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僕と遊園地と友人の知人10




「まったく、あの2人は反則だな。身体能力にしろ知識にしろ、この場で勝てる人間がいるのか?」



 レースをクリアして、悠々とテントの下の椅子に座っている向島夫妻を見て晃が呟いた。翔子さんの活躍を見た観客の興奮は未だ冷めず、会場は異様なほどにヒートアップしている。

 ふう、と僕は息を吐いた。



「無理だろ。おじさんは自分からは言わないけど、僕の父さんの話では高校当時に全国模試で1位だったらしいし。翔子さんにいたってはもはや人間かどうかすら疑わしいしな」


「やれやれ、なんとも凄まじい夫婦だな」



 だが、と晃は続ける。



「このレースの目的は道隆達に勝つことだ」


「それはこっちも同じだ。精々こんな所で落ちないように気をつけろよ」


「抜かせ。こっちには勝利の女神、向島さんがついてるんだ。負けは無い」



 互いにニヤリ、と好戦的な笑みを浮かべた。僕は実は勝負とかに燃えるタイプなのかもしれない。体を正面に向き直しながら思った。



『いたた……、残りの進出枠は2組。かなりあっさりクリアされてしまいましたが、次はどうでしょう。では、次の問題です!』



 さっき殴られていた頭をさすりながら司会者が言う。解る問題、来い!



『1961年に発表された、宇宙に人類以外の知的生命体が存在する確率を求める方程式の名前は?』



 会場に間抜けな電子音。見れば隣の晃のランプが光っている。ついでに言うとだいぶ早い段階で僕は諦めていた。



「答えは『ドレイクの方程式』だ。ちなみにその確率は限りなく低い」



 静まる会場。



『…………正解です! 先程より難易度は高かったはずですが、間髪入れずにクリア! 正解したゼッケン18番のペアはこちらへどうぞ』



 きゃーっ、と黄色い声と共に盛り上がる会場。

 前に出ようとする晃に僕は声をかけた。



「よくそんな事を知ってたな」


「いや、運が良かった。道隆達が月の石を見てた時に、丁度この話を光太郎さんから聞いててな。まあ、運も実力の内だ」



 頑張れよ、と一言残して晃は歩いていった。


 晃は堂々たる態度で長身で細身の体を中央まで運ぶ。茶に近い色の瞳は真っ直ぐ、揺るがない。

 そのどこか日本人離れした端正な顔が後ろのモニターに映し出される。黄色い声が多くなる。そしてそのモニターに、あっさり壇上に上ったまきるの笑顔が映し出された。



 会場、再度大爆発。



 まきるは翔子さん譲りのとても整った顔立ちだ。だが、翔子さんを人間離れした造形美と評するなら、まきるは人間としての魅力を目一杯引き出したある種の限界点、と言えるだろう。

 肩に届くか届かないかくらいの髪はさらさらで、つい触りたくなるほど手触りが良い。低い身長、小さな胸、良く動く両手は庇護欲をそそる愛らしさを醸し出し、陸上で磨かれた脚線美は彼女にアンバランスな色気をもたらす。目を見て話す、という向島家の家訓に忠実な瞳は幼く見えるほど純粋で、低めの鼻と小さな唇と相まってあどけない雰囲気を作っている。

 そしてそれらを一段階上げているのがこの笑顔だ。見るものを安心させ、味方に引き入れる笑顔。その笑顔を絶やさないためなら、きっと多くの男は自分が犠牲になっても構わない、と思うほどそれは魅力的だった。誰もに向けられ、誰もがその魔力に取り付かれる。その力を知らないのは本人だけだ。


 そんな満開のひまわりのような笑顔を浮かべたまきると毅然とした態度の美少年、晃。こんな2人が絵にならない訳がなかった。



『うおっ、なんか光ってる……。さあ、会場のみなさんも聞きたいことが山ほどあるでしょう。私も疑問に思っている事があるので、それをひとつだけ消化したいと思います』



 司会者はスタッフから渡された紙を見ながら言う。



『えー、ゼッケン18番、周防晃さんと向島まきるさんのペアですね。…………向島、とありますが、もしかして先程の向島翔子ちゃん……失礼、翔子さんのお姉さんだったりしますか?』



