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僕と商店街5




 その小さな体で僕達を守るように、翔子さんは少し前に出た。水蓮寺さんが慌てた様子で翔子さんを止めに入るが、翔子さんは相手にしない。

 水蓮寺さんが僕に駆け寄って来る。



「君、さっき翔子さんとうちの店に来てた子だよね!?すまないが、翔子さんを止めるのを手伝ってくれないかっ?」


「あ、はい。さっきぶりですね。気持ちは分かるんですが、心配するだけ無駄だと思いますよ?」


「何を言ってるんだ!?翔子さんが僕より年上、っていうのは聞いたけど、それとこれとは話が別だよ!ああいうやつらは加減を知らないから……!」



 僕は首を横に振った。



「大丈夫ですよ。むしろ翔子さんが加減するかが僕は心配です。」



 え、と呆けた顔をする水蓮寺さん。未だに僕の腕に引っ付いているみなみさんも理解できないらしく、隣で小首を傾げている。


 そうこうしていると、金髪がポケットに手を入れ、馬鹿にした様な笑みを浮かべながら翔子さんの前まで歩いてきた。並ぶと身長差がよくわかる。金髪の胸あたりの翔子さんの頭が上を向いた。金髪は翔子さんを見下ろしながら言う。



「おい、クソガキ。邪魔だからさっさとどけよ。てめえに用は無い…………。」



 金髪の視線が翔子さんの胸元に移った。金髪はニタリ、と厭らしく笑った。



「………おい、ついでにこのガキも連れてくぞ。まったく、最近のガキは発育が良いなぁ。なんか目覚めそうだぜ。」



 タクちゃんロリコンかよー、と後ろの連中が近付きながら言う。一様に腐ったような笑みだ。




 金髪が翔子さんの髪の毛を掴もうと手を伸ばす。


 水蓮寺さんが翔子さんを守ろうと動き出す。


 危ないっ、とみなみさんが隣で小さく悲鳴を上げる。


 僕はこう思った。


……―ああ、翔子さん怒ってるだろうなー、と。






 金髪の手は空を切った。代わりに翔子さんの手が金髪の腹にめり込んでいる。金髪と水蓮寺さんとみなみさんは何が起こったか分からない、という顔をしていた。少し離れて見ていた僕も動きが見えなかった。相変わらずデタラメな人だ。


 金髪が床に崩れ落ちた。



「………げほっ、がっ………かはっ!……はぁ……かっ………っ!」


「ったく、最近のガキは根性ねぇな。一発でお寝んねかよ。………おい、金髪。」



 翔子さんは床で苦しむ金髪に向けて言った。



「あたしは大人だっ!バカやろうが!」



 どいてろ、と言って金髪を片手で持ち上げ端に放り投げる。あの細い腕のどこにそんな力があるのかが分からない。水蓮寺さんは絶句して、みなみさんは隣で、全然大人見えなかったですすみませんでしたー!、と謝っていた。

 翔子は右手をぐるり、と回し、動きを止めている不良達に言った。



「ほら、ガキ共。あたしは今驚く程機嫌が良いから、つっかかって来た奴から漏れなく2分の3殺しにしてやる。」



 不良のだれかが分母超えてるじゃん……、とツッコんだ。やっぱり機嫌が悪いらしい。いつもなら4分の1殺し程度なのに。

 やたらでかいピアスを付けた不良が声を上げた。



「いやいや、なんかの間違いだろ!?多分偶然良いとこにパンチが入っただけだって!タクちゃんもガキ相手だから油断してたし!」



 そ、そうだよな!、と不良の誰かが言った。ガキ、という言葉に翔子さんのこめかみがピクッ、と動いた。今度は不良が4人同時に翔子さんに向かっていった。


 ズボンを下げて履いている男の切れのない拳は翔子さんに避けられ、またも見えない内に翔子さんの拳は的確に男の顎を打ち抜いていた。


 事前に話したのか右と左の同時に顔と腹部を狙って蹴りを放った二人組は、それより低くくぐり抜けた翔子さんに軸足を掴んで投げられ、互いに位置を入れ替えて壁まで吹っ飛んでいった。


