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猫と僕2

 ゆらゆら黒いものが揺れている。紐の様に見えたかと思えば、上質なカーテンにも見える。よく見ようとすればするほど形が解らなくなって行く。なんだこりゃ、と目を擦ってみても、どんどんぼやけてしまう。そのまま視界全体がぼやけていって全てが上方に吸い込まれていった。

 なんだ、夢か。やけにクリアな頭でそう考えながら目を開ける。



「おはよう。清々しい朝だな。君はいつもこんなに早起きなのかい?」



 なんだ、夢か。やけにクリアな頭でそう考えながら目を閉じる。


 長く、しなやかな黒い尻尾がゆらゆら揺れていた。





□□□□□□□□□□□□




 猫だ。まごうことなき猫だ。ついでに言うと黒猫だ。さらに追加すると喋る黒猫だ。ここまで考えてやっと僕の頭が本稼働し始めた。



「ん?なんだなんだ寝ぼけてるのか。昨日こっちの事情は話したじゃないか。何だったらもう一度教えようか?」


「いや、いま全てを思い出した。とりあえず飯はキャットフードで良いのか?まあ、僕の家にそんなもんは無いから今からコンビニに買いに行ってくるけど」


「いや、君の食べるやつをちょこっと分けてくれればそれで良い。キャットフードは栄養だけで不味いからね。あんなものにまっしぐらな猫の気が知れないよ。」


「あんたも猫だろうに。まあ、それなら朝食はパンと牛乳になるけど良い?」


「ああ。バターはタップリとな。」



 一人暮らしのアパートの台所。トースターの前でパンが焼けるのを見守りながら、猫を盗み見る。昨日の猫の言い分を思い出す。






 曰わく、私は特別な猫である。


 曰わく、私はとても空腹である。


 曰わく、そこの食べかけの柿ピー食べて良い?


だそうだ。



 雨に濡れてしまっていた猫を拭きながら、そんな話を聞いた。僕も濡れている。とりあえず僕も風呂に入ってくるから、と猫に言った。分かった柿ピー食べながら待っている、と返事が来た。ああ、猫と喋ってるよ僕……心なしかふらふらしながら風呂場に向かった。後ろから、ばりばりひゃーなんと美味ッ!なんて聞こえるが、その時の僕に相手にする余裕は無かったと思う。

 シャワーを浴びながら考えをまとめる。聞きたいことは沢山ある。上がったらまず何から聞こう。そんな事をつらつら考えていたら長くなってしまっていた。





 頭を拭きながら部屋に戻ると、猫は寝ていた。なんだか拍子抜けしてしまった。

 僕もなんとなく布団に潜る。安物の肌触りだ。呼吸に合わせて僅かに上下する黒猫。絹糸のような輝きを放つ黒毛。この毛布とどっちが手触りが良いんだろう。あ、すげー柿ピーのカスが着いてる。ぼけーと考えていたら、いつの間にか寝てしまっていた。


 そして今に至る、という訳だ。






「ほれ、こんなもんで良いか?」



 パンを猫でも食べれる一口サイズにちぎり、上にバターをひとかけら。ついでに牛乳も皿に出してやる。



「ん、ありがとう。意外と気配りの出来る男だな。お礼にこの上から85・58・82のナイスバデーを撫でる権利をやろう。」


「チョップ。」


「あたっ!」


「寝言は寝て言え。猫でそのサイズはどんなバケネコバディーだよ。」



 そんなやりとりをしながら僕もパンを一口。うん、やっぱキツネ色が一番美味い。



「しかし、君もアレだな。」


 食べたりないのか僕のパンに噛みつこうとしながら猫は言う。やらん。



「普通、猫が喋ったらもうちょっと何かしらのリアクションがあるんじゃないか?

例えば、『猫がしゃべったー!これが噂に聞く猫神様なのかーっ!敬わなければ!へへー』とか言いながら土下座するとか。」


「猫がしゃべったー。これが噂の化け猫かー。退治しなければー。」


「まあ待て待て待て。ふざけたのは謝るからそのゴキブリ用の殺虫剤は下げてくれないか?」



 流石の化け猫もコレはきついようだ。いそいそと殺虫剤を定位置に戻しながら話す。



「冗談はそろそろ止めて、聞きたいことが山ほどある。」


「うん。山ほど聞こうじゃないか。」


「……えーと」



 言葉に詰まる。昨日の夜にあれだけ溢れていた疑問が、何故だか出て来ない。数十秒考えてとりあえず切り出す。



「……あー。……なんでおまえは喋れるんだ?」



 当然の疑問。当然過ぎて笑えてくる。



「昨日言っただろう?私は特別なんだ。と言っても私の声が聞こえる人が殆どいないな。君が2人目だよ。普通の人にはにゃー、としか聞こえないらしい。」


「二人目?ってことは一人目が居るのか?」


「……ああ。一人目は飼い主だよ。」


「なんだ、飼い猫だったのか。だったら戻らなくて良いのか?ていうか、僕は後一時間で学校なんだ。」



 時計をちらりと見て言う。現在7時ジャスト。顔を洗ったり朝食を食べたりしている間に、長針はくるりと一回転してしまったらしい。学校は8時20分までに行けば良いが、ギリギリに着くつもりはないし場所が遠いのだ。加えて自転車はパンクしてしまっているので15分には出発したい所だ。





