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僕と幼なじみ3

 僕の幼なじみ……―向島まきるが部屋に入る。脱いだ靴をきちんと揃える。基本的に行儀は良いのだ。




「おじゃましまーすっ!うわー久し振りだねー。うん、予想通りだけど、あんまり散らかってないねっ!」



「まあな。たまにおじさんが抜き打ちで部屋に居ることあるし。それよりほら、猫を見るんだろ?」



「あ、うんっ。それで、お目当ての猫ちゃんはどこにいるの?」



 ちょいちょい、とまきるをちゃぶ台まで呼び寄せる。まきるがちゃぶ台まで来て正座する。身長が無いせいか、トコトコ、チョコン、と擬音が付きそうだ。



「おーい、ニア。出てこーい。」

 僕が呼びかけると、タオルケットの中からこちらを伺いながら黒猫が出て来る。


「に、ニアだ。……よ、よろしく……にゃ?」



 座りこんで左前足を挙げる。あいつ的に精一杯愛らしいであろうポーズを取りながら、そんな挨拶をかましてきた。




「……………………か……、かかかか………っ!」




か?と、僕とニアが聞き返す。




「かっ、可愛いーーっ!!可愛いっ!可愛い過ぎるよーっ!見た?聴いた?片手を挙げて『にゃにゃ、にゃにゃにゃあにゃ、にゃっ!』だって!ラブリー過ぎるよーっ!抱きついて良いかなっ?抱きついて良いよねっ!向島まきるいっきまーすっ!」