 2人を投げて隙が出来た翔子さんに帽子を斜めに被った男が殴りかかる。翔子さんは顔を狙ったそれを最小限の動きでかわし、そのまま額で鼻ごと男の顔を潰した。



 4人が飛び出て返り討ちに遭うこの間、10秒にも満たない。不良達の顔が引きつった。

 水蓮寺さんが僕に詰め寄り言った。



「な、なあ、君!し、翔子さんって何者何だ?僕よりちょっと年上の童顔低身長な可愛い女性じゃ無いのかい!?」


「ああ、似てますけど違います。翔子さんは僕達よりだいぶ年上の童顔低身長な、強くて優しい幼なじみのお母さんですよ。」


「お、お母さん?」



 ってことは人妻………本気だったのに、と茫然とする水蓮寺さん。うん、翔子さんがまたひとつ見えない何かを殴り壊したようだ。

 返り討ちに遭った仲間を見て不良の誰かが大声を出した。



「お、俺、先輩が言ってたの聞いた事がある………。この街の伝説の不良少女の噂……。20人に囲まれて返り討ちにしたとか、エラい美人で声をかけたら前後3日の記憶が無くなるとか、………死んだ後も自分を殺した不良達を探して、街を徘徊してるとか………。その先輩は、ここの商店街が一番その少女が出るから『幽鬼通り商店街』だって。」



 おい、まじかよ……、と不良達に戸惑いが広がった。やべえぜ、とかどうする、とか相談が聞こえる。

 ここで収まるかな、と思っていると、長田と呼ばれていた長身で筋肉質な男が翔子さんの前まで出てきた。



「あんたが噂の不良少女か?」


「ああ?知らねえよ、そんな噂。で、おまえはかかって来るのか?」



 そう言って翔子さんは獰猛に笑う。長田と呼ばれていた男もつられたように笑った。



「そうだな、関係ないな。あんたみたいな強いのと闘いたくてこいつらとつるんでたんだ。」


「そうかよ、じゃあかかってこい。あたしは最初は自分からはいかない主義なんだ。殴られそうになったら叩き潰す、がポリシーだ。」


「そいつは怖いな。では遠慮無く。」



 瞬間、長田の大きな体が弾けるような速度で前に出た。速度を生かしたまま胴体を狙った膝蹴り。翔子さんはその膝に右手の掌底を合わせ、長田の長身を止めた。近代スポーツ理論の体重差や体格差の不利、それに真っ向から喧嘩を売る光景。まるで出来の良いCG映像に見える。


 直ぐに後ろにバックステップで下がった長田が苦笑いをこぼした。



「あんた、どんな鍛え方してるんだ?普通は体重差で少しは押される、とかなるだろ、物理的に。」


「コツがあんだよ。まあ昔、喧嘩を教えてくれっつった馬鹿に教えても、理解出来なかったらしいけどな。ってかおまえも空手経験者、とか言わせといて実は違うだろ。動きに空手のかの字もねえよ。」



 髪を掻き上げながら翔子さんは言った。長田が拳を作る。



「空手『も』経験者だ。嘘はついて無いだろ?」


「はっ、違いねぇ。」



 自然体のまま翔子さんは言った。



「しかし、残念だな。おまえみたいなのは嫌いじゃねえけど、おまえ達がやろうとしたことは大嫌いだ。」


「そうだな、俺も嫌いだ。信じてくれなくて良いが、俺は隙を見て彼女を逃がすつもりだったんだぜ?」


「そうかよ。」


「今となってはどうでも良いがな。」



 長田が一足で距離を詰め、翔子さんの小さい足ごと踏み込む。動けない翔子さんの顔面目掛けて大きな拳が直撃する。しかし次の瞬間、翔子さんは何でもないかのように右手を振りかぶっていた。



「はっ、20年早ぇよ。」



 翔子さんの拳が長田の顎を打ち抜く。翔子さんの拳の速度はとにかく早く、僕には一瞬ぶれたようにしか見えなかった。

 長田は意識を失い仰向けに倒れる。翔子さんはいつの間にか1ヶ所に集まっている不良達に言った。



「ほら、次は誰だ?あたしはいつでもいいぞ?」



 ちょ、俺ムリ、と言って1人の不良が逃げ出した。芋づる式に他の不良達も逃げ出し始めた。最後に残ったピアスの男は周りをきょろきょろ、と見回した後、捨て台詞を吐いて走って行った。捨て台詞はゲームの出す騒音で良く聞こえなかった。