 飛び出そうとする翔子さんをおじさんが止めたのが見えた。

 差し出されたマイクにまきるは近付く。



「あ、いえ。あたしは向島翔子の娘ですよっ」



 会場が一気に騒がしくなる。こ、この世には神も仏もいないのかっ、と誰かが叫んだ。

 司会者が手で会場を鎮める。



『娘さんでしたか、失礼しました。では回答者の方、走者へ何か一言お願いします』



 嫌に平然とした司会者の脚が細かく震えているのを、僕は見なかった事にした。

 ちらり、と晃は僕を見た。



「完走すると確信していますが、あえて頑張れ、と言わせて頂きます。みなさんも向島さんを是非とも応援して下さい」



 黄色い声と野太い声が混じり合った歓声。



『これは回答者の方に信頼されていますね! では、それに応えて一言!』



 マイク向けられたまきるがはにかんだ。



「あ、はい。精一杯頑張りますっ」



 野太い声の勢力が強くなる。司会者がぐっ、と拳を作ったのは見えなかった事にする。



『それではあちらのスタート地点へお進み下さい! 母娘でクリアなるか! 個人的には凄く頑張って欲しいです!』



 声に促されスタート地点へ進む2人。僕はあそこまで辿り着けるのか。



 開始のブザーが、この後のまきるのゴールを祝福するかのように響いた。








『さて、思った以上にハイペースで進出枠は埋まっております! 観客席ももういっぱい、ラスト1枠はどのペアのものになるのか!? 注目の第3問です!』



 既に翔子さん達と晃達は最終ステージ進出が決定している。焦る心。次で正解しないともう終わりかもしれない。

 僕は司会者の言葉に集中する。



『お、これはサービス問題ですね。現在、地球に重力があるのは常識ですが、その重力に関してかのアイザック・ニュートンが唱えた法則は?』



 これなら分かる!僕はボタンを押した。


 会場に間抜けな電子音が鳴る。僅差で僕のランプは光らず、代わりに眼鏡をかけた男性のランプが光った。



 呆然とする僕を置きざりにして男性は答えた。万有引力の法則。僕にだって解っていた。



『正解! これは簡単でしたが、それをモノにするのも実力! では、ゼッケン1番のペアはこちらへどうぞ』



 中央で受け答えをしている男性の2人組。

 駄目だった。その気持ちだけが僕を支配していく。心が落ちる。亜希、ごめん。



 手元の超高性能ぬいぐるみロボットが突然動いた。



「ばっ、ニアっ! 動いたらバレるだろ!?」



 周りに聞こえないように小声で言う。

 ニアは足をボタンの上に乗せた。



「なに、今はあの2人に集中しているから大丈夫だ。道隆、次は私に任せてくれないか?」


「次? 次って言っても、これをクリアされたら終わりだろ」



 まったく、とニアはため息をついた。変わらないはずの表情が呆れている気がした。



「勝利への近道は、負けるまで最善を尽くす事だ。なに、まだ負けてないんだから、勝てるさ」



 その言葉を飲み込む前にブザーが響く。どうやらさっきの2人組の走者がスタートしたらしい。僕は走者を追う映像を映した後ろのモニターを見た。


 さっきのまきるほど軽やかではないが、走者は残すところ後ひとつ、ロープを使って飛び移ればクリア、というところまで辿り着いた。ロープを握り余裕の表情の走者。時間もまだある。失敗する要素は無い。わざわざこちらにアピールしながら踏み出す走者。

 やっぱり駄目か、と諦めかけた時、モニターの映像がいきなり切り替わった。



 映るのは金髪の綺麗で小さな横顔。その横顔もモニターを見ていたらしく、驚きに目を丸くして正面を向いた。



 ぷつり、とモニターが元の映像に戻る。さっきまで映っていた走者は何がどうなったかわからない、とでも言いたげな顔で地面に座り込んでいた。


 つまり、失格していた。


 状況が理解出来ないでいると、司会者の慌てた声が聞こえた。



『こ、これは一体どうなったんでしょうか!? モニターが切り替わった、と思ったらその間に走者はロープから滑り落ちています! 何が起こったのか……すみません、少々お待ち下さい』



