僕と晃の極秘指令4
学校が終わり放課後。今日は2限で終わりなので、まだ日も昇りきっていない。しかしそれでも太陽は猛威を振るい、歩道を歩く僕達を燃やし尽くそうとしている。家に向かう僕。その後ろでは緊張がまだ解けないらしく、ブラウン管テレビとプラズマテレビの利点と欠点について熱く話す晃と、面白いのかそれを熱心に聞くまきる。
晃の決戦の地は、まきるの『じゃあとりあえず道隆君の家に行こうよ。』の一言で僕の家になったようだ。せいぜい頑張ってくれ、僕に出来るのはここまでだ。微かに聞こえるマナーモードの振動音。まきるが携帯を取り出して開く。
「あっ、ごめん。ちょっと本屋さんに寄って良い?お使い頼まれちゃった。」
丁度すぐ目の前にあった本屋を指しながら言うまきる。僕と晃が頷くと、まきるは電話をかけながら本屋の中に入って行った。恐らくおじさんの仕事関係の資料だろう。晃が話し掛けてきた。
「すまんな、結局最後まで迷惑をかける。」
「今更だ、気にするな。僕は適当に途中で抜けるからばっちりやれよ。」
「ああ、分かっている。ふー、はー、ふー、ひー。」
「落ち着け、呼吸がおかしい。」
だ、大丈夫だ、と胸を押さえながら晃は言った。そうこうしていると右手に紙袋を持ったまきるが戻ってきた。
「お待たせっ!……周防君、苦しそうだけど大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと俺のソウルがフルなだけだ。」
「そうなの?」
「僕に聞くな。それじゃ、そろそろ行くぞ。」
はーい、と元気に返事をしてまきるはついてくる。晃も未だに胸を押さえながら後に続く。日は照りつけるばかりで、太陽を遮る雲はない。眩しくて、少し目を細めた。
暑い暑い、と文句を言いながら僕の部屋の前まで辿り着いた。鍵を開けようとすると、鍵がかかっていないことに気付いた。背筋を汗が伝う。
「あ、道隆君。多分今、お父さんが居ると思うよ。さっき本屋さんで電話したら、丁度良いから遊びに来る、って言ってたから。」
「おじさんが?」
面倒なことになった。とにかく部屋に入り、居間への扉を開く。
「おかえり、道隆君。お邪魔してるよ。今日はまきるから連絡があったろう?」
おじさんはちゃぶ台に座っていた。ちゃぶ台の上にはニアが座っている。さっきまで話でもしていたんだろう。
「お、君はこの前の男の子じゃないか。周防君、だったかな?この前は話す間も無かったが、君とは仲良く出来る気がするよ。」
「あ、はい。周防晃、といいます。以後よろしくお願いします。」
礼儀正しくお辞儀をする晃と手を挙げて応えるおじさん。2人の間に連帯感のようなものが見える気がする。鞄を置いて布団に座るとニアが膝に乗って小さく話しかけてきた。
「道隆、どうだったんだ?」
ちらり、とニアは晃を見る。何が、とは言わない。まきるはまだ何も知らない。気配りの出来る猫だ、と思いながら小声で返事をする。
「今からだ。だからどうにかしておじさんを連れて外に出る必要がある。」
「分かった、協力しよう。」
目と目で礼を言う。僕に全身真っ黒な相棒ができた。猫なのに頼もしいやつだ。
何を話してるの?、とまきるが首を傾げて、羨ましげにこっちを見ている。何でもない、と手で合図する。晃はおじさんと何か話していて、こっちに気付いていない。今は様子を見よう。
「それで、最後の最後で回答が一つずれてるのに気付いて、もう1人で本当に大慌てしたよっ。」
「はははっ、まきるらしいね。」
まきるがおじさんに話をしている。晃が意味ありげに僕を見た。頷いて返す。
「ニア、作戦通りにいくぞ。」
「ああ、任せろ。私達にインポッシブルなミッションなど無い。」
作戦など無いが、とりあえず言ってみる。まあどうにかなるだろう。
……―最後のミッション、スタートだ。
まずは正攻法で行く。普通におじさんを誘ってコンビニにでも行こう。断る理由も無いし、これでいけると僕は思う。話の途切れ目を狙って僕は切り出す。