 翔子さんはぱんぱん、と服に付いた汚れを叩き落とし言った。



「よし、これにて一件落着だ。」



 翔子さんはそう言ってニヒルに笑った。


 みなとちゃんが泣きながら駆け寄ってきた。









 その後、みなとちゃんにもの凄い勢いでお礼を言われ、後日改めてお礼をするからと僕の連絡先を聞き出された。

 みなみさんは同じ旗江高校の2年生、つまり先輩だった。互いにその事を初めて知り、世間は狭いなぁ、と笑いあった。

 翔子さんは後遺症とかは出ないようにしたから、と笑っていたが、倒れた不良達は一応救急車を呼び病院に連れて行って貰った。ゲームセンターの店長は昔から翔子さんの知り合いで、この不良達には困っていたらしく、後始末は喜んで引き受けてくれた。

 水蓮寺さんは翔子さんが結婚していたことがショックだったらしく、悲壮な笑みを浮かべてどこかへ行った。まあ大丈夫だろう。



 それからまた少し買い物をしたりして、現在はすっかり夕方だ。修理に出した自転車を受け取って戻ると翔子さんは二人乗りで帰る、と言って聞かなかったので、仕方なく僕が漕ぎ、翔子さんは後ろ向きに荷台に座っている。本当はいけないんだが。

 夕陽の土手を必死に自転車を漕ぐ僕の背中に寄りかかり、翔子さんが言った。



「しかし、噂の不良少女ねぇ。確かに昔はそんな話もあったけど、ここ10年くらいは何も聞かなかったから多分あたしじゃ無いと思うんだけどなぁ。」


「どうでしょうね。僕は翔子さんだと思いますけど。最近でも不良が暴れてたらたまに翔子さんは潰してたでしょう?翔子さんは実際外見は変わってないし、端から見たら充分に都市伝説ですよ。」



 脚をぷらぷらさせながら翔子さんは喋る。



「そんなもんかね。」


「そんなもんですよ。」



 少しの沈黙。遠くに電車の音が聞こえる。背中には暑い気温とは違う、小さな温もり。


 ふとその温もりが消えた。代わりに自転車に少しの衝撃と両肩に小さな手が置かれた。翔子さんは荷台に立っている。



「やっぱあたし、昔から変わって無いのかなぁ。結局、最後は暴力か人に助けられるかのどっちかでしかないし。本当はあの馬鹿共をばしっ!と説教して、改心させたりするのが良いんだろうけどさ。」



 なんつうか、すぐに手が出る悪い癖だな、と翔子さんは独り言のように言った。僕は前を向いたまま言う。



「大丈夫ですよ。」


「何がだよ?」


「翔子さんはそのままで良いんじゃないか、って話です。説教で改心しないやつなんて山ほどいますし、翔子さんの拳はそんじょそこらの大人の言葉よりよっぽど重いんですから。」


「………あたしに説教は20年早ぇよっ。」


「あ、危ないですって!」



 翔子さんは肩に置いていた手を僕の首に回して締め始めた。勿論本気で締めている訳では無くそれ自体は別にキツくないのだが、後頭部から首下にかけての柔らかい圧迫感と翔子さんの甘い香りの混じった汗の匂いが、僕の心臓を停止させるくらい強く締めつける。

 ようやく離してくれたのはだいぶ進んで土手も終わる地点だった。ふう、と安心していると、物陰から目の前を大きな影が横切るように飛び出してきた。その大きな影もこちらに気付いたようで話しかけて来た。



「ん?誰かと思えば奇遇だな。あんた達か。」


「はっ、もう復活したのかよ?あたしにやられて数時間で復活したのは誉めてやるよ。」


「そう喧嘩腰になるなよ。流石に1日に2度は負けたくない。」



 大きな黒い影…―長田と呼ばれていた男は、両手を上げて降参のジェスチャーをしながら言った。



「まったくどんな化け物だよ、あんたは。これでもパンチ力には自信があったんだがな。そのまま殴り返されるなんて誰が想像できるんだ。」



 背は高い。改めて見ても180cm上、下手をすると190cm近くあるかもしれない。彫りの深い顔立ちに骨格も太い。まるでオリンピックで見る黒人選手のような男だ。僕なら一発でKOされそう。

 翔子さんは僕の肩にひじを置き頬杖をつきながら言った。



「だからコツだよコツ。なんなら教えてやろうか?」


「…………いや、ありがたい提案だが辞退するよ。自力であんたに勝って意味があるんだ。それに拓也に知れたら怖いしな。」


「拓也ぁ?……もしかしてあの金髪か?ったく、こりねぇやつだな。もう報復かよ。何度来てもぶっ潰すぞっ、てそいつに言っとけ。それともしこいつとか、あたしの大切な人達を傷つけたら冗談抜きでミンチにするからな。」


