僕と遊園地と友人の知人2
周防亜希は最近知り合った友人の知人だ。男子高校生の平均である僕よりも少し高い身長。目鼻立ちはまきるや翔子さんの様に特別な美人という程では無いが、立ち振る舞いや言葉の端々に滲み出る活力が彼女を魅力的に見せる。褐色、と言っていい程に日に焼けた黒い肌はきめ細かく、高い位置で纏めた髪も彼女の豪放磊落とした印象に良く似合っていた。服装はジーンズにTシャツと派手過ぎないアクセサリー。彼女の活発なイメージ通りの格好だ。
僕は携帯で時間を確認しながら言う。
「早いって言っても、10分前だけどな。っていうか僕が誘った?晃が誘ったから亜希は来たんじゃないのか?」
僕は亜希が来ることを晃から聞いた。チケットが1枚余るのがもったいないから、と晃が連れてきて良いか電話してきたのだ。断る理由も無いしその事を向島家に訊いたら快諾してくれたので、亜希はめでたく参加となった。決して僕が誘った訳では無い。
僕の言葉を聞いて亜希は腕を組んだ。
「あれ?おかしいね。あたしは晃に『道隆が、せっかくだからおまえを誘えと言って来たんだ。仕方ないからおまえも連れて行ってやる。』って言われたのに。」
「いやいや、そんな事実は全く無い。………ああ、あれじゃないか?晃のやつ、気恥ずかしくて嘘でもつかないと亜希を誘えなかった、とか?」
「まあ、あいつの事だからそんなとこかね。昔からあいつはあたしに対して変な意地を張るから。」
世話の焼けるやつだよ、と亜希は苦笑した。晃のそんな部分は何だか新鮮だ。いつも欲望に一直線な晃しか僕は見たことが無い。
手提げ袋のニアがぴょこん、と顔を出して言った。
「あの変態にそんな繊細さがあったとは意外だな。それより道隆、まだ出発しないのか?」
まだだ、と僕がニアに伝える前に、亜希が怪訝な顔をして話しかけてきた。
「猫?道隆、遊園地に猫を連れて行くのかい?可愛い猫だけど、流石に見つかるとマズいんじゃ………。」
亜希にはニアの声は聞こえてないんだな、と思いながら僕は言う。
「ああ、大丈夫。その辺はバッチリ考えてある。ニア、もうちょっとで出発するから大人しくしてくれ。多分そろそろみんな来るはず…………おっ、来たぞ。」
遠くに見えるやたら目立つ位置の低い金髪。向島家がやって来た。亜希も僕につられてそっちを見る。その隙にニアに顔を近付け、小さな声で僕は言った。
「ニア、今日1日頑張れよ。」
ニアは黒曜石のような大きな瞳に疑問符を浮かべ、僅かに首を傾げた。
「ふっ、流石の私もこう来るとは思わなかったよ。だがしかし、作戦としては悪くないだろう。悪くない筈だ。悪くないと言ってくれ。」
くうっ、と悔しげな声を出すニア。だが表情に変化は無い。いや、表情に変化が起きることは、未来永劫無くなった。
「いや、うーん。まあ、いけない事も無いんじゃないかい?かなり強引な気がするけど。しかし本当に利口な猫だね。ニア、だっけ?ニア、お手。」
そう言って亜希はしゃがみ、右手を出した。その右手に置かれる小さな猫の手。その猫の手の毛並みはいつもの絹より滑らかな黒毛では無く、猫の毛のような黒い布だ。手先も幾分か簡略化された指と肉球で出来ている。
「あたしの腕もなかなかだろ。結構遅くまでかかったんだぞ?くくっ、感謝しろよ、ニア。」
腕を組む翔子さん。その顔には隠しきれない笑みが浮かんでいる。その言葉を受けたニアはまるでぬいぐるみのように座り、ぬいぐるみのように手を上げた。
「ありがとう、翔子。でも今の私はニアでは無い。魔法少女翔子ちゃんの使い魔、ニーアニーアなのだ。うふふふふっご主人様、私のダメージの半分でも受けるがいい。」
「…………っ!それはっ、…………くっ!」
ニアの言葉に顔が真っ赤になる翔子さんだが、亜希を見て動くのは思いとどまった。過去の恥ずかしい話だが、亜希にはニアの声が聞こえていないのだ。ここで動くのは不自然だ。
僕は普通の猫に言うように自然に、だけどニアの姿の不自然さに込み上げる笑いを抑えながら言った。
「ぷっ、似合ってるぞニア。」
「うるさい、道隆。人の姿を笑うな。」
そう言ってこっちを見るニア。デフォルメされた顔のパーツはこっちを見ているようで見ていないから違和感がある。丸い目は白と黒のフェルトで普段より何倍も大きく作られ、丁度黒の布の部分から外を覗けるようになっている。鼻と口は取って付けたようなデザインだが、わりかし可愛い。耳と尻尾は本物を出した後、上から別の布を被せる形で周りの部分と合わせている。背中にはご丁寧に『超高性能猫型ぬいぐるみロボット。動きます。』と白い文字で書いてあり、そこはかとなくシュールだ。
さっきからニアに夢中なまきるの隣で、おじさんは腕時計を確認しながら言った。
「周防君の姿が見えないけど、先に自己紹介だけしておこうか。翔子さん、まきる、こっちへおいで。」
