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僕とテスト2日目2

 テスト2日目の放課後。僕はまきると下校するために靴箱にいた。まきるは普段陸上部の練習があるので一緒に帰る事はあまりないが、今日は何となく一緒になった。



「それにしても暑いよねー。テスト受けてる時なんかも、気付いたら手の下のテスト用紙が汗でふやけてるし。」



 やんなっちゃうよー、と靴を取り出しながら言うまきる。



「でねでね、周防君に教えてもらったおかげで結構出来たんだよっ、今回のテスト。やっぱり学年2位は凄いよねっ!」


「そりゃ良かったな。何点くらい取れそうなんだ?」


「うんっ!多分ね、50点はいくと思うんだ!」


 人生の自己ベスト更新かもーと、嬉しそうに言うまきる。不憫な子だ。僕は何も言わずに靴箱から靴を出した。あ、そういえば、とまきるは思い出したように続けた。



「別のクラスの友達から聞いたんだけど。桐原さん、テスト期間なのに休んでるらしいよ。風邪かなぁ、大変だよねぇ。」



 ドキリ、と心臓が跳ねた。平静を装う。



 大丈夫かなぁ、とそんな僕に気付かず靴を履くまきる。良かった。



 桐原綾音。別のクラス、別の中学校。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花、とは使い古された表現だが、彼女を前にしてそれを陳腐だと笑う人はいない。痛み一つ無い長いストレートの黒髪に、天使の涙を受けて形作られたような瞳。桜色の唇と少し高めの鼻は、まさに黄金比といえる。それに加え、制服の上からでも分かるプロポーションの良さは他の追随を許さない。この県立旗江高等学校で間違いなく一番の美少女だ、と自信を持って言える。そして学校で一番頭が良い。


 僕はこの話した事も無い少女に、恋をしている。


 入学して一週間後の昼休み。仲良くなり始めていた周防晃がこんな噂を持ってきた。


『今年の一年生にえらい美人がいるらしい。』


 そこまで興味は無かった。ただ、教室移動の授業のついでに何気なくその美人のクラスを覗いただけだった。 机に座って頬をつく少女。その物憂げな仕草さえも上品に見える。周りに人が集まって話しているが、遠くて声は聞こえない。だけど、どこか彼女は退屈そうだった。人がさらに増え、彼女が見えなくなる。僕は次の授業の教室に向かった。少し速くなった鼓動の意味に気付くのは、そう遅くは無かった。


 だけど今まで、彼女の姿を遠目で見るしか出来ていない。






「でも桐原さん、もの凄く勉強出来るから問題無いんだろうなー。良いなー。」



 うらやましいよ、と靴を履いた足をとんとん、としながら言うまきる。これは彼女の事を知るチャンスなのかもしれない。僕なりに精一杯勇気を出して聞こうとすると、聞き慣れない声がした。



「向島さん。ちょっと、いいかな?」



 知らない男子生徒が出口に立っている。靴を履いているため学年はわからないが、見覚えすら無いので上級生だろう。少し緊張した様子で男子生徒は続けた。



「大事な話があるんだ。中庭の方に、来て欲しい。」



 そう言って僕をちらりと見る。流石に雰囲気で分かる。これはいわゆる青春イベントだ。ええと、分かりました、と言って頷くまきる。彼女も分かったらしい。



「ごめんねっ、ちょっと待ってて。」



 ついて行くときに僕に小声で言って行った。男子生徒の先輩には残念だろうが、まきるは良い返事を返すつもりは無いらしい。僕は校門を出た辺りで待つ事にした。



 向島まきるはとてもモテる。他学年はどうだか知らないが、一年生では恐らく一番モテている。顔だけで言えば桐原綾音などさらに美人は居るが、その明るく接しやすい性格が良いのだろう。今のところ月に2度ほどのペースで告白されているらしい。中学校の頃から減ることは無い。他学年から告白、というのは珍しいがそういう事もあるだろう。


 そんな事を考えて時間を潰していると、まきるが追い付いて来た。心なしか空気が重い。



「はぁ、やっぱりいい気分にはなれないね。」



 若干肩を落としてまきるは言った。帰り道の下り坂を降りながら僕は言った。



「毎度大変だな。」


「なんていうか仕方ないんだけど、申し訳ない気分だよ。」


「付き合えば良いじゃないか。そしたら多分、告白イベントは減ると思う。」


「またそういう事言う!」



 もう、と背負った学校指定の鞄を背負い直しまきるは続けた。



「あたしは今のところ誰かと……付き合うとか、そういうのは考えて無いよ。陸上に打ち込みたいし。それに……。」



 付き合うってよく分からない、と下を向いてまきるは呟いた。そっか、と僕は言った。少し無言で歩くと、まきるが僕の顔を覗き込んだ。



「でも、もし本当にこういう事が嫌になったら、道隆君に付き合って貰うよっ。」



 目に悪戯な光を湛えてまきるはそう言った。



「嫌だよ。多分、僕達が付き合っても今と変わらないだろ?」


「それが良いんだよっ!あたしは陸上がしたいし、……その……なんていうか恋人同士の行為なんていうのもまだ早いしねっ。」


「そういうのは晃に頼めば良いじゃないか。一生養ってくれると思うぞ。」


「周防君はたまに変な事するからちょっとねー。面白いし良い人なんだけど……。あ、そういえばこの前、面白い人見たよっ。」



 駅前のね……、と笑顔で喋り出すまきる。僕がこいつと付き合ったらどうなるのか。僕が桐原さんと付き合ったら。未だにそういう経験の無い僕はうまく思い浮かべられなかった。でもこいつとの縁は一生切れないと思う。どんな形であれ。


 話し続けるまきるに、適当に相槌を打ちながら家に帰る。こういうのもたまには良いか、と思った。




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