僕と商店街4
そのゲームセンターはデパートのすぐ隣だ。ものの2、3分で僕達はそこの目の前まで辿り着いた。
翔子さんはコキッ、と首を鳴らした。
「さてと、久しぶりに馬鹿どもを叩き潰すか。」
「翔子さん、穏便に済むならそっちの方が良いんです。とりあえず僕がお姉さんの友達の振りでもして近付いてみるんで、危なそうだったらお願いします。」
「分かってるよ。まあ、馬鹿どもも所構わず暴れることはねぇだろうけど、気を付けろよ。」
買い物袋を翔子さんに渡し、女の子をちょいちょい、と手招きする。おずおず、と近付く女の子はどこか犬っぽい。
「じゃあ…………えっとごめん。名前を教えてくれないか?」
「あっ、すみません。わたしは田宮みなと、って言います。姉は田宮みなみです。」
「みなとちゃんか。僕は杉村道隆。こっちのお………姉さんは向島翔子さん。」
「おい、なんだその間は。」
道隆さんに翔子さんですね、と頷くみなとちゃん。翔子さんがジト目で見てくるが気付かない振りをして、僕はみなとちゃんに言う。
「みなとちゃん、とりあえず姉さんの所まで案内してくれないか?」
「あ、はい。こっちです。」
そう言ってみなとちゃんは僕達の前を歩き始めた。
色んな音が入り混じる店内。2階に上がり、少し奥まった場所でみなとちゃんは止まった。
「あそこにいます。…………あれ?」
バレないようにさり気なく指差すみなとちゃん。その先には何やら揉めているらしいグループが居る。
「………ちょっとまずそうだね。」
僕はそう呟いた。
多い。予想以上に多い不良達は全員で10人近くいた。服装もそれらしい、いかにもワルですよ、みたいな恰好が大半だ。その内の3人がみなとちゃんのお姉さんらしき女性に詰め寄っている。しかし予想外だったのが、その3人と女性の間には1人の清潔感のある服装の男性がいたことだ。
「翔子さん、あれってもしかして店員さんじゃ無いですか?」
「………ほんとだな。ったく、道隆。水蓮寺をさくっと助けにいくぞ。」
「了解です。みなとちゃんはここで待ってて。」
はい、と頷くみなとちゃんを確認して、僕と翔子さんは言い争っているグループに近付いた。グループのひとり、髪を金髪に染めた男の声が聞こえる。
「だからよぉ、さっきから言ってるだろ?そこの姉ちゃんと俺達はオトモダチなワケ。あんたのは余計なお節介なんだよ。分かるぅ?」
ぎゃはは、と何が面白いのか、後ろの連中が笑う。水蓮寺さんは長めの髪を苛立たしげに掻き上げた。
「そんな事を言って、どうせ後でどこかに連れ込んで無理矢理乱暴するんでしょう?後ろの方達がトイレで幼稚な計画を大声で話しているのを聞きました。これ以上話しても無駄なようなので失礼します。さ、行きましょう。」
そう言って女性に向かい、店を出るように促す水蓮寺さん。女性はまだ状況があまり飲み込めてないようで、きょろきょろと周りを見渡しながらゆっくり階段に向かう。金髪は隣にいる二人、長身で筋肉質な男とやたらデカいピアスを付けた男に目配せをして言った。
「あんたよぉ、さっきから下手に出てりゃ調子に乗りやがって。マジでぶっ殺すぞ?」
一触即発の空気。長身は女性に近付き強引に腕を掴んだ。女性の遅かった歩みは、少しの悲鳴と共に完全に止まった。水蓮寺さんが長身に向かう前に僕は大きめの声を出した。
「はいはい、そこらへんで止めましょう。僕はそこの田宮みなみさんの本当の友人です。ほら、みなみさん。みなとちゃんが心配してるから行きますよ。」
全ての視線が僕に集まる。全員が状況を飲み込めないで固まる中、みなとちゃん、という言葉に反応した女性が長身の手を振り切って僕に慌てて近付いた。
「みなとはどこにいるんですかー!?」
間延びした喋り方だ。みなとちゃんを知っている。この女性が田宮みなみで確定らしい。
僕より少し低い身長。みなとちゃんによく似た容姿。垂れ目がちの目が優しい雰囲気を出す。美人と言うより可愛いだが、子供っぽいと言うより大人っぽい。しかし何よりも彼女を特徴付けるのは胸だ。巨乳。これぞ巨乳、と言っていい。服の上からでも分かるその膨らみは、多分片手には収まらないだろう。緩やかなウェーブを描いた髪を首もとでくくり、胸元のあたりまで流している。喋り方といい、ほわーんという擬音が似合う女性だ。
周りに聞こえないよう、少し小声で僕は言う。
「みなとちゃんに頼まれて来ました。とりあえず僕と友人のフリをして下さい。この店を出ますよ。」
「ううー、分かりましたー。さっきから何が何やらで混乱してますー。」
そう言って僕の後ろに隠れるみなみさん。状況を把握したのか水蓮寺さんも翔子さんに近寄って何か話している。
このまま済めば良いな、と思って僕がみなとちゃんのいる方向へ歩き出そうとすると、案の定金髪が大声で話し掛けてきた。
「おいおいおい、おまえ急に出てきて何言ってんの!?そこの巨乳ちゃんは俺らとこれから楽しいとこに行くんだよ!」
ぎゃはは本音が漏れてんぞー、と後ろの連中が笑う。金髪の方を向き僕は言った。
「いや、これから家で鍋パーティーの予定があるんです。ね、みなみさん?」
「え?ははははいー!そうなんですよー。なので今日は帰りますねー。みなさん今日は楽しかったですー!」
何とかみなみさんが嘘に乗ってくれた。ではー、とみなみさんが手を振ると金髪は唾を床に吐いた。
「あ?どうせ嘘だろ?マジそういうのムカつくんだけど。あーもういいや。お前ら!面倒だからさっさと連れて楽しむぞ!」
おーやっちゃうー?、と後ろの連中が近付き始めた。やっぱりダメだったか。みなみさんがひっ、と僕の腕に抱き付く。その様子を見た金髪がまた床に唾を吐き、少しして下卑た笑い顔に変わった。
「おら、さっさと逃げ出せよ。言っとくが長田は空手やってるからな。俺は言ったぞ。怪我しようがもう自己責任だ。」
そう言って長身を指差す金髪。タクちゃんやさしー、と後ろの連中がはやし立てる。この人数差に格闘技経験者。不良達は勝った気でいるらしい。それもそうだ。こっちはとても喧嘩の強く見えない平凡な男が2人と、荒事とは無関係そうな女性と子供にしか見えない主婦だ。
ただ、僕は全くこの状況に危機感を覚えていない。
「おう、自己責任だな。これだけやんちゃやってんだ。それなりに覚悟はあんだろ?」
小さな体に豊かな長い金髪。今日も今日とて中学生、下手をしたら小学生に見える翔子さんは不敵に笑った。