「くくっ、そうか、大切な人かっ。」



 堪えきれない、といった様子で笑う長田。何だか男の雰囲気にそぐわない笑い方だ。

 笑いの発作は治まったが、未だ何が面白いのか笑みを浮かべながら長田は言った。



「大丈夫、そういう心配は無い。拓也は随分懲りたらしくて、二度とあんなのはやらない、と言っていたからな。ただ、くくっ。」


「ああ?何だよ、気持ち悪ぃな。さくさく話せよ。」



 すまない、と長田は一呼吸置いて言った。



「拓也な、あんたに惚れたらしいぞ。」








 長田はその後すぐにランニングの途中だ、と去っていった。去り際に僕に『まあ、もしかしたら拓也が嫉妬でお前を目の敵にするかもしれんが、その時はそこのちっこい恋人に守って貰え』と言っていた。誤解している。もし金髪が来たら翔子さんに頼んでミンチにして貰おう。


 相変わらず荷台に立ったまま、ぶすっとした声で翔子さんは言った。



「ったく、誰が恋人だっ。歳の差を考えろっての!自分の娘と同い年だぞ!?」



 大体あたしには光太郎が………、とぶつぶつ翔子さんは独り言を言う。後少しで向島家だ。


 しかし、初恋の人にここまで否定されて黙っていられない。大体、翔子さんは荷台でずっと楽をしている。加えて今はずっと耳元でぶつぶつうるさくてかなわない。

 ここらで反撃開始だ。



「翔子さん。」


「あ?何だよ道隆。さっきのあいつの話は気にすんなよ。金髪が来たらぶっ潰すだけだからな。」


「あ、はい。それはお願いしたいんですけど、別のお話があります。」



 僕は自転車を停めて降り、荷台の翔子さんの隣に立って翔子さんを見た。翔子さんが荷台に座ると意外に近い位置にある顔。おっきな目はまつげも長い。化粧も何もしていないのにシミや皺一つ無いきめ細やかな肌。完璧な配置にある顔のパーツは翔子さんの幼さを強調し、動きが加われば人形には絶対に無い眩しい程の命の輝きが垣間見える。


 翔子さんの瞳がぱちり、とまばたきした。



「初恋は翔子さんってのは知ってますよね?」


「え?あ、ああうん温泉で聞いたけど、ってか何で急にそんな話するんだよっ。」



 無駄のない、理想の丸みを帯びた頬が朱に染まる。目をそらした翔子さんを見据え言った。



「実はまだ好きなんです。」


「……う?」



 ぽひゅん、と翔子さんの何かが落ちる音が聞こえた気がする。



 朱に染まったままの頬をぷにゅ、とつねってやった。



「嘘ですよー。はははっ、騙されました?あんまり翔子さんが荷台で楽してるんで反撃しました。大体、翔子さんの方が力が強いんで……………翔子さん?」


「ん。」



 翔子さんはおもむろに僕の頭を両手で掴み胸に抱え込んだ。ふにん、と柔らかな感触が額にあたたたたたた痛い痛い痛いっ!!



「みぃぃいちたかぁぁぁああ!!ちょぉぉっと調子に乗りすぎじゃねえかぁ!?あたしをからかうには20年早ぇって言わなかったかぁぁ!っ?」


「痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいっ!いいえ、言ってませんよぉぉぉおお!!そろそろ更年期障害ですかぁぁああうあいたぁ!?」


「んだぁとこらぁああ!!誰がおばさんだぁっ!?」


「あれー、お母さんと道隆君?こんな所で何してるのっ?」


「いやなぁぁ、僕は翔子さんの事が大好きだなぁぁああってのを体で表現してるんだぁぁああ!?」


「あたしも道隆の事大好きだぜぇぇええ!これくらいなぁ!!これくらいなぁあっ!!」


「やばいもげるもげるぅううっ!!」


「あー、何か良いなー。あたしも2人が大好きだよっ!とりゃっ!」


「まきるまでくるなぁぁああっ!?ニアァァッ、ヘルプミー!!」




 待ち疲れて家で眠っている黒猫に、僕の声は届かなかった。








僕と商店街    了

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