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番外編・向島まきると100m+α2



「もし、杉村君に付き合ってくれ、って言われたらどうする?」



 へ?とあたしは間抜けな声を出した。今までありそうでなかった質問。あたし自身、そんなことは想像すらしたことが無い。

 うーん、と頭を捻る。



「道隆君が付き合ってくれ……………。蘭ちゃん、それは明日地球が滅亡するくらい無いよ?」


「だから、もしよ、もし。例えばの話。想像してみて。」



 あたしは想像する。……………欠片も想像出来ない。



「うーん、なんて言うか全然想像出来ないよっ。まだあたしが将来グラマラスな美女になるイメージの方が………。」


「大丈夫、多分それは無いから。」



 じゃあこうしよう、と蘭ちゃんは人差し指を立てた。提案するときの癖らしい。



「わたしが今から告白するから、わたしを杉村君だと思って答えてみて。」


「蘭ちゃんを?……分かった、頑張ってみるよっ。」



 蘭ちゃんは道隆君で道隆君は蘭ちゃん。今はちょっと2人で休憩中。休日に学校で道隆君と過ごすのは何だか不思議だ。

 蘭ちゃん、いや道隆君が立ち上がった。



「まきる、大事な話があるんだ。」


「どしたの?」



 あたしもつられて立ち上がる。何時もより背が低い道隆君はあたしの肩に手を置いた。



「実は………俺?僕?まあどっちでも良いか。僕は………まきるの事が大好きなんだ!」


「うん、あたしも大好きだよー。」



 道隆君はあたしの手を取った。何時もより小さくて柔らかい。



「まきる、僕と付き合ってくれないか?」



 いつもより高い声。あたしは何も考えずに答える。



「別に良いよー。あっ、その代わりに宿題手伝ってね?」



 道隆君が急に抱き付いてきた。



「杉村君なんて死ねば良いのにっ!なによ、ちくしょう!ああもうまきるは可愛いなぁっていうかさっきの安心しきった笑顔は反則!宿題手伝うだけでまきると付き合えるなら誰だって手伝うわっ!!むしろ一緒に宿題が出来るだけで歓喜する男なんでゴマンといるわっ!!」


「ら、蘭ちゃん?く、苦しいよっ。」



 今一気に杉村君が嫌いになった、と理不尽な事を口走りながらあたしを締めつける蘭ちゃん。蘭ちゃんより背の低いあたしは少し背伸びをしなければならず、結構厳しい体勢だ。

 少ししてやっとあたしを解放してくれた蘭ちゃんは言う。



「ほら、まきるは結局杉村君が好きなんじゃない。今のまきるの言葉がそれを証明しました。杉村君は死ねば良いのに。」



 さっきから蘭ちゃんが道隆君を目の敵にしている。本気じゃ無いだろうから、あたしは何も言わないけど。

 それにしても自分でもよく分からない内に承諾してしまった。でも、あたしはやっぱり蘭ちゃんの言葉に違和感を覚える。



「そうかなぁ。でも別に嬉しいとか、そういうのは無かったよ?普通は好きな人に告白されたら嬉しいんじゃないかな?」


「それはこれが演技だからよ。実際本人からされたら嬉しさで悶えるはず。ああなんか悔しいっ。」



 そうかなぁ、ともう一度あたしは言う。やっぱり何かが違う気がする。言葉には出来ないけど、何かが。

 うーん、とあたしが悩んでいると蘭ちゃんがまた抱き付いてきた。



「まきるを杉村君にあげるなんてもったいない!まきるはいつまでもわたし達のマスコットがいい!」


「あ、あたしはマスコットなんかじゃないよっ!」


「それでも!それでもまきるはみんなのものなのよ!」


「あたしはあたしのものだよっ!?」


 そんなことを言いながらじゃれあっていると、急に遠くから男性の声が聞こえた。



「おーい、集合時間だよー。こっちの世界に帰ってこーい。」


「えっ、嘘っ?すみません!」



 その先輩に言われて、あたしと蘭ちゃんは急いで鞄を拾い集合場所に走った。










 どうにかあたし達は集合時間に間に合った。午後のメニューを顧問の先生が説明する。テスト休み明けの初日だからか、比較的少ない練習量だ。部活の終わる時間自体がいつもより早いらしく、部員達はどこか嬉しそうな気配を漂わせている。



