僕とクラスメート5
現状を確認しよう。これまでニアと言葉が通じるのは僕、まきる、翔子さん、おじさんの4人だ。僕は何故か初めから喋れた。他3人は途中でいきなり、しかも同時に喋れるようになった。そして今、新たに1人、水城さんが加わった。
ここで疑問。僕達の共通点はなんなのか。
何度かニアと会った事のある晃は、未だにこのことに気付いてすらいない。
溢れ出る疑問を一旦閉じ込めて、ニアを持ち上げ僕は言った。
「水城さん。そこの彼女って、やっぱりこれ?」
「うん、それ。」
「人をそれとかこれとか言うな!まったく……。」
手の中でわめく黒猫。それに構わず僕は続けた。
「いつから聞こえてた?」
「最初から。私は恋人じゃない。」
そう言ってニアを見る水城さん。家に入ってニアに最初に言われた冗談だ。水城さんは本当に初めから聞こえていたらしい。僕はニアをひざの上に降ろして言った。
「本当に喋れるみたいだけど…………なんていうか、もうちょっと反応無いか?普通。」
「道隆がそれを言うか。」
「いや、それにしたって平然とし過ぎだろ。人の部屋に入っていきなり猫が喋っても、それをスルーして掃除を始めるなんて。」
水城さんがきょとん、と僕を見た。殆ど表情に変化は無いので、あくまでも雰囲気だが。水城さんがニアを指差し言った。
「猫?」
「猫、って。どこからどう見ても黒猫だろ?ほらニア。」
「ああっ、肉球はやめてくれっ。他人に触られると弱いんだ!」
ニアの手を持ち上げ、手の肉球をぷにぷにしながら水城さんに見せる。水城さんはまだ分からない様子で言った。
「人じゃないの?」
「いや、どう見ても猫だろ。喋れるけど。」
私は猫だぞー、と膝でニアが言った。
ニアは人か猫か。確かに猫より人に近いが、それは内面の話だ。外見的には猫だし、本人が猫と言うなら猫で良いと思う。心が女性の男性は男性か女性か、という問題に似ている。僕は本人が成りたい方に成れば良いと思う。それと同じだ。
水城さんはニアを人と言った。しかし、一般的に初めに見える外見の印象を持つんじゃないだろうか。にゃー、としか喋らない人を見ても、普通は『ちょっとアレな人』もしくは『猫語を喋る人』と思うはず。同じく喋るニアを見ても、僕は『人語を喋る猫』と思ったし、向島家もそこに疑問を持たなかった。
何故、水城さんはニアを人と思ったかが気になった。
「水城さん、どうしてニアが人だと思ったんだ?」
水城さんは黙って僕を見た。そんなに重要な質問では無かったのに、部屋の空気がいきなり重くなった。少し慌てて僕は言葉を繋げた。
「ああ、いや。別に言いづらい事なら言わなくて良いんだ。ただちょっと気になっただけで。水城さんは人の形をした猫でした、とかそういうオチでも僕は今更気にしないけど、ミステリアスな女性は嫌いじゃない。うん、それじゃとりあえず掃除の続きを」
「誰にも言わない?」
座り込んだまま僕を見る水城さん。誰にも言わない?別に言う必要なんて無いし、僕の口は固い方だ。
念を押すなんて、まさか本当に人の形をした猫だったのか、と驚いていると、水城さんはまるで僕の心を読んだ様に違う、と小さく言って続けた。
「私は心が読める。」
そう来たか、と僕は思った。処理能力の低いまきるは、さっきから固まって動かない。膝のニアが呆けたような声を出した。
「……私が言うのもアレだが、世の中不思議がいっぱいだな。」
「全くだ。次は晃が実は宇宙人だった、みたいな展開が来そうで怖い。」
窓の外は、既に光より暗闇の勢力が強くなっていた。