その言葉に2人がおじさんの近くに集まる。おじさんはまきるの頭を撫でながら、柔和な笑顔を浮かべて言った。
「初めまして、だね。私は向島光太郎。この子の父親だよ。気軽におじさん、とでも呼んでくれ。」
「あ、初めまして。あたしは周防亜希、って言います。晃と名字が被ってるんで亜希で良いですよ。今日はお邪魔させて貰います。」
邪魔だなんてとんでもない、とおじさんと亜希は笑い合う。はーいっ、とまきるが手を挙げた。
「あたしは向島まきるだよっ。一応同じ学年何だけど、話した事は無かったよね?」
「あー、そうだね。あたしのクラスは1年生で唯一の2階だから、殆ど他のクラスと交流無いんだ。。でも、あんたの噂は聞いてるよ。何でも1年生女子で付き合いたい子ナンバー1らしいね。」
明け透けな笑顔で亜希は話す。まきるは苦笑いを返した。
「そんなんじゃないよ、あたしは。」
まきるの隣でおじさんが、やっぱりまきるは日本一可愛いんだよ、と翔子さんに話しかけた。まきるは人差し指をぴん、と立てて言った。
「亜希ちゃん、って呼んで良いかな?あたしの事はまきるで良いからっ。」
「分かった、そっちの方が助かるよ。噂に違わぬ良い娘だね、まきるは。これから宜しく頼むよ。」
「うん!学校でも話そうね、亜希ちゃん!」
へへー、と嬉しそうな顔をするまきる。亜希が視線を翔子さんに移した。
「それじゃ、この子はまきるの妹さんかい?凄く可愛いね。」
「そうだよー。翔子ちゃん、って言うの。」
「まきる、嘘つくんじゃねえ。あたしは向島翔子。このバカ娘の母親だ。」
まあ見えないかもしれねえがな、と翔子さんは諦めた表情でため息をついた。亜希は僕の方を向いた。
「え?道隆、これは向島家的な冗談だったりするのかい?」
「いや、向島家的な常識だ。本当にあの人はまきるの母親だぞ。僕が生まれた時から変わって無い。えーと、僕が16歳だから、大体ぃたっ!」
「道隆、それ以上はやめとけ。あたしはまだおまえを失いたく無い。」
分かりましたよ、と言うと、いつの間にか近くに来て僕の太ももをつねっていた翔子さんは手を離した。亜希はあれっ?、とさっきまで翔子さんが居た場所を二度見した。正直に言うと僕は翔子さんは人間を辞めてると思う。
翔子さんは腰に手を当てて亜希に言った。
「とにかく、あたしは見た目はちょっと若いけど大人だ。まあ、気は使わなくて良いけどな。翔子、で良いぞ。宜しくな、亜希。」
「ちょっとなんてもんじゃ………。ふう、まあ良いか。こんな不思議な人も世の中には居るもんなんだね。それじゃ翔子さん、って呼ばせて貰いますよ。」
「おう。」
そう言って2人は握手した。
しかし晃のやつ遅い。集合時間はもう過ぎてるんだが。
僕がそんな事を考えているとポケットで携帯が震えだした。取り出して開ける。晃からの着信だ。僕はみんなに晃から電話が来る旨を伝えて通話ボタンを押した。
『もしもし、すまない道隆。少し遅れてしまった。』
「まだ時間の余裕はあるんだろ?間に合うなら問題無いだろ。」
『それはそうだが、後で改めてみんなに謝らなければな。』
「そうか。」
『ああ。俺は今、駅の構内に居る。先に電車の切符を買っておくから、みんなに西の改札まで来るように頼んでくれ。』
「ああ、分かった。それじゃあな。」
ああ、宜しくな、と晃の言葉を聞いてから通話を切る。雑談しているみんなに聞こえるよう、僕は少し大きめの声で言った。
「晃は先に西の改札に居るみたいです。そこに行きますよ!」
各々が移動を始める。僕がニアを手提げ袋に入れようとすると、ニアがぬいぐるみのようなポーズのまま言った。
「道隆、せっかくこれを着たんだ。手提げ袋の中は窮屈だから抱っこしてくれ。」
「ん?それもそうか。よし、一応ぬいぐるみっぽくしておくんだぞ。」
「分かっている。こんな格好までしたんだ。さあ、遊園地へいざ行かん!」
おー、と1人で盛り上がるニアを持ち上げて抱える。いつもより手触りがかなり悪い。まあ、今日1日の辛抱だ。
そうして歩いていると、まきるが近寄って来た。
「くふふっ、なかなか似合ってるよっ。ぬいぐるみと道隆君。」
「似合いたくは無いけどな。」
まきるは僕の腕の中を羨ましそうに見た後、思いついたように言う。
「あ、疲れたら代わるよっ?むしろ疲れて無くても代わるよ?遠慮なく言ってねっ。」
「ふっ、甘いなっまきる!このニアちゃんの飼い主の道隆がこれ位で疲れるわけ無いだろう?きっと溢れんばかりの愛で腕が千切れてでも私を支えてくれるはずぅっ!ちょっ、待った。すみません調子乗りました。」
ふざけた事を言うニアをまきるに渡そうとすると、ニアは結構本気で焦っていた。まきるの口からじゅるり、と聞こえた気がするが、もし本当に疲れたら躊躇無くまきるに渡そう。
太陽は出ていない方が遊園地には丁度良い。そんな事を思う。
今回は翔子さんが迷子にならないように気を付けよう。
一路、西へ。