 先生の説明が終わり、各々の競技別の練習に入る。あたしは短距離の選手だ。短距離の選手のグループに近付くと、さっきあたし達を呼んでくれた男性の先輩が声をかけてきた。



「あ、向島だ。さっきは女2人で抱き合ってて、一体何かと思ったよ。」


「いえ、別に何でも無いですよっ!ふざけあってただけです。あ、さっきはおかげで遅れずに済みましたっ。ありがとうございます、伊勢先輩。」



 あたしはいつもお世話になっている伊勢先輩に頭を下げた。


 伊勢先輩はこの陸上部の部長だ。先に引退した3年生の跡を継ぎ、立派にこの部を率いている。あたしと同じ短距離のグループで、男性の先輩の中では恐らく一番話している時間が長い。部長と呼ばれるのが嫌いらしく、大体みんな伊勢先輩、と呼んでいる。短距離の実力は確かなもので、県でも上位に食い込む。最近は更に記録が伸びているらしく、次は全国まで行けるかもしれない、とこの前嬉しそうに話していた。


 性格は面倒見が良く、気さくで人当たりが良い。身長もどちらかと言えば高く、容姿も短髪の爽やか好青年といった感じだ。陸上の実力と容姿、性格の3拍子揃った完璧超人のような人である。おかげで1年生の女子部員の間では人気が高い。噂では恋人はいないので、伊勢先輩は正に今が旬の優良物件らしいのだ。



「んにゃ、礼を言われる程じゃ無いよ。さて、練習しますかね。」



 伊勢先輩はそう言って、無邪気な顔で笑った。










 依然として猛威を振るう太陽が少しだけ弱まってくる時間帯、陸上部の練習は終了した。

 あたしは蘭ちゃんや他の1年生達と別れ、1人で帰路についた。みんなは今から遊ばないか、と誘ってくれたけど、明日は遊園地なのだ。早めに帰って準備をする、と言って断って先に更衣室を出た。楽しみだなぁ、久しぶりの遊園地。



 自然と出てくる鼻歌と、嬉しさで余り重さを感じない鞄をお供にあたしは歩く。女の子より男の子の方が帰り支度は早い。ちらほらと見える男子陸上部員達に帰りの挨拶をしながら進む。


 そうやってしばらく歩くとコンビニが見えてきた。あたしはこのコンビニを良く利用している。帰宅ルートにあるし、丁度1番キツい中盤に位置しているからだ。今では少しの愛着すら感じている。