「とにかく要約すると、水城さんは心が読める、というか見える。イメージみたいな感じで見えるらしいが、詳細は水城さん本人にしか分からない。そしてそのイメージは人にしか見えず、動物には無い。だがニアにはそれが見えた。だからニアを人だと思った。驚かなかったのは、自分がそういう能力があるくらいだからこういうこともあるんだろう、と思っていたそうだ。分かったか?まきる。」
「大丈夫っ。要は葉月ちゃんはエスパー少女なんだねっ!」
「……うん、まあそんな所で良いや。」
フリーズから回復したまきるに説明を終え、部屋を見渡す。結局、あの後何事も無かったかのように掃除を始めた水城さんのおかげで、埃一つないワックスまでかけた綺麗な状態だ。ただ時間は思った以上に経過し、窓から外を見れば見えるのは少し欠けた月のみ、となってしまった。
掃除を終え、少し満足気な様子でクッションに座る水城さんに僕は言った。
「水城さん、とにかく今日は危ないから、泊まっていってくれ。水城さんがお望みなら僕が出てっても良いから。」
泊まるけど大丈夫、と小さく呟き首を横に振る水城さん。まきるが水城さんの隣に移動して言った。
「葉月ちゃん、葉月ちゃんっ。あたしが何を考えてるか当ててみてっ!」
「…………お腹減った?」
「……当たりだよっ!凄いねー、だから格闘ゲームで勝てなかったのかー。これじゃどう攻めるか丸分かりだよっ。……でも次は負けないよ!そういうのは無我の境地に入ればバレない…………」
興奮しているのかやたらハイテンションのまきると、いつもより少しだけ言葉の多い水城さん。
人の心が読める。それは良いことばかりの筈がない。見たくないモノだって見ただろうし、知りたくないモノだって知っただろう。それを何故僕達に言ったのかは分からない。でも、彼女の気持ちを理解した気になって同情するのも、その能力に嫉妬するのも、遠ざけて畏怖するのも僕には出来そうもない。まきるだってそうだろう。UFOキャッチャーで髪飾りを着けたのも、コインゲームで一緒に全力で投入したのも同じ彼女なのだ。何かを知る事で変化するのは当然だが、僕は変えたくは無い。一緒にゲームをして部屋にまで上げた。水城葉月は友達だ。
そんな事をぼんやり考えていると、膝の上で丸まってニアが言った。
「心が読める、か。いよいよファンタジーになってきたな。」
「まあな。僕的には喋る黒猫、の時点で価値観がめちゃくちゃにぶっ壊れたけどな。」
「そうか?そうは見えなかったが。」
「そう見せなかったんだよ。男の子のプライドだ。今回もな。」
「まあ、結果として私はここに住ませて貰ったからな。そのプライドに感謝して、代わりに女の子の秘密を教えてやろう。」
「秘密?」
こっちだ、と膝から降りて顔を下げるように手招きをするニア。まだ水城さんとまきるが話している事を確認して、内緒話をするために顔を下げた。
「で、秘密って?」
「女の子はな、誰にでも心が読める瞬間がある。」
「……そうなのか?それだけ?」
「ああ、この幸せ者めっ。ニアちゃんスクリューブロー!」
「痛っ!」
ニアは僕の鼻を叩いてまきる達の所へ行った。
よく分からない秘密を聞き、挙げ句に殴られる。女性と猫の気紛れは一生解る気がしない。ましてやニアは両方だ。
ちくしょうめ、と鼻をさすっていると、まきるが立ち上がった。
「じゃあ道隆君!あたし家に着替えとか取りに戻るからっ。葉月ちゃんに変な事しちゃだめだよっ。」
「するか。悪いな、付き合わせて。今度何か奢ってやる。」
「はははっ、いーよっ。道隆君の頼みでもあるし、あたしも葉月ちゃんと泊まりたかったし。問題無いよっ。」
じゃあ5分で戻ってくる、と言って元気良く出て行くまきる。それを見送って水城さんを見る。水城さんはニアと見つめ合ってからコクン、と頷いた。心が読める少女と人の心を持つ喋る黒猫。不思議だが、変に絵になっている。
