番外編・向島まきると100m+α
遅くなりましたが、一万ヒット記念番外編です。
時系列的には『僕と商店街』と同じ日になっています。
18禁の壁に挑戦する、と言っておきながら全然挑戦してませんが、そこは多めに見て下さい。
ただガールズトークと言いますか、多少生々しい会話部分があります。
苦手な方は読み飛ばし推奨です。
読み飛ばしてもなんら問題はありません。
長々と書きましたが最後に、
ここまで読んで頂き有り難う御座います!!
ではどうぞー。
夏の風はどこか重たい。それが湿気のせいなのか熱気のせいなのか頭の悪いあたし、向島まきるにはわからない。
「次の組、用意してー。」
先輩の声。あたしは第2レーンのスタート位置に立つ。
風が吹く。やっぱり重たい。
「スタート!」
でも、この重たい風を体で切って走るのは嫌いじゃないのだ。
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「はい、じゃあ今から30分休憩!」
『はーい。』
あたしの属する旗江高校の陸上部は男女混同で練習する。もちろん着替える場所やメニュー、練習量は違うが、基本的に行動は揃える。先輩が言うには
『結構昔に、女子は男子に負けない努力を男子は女子に良いところを見せろ、って顧問が言って混同にしたらしいよ。ただ私はあのオヤジが女子を眺めたい、っていう理由でそうしたと思ってるけど。』
らしい。あたしはそんなに気にしないが、やはり異性と一緒に部活、っていうのは結構みんな気にするようだ。
今日は土曜日だけど、あたしは道隆君の家を出て葉月ちゃんと別れ、一度家に帰ってから学校に部活をしに来ている。
タオルで汗を拭き、日陰で家から持ってきたスポーツドリンクを飲んでいると後ろから声をかけられた。
「まきる、お昼どうする?ここで食べる?」
そうだねー、と曖昧な返事を返す。運動直後で頭が働かない。
この子は九条 蘭ちゃん。高校生になって出来た友達で、クラスは違うが同じ陸上部ですぐに仲良くなった。未だ中学生に間違えられるあたしと違って、精神的にも肉体的にもしっかり高校生している女の子だ。少しつり目なのが本人は嫌いらしいけど、笑うととても可愛い目になるからあたしは好き。いつも肩までそのまま下ろしているその茶色がかったさらさらの髪の毛は、今は運動用に左上でひとくくりにしている。。
蘭ちゃんは隣に腰を降ろしながら言う。
「もうっ、食べるの?食べないの?」
「んー、じゃあここで食べようかなっ。」
あたしがそう言うと蘭ちゃんは自分の鞄からお弁当を取り出した。あたしは頬を両手でぺちっ、と叩いてぼやけた頭を正常に戻す。自分のお弁当を取り出しながらあたしは言った。
「ほんと今日は暑いよねー。日差しも強いしさっ。」
「ほんとよね。日焼け止めが無いとすぐに真っ黒になっちゃうよ。」
「あっ!………日焼け止めするの忘れてた……。」
慌てて鞄を漁るが入っていない。隣で既に弁当箱を開けて膝に置いている蘭ちゃんが笑った。
「まきる、この前も忘れてなかった?駄目よ、女の子なんだから。後でわたしの貸すよ。」
「うう……ごめんね、蘭ちゃん。あー、今年こそは日焼けを回避しようと思ってたんだけどなー。」
お弁当を膝に置いて開ける。お母さんのお弁当はいつも美味しいからあたしはこの瞬間が好きだけど、今日は自分の失敗のせいでちょっとブルーだ。ごめんね、お母さん。
少し落ち込んだあたしを見て、小さなミートボールを食べながら蘭ちゃんは言った。
「なになに、去年何かあったの?あ、その玉子焼きとこれ1つ交換しない?」
「良いよー、はい。いや、別に何かあったって程じゃないんだけどねー。」
玉子焼きを1つ蘭ちゃんの弁当箱に入れる。蘭ちゃんはミートボールを1つあたしの弁当箱に入れてくれた。玉子焼きを食べた蘭ちゃんはくぅ、と唸った。
「お、おいしい……。いつも思うけど、まきるのお母さんって料理上手過ぎるよね。何でお弁当の玉子焼きがふわふわなの?」
「えへへー、そりゃあたしの自慢のお母さんだからねー。」