 鞄の財布を確認しコンビニに入ろうとすると、中から人が慌てた様子で出てきた。



「あれ、伊勢先輩?」


「っ!向島!?」



 中から出てきた伊勢先輩は、何故か酷く驚いた顔をした後に安心したようなため息をついた。



「ふう、良かった良かった。」


「何が良かったんですか?」


「いや、こっちの話。」



 そう言って伊勢先輩はまたコンビニの中に入って行った。良く分からないけど、とにかくあたしも伊勢先輩の後ろを追うように中に入った。

 伊勢先輩は店内をゆっくり歩きながら振り向かずに言った。



「向島は今帰り?」


「はい、そうですよー。」


「俺も今日こっちに用事あるからさ、途中まで一緒に行って良い?」


「全然構わないですよー。1人より2人の方が楽しいですし。」


「良かった。ありがとう。」



 伊勢先輩は飲み物を手に取った。あたしはお菓子コーナーを見に行く。練習で疲れたあたしに色とりどりのお菓子達はどれも魅力的に見える。

 この前このチョコスナックは食べたしなー、と迷っていると、右手に飲み物を持った伊勢先輩が横から話しかけてきた。



「何買うか決まった?」


「それがなかなか決まらなくて…………あ、何かオススメとかないですかっ?」


「オススメ?うーん、最近出たコレなんかは結構俺は好きなんだけど。」



 伊勢先輩はそう言ってさっきのチョコスナックを指差した。



「あ、それあたしもこの前食べましたよっ。」


「え、そうなの?じゃあ別の美味い菓子は…………。」



 あたしはそのチョコスナックを手に取って言った。



「いえ、これにしますよ。せっかく伊勢先輩が選んでくれたんだし。」



 伊勢先輩と学校外で会ったことは殆ど無い。あたしはこんな場所でこんな会話を伊勢先輩としているのが何だか可笑しくて、少し笑ってしまった。



「だから一緒に食べながら帰りましょう?あたしもコレ結構好きですし。」



 伊勢先輩は小さく分かった、と言ってレジに向かった。










 陽が傾き、道がオレンジに色づき始める。他愛の無い話をしながら、いつもの道をいつもと違う人と帰る。あのチョコスナックはだいぶ前に食べきってしまった。

 もう少しであたしの家だ。肩の鞄をかけ直す。



「あ、伊勢先輩。用事って言ってましたけど、何の用事なんですかっ?」


「いや、ちょっとね。大事な用事だよ。」


「そうなんですか?まあ、あたしはこの辺が家なんでそろそろお別れですけど、用事頑張って下さいねっ。」


「え?」



 あたしは遠くに見え始めた向島家を指差す。後100mも無い。

 伊勢先輩は立ち止まる。どうしたのかな、とあたしも止まると、伊勢先輩は少しの沈黙の後に固い声で言った。



「向島、ちょっとこれから少し時間ある?」


「ええと、明日の準備があるんでそんなに遅くまではダメですけど、少しなら。どうしました?」



 あたしがそう首を傾げると伊勢先輩は真剣な表情で言った。



「用事って、実は向島になんだ。この辺で少し話が出来る所って、無いかな?」



 あ、それならこっちに、とあたしは横道に逸れた所にある小さな公園を思い浮かべながら言う。この空気をあたしは知っている。最近なら今週の火曜日にも味わった。 急に重くなった足と暗くなっていく心、疑問で埋まる頭を伊勢先輩に悟らせないように、あたしはその公園に歩いていく。










「それで、用事なんだけど。」



 はい、とあたしは目の前に立つ伊勢先輩に、沈んだ心の内を見せないように返す。何を言われるか分かっているのに、知らない振りで言われるのを待つ。あたしはこの時のあたしをとても醜いと思う。同時にこんなあたしのどこが良いのか、とも。


 伊勢先輩は赤い、けどとても真剣な顔で言った。



「向島。俺は向島が好きだ。」



 伊勢先輩からの告白。嬉しさは感じなかった。ただどうして、という疑問と僅かな落胆がある。 あたしが断るために口を開こうとすると、伊勢先輩はそれより早く次の言葉を繋いだ。



「ああ、ちょっと待った。返事はまだ良いから。」



 伊勢先輩は赤くなった顔を隠すように手を横に振った。



「今オーケー貰えるとは思ってないし、今日は気持ちを知って貰いたかっただけ。向島って言わないと何も気付かなさそうだし、今回は意識して貰えればそれで良いよ。」



 卑怯だけどね、と伊勢先輩は恥ずかしそうに笑った。あたしは何か言わなきゃ、とは思うけど、初めてのパターンで上手い言葉が見つからない。

 言葉を探して四苦八苦するあたしを見て、伊勢先輩は言った。



「俺は向島に出会ったからまた早くなれたんだ。感謝してる。陸上部でぎくしゃくとかはしないでくれよ。」



 でも、と伊勢先輩は続けた。



「次の大会が終わったらもう一度告白する。その時は答えを聞かせてくれ。」



 分かりました、とあたしが辛うじて声を出すと、伊勢先輩は無邪気な笑顔を浮かべて公園を出て行った。










 辺りは薄暗さを孕み始める。あたしは少しの間、動けずにいた。



「…………何だかなぁ。」



 独り言を呟く。


 伊勢先輩は良い人で、カッコ良くて、あたしと同じく陸上が好きで、端から見れば断る理由なんて無いんだろうな、と思う。



 でもあたしは、伊勢先輩と付き合うつもりはないのだ。



 家まで残り100m。陸上で何度も走った距離。そのすぐに帰り着く距離が短すぎるように感じて、あたしは少し遠回りをするために横道を来た方とは逆に歩き出した。



 恋ってなんだろう。蘭ちゃんの幸せそうな笑顔を思い出す。恋はあんなにも素敵な表情を生み出してくれる。けれど同時に今のあたしのような灰色の気持ちも、叶わなかった人達の報われない想いも生み出す。