 スタッフから耳打ちを受ける司会者。頷いて司会者は話し出す。



『どうやら、落ちる際の映像が出るそうです! お願いします!』



 モニターに映るのはロープを握り余裕の表情の走者。落ちる前と全く同じ場面。スローモーションで場面は進む。


 走者はこちらに向かって片手を上げアピールしながら1歩目を踏み出した。


 2歩目。まだ余裕を持ったまま走者は進む。


 3歩目。次で跳び出す、という場面。ここで走者が驚きの顔。多分ここで翔子さんの顔がモニターに映ったんだろう。未だに片手は上げたままだ。


 4歩目。足は宙に向かうが、とても跳び出すとは言い難いフォーム。体重がロープを掴む片手にかかり体勢が崩れる。慌てて両手で掴もうとするが、既に体重を支え切れなかった片手が滑り落ち始めていたため、掴み損ねる。


 何とも変なポーズで落ちる走者。地面は怪我をしないように柔らかくなっている。足が食い込み、続いて腰、背中と順に地面に着く。頭を守った両手まで着いた後すぐに起き上がり、僕達が見たモニターと全く同じ場面になり、映像は止まった。



『えー、これは…………カメラにアピールしながら進んでいたら、丁度その視線上にあったこのモニターの件の映像を見て、びっくりしてロープを掴み損ねて落下……になるんですかね?』



 ステージ上から走者に問いかける司会者。走者は大きな身振りで肯定を表した。



『さて、これはこちらの機材の不具合も一因ではありますが…………徳島さん、どうですか?』



 先程、司会者を殴っていた責任者らしき人に問いかける。責任者は大きくバツを作った。



『あーっと、これは残念ですが認められません! レースと関係の無い場所で起こった事を見ている方が悪い、ということでしょうか! ともかく、ゼッケン1番のペアは失格となります! 非常に残念です!』



 言葉を聞き、近くのスタッフに抗議し始める走者。しかし程なくして宥められ、パートナーと共にどこかへ行ってしまった。



「ほら、まだチャンスはあっただろう?」



 手元のニアが動かないまま言った。前足はボタンの上に乗せたままだ。

 僕は周りにわからないように口元を隠して言う。



「ああ、そうだな。次は頼んだ」



 ぬいぐるみは動かない。だが聞こえたはずだ。正直これから出てくるクイズがわかる気がしない。だけど負ける気もしない。卑怯かな、とも思ったが、猫1匹の我が儘とこの勝ちたい気持ちに免じて許して貰おう。そもそも僕はそんなに良い人でも無いし。

 司会者は騒がしい会場に負けないように声を張り上げた。



『思わぬハプニングがありましたが、クイズを続けます! あ、さっきの急に流れた映像を撮ってた3番カメラの吉岡君! このレースが終わり次第至急ダビングして私の所に来るように! では、第4問!』



 俺にも売ってくれーっ、という声が聞こえた。気付けばおじさんの姿が見えない。吉岡君はご愁傷様だ。

 我が家の黒猫は賢い。だから僕は安心して、そんな風に周りを見渡していた。



『おっと、これは難しい。我々の地球があるのは太陽系ですが、この太陽系の海王星軌道より外側の黄道面にある天体の密集した、穴のあいた円盤状の領域の事を何と言うでしょう? これは分かる人がいるのか!?』