お母さんを誉められて自然と頬が緩んでしまう。あたしも玉子焼きを食べる。うん、やっぱりお母さんの料理は最高だ。さっきの失敗も帳消しにしてくれるくらい幸せ。
笑顔が戻らないままお弁当を食べていると、蘭ちゃんがあたしの頬を指で突いてきた。
「もう、まきるはほんと幸せそうに食べるなぁ。うりうり。」
「止めてよー、食べづらいよー。」
「そうね、去年何があったのか教えてくれたら止めてあげる。うりうり。」
「ほんとに何でもないよ?………分かったっ、話すから止めてよー。」
そう言うと蘭ちゃんは止めてくれた。本当に何でもない話だから言っても仕方ないのに。
お弁当をつつきながらあたしは言う。
「去年の夏の終わり頃にね、うちの家族と道隆君の家族で海に行ったのっ。去年も夏は陸上漬けだったからもの凄い肌が焼けてて、それも短パンとランニングシャツの形だったから、水着から思いっきり白い部分がはみ出てたんだ。」
「………ほうほう。」
スポーツドリンクを一口飲む。
「ふう。それでね、一緒に遊んでた道隆君が急に『まきる、来年もそんな感じで焼けてたら、僕は絶対おまえと泳ぎには行かないからな。』って言いだしたんだよっ。まぁでも今年も多分海に行くと思うけど、何だかんだで道隆君は一緒に遊んでくれるだろうからそこまで気にはしてないんだけどね。」
「えっ、何?今わたし、のろけられてるの?」
「もう、そういうのじゃないよっ。ただ、去年そう言われたからあたしも一応気を付けてます、っていうだけの話だよ。別にオチも何も無いからねっ。」
「そういうことね。まあ半分くらいは予想出来てたけど。」
蘭ちゃんはそう言ってごはんを一口食べた。あたしは小さくため息をついて言う。
「それならそんなに強引に訊かないでよー。」
「ごめんごめん。でもまきると杉村君ってやっぱり仲良いよね。あ、この前から一緒に登校し始めたって本当?」
「本当だよー。」
あたしは唐揚げを頬張る。お母さんの唐揚げは大好物だからいつも頼んで入れて貰っている。
蘭ちゃんが頬を掻きながら言う。
「何でそこまで仲が良くて付き合わないのか、わたしには分からないよ。」
「あたしは仲が良かったら必ず付き合う、って思ってるみんなが分からないよ。」
「だって男と女よ?」
蘭ちゃんは大袈裟に腕を広げた。
「互いに良く思ってて、それが男と女なら辿り着く場所はひとつしか無いじゃん。ましてやわたし達は華の女子高生だよ?絶対まきるは損してるね。」
「そうかなー?」
「そうよ。まったく、モテモテなのに罪作りな子。」
そんなことないよ、と返す。お弁当は残り少ない。いつもなら精一杯ゆっくり食べて幸せを持続させるけど、今日はスピードを落とさず食べる。蘭ちゃんが悪い訳じゃ無いけど、『人気がある』といった類の言葉は何故か心がちょっとだけ重くなる。
少しの間、2人で黙ってお弁当を食べる。残り少ないお弁当はすぐに空になった。弁当箱を鞄の中に入れ、一息つく。
「ふぅ、お腹いっぱい。………ねぇ、蘭ちゃん。」
「ん、なに?」
蘭ちゃんも食べ終えたらしく、空の弁当箱を鞄に戻している。あたしはちょっとした疑問を訊いてみる。
「蘭ちゃんって、今好きな人いる?」
蘭ちゃんの鞄の中にある手が止まる。蘭ちゃんがこっちを向いた。
「まきる?」
「へ?」
「もう一度言って。」
「えと、うん。」
あたしはもう一度、さっきとほぼ同じイントネーションで言う。
「蘭ちゃんって、今好きな人いるの?」
「…………ま、まきるから恋バナを振ってくるなんて………わたし、今日は自己ベスト出せる気がする。」
「そんなに驚かないでよ!……たまにはあたしだって、そういう話するよ。」
未確認飛行物体を見つけたような目であたしを見る蘭ちゃん。失礼な。確かにそういう話になったらあたしは自然と喋らなくなるし、ましてや自分から話題を振るなんて全然しないけど、そこまでびっくりしなくても良いと思う。
蘭ちゃんは鞄を閉めて言った。
「仕方ないね。珍しいまきるに免じて特別に教えてあげよう。」
あたしは背筋を伸ばして聞く。