「死んだんだ。」





 少しの間言葉が出なかった。猫目を伏し目がちにしながら猫は続ける。



「そうだな、言い方が悪かったな。前の、と付けた方が良かったか。すまない。」


「……いや。」



 誤魔化すように猫は言う。



「いやなっ、元々体が弱いやつだったんだっ!長くは無いって医者からも言われてたし。まあそりゃ子供の頃から一緒だったからちょっとは泣いたけど、仕方ない事だよ。キチンと別れは済ませたし……。他の家族は嫌なやつばっかりだから…それで……」



 初めは明るく繕っていた声も尻すぼみになっていく。長い割に良く動く尻尾も元気が無い。



「……なんか変な話になったな。すまない。ほらっ、もう学校なんだろう?私もそろそろ行くよ。ご飯はご馳走になった。なぁに、野良生活は初めてだがやっていけるさ!ドンと来いネズミー!」



 どりゃー、と一匹で気合いを入れながらドアに向かって歩いて行く黒猫。その背中を僕は、良くわからないうちに近づいて撫でていた。



「……同情なら要らないぞ?」



 されるがままだった猫が振り返らずに言う。



「野良猫になってやって行けるのか?」


「いけるさ。」


「清潔になんて出来ないからノミだらけになるぞ?」


「……その位大丈夫だ。」


「食い物なんて下手すりゃ腐ったネズミの死体とかだぞ。」


「…………うぷっ。い、逝って………くる。」



 耳がピコピコ動いている。無理しているのがバレバレじゃないか。ここで放っておける程、僕は悪人じゃない。同情は要らないなんて言われたが、この世には要らないものなんて無いのだ。撫でながら猫に言う。



「なぁ、ここに住むか?このアパートは一応ペット禁止だけど、大家さんとは仲が良いから説得すれば大丈夫だと思う。」


「……非常に有り難い提案だが、君に迷惑をかけてまでのうのうとは暮らせない。」


「そんな事は聞いてない。」



 意識したより強い声が出る。猫の背中がビクッ、としたが構わず続ける。



「おまえが答えるのは、これからこの部屋で毎日焼きたてパンと牛乳を食べるのか、これからは野良猫になって毎日腐ったネズミと泥水を食べるのか。どちらを選ぶのかって事だ。」


「……良いのか?いくら猫だって、毎日の食費は馬鹿に出来ないし、大家さんにだって良い顔はされないだろう?」


「そんな事は猫の気にする事じゃない。それともおまえは所構わず用を足したりするのか?」


「なっ!するわけ無いだろう!私をなんだと思ってるんだっ!?」


「いや、猫だろ。」


「ッ!……いや、そうだけどもっ……!」



 ガバッとこっちを向いたかと思えばとんちんかんな事を言い出す猫。まあしつけをしたりする必要は無いし、その辺は心配ないだろう。



「僕は問題ないんだ。同情云々は置いておいてここに住めば良い。まぁ、そんなに腐ったネズミが食いたけりゃ、どうにかして調達してくるけど……。」



「いやっ、いい!喜んで住ませて頂きますっ!」



 こうしてこの部屋に一匹、住民が増えた。



「そういえば、お前の名前は何て言うんだ?」


「名前?ああ、そういえばまだ互いの名前も知らなかったな。」



 猫は答える。



「私の名前はニアだ。君の名前は?」



 僕は答える。



「僕の名前は杉村道隆だ。さて、そろそろ学校に行かないとマズいんだが……。」



 時計は7時20分を過ぎている。



「っ!そうだったな。遅刻はいけない!さあさあ、さくさく行きたまえ。留守は任された!」



 制服はすでに着ている。カバンを持ちドアを開ける。



「いってらっしゃい」



 声がかかる。



「いって来ます」



 そんなやりとりが猫とだなんて。思わず笑ってしまう。




「道隆、ありがとう」





 振り返る。一瞬玄関が見えてドアが閉まる。




通学路を少し早足で歩きながら思う。

 座って笑顔で手を降る黒猫に見送られる事になるとは思わなかった。何故だか笑みがこぼれる。



 7月は始まったばかりだ。







僕と猫 了

どうも、かまたかまです。


一応ここからは軽く、さらさらがモットーになりますのでガラッと雰囲気が変わるかも知れません。



基本息抜きなので肩の力を抜いてどうぞ。



ではでは。

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