 会場に間抜けな電子音が鳴った。僕はボタンに手を添えているが押していない。だが、光っているのはもちろん僕のランプだ。

 ニアは小さく呟く。



「正解は『エッジワース・カイパーベルト』」


「正解は『エッジワース・カイパーベルト』」



 ニアの言葉をそのまま大きくして会場に向けて放つ。何のことやら僕にはさっぱりわからない。

 会場が沈黙した。



『せ…………正解です!』



 司会者の言葉に会場が沸く。祭りのような騒々しさだ。もはや騒げれば何でも良いらしい。


 指示に従い前に出る。胸に賢いぬいぐるみを抱いた僕の姿は滑稽に映るかも知れないが、恥ずかしくは無かった。

 興奮した様子の亜希が隣に立ち肩を組んできた。



「やるじゃないか! 正直もう無理かなって思ったけど、あんな問題を正解するなんてさ! もしかして実は滅茶苦茶頭が良かったりするのかい?」



 会場の騒音に負けないよう、耳元で大きな声で話す亜希。負けじと僕も大きな声を出した。



「いや、僕はニアに答えを教えて貰ったんだ! なんたってうちの猫は頭が良いからな!」



 冗談と受け取ったらしい亜希は笑ってニアを撫でた。僕の腕の中のニアは尻尾を少しだけ揺らした。



『これはなかなかお似合いのカップルですね! ここは定番のキスでもして貰いたいところですが、残念ながら時間がありません! 回答者の方、走者の恋人に一言どうぞ!』



 カップルでも何でも無いが面倒なので何も言わない。

 亜希の慌てる顔が頭に浮かんだ。ニヤリ、と笑って、祭のような熱気に僕は身を任せた。



「はい、成功したらキスでもなんでもしてやりますよ」


『おおっ!? 出ましたっ。彼氏は分かっています! 胸元のぬいぐるみの意味は読めなくても、空気は読む彼氏! では、彼女っ!!』



 僕の言葉に会場は益々うるさくなる。たらしーっ、とかエロスーっ、とか笑い混じりのヤジが聞こえる。熱気が僕に伝染している。楽しい。亜希はどんな反応をするだろうか。

 まだ僕の肩を抱いたままの亜希はマイクを掴んだ。



「はっ、じゃあ、あたしは失敗したらここでキスしてやるよっ! 女に二言は無いからねっ!」



 その言葉に会場は臨界点を突破した。規模では翔子さんやまきるの時の歓声にも負けてない。亜希は盛り上げることにたいして天性の才能があるらしい。人を食ったような笑顔はさらに観客を熱狂の渦へと引きずり込み、その強い光を宿した瞳はこれ以上ない程輝いている。