南無三。ニア的に媚びを売ったらしいが、効き目が強すぎたらしい。まきるは既に暴走している。



「ちょっと待った!まだ心の準備が……。ふにゃっ!どこを触ってるんだ!ああっ、止めてー!」



「うふふー。ここが良いの?それともここかっ!あ、道隆君。この子ニアちゃんって言うんだよね?女の子だよね?うりうり。」



 危険を感じで逃げ出そうとしたニアを、野生の獣を感じさせる動きで捕まえる。見た目には、ちゃぶ台と布団の間で黒猫と少女がじゃれているだけだ。



「私は花も恥じらう年頃の女の子だっ!だから、…だからそこはだめーっ!」

「ニアは花も恥じらう女の子らしいぞ。だからもうちょっとソフトに扱ってやってくれ。」



「えー?これからが良いとこなのにー。ほら、ニアちゃんだって『もっと可愛いがってにゃ』って言ってるよ?」



「言ってない言ってない。普通に考えて嫌がってるぞ。」



「嫌がってないよー。ねー、ニアちゃんっ?」



「私すごい嫌がってるよーっ!?」



 これが数少ないまきるのダメな所、「嫌がってるように見えて嫌がってない、そうこれは愛情の裏返し行為なのうんぬん」とか言って過剰なスキンシップをとる癖だ。




 しかし、もしかしたらとまきるに期待したが、ニアの言葉は分からないらしい。さっきから会話が成立している様子は無い。

何故、僕はニアの言葉が分かるのか。ニアの言う『私は特別』の意味は?分からない事だらけだ。



「もう……だめ……だ……。」


「まだまだーっ!今夜は寝かせないよー!?この向島まきるの48の必殺技の一つ、『ファイナルローリングヘブン』で一緒にピリオドの向こうへいざ行かんっ!」



「み、道隆……。た、たしゅけ……うにゃ。」



「あははははーっ!楽しいねー!」



 まきるが変な技名を叫んで、寝転んだままぐるぐるとニアを持って回っている。

 さっきから、陸上部で培ったしなやかな脚と、その付け根の何やら白い布がちらちら見えているが今更だ。ガキの頃から一緒に居るのでそんなものはもう見飽きた。

 決して巨乳じゃないから興味がないとかそーいう訳ではゲフンゲフンッ。



「んっ。何やら邪な電波が……。」



「変な電波を受信するな。気のせいだ。」



 おかしいなー、とか言いながら自分の胸を見るまきる。決して無いわけではないが、言わぬが花だ。

 まいっかー、と言ってニアいじりに戻るまきる。既にニアはぐったりしている。

……本当に死んでないよな?まきるも落ち着いて来た。そろそろ助け舟を出そう。



「ほれ、さっきから暴れ回って喉渇いたろ。やっとエアコンも効き始めたんだ。冷たいお茶でもどうだ?」


「おっ、さっすが道隆君。わかってるねー。ん、いただきます。」



 ちゃぶ台にチョコン、と正座してすかさずニアを膝の上に乗せる。ニアを撫でる手はデフォルトだ。



「いやーここまで可愛いとは思わなかったよー。なんていうか、ギャップ?クールで利発そうな子なのにあんな可愛い仕草で……。あっ、思い出したら鼻血がっ。」



 変に興奮したからか、いきなり鼻血が出て来たらしい。どんな変態だ。

 ティッシュティッシュ、と上を向いて鼻を押さえるまきる。僕の手元にあった箱入りティッシュを渡してやる。

 まきるの両手が顔に移動した時、急にニアが逃げ出してあぐらをかいた僕の足に乗ってきた。



「ふー、やっと抜け出した。一時は本当に三途の川が見えたよ……。」



ん、と答える代わりに撫でてやる。まだ怯えているのか少し震えている。



「あ、ずるーい。あたしだってまだ触れ合いたいのにーっ。」



 精一杯睨んで来るが、整ってはいるが中学生に見られるほどの童顔。さらに低めの鼻にはティッシュが詰まっていて全く迫力がない。

 悪気は無かったのだろうが、ニアの代わりに復讐してやる。



「あいたっ!なんでデコピンするのさー!?」



「なんでもだ。とにかく今日はもうニアも疲れてるみたいだ。勘弁してやってくれ。後、おじさんにもフォローは頼んだ。これだけニアで遊んで、嫌とは言わせないぞ?」


 よほど疲れたのか、さっきから黙って動かない。黒曜石のような大きな瞳も今は閉じている。寝てしまったようだ。



「しょうがないなぁ。今日はこれくらいで我慢するねー。」



 ちぇー、とちゃぶ台に頬を付けていじける。あ、でも、と顔を上げて言う。



「元々あたしは賛成だし、お父さんは道隆君には甘いから大丈夫だとおもうよ?猫に会うために『飼うにはあたしの審査に受かってから~』なんて言っちゃったけど、想像以上の可愛さだったしっ。まあ、可愛く無くても道隆君の頼みならまっかせろ、だよ!」



 ぽふ、と自分の胸を叩いて満開の笑顔を見せるまきる。鼻にティッシュが無ければ、どっかの写真コンテストにでも載れそうだ。少し気恥ずかしいのをごまかして僕は言う。



「そっか。ありがとう。そう言って貰えると、助かる。」



 そう、動物に対して過剰なスキンシップをとってしまうが、向島まきるは良いやつなのだ。

 天真爛漫、明朗快活、誰にでも分け隔てなく接し、情に厚い。僕も何かと助けてもらっている。ついでに陸上部の期待の新星らしい。ちょっと勉強は苦手だが、持ち前の明るさと愛嬌で大体の事は切り抜ける。

 少し胸は小さいが、中学からの陸上で磨かれたしなやかな脚と、均整のとれたプロポーションは友人曰わく、『神の采配』らしい。


 そんなまきるにちょびっとの感謝を込めながら僕は言う。


「そうだ。今から飯を作るけど、まきるも食ってくか?」



「おっ!いいの?久しぶりの道隆君の手料理だねー。」



 ああ、と相槌を打つ。昔から料理が好きで、よく夕飯担当にしてもらってはまきるの家族も呼んで、みんなで食べていた。



「たまには良いだろ。リクエストは?」



「んーとね。カレー!やっぱり夏はカレーだよねっ!」



「おっ、カレーか。ちょうど今日作ろうと思って材料はあるんだ。少し時間かかるから待ってな。」


 僕はそう言って、ニアを起こさないように、膝の上から近くのクッションに移動させる。ヒゲがピクピク動いているがまだ寝ているようだ。一応コイツの分もとっといてやろう。猫にカレーって大丈夫だろうか?