「実は………わたし1ヶ月前から付き合ってる人がいます。」
「えっ、そうだったの!?でも、この前みんなに『今はフリーだ。』って言ってなかったっ?」
「ふふふー、みんなには内緒よ?だって、同じ部活の徳田君だもん。」
ああ、だから内緒なんだねっ、とあたしは納得する。この陸上部は部内恋愛は禁止だ。あたしは別に気にしないけど、やっぱりそういうのに厳しい人は居る。口を滑らせないように気を付けなきゃ。
あたしは理由は分からないけど、いつもより強く興味を惹かれた。
「ねえねえ、蘭ちゃん。付き合う、ってどんな感じ?」
「どんな感じ、ってあんたは小学生か。そりゃ、一緒に買い物行ったりとか、映画を見たりとか………………後はエッチな事とか。」
「ええっ!?蘭ちゃんそういうのしたことあるのっ!?」
「しっ、声が大きい!」
蘭ちゃんの言葉にあたしはつい大きな声を出してしまった。慌てて周りを確認するが幸いにも近くに人は居なかった。
ごめん、と謝りあたしは蘭ちゃんに近付いた。
「えっと、確認なんだけど…………どこまでいったの?」
「………本当に珍しいね、まきる。…………まきるだから言うけど……………最後まで。」
「ら、蘭ちゃんってそんなに大人だったんだぁ………。」
やっぱりなんか照れるね、と蘭ちゃんは手でぱたぱた、と自分に風を送った。そう聞くといつもより蘭ちゃんが大人っぽく見える。あたしも一応知識だけは知ってるけど、実際に経験した事はない。
更にあたしは蘭ちゃんに近付く。
「ねぇ、やっぱり痛かった?」
「そりゃね。結構血も出たし、お互い初めてだったから全然上手くは出来なかったしね。」
蘭ちゃんはつり気味の目尻を下げて笑った。
「でも、やっぱり凄く嬉しかったかな。」
あたしは蘭ちゃんはやっぱり可愛いな、と思った。恋する乙女は誰よりも可愛いのだ。きっと、恋が何だか分からないあたしなんかよりもずっと。
少し恥ずかしかったらしい。こほん、と咳をして蘭ちゃんは言った。
「さて、わたしがここまで言ったんだから、まきるも答えて貰うよ。いつもみたいに分からない、は無しだからね。」
「むぅ、だって本当に分からないんだもん。」
「それならこういう質問でいくよ。」
蘭ちゃんは人差し指を立てた。
「あなたは今までに付き合った人がいますか?」
確かにイエス、ノー形式なら分からない、は基本無い。さっきは自分が聞いたんだ。答えられるだけ答えよう、と思ってあたしは今までの人生を振り返った。この質問は振り返るまでも無いが。
「いません。」
「本当に?中学生の時も?」
「うん。」
全く、同じ中学の男は何をやってるの、と何故か怒り始めた蘭ちゃん。中学の時からずっと告白はされてたけど、それを言うと自慢みたいだから言わないでおこう。
じゃあ次ね、と蘭ちゃんは言った。
「今までキスしたりとかは?」
「付き合った事も無いのにあるわけないよっ。」
「じゃあ初恋はある?」
「無しかな。それは前にも聞かれたけど、恋って何だか良く分からないから。」
「…………生理は始まってる?」
「いくら何でもそれは失礼だよっ!始まってます!」
子供っぽいとはよく言われるけど、あたしだって高校生だ。人並みの成長はしている。…………他の人より随分遅かったのは内緒だ。
あ、と蘭ちゃんが何かを思い付いた顔になった。
「それなら、やっぱりまきると仲の良い杉村君について聞こうかな。」
「……もう、この際だしどんとこいだよっ。」
「んー、この前は杉村君の事好きか、って聞いたら分からない、って返されたんだよね。」
「好きか嫌いかで言えば好きだけど、多分蘭ちゃんの言う好きとは違うと思うよっ。」
この質問は今まで数え切れないくらいされてきた。でもやっぱり答えは分からない、としか言いようが無い。道隆君のことは信頼しているし大切だし、一緒にいたいと思うけど、みんなの言う感情とは違う気がする。もし互いに別の恋人が出来たとしてもあたし達は変わらないと思う。きっと一生近い位置にいるはずだ。
じゃあ、と蘭ちゃんが言う。
「もし、杉村君が付き合ってくれ、って言ってきたらどうする?」