『何て格好良い女性だぁ! このレースには10年に1度の華がある、私はそう確信しましたっ!』



 全力でそう言い切った司会者。会場の囃し声に促され僕達はレースのスタート地点へ移動する。

 途中、亜希が話しかけてきた。



「勢いに任せてあんな事言っちゃったけど、道隆は良いのかい? ほら、あたしってまきるみたいに可愛く無いし、がさつだから…………」



 不安げに揺れる亜希の瞳。

 僕はニアを片手で支えて、亜希の背中を叩いた。



「いたっ!? な、何するのさっ!?」


「らしくないぞ? もっとシャキッとしてくれ。せっかく正解したのに、ゴール出来なきゃ意味ないぞ」


「う…………わ、分かってるけど」



 揺れるポニーテールの下、黒い肌に朱を混ぜて亜希は言う。



「走りきったらあんたが…………き、ききききキス、しなきゃならないんだよ?」



 さっきの壇上での威勢はどこへやら。目は泳ぎ、手は意味もなく左右に振られている。ここに晃がいればもっと面白いのに、とニアを抱え直しながら思った。



「ああ、それなら大丈夫。キスするのは恋人だろ? 僕は恋人じゃないし、もしもの時はこいつにしてもらう」



 僕はそう言ってニアを亜希に向ける。へ?、と言った後、亜希の動揺は空気の抜けた風船みたいに収まった。

 亜希はジト目で僕を見る。



「道隆……『マースアタッカー』の時にも思ったけど、あんた結構性格悪いね?」


「そりゃ心外だ。僕ほど紳士な男もそんなにいないぞ?」



 腕の中のニアが胸を叩く。いや、僕は紳士だろ。紳士な僕のためにもう一度頑張れ、ニア。

 まったく、と亜希はため息を吐いた後、今から走るコースを見ながら言った。



「じゃあ、さっさと走ってニアとキスでもしようかな」


「ああ、ニアもそれを待ち望んでる。だから、頑張れよ」



 ああ、と亜希は笑った。



 僕とニアは近くの回答者用の椅子へ。亜希はスタート地点で準備している。

 ニアが話しかけてきた。



「道隆。協力するとは言ったが、流石にそこまで利用されるとは言って無いぞ。強制か? 強制ならこのニアちゃんにも考えがある」


「良いだろ? あんな可愛い女の子とキス出来るんだ。役得役得」



 はははっ、と僕はニアの頭を撫でる。ニアが何かを呟いた。



「ん? ニア、何か言ったか?」



 きちんと聞くために頭をニアの方へ下げる。

 ニアは言った。



「ニアちゃんデビルキッスッ」



 唇に感じる固い布の感触。目の前には作り物の耳。

 体勢を戻しながらニアは言う。



「はっはっはっ、これで亜希ともキスすれば見事間接キッスが成立だな。知るのは道隆だけ。羞恥に悶え苦しめ」


「いや…………おまえ、ちょっと恥ずかしくないか?」


「…………ちょっとだけ」



 ていっ、とニアの頭を軽くはたく。僕のファーストキスが猫、しかも良く分からないぬいぐるみの被り物になった制裁だ。顔に少し血が上っていくのは気のせいに決まっている。


 亜希はひとつ屈伸をした。

 スタートのブザー音が響く。





 僕の周りの女性は運動出来る人ばかりだな、と最後のロープから豪快にゴールに飛び移る亜希を見ながら思った。








「道隆、やっぱりアイスはいちごだろう? この酸味は抹茶なんかじゃ味わえないよ」


「む、道隆。アイスは抹茶の方が美味いに決まっているだろう? いちごなんぞは子供の食い物だ」


「あんたにゃ聞いてないよ、晃」


「うるさい。俺は道隆を正しい道へ導こうとしているだけだ」



 亜希と晃がアイスを片手に目の前で言い争いを始める。実は正直に言うと僕はバニラが一番好きだ。

 僕は手元のバニラ味のアイスをひとつ舐めた。



「結局勝負がつかなかったからって変な所で意地張るなよ、ふたりとも」


「いや、最後まで行ってたら絶対俺達が勝っていた」


「そんなわけ無いねっ。あたし達が勝ってたに決まってるさ」



 そしてまた言い争いが始まる。そう、勝負はつかなかったのだ。

 亜希が走り終わってゴールした時点で更にヒートアップした会場は、元々これほど人が集まることを想定していなかったらしく、酸欠や熱中症で倒れる人が続出。更に人が集まる気配すらあったらしく、責任者の人が出て来て必死に謝罪して大会は中止になった。僕達は3組とも身内だったということで、フリーパスとジョセフ君の特大ぬいぐるみはとりあえずおじさん達に預け、後で自分達で分けてくれ、と責任者の人に言われた。今は翔子さんが少し上機嫌に特大のジョセフ君を持ち、おじさんがフリーパスを持っている。元々賞品目当てで参加した訳では無いので、みんな特に異論は無かった。ちなみにニアにキスうんぬんはうやむやになった。