「おじさん、ちょっと喉が乾いたんで、一緒にコンビニにでも行きません?今、うち飲み物切らしてて。」
「ああ、大丈夫だよ。さっきそこのコンビニに行って色々買って来たから。冷蔵庫にジュースとアイスが入ってるから食べて良いよ。」
「へ?あ、ありがとうございます。」
まさかの失敗。先手を打たれていた。どうする?とりあえず冷蔵庫からアイスを取り出して食べる。美味い、夏はやっぱりスイカのバーだ。みんなの分も取り出して渡した。台所に戻り、次の作戦を考えているとニアが来た。
「ふっふっふっ、甘いな道隆。その種のチョコ部分より甘いっ!」
「ニア、おまえもちょっと食うか?腹壊すと悪いから一口だけだが。」
「あ、食べる食べる。」
しゃく、と少しだけ僕のアイスを食べるニア。エアコンが効いているが、やはり夏はアイスである。食べ終えてぺろり、と口周りを舐めてニアは言った。
「私はそのチョコ部分が好きなんだ。何というか、100円拾った、ラッキー!的な出会いがたまらん。」
「僕は横に出てるチョコは先に食べる派だ。」
「なにっ、邪道め。」
そういう間にアイスを食べ終える。手についたアイスを舐め、ニアに言う。
「んで、そういうおまえは何か良い案があるのか?」
「ああ、完璧なやつがな。」
しっぽを揺らし得意げにニアは喋り出した。
「さっきの光太郎を連れて外に出る、という作戦は良かった。だが頼む理由が悪かった。飲み物などの必需品は用意されて当然だ。」
「じゃあどうするんだ?」
「逆転の発想だ。」
ぴっ、と前足を挙げてニアは続ける。
「要は二人きりにすれば良いんだろう?何も光太郎を出さなくても、あの二人に用事を頼めば良いんだ。例えば、私の散歩とかな。」
「おおっ、それならいけそうだ!」
ニアなら猫だ。実質二人きりになれる。まきるもニアと一緒なら断る理由も無い。さすが頭の良い猫。
「そうだろう?それに、これなら面白い場面を堂々と覗けるしな。」
「後で僕にも教えてくれ。」
「了解。」
くふふ、と二人で笑い合って居間へ向かう。丁度おじさんの話が終わったらしい。すかさず切り出す。
「ところでまきる、ニアが散歩に行きたがってるんだ。晃もこの辺の地理を知りたいらしいし。散歩ついでに案内してやってくれないか?」
「ニアちゃんがっ!?良いのっ?」
「ああ、ほらニア。」
そう僕が言うと、ニアは移動してまきるの膝の上に乗った。
「に、ニアちゃん……。あの時以来あんまり触らせてくれなかったのに……。遂にあたしの良さが分かったんだねー!」
そう言ってニアをもみくちゃするまきる。タガが外れたらしい。ニアが、やめてー優しくしてーっ、と言っているが聞いちゃいない。多分、後でニアから説教されるだろう。晃にはニアの声は聞こえていない。まきるがぐったりしたニアを抱いたまま晃に言った。
「ねっ、周防君。ニアちゃんのお散歩に付き合って?」
晃は腕を組んで言った。
「いや、止めておいた方が良い。今の時間帯はアスファルトが焼けているからな。下手をすれば猫が火傷してしまう。もう少し日が傾いてから行くと良い。」
「そうなの?じゃあ夕方になったら一緒に行こうよっ。」
「いや、俺は家が遠いからな。夕方には帰らないといけない。すまないな。」
そっかー、なら仕方ないねー、と残念そうなまきる。失敗だ。そうなの?とニアに目で聞くと、最近昼間は外に行ってないから知らない、と目で返ってきた。まさかの失敗。散歩は中止の雰囲気になってしまった。どうしよう。
「あっ、ニアちゃんっ。」
隙を突いてニアが抜け出してきた。匿うフリをして抱き上げ、台所へ逃げる。
「…………どうしようか、ニア?」
「…………どうしよう?」
胸の中でぐったりしているニア。晃もニアの身を案じて言ったんだろうが、タイミングが悪い。おじさんを動かす方法。この際、多少強引でも構わない。
「強引……?」
カッ、と閃いた。そう、僕達には対おじさん用の切り札があるじゃないか!
