただけ?」



「ああ、私も巻き込まれただけだ。まったく、ここに来てからは疲れてばっかりな気がする。」



 ニアが言う。叩いて来るしっぽを、足の指で掴もうとしながら言う。



「まあ、何もないよりはいいだろ?」



「まあな。自分でも猫っぽくないなと思うが、退屈は性に合わないよ。」



 足でしっぽを掴んだ。やった。



「……そういえば、僕が学校に行っている間は何をしてるんだ?それこそ退屈じゃないのか?」



「いや、本棚にある本を読んだり、テレビを見たり、意外と楽しんでるぞ。奇妙なアドベンチャーは元々読んだ事があるが、やはり良いな。」



 そうだろ、と返す。しっぽがいきなり動きだす。するりと逃げられてしまった。またペチペチ叩いて来る。

 にしても、本棚は結構な高さがあるんだが……。まあニアだから、どうにかしているんだろう。



 もうすぐテスト。その後はすぐに夏休みだ。今年の夏はいつもと少し違う。


 ニアがポツリと言う。



「夏だな。」



「そりゃな。」



 風情が無いな、とニアが言う。エアコンの効いた部屋なんだ。しょうがない。



「ちょっと冷えてきた。」



 ニアが言う。エアコン消すか?、と聞く前に、寝転んだ僕の胸に乗って来た。


 冬場にこたつの中でアイスを食べるようなもんか。そう思って僕も目を閉じる。




夏の暑さは感じない。

だが、胸の上が暖かくなった。










 ピンポーン、とチャイムの音で起きる。少し寝てたようだ。ニアも起きたのか胸から降りて伸びをしている。



「ん~っ、くぁ~。はいはーい、今出ますよーっと。」



 伸びとあくびが同時に出る。こんな時間に珍しい、一体誰だろう。そう思いながらドアの覗き穴を見る。



「おじさん?」



 訪問者はおじさんだった。顔は普通だし、ネガティブになって突撃しに来た訳じゃなさそうだ。とにかくドアを開ける。



「こんばんは、おじさん。どうしました?」



「こんばんは、道隆君。夜分に済まないね。どうしても、君に見せたいものがあるんだ。」



 ごそごそ、と鞄をあさり何かを取り出す。それは―……



「プレゼント?」


 ピンクと白のラッピングに水色のリボンの付いた30cm四方の箱。もの凄く可愛らしい。おじさんが興奮した口調で説明してきた。



「そう、プレゼントだよ!おおっと!これは君にじゃなくて、翔子さんとまきるが僕にくれたものなんだけどねっ。」



 まいっちゃうな~ははっ、と隠しきれない笑みを零すおじさん。ごめんなさい、寝起きのテンションじゃついていけません。


 君のテンションもコレを見たらうなぎ登りだろう?キラッ☆、とおじさんが言う。眉間を押さえる。僕はこの現象の事を既に思い出していた。



「中身は何かな、何だと思う?」



 そう、父さんが言っていた。おじさんは数年に一度、とてもとても嬉しい事があると―……



「いや、中身なんて関係ない!翔子さんとまきるがくれたんだ。それが何であっても大切にするよっ!路傍の石でも家宝にしてみせるっ。いや、むしろ路傍の石を金にしてみせる!そうだ、明日から錬金術師になるよっ!イスタンブールに行かなきゃ……!」




……―異常な程、ハイテンションでうざくなるらしい。




「はははっ、どうたんだい、道隆君。さっきから何も喋ってないじゃないか。ははーん。さては、まきるの事を考えてるね?ああ、良いから良いから。あれだけ美人で気立てのいい子だ。四六時中、にっちもさっちもいかなくなるほどあの子に夢中になってもおかしくは…な……い……。……―いや、おかしいぞ。なんであの子に夢中にならない男の子がいるんだろう?……み、道隆君っ!これは事件だよっ!きっと世界的陰謀が働いてるんだ!アメリカの大統領が、まきるによって世界を支配されるのを恐れているに違いないっ!まきるはそんな事は出来る力があるけどしない、心優しい子なんだ!大丈夫、まきると翔子さんは父さんが護ってみせる……!例え父さんが倒れても、いずれ第二、第三の父さんが……………」




 この辺りから面倒になって聞いて無い。


 父さん、まきるが生まれたときはこの状態が三日三晩だったのか?



 まきるが来ておじさんを連れて帰るまでの30分間。僕は父さんを心から尊敬していた。おじさんはとどまるところをしらない。

 だけど、おじさんは憎めそうにない。






「私は今っ、最っ高に幸せだよっ!愛してるよ~~~っ!翔子さあぁぁぁんっ!!まっきるぅぅぅぅっ!!あいらびゅ~~~~っ!!!」








僕とおじさん 了

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