水城さんが不意にこちらを向いて言った。
「お風呂にする?ご飯にする?それとも私?」
「ニア、変な事を吹き込むな。」
「違うぞ。何でもワタシのせいにする、いくない。」
「よしニア。丁度テストが終わって運動がしたかったんだ。今日は夜通し話そう。主に肉体言語で。」
「ふふふ、遂に私を本気にさせたな?道隆。行け、葉月!10万アンペアだ!」
ニアがそういうと、水城さんがニアを頭に乗せて立ち上がり、こっちに向かって来た。10万アンペアって何だよ。
1000万パワーを見せてやる、と意気込み立とうとすると、目の前まで来た水城さんが倒れ込んで来た。デジャヴ。ただ今度は足下には何も無い。良い仕事しただろ?とワックスで磨かれた床が光っている。
反射的に水城さんを受け止め、ついでにニアも顔で止める。そのまま僕は水城さんに押し倒される形で布団に倒れこんだ。
「いたた………2人とも大丈夫か?」
「……ああ、私は大丈夫だ。しかし予想外だった。私のハヅチューが転ぶなんてな。」
「はづちゅう。」
「無理にボケに乗らなくて良いから。それより早く退いてくれ。このパターンは何か色々とマズい気がする。」
そう言うと2人は素直に退いた。水城さんを見ると、さっきの衝撃で前髪の猫の髪飾りがとれている。どこにいった、と周りを探すが見当たらない。諦めて前を向くと、驚くほど近くに水城さんの顔があった。慌てて下がるがすぐ壁に背がつく。更に近付く水城さんに僕は言った。
「み、水城さん、何で近付くんだ?」
「これ。」
水城さんは僕の胸に手を伸ばしてきた。背中の壁のせいで動けずにいると、その手は何かを僕の服の胸ポケットから取り出した。
間抜けな顔にデフォルメされた猫の髪留めタイプの髪飾り。所詮景品なのかチープな印象は拭えない。
水城さんは前髪を分け、その髪飾りをつけた。
「これで、友達。」
そう言ってはにかむ水城さん。今日一番の表情の変化。眠そうで活気の無いなんて印象は、そっくりそのまま控えめな笑みを浮き立たせる。やはり美人と言える顔立ちは、慣れない表情の変化のせいかやや幼く見える。蕾から花開くまさにその瞬間。そんな笑顔だった。
美人だな、と素直に思った。そんな事をしなくてももう友達だ、とも思った。心を読むなんて関係ない。そのまま言った。
「水城さんはそんな風に笑った方が良い。後、別にそれをしてなくても、僕達は友達だ。」
水城さんは小さく頷いた。紅い頬はご愛嬌だ。ガチャリ、とまきるが部屋に入って来た。
「まきる、只今戻ったよっ!葉月ちゃん、着替え持ってきたから一緒にお風呂入ろう!ニアちゃんも!」
「まきる、私は遠慮するよ。まきるは洗い方がなっていなぐぇっ。」
お風呂だーっ、とニアを捕まえて風呂場へ向かうまきる。良い?、と僕に聞く水城さん。良いよ、と手で返すと、彼女は髪飾りをそっと自分の鞄に付け、風呂場に向かった。僕は布団に転がった。
ニアと喋れる人が増えた。エスパー少女だ。まあでもエスパー少女ならまだ初めから喋れても分からなくは無い。だが僕は、向島家は何故話せるのか。僕達に原因があるのか。
それともニアに何かあるのか。
少しだけニアの出生や生い立ちが気になった。だけど水城さんがエスパー少女だったから何か変わった訳でも無い。ニアの事も自分から話すまで待てば良い。僕達は友達で、家族なんだから。
重要な事に気付いた。
布 団 は ひ と つ し か 無 い 。
とりあえず飯でも作ろうと思い台所に行く。
風呂場からはまきるとニアのうるさい声が届いてくる。
今夜は長くなりそうだ。
猫の髪飾りは相変わらず気の抜けた顔をしている。
僕とクラスメート 了