「ニア、閃いたぞ。」
「何だ?もう私に出来る事は無いぞ。体力的に。」
そう言って腕から降りるニア。僕は携帯電話を取り出し電話帳から検索する。通話ボタンを押した。
『…………もしもし、どうした?飯でも無くなったか?』
「いえ、それは大丈夫です。実は頼み事があって電話したんです、翔子さん。」
元々高い声を低めに出しているせいで、少しハスキーな声が笑った。
『へぇ、珍しいな、おまえが頼み事なんてよ。何だ?』
「ええとですね、今うちにおじさんとまきると、この前いた友達の晃が居るんですよ。ほら勉強教えてた。」
『ああ、晃ね。あの変態か。』
「その変態がですね、まきるをデートに誘いたいらしいんで、おじさんと僕を連れ出して欲しいんです。」
『なるほどね。光太郎の居る前で娘をお誘い、なんてことは出来ねぇわな。』
でもよ、と翔子さんは続けた。
『お前はそれで良いのか?あたしとしては、まきるとおまえがくっつくのが一番良いんだが。』
「何度も言ってますけど、僕とまきるはそんなんじゃないですよ。」
『くくっ、その言葉はおまえの両親も言ってたからな。』
アテにならねえ、と翔子さんは笑いを押さえながら言った。
「ともかくお願いしますよ。今回は晃の応援するって決めてるんで。」
『珍しい道隆からの頼み事だからな。今回は頼まれてやるよ。』
「お願いします。」
すぐに行く、と翔子さんは言って電話は切れた。
「翔子か?」
「ああ。無理を通せば道理が引っ込む、を地で行く翔子さんならどうにかしてくれる筈だ。」
「そうか。どの道私達にやれることはないから、翔子を待とう。まきるのおかげでくたくただ。」
ニアを連れて居間に戻る。布団の上に座ると、まきるが話しかけてきた。
「あ、戻ってきたっ。さっきからなんか落ち着きないね、道隆君。」
「そうか?こんなもんだろ。それより何の話をしてたんだ?」
「あ、今はねぇ、周防君とお父さんが小説について話してる。周防君がお父さんの本を読んだことがあるらしいんだけど、それについて。難しいからあたしにはさっぱりだよっ。」
「まきるじゃ仕方ないな。」
「あ、あたしだってちょっとは解るよ!民族的…様式美のれきしてき……はいけいからの………こーさつ?」
僕もまきると雑談を始めた。疲れた様子のニアは僕の膝の上で丸まった。
ピンポーン、とチャイムが鳴る。玄関に迎えに行く間も無く、豊かな金髪を揺らして翔子さんは居間に入ってきた。
「おう、光太郎居るか?」
「翔子さん?どうしたんだい?いきなり。」
「ちょっとな。急に光太郎と道隆とニアを連れて買い物に行きたくなった。だから行くぞ。」
翔子さん、適当過ぎます。買い物、という言葉に反応してまきるが手を挙げた。
「はーい!あたし達も行くよっ!」
「まきると晃はダメ。」
翔子さんは即答した。
「えー!?……どうして?」
「ダメなものはダメだから。」
「でもっ、道隆も行くんだよね?だったらあたし達も行かないとダメじゃない?」
「道隆、別に良いだろ?」
「えっ?あの、はい。」
急にこっちに振られてしどろもどろに答える。むちゃくちゃだが何とかなりそうだ。翔子さんは手招きしながら言った。
「ほら、行くぞ。多分1時間くらいで戻るから、2人で適当に時間を潰してろ。」
「ちぇー、はーい。」
ちゃぶ台に頭を預けながら言うまきる。晃が翔子さんの言葉で、はっ、とこっちを見た。僕は頷く。長かった。途中何度か面倒臭さであきらめそうになった。だが晃の決意を込めた表情を見ると、不思議とやって良かったという気になる。
僕とおじさんが立ち上がり、ニアを連れて玄関に向かう。日差しが強い。ニアは抱いて行こう。居間を出る時に晃を見ると、震える手を胸の内ポケットに入れている。ああ、チケットを渡すんだな、頑張れよ。
僕はそれ以上振り返らずに居間を出た。
……―ミッションコンプリート。
僕と晃の極秘指令 了?
玄関を出ようとするとおじさんが、そうだった、と思い出したように言った。
「翔子さん、道隆君、忘れ物をしてしまった。すまないが、居間まで戻らないかい?」
「ん?待ってるからさっさと取って来いよ。」
「いいからいいから。」
そう言っておじさんは翔子さんの手を取り、僕達を促して居間に戻った。僕はニアと目を合わせた。嫌な予感しかしない。とにかく僕達も居間に戻った。
「あったあった。これ、君達にあげよう。」
おじさんは部屋に忘れていた自分の鞄から、チケットを取り出した。まきるが受け取る。
「なになにー?……あ、遊園地の入場券だ!貰って良いの!?」
「ああ、さっきまで忘れていたけど、この前原稿を持っていった時に編集の人から貰ったんだ。丁度4人分あるから、みんなで行ってきなさい。期限は今週の日曜日までだから。」
「4人分って……お父さん行かないの?」
「私は大人だからね。楽しんできなさい。」
おじさんは優しい笑顔で言った。まきるは素直に喜べないようだ。晃は慌てて自分のチケットを取り出した。
「ぐ、偶然ですね!実は俺も知人から同じチケットを貰いまして!これならみんなで行けますので、みんなで行きましょう!」
え、本当に?やったーありがとう周防君、と喜ぶまきる。晃はきっと心で泣いているだろう。後でジュースくらい奢ってやろう。まさかこうなるとは思わなかった。ニアが話しかけてきた。
「……もしかして、あのチケットを渡すつもりだったのか?」
「……ああ、今だけは晃に同情する。」
「全員参加なのが救いだな。デートとはほど遠いが。」
「だな。まあ、せっかくだから精一杯楽しむさ。」
どうにかして私も参加したいな、と言うニア。方法はその時考えよう。
とにかく今は、晃へ心からの同情を。
「一枚余ったな。……あの女でも誘うか。手伝ってくれたしな。…………はぁ。」
僕と晃の極秘指令 了