 僕の隣、同じベンチに座ってクレープを食べていたまきるが言った。



「じゃあ、お互いに一口交換したら良いんじゃないかなっ?」



 うん名案っ、と言ってクレープをかじるまきる。別に何の気もなしに言った一言。そういう部分が子供っぽいな、と思う。だが今に限っては絶大なる効力を発揮した一言だった。



『…………え?』



 同時に呆けた声を上げ、同時に互いのアイスを見る亜希と晃。

 面白い程にふたりは固まっている。こういうのは意識するともう駄目なのだ。



「おーい、おまえら。そろそろ飯食いに行くぞ。…………何やってんだ?」


「あ、了解です。ほら行くぞ、ふたりとも」



 おじさんと一緒にパンフレットを見ていた翔子さんが僕達を呼ぶ。ベンチから立ち上がろうとすると、ニアが話しかけてきた。



「道隆、私もアイスが食べたい。一口で良いからくれないか?」


「あっ、あたしも欲しいっ。バニラはアイスの王道だよっ」



 周りを見渡す。人通りは少ない。立ち上がって僕の前に来るまきる。これなら少しくらい大丈夫だろう。

 翔子さんが近寄ってくる。



「おっ、あたしも一口くれ」



 ニアの被り物を外す。ぶるぶるっ、と頭を振った後、ニアは僕の持つアイスにかぶりついた。ひげがピクピク動く。



「うん、やっぱりアイスはバニラだな」


「はいはーい、次はあたしっ」



 しゃがんでわざわざ口を開けるまきる。そこに溶け始めたアイスを差し出す。紅を引いている訳でも無いのに、ぷっくらとした小さな赤い唇がアイスから離れた。



「おいしいっ。お母さん、こっちこっち」


「え?」


「お母さんぬいぐるみ持ってるから、そのまま貰いなよ」



 特大のジョセフ君のぬいぐるみを持った翔子さんは両手が塞がっている。まきるに促されるまま僕の前に来た翔子さんは、少し逡巡した後に控えめに口を開ける。

 なんだこれ、と思いながら桜色の唇に向かってアイスを差し出す。桜色はおずおずとアイスに近づいた後、さっきのふたりよりだいぶ小さくアイスを奪っていった。



「ん、確かに美味い……」


「そうだよねっ。あ、お父さん」


「ほら、そろそろ行くよ。……アイスか。……道隆君、すまないが私にも一口貰えないかい? さっきからお腹が減っててね」



 おじさんは笑ってお腹をさすりながら言った。僕はおじさんにアイスを差し出す。おじさんは受け取らず、そのまましゃがんで一口かじった。口周りについたアイスを舌が舐めとる。色気とは、の答えを見た気がした。



「さあ、行こうか。もちろんご飯代くらいは私が持つよ。好きなのを頼んでくれ」



 おじさんの言葉に再起動した晃と亜希。良いんですか、と言うふたりにもちろん、と言いながらおじさんはゆっくり歩き出す。翔子さんとまきるもそれについて動き出す。

 僕は手元の小さくなったアイスを見た。



「ほら道隆、私達も行こう」



 意識したら負けなのだ。


 僕は残りのアイスを一気に食べた。



「それじゃあね、食べ終わったらジェットコースターに乗ろうよっ!」


「う…………、あたしは下で待ってるよ。食べた後じゃ危険すぎる……」


「軟弱だな。その程度でへばるとは。ジェットコースターは遊園地の醍醐味だと言うのに」


「ははっ、まあまあ。翔子さんやまきるみたいな事を言うね。私は下で待つとするよ」


「あたしはんなことねえよっ! ん? おい道隆、行くぞー」


「あ、はい。行くか、ニア」


「ああ、遊園地はまだまだこれからだ!」



 僕はニアに被り物の頭を被せ、みんなに追い付くように早足で歩き出した。










僕と遊園地と友人の知人     了






ここまで読んで頂きありがとうございます。どうも、作者です。


かなり長くなりました。そして遅くなりました。すみません。


ここで連絡です。



この「僕と猫とのショート・ショート」一旦お休みします。


理由はいくつかありますが、一番大きなものをひとつ。


現在「哲学的な彼女」というなんとも面白そうなお題で短編を募集している、というのを見かけまして、一つ短編を書いてみようかと思い立ったからです。

現在、私はこの小説を更新するのでいっぱいいっぱいです。なので一区切りついた今、ちょっと脇に手を伸ばしたかったからです。



それと次話から更新の仕方を変えます!


一日一更新(最近は全然出来ていませんが)から一話が全部出来てから一つ更新、という形へ。

一度量より質で攻めてみようかなと。それと、やっぱ長くなると今回のようにぶつ切りにならざるおえないので、それは嫌だなと。


もちろん「んなことはどうでも良いから一日一更新くらいせんかぼけー」と言う言葉があればまた元に戻しますが、とりあえずはこの形でいこうと思います。


おそらく半月後程度のお休みです。



あとがきも長くなりましたが!


それでは次話「僕と桐原さん」でお会いしましょう!


あ、短編ももちろん公開するのでよろしければどうぞ!



ではでは!



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