 普段は歩かない小道。そんな道を選んで歩く。重たい風が吹く。



 あたしはやっぱり子供なのだろうか。この小さな胸と同じで心も何も成長して無いのだろうか。みんな恋に夢中だ。あたしだけ取り残されている感覚。こんなあたしがあんなに良い人の伊勢先輩を悲しませ、伊勢先輩を好きな同級生の女の子の気持ちを無にする。そう思うと何だか自分がとても意味の無い存在に思えた。





 帰ろう。




 そう思って進路を変える。だいぶ回り道をしてしまった。ここから真っ直ぐ歩けば、突き当たりですぐ隣があたしの家だ。家に帰ってお母さんのおいしい料理を食べれば、久々の練習で疲れた体も、この胸のジクジクした何かも吹き飛ぶはずだ。明日の準備は朝にしよう。



 残り50m。



 何故か胸のジクジクがせり上がってくる。鼻の奥がつん、とする。ダメだ、あたしはいつものように脳天気に笑わなくちゃ。じゃないとみんなが心配する。分からないことは仕方ないんだ、と自分に言い聞かせる。



 それでもジクジクは止まらない。残り20m。



 突き当たりの道に誰かがいる。あたしは日に焼けて少し赤い腕で目を擦った。



 よく見るとそれは、何故か自転車で2人乗りしている道隆君とお母さんだった。2人は小道に居るあたしに気付いてないらしい。道隆君が自転車を停めてお母さんと話し出した。



 2人の姿を見たら、さっきまで勢力を増すばかりだった胸のジクジクが溶けていった。代わりに暖かいものが胸に入っていく。あたしはいてもたってもいられず、もう一度目を擦って走り出した。



 残り15m。重い風を切る。



 何かを言われたお母さんが道隆君の頭を抱え込んだ。ヘッドロックはお母さんがよく使うお仕置き技だ。かなり痛い。



 残り10m。



 基本的に冷静な道隆君が何か叫んでいる。そういえばこの前、道隆君の部屋で大人な本を見つけた時も珍しく慌てていた。思い出してにやけてしまう。



 残り5m。



 あたしは急停止して深呼吸をひとつする。うん、大丈夫。いつものあたしだ。小道の影で落ち込んでいた事は恥ずかしいからバレたくない。あたしはこっそり小道を出て偶然を装って2人に近づいた。




「あれー、お母さんに道隆君?こんな所で何してるのっ?」



 抱きしめ合う、というには力が入りすぎた体勢のまま、その言葉に2人が反応する。



「いやなぁぁ、僕は翔子さんの事が大好きだなぁぁああってのを体で表現してるんだぁぁああ!?」


「あたしも道隆の事大好きだぜぇぇええ!これくらいなぁ!!これくらいなぁあっ!!」



 あたしは2人が羨ましくなった。同時に少しの嫉妬。あたしの大事な家族と、限りなく家族に近い幼なじみの男の子は抱き合っているのに、あたしは仲間外れになっている。



 もげるもげるぅ、と悲鳴を上げる道隆君の背中が見える。見慣れているけど、どんどん男らしく広くなっている背中。なんだ、こんなに良い場所が空いてるじゃないか。



「あー、何か良いなー。あたしも2人が大好きだよっ!とりゃっ!」



 そう言ってあたしは道隆君の背中に飛びついた。








 あ、そういえば道隆君と結婚したらみんなが本当の家族になれるな、とあたしは暖かい気持ちの中で考えた。









向島まきると100m+α     了





読んで頂きありがとうございます!


遅くなりました、1万ヒット記念番外編です!



この小説はコメディーだ、なんて謳ってますがコメディーっぽさゼロですね、ごめんなさい。

でも書きたかったんです。後悔はしてません。


次回からは本編に戻ります。




次の番外編は10万ヒットでやろうと思ってます。


次こそは18禁の壁に立ち向かいたい………とは思ってますが、やっぱりこんなん見たいわー、っていうのがあれば感想欄にどうぞ!ぶっちゃけお題がある方がやりやすいのです!


……べ、別に楽がしたいわけじゃないんだからねっ!?




というわけで重ね重ねありがとうございます。




これからも猫と僕とのショート・ショートを宜しくお願いしますね。






ではでは。

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