「はーいっ!漫画読んでるねっ!」



 嬉しそうな顔でまきるが返事をする。でっかい子供が出来たみたいでくすぐったい。



「あっ、あった。確か奇妙なアドベンチャーの静かに暮らしたいラスボスとの最終決戦で止まってたんだよねー。」



 本棚で目当ての本を見つけたらしい。布団まで持っていって寝転んだ。僕も作り始めるか。



「じゃあ僕は今から作るけど、流石に寝ているニアを起こしてまでスキンシップはするなよ?」



「分かってるよ~。あたしも寝てるのを邪魔するほど空気読めない子じゃないよ~。」


 布団の上。僕の漫画を読みながらの気のない返事が帰って来る。まあ、これなら大丈夫だろう。台所で準備を始める。

……―さあ、久しぶりに丹精込めますか。







「あれ?」



しばらくして牛乳がもう残っていない事に気がついた。そういえば今朝ニアにあげた分で最後だった。

 しまった、カレーに牛乳は必須なのに。そう独りごちながらまきるに話しかける。



「おーい、まきる。悪いけど牛乳を買って……来……て……?」



 まきるが布団の上で何か雑誌を読んでいる。さっきの奇妙なアドベンチャーは横に置いてあり、それとは違うようだ。その雑誌が何か気付いた時、僕の時間は止まった。



「うわーっ、凄いな~。でも、これはこれでなかなか……わっ!こ、これ、ホントにこういうのがいいのかな…………ひゃ!そ、そんなとこまでっ!?」



 顔を真っ赤にしながらも雑誌に視線は釘付けだ。脚をばたばたさせながらも、めくる手は止まらない。めくるな。



「ま……まきる?それ……どこに?」



「あ、道隆君。これは普通にタオルケットの下に置いてあったよー。もう、ちゃんと隠す時間はあげたんだから、きちんと隠さなきゃっ!」


 ぷんぷん、と怒っている振りをしているが、未だに顔はトマトの様で説得力が無い。そしてめくるな。



 僕の頭が記憶の検索を始めた。確かニアが読んでで……取り上げてそのまま……あ。


 チーン。

 僕の頭が再起動した。



「~~~~~~~~~~~~っ!」


 多分、顔から3mくらい火が出ていたと思う。ぼやにならなくてよかった。



「『ドキッ☆巨乳だらけのメイド館~~今日はスクール水着で少林拳~~』って、何だか斬新なタイトルだよね~。…………うわっ!?ここで複合合体技っ!?……ちょっと面白いかも知れない……っ!」



「やめいっ!!」



 急いでまきるから本を取り上げる。まさか1日に2度コレクションが見つかるとは思わなかった。きっと今日のふたご座の運勢は最下位だったに違いない。7位なんて嘘っぱちだ。


「あ~、今良いところだったのに~っ!いいじゃんいいじゃん、一度見られたら二度も三度も同じだよっ!別に変に思ったりしないから!正常な男の子なら仕方ないよっ!

だから、ねっ?まきるに見せて欲しいなぁ?」



「見せるかっ!ここは男子の聖域なんだ!女、子供の来るところじゃあないっ!」



「ちぇっ!けちー!良いもんっ、牛乳買って来るから。帰ったら見せてよー!?」



 頬を染めたまま走って外に出るまきる。誰が見せるか。今のうちに隠さなければ。


 あたふたしながらコレクションを隠す場所を探す。

 そうこうしている内に、カレーを放置していたのを思い出して、また慌てる。


 こんな騒動の中でも黒猫は寝ていた。




 口元には、ほら、あれは良いものだろう、と言いたげな笑みが浮かんでいた。



 そんな呑気な黒猫の寝顔を見ると、まあでもやっぱり7位くらいかな、と思う。





……―真実は夢の中へ。







僕と幼なじみ 了

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